第一話
『昨日送ったLINE、まだ既読ついてない……』
『明日のデート、何着ていこう』
『綾瀬さん、今日もかっこいい……』
『部活の時、〇〇さんとすれ違ったらいい匂いした』
『さっきの休み時間、綾瀬さんと目が合った……気がする』
『この席やだな。あの人の隣がよかった』
……はいはい。
みんな楽しそうで何より。
ヘッドホンを外した途端、これだ。
毎日、毎日うるさすぎる。
私、汐見渚は、ペンを回しながらため息をつく。外から聞こえてくる声と、頭の中に響いてくる声。どっちがどっちかわからなくなりそうだ。
人の感情が声になって聞こえるようになってから二年ぐらいか。まだ慣れない。
人の心って、本人が思ってるよりずっとくだらない。
だから私は、ほとんどの休み時間をヘッドホンの中で過ごしてる。
授業が始まるギリギリまで音楽を流して、ノイズを薄める。
少しでも人の心の声が聞こえない、静かな場所に逃げたい。
頭の中を、誰もいない空間にしたい。
こんな能力……災難と呼ぶべきか。
全然いらない。
神様ももうちょっと考えて配ればよかったのに。
たとえば、前の席のあの人とか。
……最近になって、ひときわうるさくなった”声”。
他の生徒とは明らかに違う。
ひとりだけスピーカーで喋ってるみたいな音量。
(……あー、またか)
『綾瀬さん、髪切ってる……! 刈り上げ似合うとか何なの、やばい……』
『声優しいのに、笑うとちょっと低くなるのずるい……』
『はあ。同じクラスの子、羨ましい……』
甘ったるい声の洪水。
最近席替えで距離が近くなったせいで、授業中もやたら”心の声”が大きい。
この人の声が無性に、音割れするぐらい頭に響いてくる。
(……頭の中で騒ぎすぎなんだよ、バカ)
その主は、前の席の――音無透子。
栗色のロングヘアで、控えめに笑う子。
クラスでは割と静かなタイプ。
でも、頭の中だけやたら元気。というより恋愛脳。
なのに成績優秀で学年トップ。
隣のクラスの綾瀬光って女子に、全力で片想い中らしい。
綾瀬光はスポーツ万能で、誰にでも優しい。
ショートカットが似合う、いわゆる”イケメン女子”。
学年でも人気者。
音無が好きになるのもわかる。
実は私は綾瀬光とは小学校からの知り合いだ。
昔は家が近所でよく遊んだけど、高学年くらいからなんとなく話さなくなった。付き合う友達のタイプが変わったからだと思う。
まあ、そんなことはどうでもいい。
問題は音無透子の心の声がうるさすぎることだ。
音無が近くにいると、恋の実況中継がずっと流れてる感じ。
『あああ!!綾瀬さんと目が合った! どうしよう、笑えばいい? いや変かな? ああもう無理!!』
『うわああ!! 綾瀬さんこっち見て笑ってくれた!? いやいや、まさかそんな、気のせいだよね…!』
……本当に、うるさい。
人の心って、こんなに喋るもんなの。
恋って、そんなに騒がしいものなの。
私は机に突っ伏して、ヘッドホンをつけて音楽を流した。
ベース音が心地いい。
ほんの一瞬だけ、世界が静かになる。
この瞬間だけが、私の休息。
でも授業が始まると、それも終わる。
ヘッドホンを外せば、また世界は音を取り戻す。
チョークの音と、人の心のざわめき。
頭の奥がじんじんしてきて、目を閉じた。
(……この世界、まじで生きづらい)
そのとき、また音無の心の声が響いた。
『綾瀬さん、さっきの休み時間友達とバレーしてた。カーディガン腰巻きで腕まくり……はあ、尊すぎた……!』
ため息。
授業中、視界がぐらっと傾いた。
吐き気とめまいが同時に襲ってきて、思わず机に突っ伏す。
ノイズみたいな心の声が、頭の奥でぐわんぐわん響いてる。
今日は、いつもより音がうるさい。
「……しおみ」
先生の声が、遠くで聞こえる。
黒板の文字がにじんで読めない。
「汐見、次の問題」
「……す、すみません……体調が、悪くて……」
そう言うのがやっと。
教室がざわつく。
「そうか。じゃあ――音無、保健室連れてってやれ」
保健委員の音無透子が顔を上げて、静かに立ち上がる。
私の腕にそっと手を添えてきた。
「大丈夫? 立てる?」
「……ひとりで行けるのに」
ぼそっと呟く。
正直、触られるのも気にかけられるのも、今はしんどい。一人になりたい。
音無に腕を支えられて一言も交わすことなく廊下を歩く。足元がおぼつかない。
頭の奥に、やわらかい声が入り込んできた。
ぼそぼそした、内緒話みたいな響き。
『汐見さん、話したことないな。なんか睨まれることあるし怖いんだよな〜……わたし、何か嫌われることしたかな……』
『あ、でも綾瀬さんと小学校から一緒なんだよね。もしかしたら綾瀬さんのこと、聞けるかな……』
(……またか)
吐き気とめまいで、いつもよりノイズが濃い。
それに加えて、また綾瀬光のこと。お花畑な心の声。
頭が割れそうに痛い。
『はあ……綾瀬さん、今頃どんな顔して授業受けてるんだろう……』
――無性にイラついた。
限界だった。
「……うるさい」
――言っちゃった。
口から勝手に漏れた。
「……えっ?」
音無の手が、私の腕から離れる。
保健室の静けさが、逆に耳に痛い。
時計の秒針の音だけが、やけに大きく響いていた。




