母性強めの陰キャと自罰的なギャル
「明依~!今日さ~…」
「はいはい、どうしたの?」
「かりんがさー」
「うんうん、大変だったねー」
「ほんとに聞いてる?」
さて、私が何でこんなめんど可愛い女に絡まれているかは少し時をさかのぼる。
☆
新学年が始まった春先、新たな出会いや花粉を運んでくれる有難い風を全身に受ける。
早朝故に、冷たい空気が肌を刺し眩しい朝日に目を細める。
私こと月魄明依は日直がありせっかくならと、日直の時間よりもだいぶ早く家を出てみた。
昔から通っていた道ではあるが、地域柄早朝は薄い霧が出ており、普段のうるさい都会の喧騒も鳴りを潜め、全く違う顔をのぞかせる街並みは、早く家を出た価値があったと感じさせてくれる。
普段は遅刻ギリギリに到着する私からすると新鮮に感じる。
もう二度とやらんとは思うけど。
さっきの発言からわかると思うが、喜べ男子諸君、JKだ。
ところで、なんでJKって特別があるんだろうか?
星の数ほどいるだろうに。
いや、星には手が届かないからか…。ごめんね?
因みに私は徒歩で学校に通う。近いから学校を選んだから当たり前と言えば当たりまえだ。
校門をくぐり、靴を履き替えやっとの思いで階段を登り切り、上履きに張り付く独特の廊下を歩く。
こんな時間に来るのは初めてで、人気の少ない廊下に無意味に気分が上がる。
立て付けの悪い扉を開く。がたがたと音がするので教室に人が出入りする度に視線が集まるのはもはや欠陥建築と言っても過言ではないと思う。(過言)
その例に漏れず私の方を振り向いた少女が一人。
名前が、名前…名前……すぅ。
容姿は明るい茶髪に色鮮やかなネイル。詳しくはないがおそらくナチュラルメイクというやつだろうか?元の顔の良さを活かした化粧をしている。
簡潔に言えば陽キャ女子のイメージ通りの見た目をしている。
まあ、別に私に何かをしてくるわけでもないから特段思うところはない。
***
新学年が始まった春先、新しい出会いへの期待胸が弾み、心なしか花の匂いすら香ってくるようだ。
早朝故に、冷たい空気気を引き締めるようで心地よい。
私こと朝陽 美咲は、新学期も始まってはや一週間、慣れてきた通学路に普段通り早めに学校へ向かう。
毎日通る通学路ではあるが、地域柄早朝は薄い霧が出ており、普段の賑やかな都会の喧騒も鳴りを潜め、仄かな寂寥感が町を包む。
私は、女子高生という人生で最も楽しい時期の一つを生きている。
今は実感はないが、この青春が人生の大切な一ページになるように日々を生きています。
なんてちょっとくさいかもしれないが。
登校中に、駅を通るのだがそこには出勤が早い人、朝帰りと言った風貌の人。辛そうな人が多い中、たまに居る制服を着た目を輝かした人。部活だろうか?
一年と少し経った通い慣れた道。
けれど、未だに新しい顔を見せてくれる。
ペタペタと上履きに張り付く廊下を歩き、教室に入る。
無人の教室の窓を開け空気を入れ替えていると、扉がガタガタと音を立てて開く。
振り向くと、あまり馴染みのない姿が。
校則通りに制服を着て、伸びっぱなしになり、目にかかるまで伸ばした長い髪。野暮ったい眼鏡をかけ、おしゃれに気にしていないように見えるが、よく見ると肌はきれいだし顔だちも整っている。私の目は誤魔化せない。
えっと、確かつきしろ、月魄さんだった。
今年初めて同じクラスになったし、話したこともないから名前までは覚えていないけれど、今時の女子高生としては異質な姿に、苗字だけは覚えていた。
「月魄さん、だよね」
私は、何の気なく話しかけた。
これからの私たちの関係がどうなるかも知らずに。
***
「月魄さん、だよね」
何かをしてくるわけではない、なんて考えていたけれど話しかけてきた?
まさか、彼女ほどコミュ力を極めれば思考まで読めるのか?なんてことはまずなくただクラスメイトに話しかけてきただけなのだろう。
「はい、どうかしましたか?」
モノローグと口調が合ってない?基本的に敬語で接するようにしてるんだよ。敬語に不快感を持つ人は基本いないから。
「なんで敬語?同級生なんだしタメ口でいいよ」
「いや、でも」
「もう一回」
「分かりました…わかったよ。これでいい?」
「うん」
こちらまで気分が良くなるような、気持ちの良い微笑み。
距離の詰め方が速いし上手い、これが陽キャの貫禄。
「えと、それで何か用事が?」
「そういうわけじゃないけど、話したことないから」
「そう、なんだ」
自分には、全くない感覚に戸惑いを覚える。
「えと、なんて呼べば?」
この聞き方は、名前を覚えてないことがバレずに相手に名前を聞けるので、私はよく使う。
「なんでもいいよ?」
やめろ、一番困るやつ。
それが表情に出ていたのか、仮称ギャルちゃん言葉を加える。
「って言っても困るだろうから、美咲でいいよ。(この子多分名前覚えてないな?)代わりに私はなんて読めばいいか、月魄さんが決めて!」
これ、月魄じゃダメかなぁ。
いうだけいってみるかぁ。
「月魄じゃあ…「ダメだよ⭐︎」だよね」
「じゃあ、素直に明依で」
「私も、名前だしね。ほんとはあだ名でも教えてたら嬉しかったけど」
誰でもあだ名があると思うなよ?
とは、言わずにあははと誤魔化し笑いだけする。
「ところで、明依はどうしてこんな時間に?」
「今日日直だから早く来ただけだよ。美咲さんは?」
「呼び捨ててでいいのに…
私は、普段からこの時間だよ。最近は、数学が出来なさすぎてやってるけど…他はできるのになぁ」
数学と国語だけはできる私とは逆だな。
「そうなんだ」
「ごめんね?ほぼ初対面でこんな話しても反応しづらいよね」
「いえ、それじゃあ私は仕事があるから」
「そっか、また話そうね」
「機会があったら」
多分ないだろうなと思いながら、私は日直の仕事を、美咲さんは勉強に戻った。
***
その後特筆すべきことはなく、普段通りの日常を過ごした。
強いて言うなら、古文の催眠効果は異常。多分あれ流して寝たら、不眠症も治る。(不眠症を舐めるな?)
そして、夕方の帰り道。推しのグッズを買うために走り回っていたらこんな時間になってしまっていた。
割とあるあるだと思うのだけど、午前中は売り出されていないグッズが、学校とかの用事済ませてる間に売り出されて、帰るころには売り切れてるの。
多分合計10キロぐらいは走った。
おかげさまで欲しいものは手に入ったし、大満足だけど。
んで、盛大に迷った。
ここどこ?
スマホの電池も切れたので、割とほんとにピンチだったりする。
「とりあえず、さっき通った公園で休憩しようかな」
少し引き返すと、聞いてるほうが鬱々としてくるような声が聞こえてきた。
「なんで……、なのに、………………なの?」
うーん、聞き覚えがあるようなないような?
まあ、そこまで仲のいい人もいない私だ。帰ろう。
「おい、嬢ちゃんどうしたんだ?」
私の目の前で同じものを見つけた、驚くほどわかりやすいちゃらちