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東京魔術倶楽部へようこそ(後編)

5.

 ビリヤード場についた二人は、すぐにゲームに熱中した。ボールが転がる音、チョークの香り、そして競い合う緊張感が場を満たす。


「悪いが、俺の勝ちだな。」 

 橘は自信満々にキューを突いた。9ボールはまっすぐポケットへと進み、橘は勝利を確信し、笑みを浮かべた――が、その先に、あの紅いドレスの女が立っていた。


 橘は思わずキューを取り落としそうになり、伊達もまた、その姿を見て一瞬言葉を失った。

 女がにっこりと微笑んだ瞬間、9ボールはポケットの手前で、不自然に動きを止めた。


「お二人に、お願いがございますの。ゲームは、お話の後で。」 

 彼女は優雅に言葉を紡いだが、橘と伊達は、背筋にひやりとしたものを感じ咄嗟に返事ができなかった。彼女の存在は、ビリヤード場を一瞬で魔術の世界へと引きずり込む。


「一体、何の依頼かね?」 

 我に返った伊達が訝しげに尋ねると、目の奥を覗き込むように視線を合わせ、静かに語り出した。

「魔術儀式の最中、人が消えました。その事件の解明をお願いしたいのです。」

 伊達はあからさまに眉をひそめた。

「失踪事件か。興味深いが、我々は警察ではない。首を突っ込む理由はない。」 

 その声には、再び魔術倶楽部に関わることへの嫌悪感が滲んでいた。

 だが女は、まるで伊達の言葉が耳に入らなかったかのように、微笑み、淡々と語り始めた。


 消えた御曹司は失踪の前夜、盛大なパーティーを開き、多くの人と歓談した深夜まで倶楽部に残っていた。色恋に関する下世話な話題で盛り上がり、男を強くする儀式の話に食いついたという。しかし儀式の途中で悲鳴を残してた後は、蒸発したように消息を絶ったという。

 伊達は被害者の名を聞いたとき、軽蔑したように笑った。

「鈴木財閥のいけすかない息子か。あれが死のうが生きようが、私には関係ない。」


 その言葉に、橘がすかさず反論した。

「俺は、あいつと友達だ。俺が留年して放校になりかけたとき、教授に直談判してくれたんだ。それに、学生時代に借りた十円をまだ返してない。」

 伊達は少し驚いた表情を浮かべたが、一度断った手前か、冷たく言い放った。

「だが、私には関わる理由がない。」

 その言葉を受け、女は穏やかな笑みを浮かべた。


「お考えが変わったら、倶楽部においでください」

 女は優雅に一礼すると、その場を去っていった。彼女の姿が見えなくなった瞬間、9ボールが静かに転がりはじめ、ごとりとポケットに落ちた。


6.

 意外にも、魔術倶楽部に再び足を踏み入れることを提案したのは、伊達の方だった。苦虫を噛み潰したような表情で、彼は橘に告げた。

「失踪した鈴木の弟が、来年うちの研究室に入る。くだらんことが勉学の妨げになってはいけない。」 

 伊達は舌打ち交じりに顔を背けた。

「伊達がそう言うなら、異存はないぜ。」 

 橘は、伊達のわざとらしい様子を見て「依頼を受ける理由を、必死で絞り出したな」と思ったが、それを口に出さず満面の笑みで応じた。


 翌日の昼、二人は魔術倶楽部の地下にある事件現場の部屋を訪れた。そこは儀式が行われた当時のまま、保存されていた。血痕はすでに消されていたものの、床にはうっすらと魔方陣の跡が残り、儀式に用いられた道具が雑然と散らばっている。

