帝都復興祭
1.
関東大震災の復興が進み、街並みが新たに整えられた東京は「帝都復興祭」の賑わいに包まれていた。銀座から神田にかけての通りには、屋台と提灯が並び、人々の笑い声や音楽が響き渡っている。東京魔術倶楽部の会員も祭に出かける者が多くいた。
そんな中、会員の一人、田中が額に汗を浮かべ、息を切らせながら倶楽部に駆け込んできた。
「財布でもすられたのか?」
橘薫がトランプ遊びの手を止めて軽い調子で尋ねる。
しかし田中は、ポケットから一枚の紙を取り出し、
「すられたというか……その逆ですね。」
と苦々しい表情で言った。その紙には赤いペンでこう書かれていた。
『お前は呪われた。審判の日は近い。』
橘が興味を示し、紙をひったくるように受け取る。
「何これ、脅迫状?」
「心当たりは?」
冷静な声で尋ねるのは伊達政弘、帝大の教授であり、倶楽部の理論派の代表的人物だ。
「全くないんです。ただ……妙に怖くて。」
田中が軽く震えながら答える。
「ただのイタズラじゃないですか?」
海軍の軍医である河村学が飄々と言った。しかし、その表情はどこか探るような鋭さを帯びていた。
その後、同様の紙を手にした会員が二人、相談にやって来た。彼らはそれぞれ神田近辺を歩いている際、何者かにぶつかった後で紙が懐に入っていることに気付いたという。
「どうやら特定の場所で仕掛けられたもののようだな。」
伊達が冷静に推測した。
2.
その日の夜、伊達は大学の研究室に紙を持ち帰り、成分を分析した。しかし、特別な薬品や成分は何も検出されなかった。
「やはり普通の紙のようだ。ただし、心理的な効果は侮れない。」
伊達はそう結論づけたが、違和感はぬぐえなかった。
翌朝、倶楽部に再び集まった伊達、橘、河村の三人は、現場検証を兼ねて神田へと向かった。
「財布をすられないようにしてくださいね。」
河村が冗談交じりに言いながら、スーツの懐をポンポンと叩く。彼は質の良いスーツを着ており、お金持ちの若旦那のように見えた。
橘は気の抜けた様子で言い返す。
「俺はスリに狙われるほど金持ちじゃないけどな。」
「いやいや、橘さんは合格ですね。狙われやすい雰囲気を出してますから。」
河村が笑いながら言った。
「この議論は不毛だな。」
伊達は苦笑した。
三人が祭りの雑踏に紛れた頃、少年が橘に軽くぶつかった。
「おっと。」
橘が軽く受け流す。
その二十秒後、河村がにこにこと笑いながら、懐を指差すジェスチャーをした。
「なんだ?」
橘が怪訝な顔をし、懐に手を入れると何かが手に触れた。
「あ、紙が入ってる。」
河村はその場で観光客を装いつつ出店を見て回り、橘にぶつかってきた少年を目で追う。そして少年が河村に軽くぶつかると同時に、彼の手を掴んだ。
「何も盗ってないぞ!」
少年はそう叫ぶが、河村は微笑を崩さず、懐から紙を取り出して見せる。
「これを入れたのは君だろ?」
少年は一瞬たじろぐが、すぐに口を開いた。
「親方に言われたんだ。金持ちそうな奴の懐にこれを入れろって。スリじゃないから捕まっても子どものいたずらで済むだろって。」
河村は頷きながら1円紙幣を少年に渡した。
「正直に話してくれてありがとう。親方のことを教えてくれると助かるんだけどな。」
少年は迷った末、
「浅草の露店を仕切ってる男だ。」
と小さな声で言った。
3.
三人は少年を解放した後、大通りから外れたカフェに入る。甘い物が好きな河村は、相変わらず大量のパフェを注文している。
「一体何の目的なんだろうな?」
橘がつぶやく。
「道すがらに見たポスターと関係があるかもしれないな。」
伊達が答えた。
「ポスター?」
「新興宗教だ。神命救教と書いてあった。」
伊達は冷静に言葉を続けた。
「さっきの紙には脅し以上の意図があるはずだ。」
河村はパフェを一口食べて言った。
「品のない勧誘方法ですね。必要となったら調べますよ。私も暇ではないですから。」
「倶楽部の会員には、ただの子どものいたずらってことで安心させておこうか。」
橘が笑うと、河村も頷き、またパフェを口に運ぶのだった。




