辻占菓子(後編)
4.
神田明神に詣でた後、河村と橘は東京魔術倶楽部まで連れ立って歩いた。いつもは賑やかな東京駅周辺も正月休みで店は閉まり、何処か閑散とした雰囲気だった。
「今日はカフェもお休みですね。寒いしさっさと倶楽部に急ぎましょう。」
河村は少し歩みを早めた。橘も歩調を合わせつつ河村に話しかけた。
「なぁ、さっきの奴、伊達の女かな?」
「知らないですよ。直接聞けば?」
河村はそっけなく流した。
5.
河村と橘が倶楽部に着くと伊達はソファで飲みかけの珈琲を手にしていた。いつものスーツ姿ではなく紋付袴だった。近くの料亭であった親戚の集まりが長引いたため、着替える時間が無かったらしい。
「ここまで遅刻するなら、着替えてくれば良かったな。」
時計を見ながら伊達が言った。目の前の珈琲は冷め切っている。
「橘さんが悪いんですよ?待ったのが室内だからまだ良いじゃないですか。私なんて寒空の下四十分です。」
河村が外套を脱ぎながら言った。
「そうだぜ。ここは暖房が効いてて、珈琲もあるしな。」
橘がうそぶいた。
伊達と河村は『お前が言うか?』と呆れた顔で視線を交わした。
「寒いし、さっき御守りをもらったから近くの神社に行くのはやめておこう。」
橘はソファにどかりと腰掛けた。
伊達は、何のために時間を決めて集合したのかと思う気持ちを抑えて橘に御守りのことを尋ねた。
「河村に聞いて。」
橘は小さくあくびをしながら答えた。
「神田明神で伊達さんの知り合いに会ったんですよ。稲葉さんという方で、教授によろしくと御守りと辻占菓子を預かってきました。」
河村は御守りと菓子が入った紙袋を持ってソファに座り「私にはココアを。」と給仕に声を掛けた。
伊達、橘、河村は御守りを一つずつ分けた後、辻占菓子に目をやった。三つあるということはそれぞれにということだろう。
「じゃ、俺から頂くよ。」
橘が辻占菓子に手を伸ばした。菓子は茶色く曲がった甘い煎餅で中に紙が挟まっている。橘が『恋みくじ』と書かれた面を裏返すと色歌が記されていた。
立てば芍薬 座れば牡丹
綺麗な花に 棘が刺す (中吉)
「美しい女性ほど恐ろしいのは世の中の理さ。」と橘は声を出して笑った。
橘は伊達と河村の顔を代わる代わる見ながら
「次は伊達だな。」
と指名した。伊達は仕方なくと言った様子で辻占菓子に手を伸ばした。
好いた主とは 一夜の契り
次は来世でまた逢おう (吉)
紙を覗き込んだ橘が『ヒュー』と軽く口笛を吹いた。
「いいねぇ、艶っぽいね。もしや稲葉嬢がお相手か?」
橘が伊達を茶化すと、
「彼女とそんな関係ではない。」
と伊達は短く返した。
「私は菓子だけで良いのに。」
河村はいつもの調子で辻占菓子に手を伸ばし紙を引き抜いた。そして煎餅部分を口に入れながら、恋みくじを一瞥した。
異国に咲く蘭の花
いっそ落ちる奈落まで (凶)
河村は軽く鼻で笑い、紙をくしゃくしゃと丸めポケットにいれた。
「何が書いてあったんだ?」
橘が興味津々に尋ねたが、河村はすました顔で
「なかなか美味しい菓子でしたよ。」
とだけ返した。
6.
橘は河村の恋みくじを見せてくれなかったことに拗ねたような顔をしたが、ふと神田明神での稲葉との会話を思い出して伊達に尋ねた。
「よもつへぐいって何だ?」
「正月にする話題じゃないな。」
伊達は前置きした上で内容を橘に伝えた。
黄泉戸喫とは、黄泉の国でかまどの飯を食べること。それは黄泉の国の者となることを意味し、現世には戻れないとされる。
「ああ、イザナギとイザナミの話ね。」
橘が納得したように頷いた。
「黄泉戸喫の話、どこで聞いたんだ?」
伊達が尋ねると、橘が答えようとしたが
「新年にする話じゃありませんよ。」
と河村がそれを制した。
それからしばらく、三人はいつものように倶楽部で時間を過ごした。三が日ということもあり、倶楽部の中はいつもよりひっそりとしていた。
橘がトランプを手に弄びながら、
「男やもめが正月からやだね。」
とつぶやくと、伊達と河村は顔を見合わせて苦笑した。
7.
「では、私はそろそろお暇します」
二十二時を回ったころ河村がと外套を羽織って倶楽部を出て行った。外に出ると、雪がちらついていた。
寒いなと河村がポケットに手を入れると、指先に何かが触れる。
「ん?」とつぶやき、取り出してみると、それは三枚の小さな紙だった。
それはさっき見た恋みくじをふた回りほど小さくしたくらいの、辻占菓子に入っているような紙だった。そこに記されていた文字は以下の通りだ。
凶
凶
大凶
「これはこれは。」
河村は目を細めた。紙片は、河村の手の中で静かに消えた。
辻占菓子の紙に書く内容、めちゃくちゃ悩んで書きました。
伏線なのか何なのか、それはいつかのお楽しみ。




