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縁(後編)

3.

「河村、桐島と会ってみるのはどうだ?偶然とは言え向こうから接点を持ってきた以上、利用しない手はない。」

 竹内が低く静かな声で言った。

「は?」

 河村が思わず声を上げたが、竹内は意に介さず続けた。


「お前には桐島と接触する口実がある。礼状への返事を名目に会ってみろ。陸軍の動きを探る好機だ。面識がないならなおさらだ。自然に近づける。」

 河村は慎重に言葉を選んで竹内に尋ねた。

「……つまり、海軍として陸軍の特務機関と水面下で繋がれということですか?」

「お前がそう思うならな。少なくとも向こうがどこまで情報を出してくるのか、探る価値はあるだろう?」

 竹内は微かに笑っていた。


4.

 河村は竹内にコルセットの付け方を教えた後、医務局に戻り桐島への返事を書き始めた。何度も書き直した結果、出来上がった手紙には次のような内容が綴られていた。


 まず、知り合いへの礼状と薬入れの返却に対する礼から始まり、薬入れがかつて自分が連れに贈ったもので、このような形で戻ってきたことへの不思議な縁を感じていると続けた。さらに、知人が桐島の役に立てたことを喜ばしく思い、わざわざ女将に聞いて自分に手紙を書いてくれたことへの感謝を述べていた。


 そして、このような縁も何か意味があるのかもしれないと考え、迷惑でなければ常盤楼など落ち着いた場所で直接お話しできないかと誘う言葉で締めくくった。


 河村は断りの返事がくるよう願いながら封をしたが、その願い虚しく桐島からの返事は「是非に」とのことであった。


5.

 約束の日、待ち合わせの二十時より少し早く着いた河村は、先に座敷に通され桐島を待っていた。仕事帰りではあったが、軍規の厳しさと私的な会合であることを意識して、濃紺のジャケットにグレーのスラックス、白いシャツに細いネクタイという私服を選んでいた。


 時計の針が二十時を十分ほど過ぎたところで、桐島が姿を現した。軍服姿だった。参謀本部での仕事が長引いたのだろうと、河村は思った。


 桐島は背が高く細身であった。病で急に痩せたのか、肩のあたりがわずかに余る軍服が彼の体に合わず、ズボンのベルトがきつく締められているのが目についた。それでも背筋はまっすぐに伸び、整えられた短髪と射抜くような眼差しが、軍人としての威厳を感じさせた。


 桐島は腰に差した軍刀をそっと外し、座敷の隅に立てかけながら「遅れてすまない。」と静かに言った。


6.

 河村は立ち上がり、軽く一礼して言った。

「いえ、お忙しいところお越しいただいて恐縮です。海軍医務局の河村です。」

桐島は会釈し、簡単に名乗った。

「陸軍の桐島だ。」

 河村は桐島の襟章に目をやり、

「同じ少佐ですし、今日は堅苦しい話は抜きにしましょう。」

 と言って座った。


「お身体に障りが無ければ、まずは一献いかがですか?」

 河村が盃を差し出した。 桐島は少し考えてから

「では一杯だけ頂こう。」

 と言い、河村が注いだ酒をゆっくりと飲み干した。


「これ以上は医者と妻に叱られる。助けてくれた方から聞いているかもしれないが……」

 桐島が言った時、河村は首を横に振った。


「あいつからは何も聞いていません。実はあの日、少し仲違いをしましてね。それ以降顔を合わせていないのです。」

「無理をして話す必要はありません。」

「いえ、私の懺悔も兼ねて聞いてください。あいつは軍医だったのですが、少し前に上司と諍いがあり、軍をやめたのです。私は彼を無責任だと責めました。でも、あの日に彼があなたの役に立っていたと聞いて、間違っていたのは自分ではないかと思えてならないのです。」

 河村が静かに続けた。桐島は何も言わず河村に盃を差し出した。


7.

 その後は、芸妓たちに口止めしていたこともあり、他愛のない会話が続いた。分かったのは、桐島陸の名前が陸軍士官だった父によって、息子にも陸軍の軍人になってほしいと願って付けられたことくらいだった。


 お開きの時間となり、桐島が軍刀を手に立ち上がると、河村も席を立った。

「今日は遅くまでお付き合いいただき、ありがとうございました。こうしてお会いできたのも縁です。また機会があればゆっくりとお話ししたいですね。」

「そうだな……」

桐島は一言だけ答えた。


 河村はかばんから名刺を取り出し、鉛筆で電話番号を書き加えながら言った。

「もし何かあれば、私の自宅に電話がありますので、こちらにご連絡ください。医務局を通していただいても構いません。よろしければ、そちらの連絡先もお教えいただけますか?」


 桐島は一瞬黙り、河村の名刺を手に取ってじっと見た後、軍服の内ポケットから自分の名刺を取り出し電話番号を書き加えて河村に差し出した。


「ありがとうございます。では、またお会いできる日を楽しみにしています」

 河村は軽く頭を下げた。


「結局何も分からなかったが、連絡先を交換できた分だけでも良しとするか。」

 河村はその後無言で家路を急いだ。


 地平線近くの北斗七星はぼんやり霞んでいた。星の光は弱く、まるで行く末を示すことを諦めたかのように見えた。

桐島さんとの縁がなかなか回収できません……

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