縁(前編)
1.
週明けの月曜日、河村が医務局で資料を整理していると、歴史編纂室の竹内中佐が腰を押さえながらゆっくり部屋に入ってきた。
「久しぶりに無理をしたら腰を痛めてな。コルセットをくれ。これでは仕事にならん。」
竹内は河村の方を向いて言った。河村は少し目を逸らして言った。
「それは災難でしたね。採寸をするのでこちらへどうぞ。」
河村は竹内を手招きした。
腰回りなどを測りながら、河村が聞いた。
「既存のもので良ければ午後には用意できますけど。」
「あぁ、それで。すまんが少佐に部屋まで持ってきてもらっていいか?」
と竹内が答えた。名指しで呼び出しだな……と河村は内心でため息をついた。
2.
コルセットが届いてすぐに、河村は歴史編纂室を訪ねた。受付に要件を伝えようとしたところ、奥から竹内の声がした。
「悪いな。そのまま入ってくれ。」
河村は受付に軽く頭を下げ、竹内の部屋に入った。
河村は静かにドアを閉めた後、コルセットを椅子に置き、姿勢を正してから敬礼した。
「金曜日は不甲斐ないところをお見せし、中佐にご迷惑をおかけしてしまいました。誠に申し訳ございません。」
短く言った後、深く礼をした。
「そのことはもういい。今日呼んだのは別件だ。」
竹内は小包を投げるように河村の前に置いた。
「陸軍から、お前宛にだ。悪いが中は調べてさせてもらった。お前、桐島とどういう関係だ?」
「桐島?……心当たりがありませんが、荷物を見てもよろしいですか?」
竹内が頷くのを確認してから、河村は小包を開けた。中には手紙と、自分が以前、二階堂に贈った銀の薬入れが丁寧に包まれて入っていた。
「どういうことだ?」
河村は疑問を思わず口にし、手紙を読めば分かるかと思い、封書を開いた。そこには丁寧な文字で、新橋の置き屋で宴会中に体調が悪くなり、通りがかった男性に助けてもらったことへの礼と、薬を入れて持ち歩くようにと銀のケースをもらったことが書かれていた。
さらに、失礼とは思ったが女将に頼み込んで男性の身元を聞き、河村の連れだと分かったので、礼状とともに銀のケースを返却して欲しいと頼む旨が記されていた。
署名は『桐島陸』。それを見た河村の顔色が変わった。
「桐島って参謀本部の桐島陸ですか!?」
竹内に尋ねた声がうわずっていた。
桐島陸、陸軍の特務機関に所属し、満州でソ連・中国方面のスパイ摘発と工作活動に従事していた男だった。河村が海軍から陸軍への医療派遣として満州に赴任した際、気をつけるべき人物の筆頭に名前が上がっていた。
桐島は、体調を崩し河村と入れ替わるように帰国し、本省に転勤となっていた。当時は「氷の桐島」と呼ばれるほど冷徹な判断を下すことでも知られていた。
手紙の内容と状況から考えると、桐島を助けた男性は、満州海軍特設機関所属の二階堂だった。
―厄介な奴を助けやがって、と河村は思った。助けた相手も助けた男性も一筋縄ではいかない癖のある人物だった。
「常盤楼を私的に使った時に連れが桐島を助けたようです。」
河村は動揺を抑えて答えた。
「そのことは読めば分かる。」
「私自身は桐島と面識はありません。」
河村が言うと、竹内はしばらく何かを考えるように黙り込んだ。
この頃の1型糖尿病の方は大変だっただろうなと。
それでもインスリンがあるからだいぶ違いますが。




