勇者は唐揚げが食べたい
魔獣の跋扈する世にあって、その男は燦然たる英雄だった。
数多の人が、村が、街が、国が、男によって救われた。
だが、男の願いはただ1つ。
「うまい唐揚げが食いたい」
【黒淵の大鰐】
カランと入口の扉についたベルが鳴った。
あけぼの亭は宿屋兼食堂なので、朝昼晩と人の出入りが絶えないが、昼を過ぎてしばらくしたこの時間は一段落した頃合いだ。
早めに宿を取りに来た旅人か、昼を食べそこねた商人かと、振り返ったユーリは、入ってきた男を見て破顔した。
「おかえりなさい。バリー」
堂々たる体躯のその男はユーリの幼なじみだった。
子供の頃から人並み外れて強く、今では近隣どころか国中探しても太刀打ちできるものがいないだろうと噂される強者となった彼は、世界各地を回っては、時々このユーリの実家である宿屋にやってくるのだった。
「今回はどうだった?」
「うむ。まあまあだった」
広い肩に掛けていた荷物を下ろし、食堂のカウンターに腰掛けた男は、荷物の中を探って包みを1つ取り出した。
「土産だ」
「ありがとう」
ユーリは恐る恐る包みを開けた。
中身は財布だった。
「わ、なにコレ」
「鰐皮の財布」
皮はツヤツヤして高級そうだった。
「え、こんなの高かったでしょ」
「肉を食ったあとのあまりで作らせただけだ」
「今度は鰐の唐揚げ作ったの?」
「うむ」
この強すぎる幼なじみは、どういうわけか唐揚げが大好物で、何を思ったか「世界一うまい唐揚げを確かめる」と言って、各地で色々な獲物を倒してはその肉を唐揚げにして食うという奇妙なことをしていた。
「どんな味だった?」
「淡白過ぎてパサパサだった」
仏頂面でボソリというところをみると相当当て外れだったらしい。
「おつかれさま」
ユーリは、もらった財布を大事に前掛けのポケットにしまって、バリーにお酒を出してあげた。
【霊峰の鷲頭獅子】
「土産だ」
「ありがとう」
バリーは冒険に出かけて帰って来ると必ずユーリに土産をくれる。
土産は出かけた先の名物……というわけではなく、単にバリーが思いつきで持ち帰ってくるものだ。
今回、包みの中から出てきたのは、乾燥させた草のようなものだった。
「なにこれ。ハーブ?」
「天元山の山頂付近で採れる薬草だ。万病に効いてあらゆる状態異常を治すらしいぞ。風邪をひいたときにでも煎じて飲め」
「ええっ!?そんな霊薬を風邪ぐらいで使っちゃいけないでしょ!っていうか、こんなもの気軽にポンともらえないよ」
「そうか」
バリーはしょんぼりと眉を下げた。
「天元山の山頂付近って、今度は何を退治してきたの?」
「グリフォンだ」
麓の街が襲われたので、討伐依頼が来たらしい。バリーの強さは知れ渡っているので、常人には難しい案件が持ち込まれる。
「ひょっとして、また唐揚げにしたの?」
「うむ。鳥みたいなのでイケると思ったのだが……」
胸板の厚い筋骨逞しい英雄は、しょんぼりとうなだれた。
「獣臭かった」
「ああ〜、そっか……」
「ペガサスの手羽先のが旨かったが、ちょっと食べにくかった」
「ううーん。そうかもね」
困惑気味ながらとりあえず相槌をうつ幼なじみに、バリーは「そうだ!」と一つ手を打って、明るい顔で告げた。
「薬草がいらないなら、代わりの土産に馬なんてどうだ?表に繋いできたから一度見てくれ。食べ残しだけど結構いい馬として使えるぞ」
元ペガサスは、ユーリの宿屋の買出し用荷馬としては立派過ぎたので、そのままバリーに乗ってもらった。
【怨毒の多頭大蛇】
「頭が多いのはそれほど苦にはならなかったのだが、毒にはまいったよ」
怪物退治から帰ってきたバリーは、いつものようにユーリに冒険譚を聞かせてくれた。
「せっかく唐揚げにして食べても、舌がピリピリして、味がよくわからなかったんだ」
「毒蛇なんか食べちゃいけません!!」
