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テリトリープリンセス  作者: リープ
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第2話 「プリンセスタイム」

 十一月。だんだん朝が寒くなって起きるのが辛くなるこの季節。

 向坂高校へ向かう生徒は皆、一様に辛そうな顔をしている。理由は高校の立地条件に由来する。学校自体が山を切り崩して作られているので、校舎までには長く緩やかに続く坂を上らなければいけないのだ。

 もちろん仁村藍子も例外じゃない。


 でも、彼女にとってはこの坂は苦にならなかった。それは前方に立浪裕人を見つけたからである。彼女はポニーテールを弾ませ駆け足で近づくと、ある一定の距離で歩調を緩める。一、二回深呼吸をすると、少しお腹に力をいれ声を出した。

「おはよーっ! 裕人くん!」

「おはよー!」

 藍子の挨拶に驚く様子もなく裕人も大きな声で返事をする。三メートル五十センチ離れたまま歩く二人。だがお互いにとっては普通の行動であった。

「裕人君! 今日の一時限目なに―!?」

「数学っ!」

「……お前らそんな挨拶してて疲れないか?」

 二人のやり取りを聞いている裕人の友達、彦野悟ひこのさとるが藍子と裕人を交互に見てため息をつく。


 こんな事をして、もう一ヶ月になる。

 藍子からの告白で裕人と付き合うことになった。しかし、裕人の厄介な体質のためにお互い、近づくことが出来ない。

 彼の体質とは『好きだと意識した人に対して結界のようなものを無意識に張ってしまう』というもの。彼が藍子に言った付き合うための条件『三メートル五十センチ以内に近づかないこと』というのは「近づかない」ではなく「近づけない」の間違いなのだ。

 実際、藍子は何度も近づこうとしたが、その度になんらかの妨害を受け、弾き飛ばされる。まるで、磁石のN極とS極のように。


 原因は全く不明。噂では未確認飛行物体に連れ去られたからとか、謎の怪人組織に誘拐されて改造手術を受けたとか、色々だ。本人も良く分からないと言う。

 そんな訳で今日も二人は距離を取って、他の人より少し……いや、かなり大きな声で会話をしているのだった。校内でも彼の体質は有名で、二人のやり取りを不審がって見るものは誰もいない。

「それじゃ裕人君! また後でねっ!」

「うん!」

 裕人が一組の教室へ入ると、藍子は二年三組の教室へとむかった。


 彼女は自分のクラスに入ると真っ先に井端環いばたたまきの元へ駆け寄る。

「タマちゃ~ん! 今日も全然近づけなかったよぉ~!」

「……嫌なら別れればいいだろ」

 環は机においてあるノートパソコンのディスプレイを眺めながら素っ気無く言う。

「そんなの嫌だよ~!」

「裕人の体質のこと知ってて付き合ってんだろ? だったらイチイチ泣き言をいうな」

「ふぇ~ん、タマちゃ~ん」

「あー、もう、うっとうしい!!」

 抱きつく藍子とそれをはねつける環、二人の日常の姿だ。

 会話だけでは藍子の方が幼い印象を受ける。しかし、実際は藍子は身長が百六十三センチ、環は百四十八センチで藍子の方が頭一つ大きく、見た目では違和感がある。

 抱きついて離れない藍子にウンザリした環は一枚の紙を彼女の前へ差し出す。


 藍子が紙を受け取ると眉を八の字にして不思議がっている。環はため息混じりに説明した。

「私なりに立浪裕人の体質を考えてみた。参考になるかどうか分からんが、読んでも損はあるまい」

「タマちゃん、ありがとう!!」

 環はあまり他人とは関わりを持つことがなく、モノの言い方も棘があるので、友達は少ない。しかし、言葉遣いの割には結構友達想いな環を知っている藍子は彼女の事が大好きだ。

「おぉっ!」

「どうしたのタマちゃん!」

「こんな所にお宝動画がアップされてるっ! 速攻、保存だ!」

「タマちゃん。学校にまで来てネットするのは止めようね」

「これが楽しみで生きているんだ。邪魔しないでくれ」



 そんなこんなで時間が経過し、授業も終る。皆が一日の終わりを感じる時間。

 だが藍子にとってはこれからが勝負なのだ。

「今日の日の入りは十六時四十五分……だから……逆算すると……あぁ、もう時間が無い!!」

 急いで帰りの準備をすると駆け足で教室を出る。息を弾ませて待ち合わせ場所の校門へたどり着くと、すでに裕人が待っていた。

「裕人君、待った?」

 藍子は走った勢いのまま三メートル五十センチ以内へ足を踏み入れる。

「全然、少し前に着いたばかりだから」

 踏み入れた足はそのまま進み、藍子は肩が触れ合うぐらいに裕人に近づく。

「あ―、良かった」


 しかし、今回は弾き飛ばされる事は無い。藍子はまじまじと裕人を見つめる。彼の瞳の中に自分が映っていて、まるで独り占めしているような気分になった。

「えへへへ」

「どうしたの? 仁村さん」

「なんでもないよ」

 彼が近くにいる。それだけで幸せだったが、藍子は「待った?」「全然」なんていう会話が出来るのも二人が付き合っている証明になる気がして嬉しかった。

「じゃあ行こうか」

 藍子は黙ったままうつむいた。裕人が覗き込むと恥ずかしそうに視線をそらした。


「仁村さん、どうしたの?」

「あのね……今日は手を繋いで帰りたいなぁ……なんて」

 覗きこんだ裕人は赤面して一歩後退する。藍子は胸元に両手を持っていくと手持ち無沙汰に自分の両手を絡めた。

 告白の時には勢いあまって手を繋いだが、あらためて繋ぐとなると照れてしまうのだ。

「裕人くんが嫌なら諦めるけど……」

「いいよ」

 裕人の言葉に藍子は顔を上げ瞳を大きくして表情を明るくさせる。

 彼が手を差し出すと藍子は恐る恐る胸元の手を伸ばし、手を握る。二人は手を繋いで歩き始めた。


 実は日の入りまでの約一時間は裕人の結界が無くなる時なのだ。

 黄昏時……誰彼時……誰か彼か分からなくなる時……人々が恐れるこの時間を藍子は一番楽しみにしている。彼女にとってはこの時間は黄昏でも逢う魔でもなく、お姫様と王子様が出会える時間であった。藍子は「プリンセスタイム」と人知れずよんでいる。

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