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以て血を

風変わりな依頼

作者: 志摩鯵




私は、イグナティア・マザリン。

警察官だ。


「おっほ。

 すげえ美人じゃん。」


「ああいう尻の持ち上がった女は、妊娠し易いんだぜ。」


「はあ。

 一発で孕ます。」


街で下らない連中の話し声が耳に届いてしまった。

けれど、そう。

私は、自分の身体に自信がある。


美は、正義なりだ。


胸も腰もお尻も顔も。

どこだって誰に見せても恥ずかしくない。

この身体を毎日、自由に見られるのが幸せだと思う。


でも、この身体より特別な能力が私にはある。


「おはようございます。」


「おはよう、サイファー。」


私は、同僚に挨拶して仕事机に着く。


完璧なお尻を保つために私は、完璧な椅子を選んだ。

私は、美を維持することに努力を惜しまない。


「サイファー。」


「はい、イグナティア(イギー)。」


「先週、ギャーデリー天文台の……。」


と言いかけて私は、話すのをやめた。


「悪かった。

 ……なんでもない。」


「え?

 ああ、はい。」


サイファーは、キョトンとした顔で私に向かって頷いた。

そのまま不思議そうに彼は、手を着けていた仕事を再開する。


そこからしばらく仕事を続け、今度は、サイファーが私に話しかけて来た。


「そういえば、イギー。」


「何だい?」


「スプルツマス歩兵火器工廠(リトルアームズ)の放火事件のことです。

 やはり活動家の犯行という筋?」


「当然だ。」


私は、つまらない書類を片づけて一旦、手を止める。


「ヘブノック王立造兵廠と続けて、これだ。

 世間が騒ぎ出す前に新聞屋に餌を投げてやるんだよ。

 まあ、上の考えは、だいたいそんなところだろう。」


「しかしイギー。

 私は、案外、飲み屋で騒いでる不平屋のオヤジがやりそうなことと思いますけどね。」


「つまり?」


「警備が薄い。」


「ああ。

 燃えるものが多い割には、連中の神経は、行き届いていないね。」


「でしょう?」


「しかしそれなら私は、軍隊に不満のある新兵辺りだと思うな。」


「では、軍隊イジメで息子に泣きつかれたオヤジの仕業ですね。」


「くっくっく。

 こういうことは、母親がやりそうだ。」


「なんですか、それ。」


とサイファーは、笑った。

ここで私は、とっておきの話題を持ち出した。


ソナタ4世(クイーン)が戦艦フレーザーに放火した話さ。

 姫殿下(プリンセス)から上官の酷い話を聞いてやったことだよ。」


「ちょっと本当ですか?」


「私が担当した事件だ。

 海軍の()()()に姫殿下が我慢できなかったそうでね。」


「あははっ。

 確かに女王クイーンならやりそうなイメージがあるなあ。」


「そうなのかい?」


「え、いや……。

 そりゃ、私は、お会いしたことはありませんけど。」


サイファーは、笑いながら頭の後ろを掻いた。


「で、姫殿下ってどっちの?」


「ふふ。

 それは、極秘中の極秘(トップ・ザ・トップ)だよ。

 でもちょっと調べればバレてしまうね。」


そこまで話したところで茶の時間(11時)になった。


「そういえばサイファー。

 この前、カジノに行ってきてどうだった?」


「えっと……あはは。

 盛大に負けましたよ…。」


と苦笑いしたサイファーの目の色が変わった。


「……そういえばイギーも居ませんでした?」


「うん?」


「あなたに負けた気が。」


「おいおい。

 何かの思い違いだろう。」


「……ですよね。」


「こんな美人は、見間違えないだろう?」


「……ですよね。」


しばらくサイファーは、茶を飲んで黙っていた。

けれど腑に落ちなかったサイファーは、再び口を開くんだ。


「この話、前にもあったような…。」






「おっほ。

 すげえ乳。」


「ああいう尻の持ち上がった女は、妊娠し易いんだぜ。」


「えへへへっ。

 あんな女に踏まれてみてえなあ。」


街で下らない連中の話し声が耳に届いてしまった。

私は、足早にそいつらの前を通り過ぎる。

もっと社会に貢献しろ、ゴミ共。


「おはようございます。」


「おはよう、サイファー。」


私は、同僚に挨拶して仕事机に着く。


「聞いてくれますか、イギー?」