薬草があったから大丈夫、と能天気に言ったバリーのぶっとい二の腕を、ユーリはポカポカ叩いた。
「バカ!薬草があっても、それ飲む前に即死しちゃう毒だったらどうするんだよ!」
「そうか」
今度から気をつけると言って、バリーはお土産の包みを差し出した。
「何?」
「蛇の抜け殻。財布に入れておくと良いらしいぞ」
「ありがとう」
ユーリは大事に使っている鰐皮の財布に、よくわからない白い切れ端を畳んでしまった。
【岩砂漠の怪鶏】
「随分、客が多いな」
「うん。最近、繁盛しているんだ」
「おかえり。バリー」と、ユーリは、帰ってきた幼なじみに微笑んだ。宿の一階の食堂で食事をしていた客達は、バリーを見てギョッとしている。彼はそこに立っているだけで周囲を圧倒するようなカリスマのある英雄だった。
いつも通りカウンターに座ったバリーは、他の客に料理を運ぶユーリが戻って来たところで、荷物の中から大きな卵を取り出した。
「土産だ」
「ありがとう。コレ何の卵?」
「コカトリス」
食堂中の視線が卵に集中した。
「オムレツにでもしてくれ」
「食べられるの?」
「肉は食えたぞ」
「ええっ!?コカトリスも唐揚げにしたの?」
「トリだからイケるかと思ったんだ」
「バカ!石化しちゃったらどうするつもりだったんだよ。もう霊峰の薬草もないんだろう?」
「ちゃんとヘンルーダを用意していったから大丈夫。薬なしで危険な毒物は食べないって約束しただろう。だから、ヘンルーダを付け合わせにして一緒に食べた」
そもそも毒物は食べるなと言いたかったが、ユーリはこの幼なじみが言って止められるような男ではないことがよくわかっていた。
「困った奴だなぁ。……それで、コカトリスは美味しかったのかい?」
「うむ。それがだな」
彫りの深い端正な男前の英雄は、男らしいキリリとした眉を寄せて、眉間にシワを刻んだ。
「ヘンルーダが苦くて味がよくわからなかった」
ユーリがアク抜きしたヘンルーダとコカトリスの卵で作ったオムレツは、意外に好評だった。
【炎裂溝の不死鳥】
南方諸国を悩ます怪異を退治する長い旅から帰ってきたバリーは、カウンターで酒を飲みながら、仕事の手が空いて隣に座ったユーリをじっと見つめた。
「少し見ない間に髪が伸びたな」
「あ、これ?最近忙しくて切りそびれててさ。もう、面倒だから伸ばしちゃおっかなって思って」
「そうか」
彼は荷物の中から真っ赤な羽根を1本取り出した。
「わ!キレイ」
「飾ってやろう」
バリーは、ユーリが後ろで適当に束ねていた髪を一度解くと、器用にまとめ直し、軽く結って赤い羽根を髪飾り代わりに挿した。
「え、何?髪に飾ったの?こんなカッコなのに、頭だけそんなキレイな羽根を飾ったら変じゃない?」
「いや。よく似合っている」
バリーは満足そうに頷いた。
ユーリは幼なじみの真っ直ぐな視線がなんだかくすぐったくて、話題を彼の冒険譚に変えた。
「今回は何を唐揚げにしてきたの?」
「うむ」
バリーは南方諸国を訪れた経緯や、あちらでの出来事をポツポツと語った。
「それで首を切って羽をむしったフェニックスをぶつ切りにして、下味と衣をつけたんだ」
「ああ。うん」
「それから、よく熱した油に入れたらだな……」
「うん」
「復活した」
「ええっ!?」
「フェニックスって、炎の中じゃなくても、十分に加熱すると復活するんだな」
「そ……そうなんだ」
ユーリは揚げ物鍋の油の中から、復活する衣つきフェニックスを想像して遠い目になった。
「それじゃあ、フェニックス討伐は失敗だったの?」
「いや。復活したてのチビをすぐにふんじばって風切羽を切った」
復活したてで魔力の弱いフェニックスは風切羽を切られると飛ぶことも炎を出すこともできなくなるそうだ。
「ほら。こいつだ」
