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嵐(後編)

7.

 松下があの夜の出来事を話してくれたのは、数日後のことだった。だが、彼の記憶は曖昧で、

「いくつか海に投げ込んだが、何をどこへ投げたかは覚えていない」

 という頼りないものだった。


「三つのうち、二品はさほど問題ではありません。」

 支配人が口が静かに口を開く。

「一つは以前のペンダントの上位版とでも言いましょうか。身につけた人間に災厄をもたらす力を持っています。悪くすると命に関わることもありますが、それでも個人レベルの話です。」


「もう一品は?」

 伊達が聞くと、支配人はわずかに口元を歪めて笑った。

「恋人の浮気に嫉妬した女性が作らせた品です。男性にちょっとした不幸をもたらす程度の呪いですが、まあ……」

 支配人の視線は橘の股間のあたりをチラリとかすめた。

「それは男にとって大問題だ。」

 橘が渋い顔でつぶやいた。


 だが、次の品について話はじめると支配人の表情が急に硬くなった。

「しかし、本当に問題なのは三品目の鏡です。あれは災厄そのものと言っても過言ではありません。かつて多くの人々を破滅に追い込んだ曰くつきの品です。」


 支配人は淡々と話を続ける。

「厳重に封印した状態で海に捨てたのであれば、封印が解けない限りは災厄も抑えられるでしょう。ただし、捨てた場所がはっきりしない以上、いつどこで問題が起こるかは分かりません。」


「潜水夫を雇うのは?」

 伊達が提案する。

「実は翌日に何名か雇い捜索いたしました。しかし、海の広さを前にして全く成果がありませんでした。」


「写真は残っていますか?」

 河村が尋ねた。

「封印後の状態であれば。」

 そう言って支配人が取り出した写真には、赤い布と金属製の鎖で巻かれた鏡が写っていた。その物々しさに、三人は思わず息を呑んだ。

「これはまた厳重ですね。」

 河村が感想を漏らすと、支配人は神妙な面持ちで頷いた。


「この封印が解けた時、鏡に宿る災厄は何倍にも膨れ上がって解放されるでしょう。どうか見つけ出してください。」

 河村は写真を預かる許可を得ると、深々と頭を下げた。


8.

 河村の自室の机には、あの鏡の写真と共に、赤い布に包まれた厳重な包みが置かれていた。

その包みこそ、松下が海に捨てたかもしれないと言っていた鏡そのものだった。


 河村は伊達や橘に先回りして松下の自動車を調べそれを取り戻していたのだ。しかし、それを二人に打ち明けることはしなかった。

封印の施された鏡をじっと見下ろしながら、河村は複雑な表情を浮かべた。彼の胸中には激しい葛藤が渦巻いている。


「これを軍に提出すべきか?」

 情報部の上司からは、

「鏡を手に入れた場合、可能であれば持ち帰れ」

 と指示を受けていた。その命令が意味するのは、呪いの力を軍の研究に活用しようという意図だ。


 だが、鏡はただの物ではない。持ち主に災厄をもたらし、関わる者すべてを巻き込む凶器だ。それを理解している河村には、命令に従うことが正しいとは思えなかった。

「……どうして自分がこんな役回りを。」

 河村はつぶやきながら机に肘をつき、頭を抱えた。


鏡、忘れた頃に……

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