第18話 「恋愛リトルブレイバー」
環がスマートフォンで時間を確認すると十三時を回っていた。空を見上げると沢山のヘリコプターが飛んでいた。町内の人間が皆押し出されて中に入れないなんて前代未聞の事態だ。ネットや携帯電話などで一気に話は広がっていた。
「まずいな……事が大きくなってる。アンの奴はまだなのか」
「まだ四時間しか経っていないわ。ウイルスの抗体を作るのに短時間でできるわけないでしょ」
自分の弟が原因で騒ぎが大きくなっていることに真理亜は動揺し、いらだっているのが傍目からも伝わってきた。
「真理亜さん、大丈夫だ。立浪裕人が原因だってことはまだ誰も知らない」
環の言葉に真理亜は一瞬ホッとするものの、次の言葉で再び凍りついた。
「だが、夕方になればテリトリーが一時解除される。その時は一気に人がなだれ込み、独りいつ立浪裕人を発見し……」
「ああぁっ! 立浪家断絶っ!」
「いや、断絶はしないと思うけどね」
環と真理亜のやり取りを聞いて笑いながらも、藍子は上の空だった。
仮にワクチンができたとしても誰が飲ませるのだろうか? もし方法があれば自分が行きたいと考えていた。
すると遠くから息を弾ませ駆け寄ってくる女の子の姿が。入江アンだった。
「みなさ~ん、お待たせしました」
「早っ!」
「遅いぞっ!」
ちなみに「早っ!」と言ったのは真理亜で「遅いぞ!」は環だった。
「とはいえ、できたてホヤホヤだから効き目があるかどうか……」
アンが制服のポケットから取り出したのはカプセル型の錠剤が一つ。
「今は一刻も争う。試験薬で十分だ」
「で? 誰がどうやって裕人のところへ行くの?」
真理亜が尋ねると誰もが黙ったままで答えることができない。
しかし、アンだけが口に手をあて、含み笑いをしている。
「入江アン、もったいぶらずに言え!」
「実はこれを準備してきました」
アンは手に持ってきたランプのような形の器具を取り出した。アンを除く三人は目が点になる。環は眉間にしわを寄せて器具を指差した。
「どう見てもハロゲンランプじゃん」
「はい。地球のホームセンターに売っていたいたものです」
「てめぇ、こんなところで光を放ってもしょうがないんだよ」
「わわわっ、ちゃんと聞いてくださいよぉ」
環とアンのやり取りをみて藍子は「宇宙人が地球人にどやされてる。最初の登場はあんなに凄かったのに……」と思った。
「夕日になればテリトリーが一時的に解除される。最初からこれに目をつけるべきでした。つまり、テリトリーは波長の長い光に弱かったのです」
「た、単純だが、確かにすぐにはわからないかも」
とっさに藍子は裕人が夕焼けの中の川辺で説明してくれたことを思い出した。男の子の言うこともたまには聞いておくべきだなぁと反省した。赤みを帯びた波長の長い光りが夕焼けと同じ効果があるという理屈だ。反対に波長の短い光は紫外線になる。
苦々しい表情を浮かべたまま、環はハロゲンランプを持ち上げた。
「波長の長い光の発想でハロゲンランプだと……これじゃあ遠赤外光どころか近赤外光も出ないだろう」
「これが手っ取り早く波長の長い光りを出す装置だったもので……」
「安上がりすぎるだろ!」
「でも改造して威力はマイクロ波並です」
「無駄に凄いな……だがこれでテリトリーは無効化できると」
「おそらくは」
環はアンから錠剤とハロゲンランプを受け取ると藍子の前で立ち止まった。
「よし、藍子。お前が一人で行くんだ」
「でも……」
「お前、夕方になって他の奴らに先を越されたいのか? もはやプリンセスタイムはお前だけじゃないんだぞ」
「う、うん……」
ハロゲンランプを片手に無人の町内へ向かう女子高生。絵面はこの上なく滑稽だが、思いは真剣だ。
「お前、まさかまだキスのことを気にしているんじゃないだろうな」
「……してないけど」
「十分気にしてるな」
もう考えたってしょうがない。裕人の顔を見れば分かるだろう、と藍子は考えていた。
果たして怒りで殴ってしまうか、泣いて抱きつくか。
どっちにしたってやるしかない。
だって、戦うって決めたんだから。
藍子は決意し、瞳の中に情熱という光彩が灯った。
「いってくるね、タマちゃん」
「おう、行って来い。なんならその薬を口移して渡してやれ」
「ええええええっ!!」
赤くなった頬を押さえながら「でもでも」とモジモジしている藍子の背中を環は思いっきり叩いた。
「痛いっ!」
「行けよ。キスの恨みはキスで返せ!」
「……うん!」
一歩二歩と歩き始める藍子。振り返って環にピースサインを送る。環も笑いながらピースサインを送り返す。二人の声が重なった。
「「目には目を。キスにはキスを」」