バリーが荷物の中から取り出した丸い籠の中には、赤とオレンジ色のフワフワした丸いものが入っていた。籠の蓋が開いたのに気づいたのか、その丸いフワフワはモゾモゾと身じろぐとピョンと飛び上がった。なるほど。真ん丸な体にビーズみたいな目と小さな嘴が付いていて、申し訳程度のちっちゃい足も生えている。
赤いヒヨコは、頭上のバリーを見るとピィィと悲鳴をあげて、慌てて隣りにいるユーリの後ろに逃げた。
「あ、おい。コラ」
捕まえようとする手を逃れたヒヨコは、ユーリの肩まで上って、その髪に挿された赤い羽根に気づいた。
「ママ!」
フワフワの丸いヒヨコは、ユーリの頭に抱きついてスリスリ頬ずりを始めた。
「バリー……どうすんの、これ」
「………………土産だ」
「生き物はお土産にしちゃいけません!」
結局、フェニックス(仮)は、あけぼの亭のマスコットになった。
【深渦流の大海魚】
英雄バリアントの乗った船が沈んだという知らせが入ってはや二年。
ユーリは今日も朝早くから黙々と宿の掃除をして、宿泊客の朝食のパンの用意をしていた。
知らせを聞いた当初は、きっとすぐに戻ってくるよと笑い飛ばし、それから船の残骸が海岸に流れ着いただの、生き残りが小島で見つかっただのいう知らせに一喜一憂し、生き残りの証言で彼が海の怪物に呑まれたと聞いて怒り、夜に一人泣いた。
帰ってこない英雄を待つ日々に、涙は枯れたが、ユーリは宿を閉めなかった。
「おいで、フェニ。今のうちに朝ごはんを食べておこう」
食堂の窓際の花壇をうろちょろしていた赤い真ん丸なヒヨコを呼びに来たユーリは、ふと朝もやの中に大きな人影を見つけた。
「ユーリ。ただいま」
「バリー………おかえりなさい」
「朝食は食えるか?腹減った」
「うん。今、用意するよ……うん」
いつものカウンターの席に座ったバリーは、出された朝食をガツガツと食べながら、海での大嵐やリヴァイアサンとの死闘、その後の漂流と無人島での生活を、淡々と語った。
「バリー、もう変なものを唐揚げにしに行くのやめてよ。リヴァイアサンを唐揚げにしたって、美味しくなかったでしょう?」
「うむ」
少し頬が削げて精悍さの増した英雄は、憂いを帯びた眼差しで、手元の玉子サンドを見つめた。
「リヴァイアサンの唐揚げは、白身魚フライだった」
ユーリは「そっか……」としか答えられなかった。
玉子サンドを食べ終わったバリーは手を拭うと、うつむいたユーリの頭を優しく撫でた。
「髪、切ったんだな」
「うん」
赤い羽根飾りを挿すのが辛かったからと言えなくて、ユーリはただ頷いた。
「また伸ばせよ。髪の長いの似合ってたから」
そう言ってバリーは荷物の中から包みを取り出した。
「土産だ」
「ありがとう」
包みの中に入っていたのは、珊瑚の髪飾りだった。
「うん。髪を伸ばすよ」
だから、髪が伸びてこの髪飾りをつけられるようになるまで、ここに居て、と頼んだユーリに、バリーは一言「そうだな」と応えた。
【大帝都の邪龍】
結局、ユーリの髪が伸びるまで、バリーはあけぼの亭に居ることはできなかった。
帝都にドラゴンが現れたのだ。
英雄生還の報が届くやいなや、バリーにドラゴン討伐の命がくだされた。
「行ってくる」
「うん」
「ドラゴンを唐揚げにしてくる」
「うん」
「お土産は何がいい?」
「生き物以外で」
「わかった」
短いやり取りを交わしただけで、バリーは旅立っていった。
程なく、帝都を脅かしていたドラゴンが英雄バリアントによって退治されたとの知らせが、あけぼの亭のある街にも届いた。
そして、その功績により、勇者の称号を得たバリアントは、皇帝の末の姫君と結婚するという噂も。
「そっか」
ユーリは、フェニのフワフワの羽を撫でながら、寝室でポツリとひと粒だけ泣いた。
「ユーリ。ドラゴンの唐揚げは肉が硬かった」
カウンターのいつもの席にどっかりと座ったバリーは、上機嫌でドラゴン退治の顛末を語り、そんな一言でしめた。
「うん。そんな感じだね」
どんな顔をしていいかわからないユーリの前に、バリーはお土産だと言って、ドラゴンの鱗を沢山並べた。