入って来るなりサイファーが言った。

よほど聞いて欲しかったのだろうと私は、少し笑った。


「ふふふっ。

 なんだ、いきなり。

 どうしたんだい?」


「聞いてくださいよ、それが。

 石鹸から石が出て来たんですよ。」


とサイファーは、顔をしかめる。


「あー。

 それは、最近、よく聞くね。」


「本当に、本当に勘弁してほしいですよ。

 法律で日ノ元(ひのもと)製は、輸入禁止にして欲しいよ。」


「それは、同感だけど。

 書いてなかったのかい?」


そう私に指摘されてサイファーの目が点になった。


「えっ……あははは。

 これからは、ちゃんと見てから買います。」


「書いてなかったらもっと面白かった。」


私がそう言いながら椅子のクッションを調べているとサイファーが言った。


「イギーは、どう思いますか?」


「……日ノ元の連中が一等人種(ファーストボーン)かという話か?」


「ええ。

 どう考えても連中が始祖たるアルスの子孫な訳ない。」


「止せよ、サイファー。

 血統鑑定局ブラッドウォッチの決定だぜ。」


そう答えた私は、連中の根城について思い出した。


普段、血統鑑定官ウォッチャーは、携帯用の鑑定器具を使う。

小さな注射器に指針計器アナログメーターの着いた感じの道具だ。


だが連中の本部、水時計城クレプシドラには、巨大な血統鑑定装置がある。

これは、血質だけでなく血統を探るさらに精密な鑑定ができる。


巨大な広間ホール全体を埋め尽くす大掛かりな装置だ。

数百の血液サンプルと優知性ガスが充満した試験水槽。

さながらプラネタリウムのようにも見えた。


補佐官の熱狂的な信者、血統鑑定局に関わりたがる者はいない。

連中は、血狂ちぶれた民族主義の権化だ。


純血人種は、連中の頭の中にしか存在しない。

それが連中には、分からないんだ。


だからこんな巨大な装置と狂った政府機関に何の意味がある?

血を理由に罰せられる社会は、正常か?


そんなことを私もサイファーと話し合った。


「エゼルレッド・バルバーニの《脳の探求》を知ってるか?」


「エゼ……中世の人ですか?」


「人間の精神を司る脳髄は、頭蓋骨の中に収められている。

 だから頭の形を測定することで人間の性質を鑑定できると主張した科学者だ。」


「頭の形でですか?

 今の血統鑑定みたいですね。」


「だろ?

 しかし科学的に間違っているとして消滅した。

 けど血統鑑定だってそうなるかも知れないじゃないか。」


「あまり考えたくないな。」


とサイファーは、苦笑いした。


「子供の時に血質が48もあるって教えられたのが自慢だったんですよ。

 そりゃ、狩人様に比べれば良い数字じゃないけど。」


「ははは。

 いたな。

 血質を自慢する同級生って。」


「イギーは、どれぐらいだったんです?」


「60あったよ。」


「へえ。」


するとサイファーは、しばらく黙って考えていた。

そしておもむろに口を開く。


「この話、前にもあったような…。」






「おっほ。

 あの尻、ブッ叩きてえ。」


「ああいう尻の持ち上がった女は、妊娠し易いんだぜ。」


「良い…。」


街で下らない連中の話し声が耳に届いてしまった。

私が毎日、同じ場所を通るからいけないのか。

彼らの家は、あそこだから仕方ないが。


「おはようございます。」


「おはよう、サイファー。」


私は、同僚に挨拶して仕事机に着く。


「髪型変えた?」


私は、サイファーを見てそう言った。


「ちょっと恋人と喧嘩して…。

 ……今のままだと別れちゃうかも。」


「それがいいよ。

 あの女、最低だぜ。」


「そんなこと言わないでください。」


と言ってサイファーは、少し怒った。


「いや、でもね。

 完全に君を財布代わりにしてないか?

 ちょっと考えた方が良いよ。」


「それは、自由じゃないですか。」


私は、サイファーが可哀そうでならなかった。

ハッキリ言って遊ばれてる気がするんだが。


「そういえばサイファー。

 この前、カジノに行ってきてどうだった?」


「えっと……あはは。

 盛大に負けましたよ…。」


「エゼルレッド・バルバーニの《脳の探求》を知ってるか?」


「犯罪心理学ですか?」


「頭の形で人間の精神性や人格を鑑定するという学問だよ。

 サイファーは、あまり失敗を深く考えないタイプじゃないか?」


「えー?

