第14話 「USED! 中古っ! 手垢の付いた人間!」
藍子は現場を目撃して立ち尽くしてしまう。お気に入りだったオレンジ色の風景でキスをする二人。もちろん自分ではない誰かと好きな人がキスをしている。
丁度体勢の関係で藍子は裕人と目が合ってしまった。裕人も藍子と視線が合うと大きく目を開けた。
「やっ、ヤダ……」
藍子は一二歩後退すると振り向き、離れるように走り出した。
「ちょっと待ってよ、藍子ちゃん!」
藍子は裕人を無視して駆けて行く。裕人は懸命に走って彼女に近づき肩をつかんだ。
「ねぇ、藍子ちゃん。聞いてよ、僕……」
「……使い古し」
振り向かずに藍子は一言呟く。
「え?」
裕人が戸惑っていると、藍子は振り向いて一気にまくし立てる。
「USED! 中古っ! 手垢の付いた人間!」
「はぁ?」
「入江さんとキスしたくせに……」
「聞いてよ、これには訳があって……」
「聞きたくない!」
藍子は裕人の手を振り払い、涙の溜まった瞳を彼に向けた。
「私、すごく、すごく……悲しかった」
裕人を睨みつけた藍子は再び背を向け歩きだした。裕人は後ろから見ているので藍子の表情が伺えなかったが、肩が震えていたので何となく予想は出来た。
「待ってよ、藍子ちゃん!!」
無視して進む藍子の腕を強引に裕人が掴む。
「痛いっ!! 離してよ」
「止まってくれるまで離さない」
藍子は裕人に顔を向けた。目を真っ赤に腫らして、頬には涙の後がある。
少しの睨み合い後、藍子は観念したように裕人と向かい合う。
「先に入江さんとキスしたことが問題なの?」
裕人の言葉に藍子は大きく瞳を開いた。口許がわずかに震えている。
「そ、そんな言い方ってないよ! 私より先に入江さんとキスした。付き合っている私よりも先にだよ! 重要なことでしょ?」
珍しく藍子が怒った姿に裕人もつられムッとして言い返す。
「前にしたって、今したって同じじゃないの?」
「裕人君、全然分かってない……この後何回キスしたって私より前に入江さんとキスした事実は消えないんだからっ!」
「ちゃんと訳を聞いてよ。僕だって事情があるんだ!」
「もう、裕人君なんて信じられないよっ!」
藍子の言葉で裕人の腕を掴む手が一瞬緩む。彼女は裕人の手を振りきると、そのまま走り去った。裕人は呆然としたままで追うことが出来ない……
日は既に暮れ街燈が裕人を照らす。
「こんなはずじゃなかったのに……」
頭が混乱したまま一人で裕人は家に帰った。
環の言うとおりに前向きに対処した結果が、現在の自分だった。
何が悪かったんだ? ちゃんと説明すればわかってもらえるはずなのに……結局、いつもと同じかよ。
裕人はベッドで布団を被るものの寝付くことができない。
やっと、やっと本物に出会ったと思ったのに。思ったのに……もう終わりだ!
いつの間にか外は明るくなり、朝になっていた。
部屋にノックの音が響いてドアが開かれる。姿を見せたのはアンだった。裕人が何も答えずにいると、勝手に話し始めた。
「夕方はごめんなさい。でも私、お礼が言いたくて。これで私の星は救われるかもしれない」
「……そう、良かったね」
「ありがとう、じゃあね」
ドアが閉まり、再び室内が静かになる。
裕人はベッドの上でひざを抱え、壁をぼんやり見つめた。
結局こうなるんだよ。この体質だから……悪いんだ。
せっかく掴めるかも知れない希望も全部なくなってしまった。
全部、全部……もう、もう……嫌だ。
もう一人でいい。感情のなにかが引きちぎられる音が心に聞こえた。
静かになった室内で裕人の叫び声が響く。
「くそっ、なんなんだよ! もう全部、嫌だあああああああぁぁぁっ!」