「こちらが儀式の記録でございます。」 

 倶楽部の給仕が古びた羊皮紙を差し出した。それには、失踪の夜に行われた儀式について、細かく記されていた。


 橘は内容にざっと目を通しながら、隣の伊達に聞こえるようにつぶやいた。

「男の魅力を上げるなら、こんな小難しいもん読むより、神保町あたりの裏本でも読んだ方が、よっぽど元気が出ると思うけどな。」

 伊達は眉根を寄せ、真剣な表情で羊皮紙を熟読する。

「これは危険な行為だな……息を止めたままこの工程を行えば、酸欠を起こすだろう。それによる恍惚感か幻覚か。」

 橘は羊皮紙を見つめたまま、ぽつりと言った。

「この儀式、基本は二人でやるのか……いや、普通に恥ずかしいだろ。」

 

 そのとき、伊達がふいにハッとしたように手を打った。

「……もしかすると、これは失踪ではなく、自発的な逃走かもしれん。通常、一人にならないはずの儀式なのに、記録では同席者の記述が抜けている。」

 伊達の言葉に、橘もうなずいた。

「じゃあ、近隣で目撃情報がないか聞き込みしてみようか。」



7.

 調査を進めるうちに、二人は驚くべき証言を得た。隣接するホテルの従業員が、失踪した鈴木と女性が、裏口からこっそり出ていくのを目撃していたのだ。

「あれは、夜中の二時過ぎだったでしょうか。高そうなスーツを着た男性が、美しい女性に手を引かれて、あちらの方向に向かっていました。」 


 従業員の男は、東京駅の方角を指差した。女性の恐ろしいほどの美しさと、鈴木のふらついた足取りが印象的で、よく覚えていたという。月の無い夜にも関わらず女の顔ははっきり見えたと。


 その証言を聞いた伊達は、思わず声を上げた。

「やはり魔術はまがい物。失踪ではなくただの恋愛沙汰だ。儀式は駆け落ちのカムフラージュだよ。」


 二人は探偵さながらに調査を続けた。丁寧な聞き込みと橘の勘を頼りにあちこち歩き、何ヶ所かの空振りを経てついに鈴木の潜伏先を新橋のとある部屋だと突き止めた。


 土曜の深夜、扉を開けて踏み込むと、そこには――鈴木がいた。

 女と、濃厚なキスの最中であった。女は鈴木に覆いかぶさり、情熱的にその頭を抱いていた。


「鈴木!」

 

 橘が声をかけた瞬間、女がゆっくりと振り返る。従業員の証言通り、信じられないほどの美女だった。しかし、その瞳は赤く、妖しく、光っていた。女は橘と伊達を見つめ、ゆるく微笑んだ。口元からちらりと白く鋭い牙が覗く。


「ごちそうさま。代償を払う覚悟が

あるのなら――また私を呼びなさい。」 

 それはどこか甘い毒を含んだ声だった。

 

 二人が唖然とする中で、彼女の姿は徐々に薄れ、やがて完全に掻き消えた。

 その場に残されたのは、呪文のような文字が書かれた羊皮紙と、見るも無惨な姿になった鈴木の身体。

 鈴木は干からび、生気を失っていた。伊達が駆け寄って脈を取ったが、すでに冷たくなりはじめていた。

 だが、鈴木の顔には、満ち足りたような、恍惚とした笑みが浮かんでいた。

 これが、倶楽部で起きた失踪事件の結末だった。


「儀式で呼び出した美女……おそらく“あれ”に魅入られたのが真相だな。」 

 

 伊達の声はかすかに震えていた。それは、科学者としての信念が揺らいだ恐れによるものか、それとも欲望の果てに破滅してなお笑う人間の姿を目の当たりにした衝撃によるものか。


 その夜、伊達は日記にこう記した。


──私は、エロスとタナトスの狭間で、人間がいかに脆く愚かな存在であるかを、改めて思い知らされた。魔術倶楽部の秘める恐怖と魅力を、あの夜、身をもって知った。


 伊達は、ペンを置き、研究室で出会うであろう鈴木の弟に、どんな言葉をかければいいのか、考え続けていた。


8.

