呪いのダイヤ
1.
東京魔術倶楽部の上品なラウンジで、伊達政弘はコーヒーを楽しみながらに夕刊を読んでいた。その彼の傍らでは、橘薫が窓辺のソファに腰を下ろし、ワイングラスを片手にダイスを弄んでいた。
平穏なひと時が続く中、倶楽部の支配人が深刻な表情を浮かべて、彼らのもとに歩み寄ってきた。
「実は……ある難題が持ち込まれまして。」
支配人が語るのは、倶楽部の会員である宝石商が所有する一つのダイヤモンドの話だった。そのダイヤモンドは、深い青色の輝きを持ち「夜の涙」と呼ばれ、美しさと神秘性を兼ね備えていた。
しかし、裏側では「呪いのダイヤ」と恐れられ、多くの買い手に敬遠されているという噂があった。そして、その噂のせいでダイヤが売れず資金繰りに困窮した宝石商、宮原が倶楽部に助けを求めてきたのだ。
伊達は、静かにコーヒーカップを置いて支配人に視線を向けた。
「呪いを否定しろと言われても、証明には時間がかかる。その宝石商の財務状況の方が、よほど呪われているんじゃないか?」
彼の言葉には皮肉が含まれていたが、同時に興味を持った様子が見て取れた。
一方、橘はワイングラスを軽やかに揺らし、にやりと笑った。
「呪いのダイヤなんて、ロマンがあっていいじゃないか。呪いを証明するのは難しいが、呪いが“ない”と証明するのも一筋縄ではいかない。よし、話を聞きに行こう。」
彼の目には、探偵としての好奇心が煌めいていた。
2.
翌日、伊達と橘は、宮原の豪邸を訪れた。応接室には高価な装飾品が所狭しと並び、その中でも特に目を引くのは、ダイヤモンドが飾られたガラスケースだった。依頼主の宮原は、神経質そうな表情を浮かべていた。
「こちらが問題のダイヤ“夜の涙”です。」
宮原がケースを開けると、そこにはまばゆい輝きを放つ、まるで夜空の星のように美しい大粒のダイヤモンドが鎮座していた。しかし、その美しさとは裏腹に、どこか冷たい、氷のような雰囲気が漂っていた。
「このダイヤの所有者は、過去数人が不可解な事故に遭ったり、突如として破産したりしています。それで“呪いがかかっている”という噂が立ってしまい、誰も手を付けたがらないのです。」
宮原の声には、不安と苛立ちが混じっていた。
橘が、そのダイヤに手を伸ばそうとした瞬間、伊達が静かに制止した。
「触るのはまだ早い。まずはこのダイヤを徹底的に調べる必要がある。」
伊達は慎重に言った。
3.
調査の結果、「夜の涙」はかつて南アフリカの鉱山で発見され、その輝きと共に多くの所有者の手を渡ってきたことが明らかになった。
噂通り、そのダイヤの歴史には暗い影が付き纏っていた。初代の所有者は、財産を失い消息不明。二代目の所有者は、交通事故で突如として命を落とす。三代目の所有者は、会社の倒産により、一夜にして破産。橘が苦笑しながら言った。
「これだけ見ると、まるで呪いが本当にあるかのようだな。」
だが、伊達は状況を冷静に分析した。
「しかし、それは偶然や環境のせいだと考えることもできる。ダイヤそのものが原因だとは限らない。」
伊達は、ダイヤを大学に持ち帰り成分や物理的な特性を調べたが、その結果、ダイヤに有害物質や放射能の痕跡は一切見つからなかった。
しかし、伊達は分析を進める過程でダイヤの側面に極小の彫刻が施されているのを見つけた。魔術的な雰囲気を感じた伊達は橘を誘い倶楽部の書庫に足を運んだ。
伊達が写しとった模様を橘は真剣に見つめ、重々しい口調で言った。
「たぶん、こっちがタコチュウで、こっちが……イトミミズだな。」
伊達は完全に無視して模様の意味を調べ始めた。が、集中すればするほど橘の「タコチュウ」が気になり集中できなくなった。
「最悪だな……」
伊達が愚痴るようにつぶやいた。
「災厄?分かった、災厄を意味する模様のページばほれ、ここだ。」
橘が古書のページを開き指差した。
「災厄ではなく最悪だと言ったんだ。」
伊達はあきれたように言ったが、橘の指の先にはまさにダイヤに刻まれていた模様があった。
かくして二人はその模様が「災厄」を意味する古代の文字だということを知った。その後、橘がラウンジでくつろぐ間に伊達は必死でイトミミズの方も調べ、それが「破滅」だと知るのだった。
4.
