第11話 「なんか近所にいそうな人だね」
音の無い世界。否。伝わることを知らない世界。それが宇宙である。
空間に漂う一隻の飛行船。いわゆるUFOと呼ばれる物体。見たことも無い材質でできた物体の中には一体の生物が懸命に手足を使って空間上に映し出された映像を操作していた。モニター上には青い星が映っていた。青い星は地球だった。
UFOの中の生物は地球上の写真を参考に自分の姿を地球人へと変えていく。画像は小型探査機が集めてきたものだ。空間に浮かぶ画像の中に日本の高校生の姿があった。立浪裕人である。生物は裕人の画像を取り出すとジッと見つめた。
「観測し始めて数年が経過してまるで変化がなかったが、私の撒いた種がここまで反応するとは……調べてみる必要がある」
手を空間で動かすとUFOは動き出し、地球へと進んでいった。
◇ ◇
目の前に広がっている光景を誰もが信じられない。
麦藁帽子のような形をし、銀色に覆われた巨大な物体が宙に浮いていた。眩い光を放ち、聞いたことの無いような音を立ている。
それは、まさしく……
「あれはアダムスキー型UFO!」
「タマちゃん、知ってるの?」
「あぁ。一九五二年、ジョージア・ダムスキーが遭遇したといわれるUFOだ。だがそれにしても……」
この時、藍子と環は同じ事を考えていた。
「ベタだね」
「あぁ。ベタだ。まんまUFOじゃないか」
『何が起こってるの?』
受話器越しに裕人の声が聞こえる。彼は家の中に居て外の様子が伺えない。
しばらく、藍子たちが眺めているとUFOから一筋の光が地面に向けて差しこんだ。さらにUFOから光りに乗って生物が降りてくるのが見えた。
「宇宙人!?」
「さぁ、こい! 金星人オーソンか火星人ラミューかそれとも土星人ファーコン?」
「タマちゃ~ん、何言ってるか分からないよぉ」
生物が下に降りて来るにつれて次第に形がハッキリと分かってくる。背は小さく、頭には毛が無く、頭でっかちで目だけ大きい……とか言うわけではまったくなかった。
外見上は全く地球人と変わらない女性。地球の年で当てはめると二十歳前後といったところ。艶があり長く腰まである黒髪。優しい笑みを浮かべながら地面に降り立つと藍子たちと向かい合う形になった。
藍子は環に耳打ちした。
「なんか近所にいそうな人だね」
「姿なんていくらでも変えられるさ……気をつけろ」
一瞬表情を緩めた藍子は「はい!」と元気良く返事をすると眉間に力を入れた。一方、環は宇宙人を睨みつけ警戒を解いてはいない。
「まさか私たちをアブダクションする気じゃないよな」
「アブダクションって何?」
「宇宙人による地球人誘拐の事だ」
「ええ! そんなのヤダよぉ! まだ裕人くんとしたいこと一杯あるのに!」
「お喋りはそこまでだ。近づいてくるぞ」
宇宙人は少しずつこちらに近づいて来た。二人は身構えようとするが、思うように体が動かない。どうやら動きは封じられているようだ。宇宙人は二人の前に立つと口を開いた。
「じゃぅたじゃぅあがtkぅあいおじょじゃおうj」
「はぁ?」
「なに言ってるの?」
宇宙人は耳に付けていたイヤホンをいじりだす。すると次第に言葉が分かるようになった。
「ぁsjktg……私の裕人に近づかないで」
「はぁ?」
宇宙人は裕人の名前を口にした。
「何か呼んだ?」
携帯電話越しに裕人の声が聞こえる。彼にも宇宙人の声が聞こえたみたいだ。
すると宇宙人の表情が一変し、藍子達を潜り抜け家の中に入って行く。藍子達は首だけを宇宙人が進んだ後方へ向ける。
立浪家に走りこむと玄関にいる姉をすり抜け、奥の部屋へと進んでいく。ドアに手をかけ開くと、室内には携帯電話を持った裕人が立っていた。
「逢いたかった! 裕人!」
「君は?」
首を傾げる裕人に宇宙人はそっと手を差し伸べる。頭に触れた瞬間手が鈍く光った。
「私、入江アンです」
「入江アン? ……えっ? あのアンちゃん?」
「覚えていてくれたんだ。嬉しい!」
「ちょ、ちょっと!」
真理亜と環が裕人の元へ駆けつけると目の前には裕人と抱き合う宇宙人の姿が映った
「裕人、貴様あぁぁぁっ!」
「立浪裕人、藍子が見ていなくて命拾いしたな」
「違う、違うんだって!」
一方、玄関先で携帯電話のテレビ電話で一部始終を見ていた藍子は唇をキュッとかみ締めた。
向坂高校の朝は今日も来る。緩やかに続く長い坂はいつも変わらず学生達を苦しめていた。その中でもとりわけ、藍子の表情は冴えなかった。隣で歩く環は彼女に気を使ってなのか、黙ってスマートフォンとニラメッコしている。
前方にはいつものように藍子のコスプレを待つ人だかりが出来ている。しかし、藍子が制服姿だと分かると自然に分散していった。
人がいなくなるにつれ、前方にいる二人連れの姿が見えてくる。一人は裕人、そしてもう一人は……昨日の宇宙人だった。
藍子は覚悟してたものの、いざ現実を目の当たりにすると立ち止まってしまう。裕人を見た藍子は近づけない歯がゆさで一杯だった。遠くから見る二人は楽しそうに会話しているようにも見える。隣いる環も裕人がいるのが分かったらしく、ため息をつく。
「朝っぱらからよくやるなぁ」
環の言葉に藍子は前を向いたまま答えない。藍子の眼差しは今にも泣きそうに潤んでいた。環は藍子から視線を外し、大袈裟に舌打ちした。
「幼い頃、一緒に遊んだ幼馴染らしいぞ。ふざけてるな、宇宙人が幼馴染なんて」
「……昨日聞いた」
答えた藍子の口調にはなんの抑揚がなかった。