 翌日、東京魔術倶楽部の奥深く、支配人室に、橘薫と伊達政弘は呼び出されていた。薄暗い照明のもと、古びた本棚が静かに影を落としている。

 支配人は微笑を浮かべ、静かに口を開いた。

「お二方、事件の解決、誠にありがとうございました。さて、報酬の件ですが……」

 橘は少し考える素振りを見せた後、ため息混じりに言った。

「何でもいいよ、俺は。そうだな……一枚のコインでいい。」

 それは、彼の常套句だった。だが鈴木の死を受けいつもの明るさは無かった。


 支配人はそれを受け取り、古びた金貨を一枚差し出した。表面には奇妙な紋様が刻まれており、まるで魔術の呪文が封じられているかのようだった。


「このコインは、あなた様を一度だけ破滅から救うでしょう。」

 橘はそれを受け取り、指の上でくるくると回すと、軽く弾いて言った。

「悪くないね。」 

 そう言って、金貨をポケットに忍ばせた。


 一方、伊達は支配人をまっすぐに見据え、きっぱりと言った。

「報酬は不要。私は、科学者としての義務を果たしたまでです。」

 支配人は意味ありげに目を細め、静かに頭を下げた。

「ご厚意、感謝いたします。」


 数日後。伊達の研究室に一通の書状が届いた。それは、鈴木財閥からの寄付の申し出だった。伊達は眉をひそめながら封を切り、文面を読む。そこには、莫大な金額と、彼の研究への強い期待が記されていた。

「魔術倶楽部の報酬か?……それとも、ただの偶然か。」 

 伊達の目に一瞬だけ、好奇の色が浮かび、すぐに消えた。

 彼は机に向かい、静かにペンを取り返事を書き始める。

「これは科学の発展への投資であり、魔術とは無関係だ。」 

 そう、心の中で唱えながら。

 

 一方、橘はアパートの部屋で、手に入れた金貨を手の上で器用に転がしていた。

「破滅から救ってくれるか……こいつは面白いね。いつか使う日が来るのかな?」 

 そう言って金貨を高く放り投げ、片手で掴み取る。

「できれば、鈴木に使ってやりたかったけどな。酔っ払ったあいつの駄洒落、もう聞けないのか……」 

 誰に聞かせるでもなくつぶやいた。

 

 こうして、御曹司の失踪事件は幕を閉じた。

 だが、その背後には、科学と魔術、理と情、光と影。未だ解き明かされぬ、倶楽部の深淵が横たわっていた。

 

 その日以降、橘と伊達はしばらく倶楽部から距離を置いた。

 だが、支配人は部屋で静かに書き物をしながら、ぽつりとつぶやく。

「……倶楽部は、お二人をお待ちしておりますよ。」


 東京魔術倶楽部の窓から漏れる明かりが、薄暗い夜のなかで、ゆらゆらと揺れていた。倶楽部の夜は今宵も深く、静かに、更けていく。

東京魔術倶楽部が生まれた理由。

2024年末に行ったマジックBARが楽しかったからです!(手品屋、広島店です。)

自分の好きなものをガチャガチャと詰め込んだら楽しくない?と自分用に1話読切の雰囲気小説を作りました。


初期に詰め込んだ好き要素は

昭和レトロ、葛葉ライドウのような世界観、呪術などのオカルト、バディ、インテリ眼鏡あたりです。


これをnote公開したところ、思いの外好評で、なんと『500円の投げ銭が!』ならば続きを…と書き続け今に至ります。投げ銭は1回きりでしたが、運命のワンコインです。


目下の問題は、好きを詰めすぎて1番のファンが私であること。続きが早く読みたいのですが、いかんせんネタ切れで歴史年表と睨めっこ中です。


東京魔術倶楽部へようこそ!

→マジックBARに行ったノリ。

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とりあえず、1つ目のエピソードを読み終わって感想です。 冒頭、江戸川乱歩を思い出しました。 それから帝都物語とか。 耽美な雰囲気が何とも言えない魅力です。
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