兄(後編)
5.
「宝塚さん、一口いただくよ。」
河村が二階堂の後ろからひょいっとグラスをつまみ上げた。
「少佐!」
二階堂が声を上げたが、河村は構わずジンリッキーを一口飲んだ。
「ほんと辛いな……。」
眉をひそめて口を押さえ、すぐに笑った。
「おっと、そっちの軍人さんは甘党かい?薫、庭のミントを多めに毟ってこい。あと氷のおかわりもな。」
梓がまた橘に頼んだ。
橘が戻ってくると、梓はグラスに多めの砂糖とミントの葉を入れ、軽く潰してからバーボンを注いだ。氷を加え、ソーダで満たしてミントの葉を飾り、河村に渡した。
「梓特製ミントジュレップ、砂糖が二倍だ。」
河村は数口飲んで目を細めた。
「爽やか甘さですね。」
それから梓が調子に乗って次々とカクテルを作り、皆、だいぶ酔ってしまった。
「酔うとびゃっこ判断力が鈍りますからねぇ。」
河村がやや緩んだ口調で言った。
(*びゃっこ=秋田弁で少し)
6.
橘はまだ遊び足りないらしく新たな賭けを提案する。
「えー、ここで終わったら不完全燃焼だ。よし、何か持ち物を賭けようぜ!じゃあ、俺はこの帽子。」
橘はポールハンガーからパナマ帽を取って指でクルクル回した。
「私は何も持ってないぞ。」
伊達が言った。
「眼鏡を賭けろよ。」
橘がからかうと、伊達はため息をついた。
「馬鹿を言うな。」
伊達はカバンの中を探って名刺入れを取り出した。
「河村は何かけるの?そのカフスとかちょうど良くない?」
橘が河村の袖口を見ながら言うと、河村は渋い顔を見せた。
「いや、これは…」
その青いカフスは、二階堂が河村に贈ったものだった。
「ようは負けなきゃいいんですよ。」
二階堂が河村に言った。
「じゃあ、僕はこれを賭けます。」
二階堂はポケットから銀の薬入れを取り出した。それは河村がカフスの礼にと二階堂に贈ったものだった。
「兄貴は賭けねえの?」
橘が聞くと、梓はトランプをきりながら言った。
「そういうのはもう卒業したよ。だいたい俺の職業知ってるだろ?刑法百八十五条案件だぞ。そのかわり勝負の方法を俺が考えてやる。」
梓はしばらくトランプをいじりながら、ポーカーかブラックジャックか、それとも七並べかと迷っていたが、
「よし、めんどくさいから一番大きな数を出したやつが優勝な。四位は一位に賭けたものを渡す。Aが一番強いでいくぞ。」
と全てを投げ出したようなゲームを提案した。
「異議がないなら、一枚ずつ引いて、『せいの』で表にしろ。」
梓がトランプを扇状に広げる。誰も反対せず、梓が広げたカードを皆が一枚ずつ引いていった。二階堂はもしこれで最下位なら、自分もその程度かと内心思っていた。
伊達がクラブのA、
河村がダイヤの10、
二階堂がスペードの8。
橘は軽く舌打ちして、
「俺の負けだ。めくらなくても、どうせ4か5あたりだろ。」
と梓を見ながら言い、さらに伊達の方を見た。
「めくらない理由は伊達のパナマ帽が見たかったってあたりか。」
梓が笑った。
梓はふふっと笑ってカードを片付けた。橘はパナマ帽を伊達に放り投げ、伊達はそれを受け取る。
「勝ったのに罰ゲーム気分だな。被る義理はないが……」
伊達は帽子をしっかりと頭に載せた。
「お、南洋の島で昆虫研究してる学者っぽいですね。」
河村が小さく笑った。
二階堂はなんとも言えない顔でため息をつき、空になったグラスを梓に見せた。
「もう一杯カクテルを下さい。甘くないやつを。」
「次は俺が勝つ番だからな!」
橘がビールをあおると、皆が笑いながらグラスを手に取った。
──僕も同じように笑えるかな。
二階堂は張り付いた笑顔にならないように笑ってみた。
パラオのビーチから更新いたしました。
元海軍基地の敷地です。