 頭の形で人間の性格なんか分かるんですか?」


「それだよ。

 血質で人間の価値なんか決まるのかな。」


「なんですか、それ?」


「血質なんかで人生決まらないよ。

 それに血質の良い女なら他にもいるさ。

 今の恋人は、別れなよ。」


「…でも、もし子供が血統鑑定で弾かれたら…?

 子供が()になるんじゃないかと不安なんです。」


「……私の血質は、60なんだけど。」


するとサイファーは、何か思い出したように目をしばたかせる。

そして少し考えてから再び口を開くんだ。


「………ねえ、イギー。

 この話、前にもあったような…。」






「ひひっ。

 乳揺れ堪んねえ。」


「ああいう尻の持ち上がった女は、妊娠し易いんだぜ。」


「俺、あの女やったら一発で孕ます。」


街で下らない連中の話し声が耳に届いてしまった。

私は、連中の前を通り過ぎ、足早に職場に向かう。


「……だからこの前のことを謝って欲しいんだ!」


「そんなのあなたに関係ないじゃない!」


職場に入るとサイファーが恋人と喧嘩していた。

外の連中が話している女は、こいつだ。


「あっ。

 …おはようございます、イギー。」


私を見つけて驚いたサイファーは、私に挨拶する。

サイファーの恋人も私の方を見た。


「おはようございます。」


「……おはよう。」


私は、女を睨みつけた。

彼女は、逃げるように部屋を出ていく。


私は、私の仕事机に手を置く。

少し温かい。


机の上にあの女が座ったか。

まさかここで楽しんだ訳じゃないだろうな。

そう信じたい。


「この部屋に彼女を入れるのは、やめてくれ。」


「すいません、イギー。

 ここには、来るなと言ったんですけど…。」


信じて良いのか?

私は、疑惑の目でサイファーを見る。


少し険悪な空気の中、私たちは、仕事を始めた。

しばらくしてサイファーは、おもむろに口を開く。


「………あれ。

 この話、前にもあったような…。」






ミュリエットミンスター区、グラームス通り。


帝都ヤーネンドンでも特に豪奢な建物が立ち並ぶ。

ミュリエットミンスター大聖堂を中心に官庁街や富裕層向けの商店が集まっている。

だがこんな場所にも開発に取り残された一角がある。


チャールズ・クルックシャンク私立探偵事務所。

それは、肩をすくめて立っているように細く、貧相な3階建てのビルだった。

老舗百貨店でもない貸しビルがどうして今も建っているのか見当もつかない。


「……銀行強盗でもするか。」


エドヴァルダ(テディ)は、紅茶をしばきながらそう言った。


白く美しい磁器の肌。

北方人種エッサー人のシンボル、燃えるような紫の瞳。

そして男たちが見惚れる美しい顔立ち。


だが彼女は、単に美女というには、身体が大き過ぎた。

薄い金髪をシニヨン編みしていると好戦的な顔立ちも相俟あいまって女戦士のようだ。

それに彼女自身、自分がヴァイキング戦士の末裔だと信じている。


彼女の前には、あざが目立つ若い男が座って茶を飲んでいた。

彼がこの事務所兼自宅の主、チャールズ(チャック)だ。


「……その心は、テディ?」


「当面の暇つぶしになる。」


「おや。

 君のことだから古式銃フュージルとロングソードで堂々と攻め込むと思った。」


と言ってチャックは、菓子をポリポリ食べ始める。


「その後さ。

 銀行強盗の次は、脱獄計画だ。」


テディは、そう言いながら凶暴な笑みを作る。

若い娘ならその場で漏らして夢にまで見るような強烈な奴だ。


「すごい!

 じゃあ、その後は、海外逃亡かい?」


チャックは、馬鹿にしたように茶化した。

テディは、不満そうに相棒を睨みつける。


「そうならないように仕事を探して来いって言ってるんだッ!」


「お前が酒を飲んでくるから!

