初売り(2/4)
3.
河村は小さくため息をついて、路地へと入った。その奥では、十二、三歳ほどに見える少女が座り込んで、身を震わせていた。
真冬だというのに、寝巻きだろうか、薄い着物を一枚まとっただけで、裸足である。御徒町──新吉原からは徒歩圏内。おそらく、見習い遊女が逃げてきたのだろう。
「また厄介な案件を……」
河村は、面倒くさそうな目つきで橘のほうを見た。
「契約の形態を取っていますからね。警察に連れて行けば、結局は店に戻されるでしょうけど……仕方がないですよ。」
大きな怪我も熱もなければ、交番に連れていくか。あるいは、橘がごねるようなら、一緒に店まで行って、あまり叱られないよう、多少は包んでやるか。
そう考えながら、河村は少女に近づいた。
怖がらせぬよう、できるかぎり優しい声をかける。
「怪我してないよね?」
少女は怯えた目で河村を見つめた。 河村は外套を脱ぎ、それを少女の肩にそっと掛けてやった。
「……お兄さん、軍の人?」
その一言に、河村の表情がわずかに強張った。
彼は橘の方を振り返り、財布を投げる。
「松坂屋で子ども用の服を。靴とコートも忘れずに。」
橘は無言で財布を受け取ると、すぐに踵を返し、路地を駆けて出て行った。その姿を見送ったあと、河村は少女の隣に静かに腰を下ろした。
肩先がわずかに震えている。寒さか、恐怖か。いや、おそらく両方だ。
「私の名前は、河村学。君は?」
返事はなかった。しばらく間を置いてから、河村は質問を変えた。
「さっき……どうして、“軍の人か”って聞いたの?」
少女は小さく身を縮めたまま黙っている。 河村は小さくため息をつき、ポケットを探る。飴玉が二つ。一つを口に放り込み、もう一つを少女の前に差し出した。
「……よければ、どうぞ。」
少女は一瞬ためらったが、やがておそるおそる手を伸ばし、飴を取った。
そして、かすかに唇を動かす。
「……ありがとう。」
声は消え入りそうに小さく、それでも確かに届いた。
4.
しばらくして、橘が荷物を抱えて戻ってきた。
「女児用の福袋を買って、足りない分は買い足してきたわ。」
そう言いながら、橘は大きな袋を二つ、河村に手渡した。中を覗くと、靴とコートのほか、下着類まで一通り揃っている。
「五円使ったけど……いいよな?」
「別に構いませんよ。」
河村は袋から靴下と靴を取り出し、少女に差し出した。少女は小さく頭を下げ、それらをそっと受け取る。河村は語気をやや強めて聞いた。
「それで、どうする。店に戻るなら、一緒に謝ってはやるが……」
河村の言葉に、少女は小さく首を横に振った。
河村は少し険しい目をして、声を落とす。
「とりあえず、私の家でもいい。……だが、軍人だぞ?」
少女は怯えたように河村を見つめた。そして、震える声でぽつりと問う。
「……どっちの?」
河村は、ゆっくりと息を吐いた。そして、少女の目を真っ直ぐに見つめる。
「海軍の軍医だ。……まあ、半分は軍人、半分は医者といったところだよ。」
少女の瞳に、安堵の色が浮かんだ。
「……よかった。」
思わず漏れたその言葉を、河村は黙って聞いた。そして、誰にも聞こえないほどの小さな声で──いや、自分自身にだけ聞こえるような声で、つぶやいた。
「……ちっとも良くない。」
更新不定期ですみません(゜o゜;;