「なるほど。これが呪いの正体か。」
伊達の研究室で立体顕微鏡を覗きながら橘が感嘆の声を上げた。
「彫刻は恐らく、持ち主に恐怖心を植え付けるために刻まれたものだろう。なんらかのきっかけで彫刻を見るのを期待して。」
伊達の言葉には、科学者としての確信が込められていた。
「最初の持ち主、恨まれていたのかも知れないな。」
橘が伊達を見ながら言った。
調査を一層深めると、このダイヤがかつてオカルト愛好家に売り込むために「呪いがかかっている」と宣伝されていたことが分かった。その噂が広がり、所有者たちは次々とダイヤのせいで不幸になると信じ込んでしまったのだ。
伊達は、冷静に結論を出した。
「このダイヤに呪いはない。ただ、持ち主が『不幸になる』と信じ込んでしまった結果、心理的なプレッシャーや自己破壊的な行動を引き起こした。つまり、それが原因だ。私は呪いなど信じないが、どうしても心配ならば、加工で刻印を削り取るべきだ。」
数日後、宮原はこの「呪いの噂」を逆手に取ることに成功した。彼はダイヤの側面に施されていた「災厄」「破滅」を意味する刻印を、精密な研磨技術で完全に削り落とした。そして、「かつての呪いを克服した幸運のダイヤ」として、再び市場に送り出した。
結果、そのユニークさと話題性から、コレクターたちが我先にと競い合い、オークションの結果、さる貴族が高値で購入したのだった。結果、宮原はダイヤの売却により経済的な窮地からの脱出を果たした。
5.
依頼を無事に終えた伊達と橘は、再び東京魔術倶楽部の煌びやかな照明の下に戻った。ここでは常に、科学と魔術が交差する世界が広がっている。二人はそれぞれのグラスを手に取り、苦味と甘さが混在する酒の香りに包まれながら、改めてこの事件を振り返った。
「呪いも結局、人の心が作り出すものってわけか。」
橘が感慨深げに言った。ギャンブルや快楽を愛する彼も、この事件で人間の心理の深淵を垣間見たのだ。
「その通りだ。ただし、人の心が生む呪いは、時に本物の魔術よりも厄介だ。」
伊達が少し遠くを見るような目をしてつぶやいた。
依頼人には伝えなかったが、彼らは調査の過程で、宮原のライバルが「呪いの噂」を意図的に広めていたことを突き止めていた。ビジネス上の競争相手が、噂を使って「夜の涙」の価値を下げ、宮原を困窮に追い込もうとしていたのだ。このことが、事件の背景をより複雑なものにしていた。
二人は微笑みながら、グラスを軽やかに合わせた。音は小さいが、そこには深い信頼と友情が込められていた。
「ところでふと思ったんだが、ダイヤモンドにあんな精巧な模様ってどう刻むんだ?」
橘の問いに伊達の顔が曇った。ダイヤ自体傷つけるのが困難な鉱物だ。あのように綺麗な刻印をつけるには……
「まあ、もう模様も無いし、ダイヤも売れちゃったから良いか。」
橘は楽しそうにグラスの酒を飲みほした。
東京魔術倶楽部の夜は、まだ始まったばかり。科学と魔術、そして人間の欲望や恐怖が交錯するこの場所で、彼らは新たな謎を解き明かす旅を続けることだろう。
呪いのダイヤってミステリーっぽくないですか?
で書き始め、あっさりしすぎていたため、2ヶ月後にタコチュウを足しました。
タコチュウ。