 蓄えが無くなったんじゃないか!」


チャックは、そう言って反論する。

テディは、額に血管を浮かべて微笑んだ。


「て、てめえ……!」


仲直りのセックスなんかするんじゃなかった。

特に金銭問題は、一時の盛り上がりで解決し得ないのだ。


しかし和平の使者は、唐突に舞い降りた。

電話の呼び鈴が鳴ったのだ。


チャックは、苛立ちを我慢して受話器を取った。


「はい、チャールズ・クルックシャンク私立探偵事務所。」




後日、背の高い美女がやって来た。


「えっと……イグナティア・マガリャンイェスさん?」


チャックがメモを見ながら依頼人の名前を確認する。


「マザリン。」


テーブルの向かいに座る女は、そう言った。


まるで物語の主人公のような美人だが、ただの警察官だという。

もちろん外見と能力や肩書きには、何の関係性もないのだが。

人間は、彼女のような美人を何か特別な存在と一方的に空想するものだ。


「それでご依頼は、何でしょう。

 今日ここでお話し頂けると伺っていましたが。

 …それで宜しいのですね?」


迷惑な話だ。

こうして実際に会うまで依頼を伏せるというのだ。


「実は、私は………。」






「えっと……イグナティア・マガリャンイェスさん?」


チャックがメモを見ながら依頼人の名前を確認する。


いつから居たのか。

凄い美人が事務所にやって来ていた。


けれど、いつ入って来たか覚えがない。


チャックは、チラッとテディを見る。

彼女も面食らった顔をしていた。


「マザリンです。

 イグナティア・マザリン」


テーブルの向かいに座る美人は、そう答えた。


「えっと……。

 ご依頼は、何ですか。

 確か今日、ここで説明して頂くことになっていると思うのですが……。」


妙な話だ。

向こうだってここで断られたら困るだろうに。


「実は、私は………。」






「………あれ。」


チャックが顔をあげると知らない女が事務所に入って来ていた。

今、彼の前にテーブルを挟んで反対側に座っている。


凄い美人だ。

確か今日、依頼人が来る約束だった。


チャックは、手帳を引っ張り出した。

メモには、イグナティア・マガリャンイェスという名前、約束の時間が書いてある。


時計に目をやると約束の時間を過ぎている。

よく分からないが、とにかくこの場を取り繕う。


「えっと、イグナティアさんですね?」


「はい。

 イグナティア・マザリンと言います。」


「………あれ。

 この話、前にもしませんでしたか?」


チャックは、口元を手で押さえて考え込む。


「なあ、テディ。

 前にもこんなことがあったような気がするんだけど。」


チャックがテディに訊くと彼女は、肩を揺すった。


「はあ。

 …何がよ?」


テディは、まったく思い当たる節がない様子だった。

チャック自身、何が思い当たるのか分からない。


「失礼。

 それでご依頼は?」


「実は、私、特別な能力ちからを持っているんです。」


そう依頼人は、打ち明けた。


これを聞いてチャックは、別に驚かなかった。

何といっても変わった依頼を専門にする探偵だ。


「ほう。

 具体的には?

 念動力とか透視能力のような?」


チャックが質問すると依頼人は、意味ありげな視線を送る。

大変な美人だけにチャックは、ドキリとした。


「私、人の記憶を消すことができます。」


依頼人がそう言うとチャックは、片方の眉を吊り上げた。

そして暫く口を真一文字にして考えていた。


「記憶を消す。

 ……というと例えば、どういった風に?」


チャックが訊ねると依頼人は、やや興奮気味に答える。


「もう何度も貴方の記憶を消しましたっ!」


「……そ、そうなんですか?」


「そうです!

 でも最近、自分でも分からなくなってきたんです!!」


依頼人は、席を立ち、発狂したように喚き始める。


「本当に私は、記憶を消せてますか!?

 それとも私がおかしくなってるってことないですか!?」


「お、おい。

 落ち着けって。」


テディがそう言って依頼人の肩を抑える。

だが依頼人は、そうとう神経質になっているらしい。

興奮して目を血走らせていた。


「よく言われるんですぅぅぅ!!

 前にも同じ話したよねって!!

 私の話がつまらないのかなァッ!?


 それとも記憶を消せてないってこと!?

 なんだか皆、私の話しなんか聞いてくれてないって…!!

 ねえ、私って本当に記憶が消せてますか!?


 なんで、なん…分からなくなってきちゃったッ!

 みんな私に適当に答えてるだけですか!?

 話を聞いて欲しいのッッッ!!!」




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