「いっぱいあるから、お店のお客さんやお得意さんに配ってもいいぞ」
「え、それは流石に……」
「足らなかったら言ってくれ。本当にいっぱいあるから。そうそう。お前用には特別な一枚があるんだ」
「たしかこの中に逆鱗が」と言って、バリーは荷物の中を探った。
「あれ?おかしいな。一緒に入れておいたんだけど。混ざっちゃったかな?」
彼はカウンターの上の龍鱗を1枚ずつ見比べた。
「逆鱗って、逆さに生えている以外は普通の鱗とおんなじなんだなぁ」
「ああ。なるほど」
せっかくお前には特別な1枚をやろうと思ったのにと言ってしょげた英雄を、ユーリは「その気持ちだけで嬉しいよ」と慰めた。
「それで、帝都にはいつ戻るんだい?」
できるだけさり気なく聞こえるように、さらりとそう尋ねたユーリの顔を見て、バリーは首を傾げた。
「いや。もう帝都での用は終わったから、あっちには行かないぞ」
「でも……」
姫君との結婚は?と聞こうとしたユーリの前に、バリーは小さな包みを差し出した。
「これ。受け取ってくれ」
「ありがとう」
ユーリはいつもお土産を受け取るときと同じように包みを受け取って、開けた。
包みの中身は、金の指輪だった。
「え、こんな高価そうなものもらえないよ。君がつけなよ」
「俺のはある」
バリーは金の指輪をもう一つ取り出すと、右手に載せて、左手をユーリに差し出した。
「はめてくれ」
「え……うん」
ユーリは金の指輪をバリーのどの指にはめるか迷った。人差し指と中指は太くて入らなかった。小指には緩そうだ。
結局、薬指にはめると、バリーは満足そうに頷いた。
「手を出せ。お揃いだ」
金色の指輪は、ユーリの左手の薬指にピッタリはまった。
「でも……これは、はめていられないよ」
ユーリが指輪を抜くと、バリーは愕然とした顔になり、かすれて死にそうな声で「なんでだ?」と尋ねた。
「これから昼の定食の仕込みがあるんだ。料理中に指輪はつけられないからね」
「ああ。そうだな」
拍子抜けした顔のバリーの頭を、ユーリはわしわしと撫でた。
「今日は唐揚げ定食だよ。食べていく?」
「うむ!もちろん」
世界の果てから果てまで津々浦々の怪物を平らげてきた英雄は、ユーリの作った唐揚げを頬張って、破顔した。
「やっぱりお前の作ってくれる唐揚げが、世界で一番うまい!!」
お読みいただきありがとうございました。
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よろしくお願いします。
2023年8月18日追記
ご好評感謝いたしましてオマケ追加
■勇者は野菜も食べたい
「お肉ばっかり食べてないで野菜も食べなよ」
「うむ。だが、野草は衣をつけて揚げてもイマイチでな」
「野草じゃなくて野菜。それになんでも揚げ物にしないの」
「むう………」
「しょうがないなぁ。野菜たっぷりの煮込み料理を作ってあげるよ」
トントン
ジュウジュウ
「ううむ。野菜か……」
「食べやすいように細かく切って炒めてから、よく煮てあげるね」
「お前の作るスープはうまいが、今日は暑いからなぁ」
「じゃあ、よく煮込んで汁を少なめにして、ちょっとスパイスも入れて食欲が湧くようにしようか」
「ほう。どんな感じかわからんが、それは楽しみだな」
「あまり期待はしないでね。スパイスって言っても、うちには安いのがちょっぴりしかないから」
「ああ、それなら俺の持ってるのをやるよ。冒険中に集めた野草や実みたいな奴ばっかりだが」
「へー。ありがとう」
グツグツ
「うまい!」
「なんか元気になる味がするね」
勇者カレー:入手困難な霊薬が大量にミックスされた脅威の食。
リンゴとハチミツも入っている。
ーーー
そして二人は健康で長生きして、一緒においしいものをおいしく食べて、幸せに暮らしました。
おしまい。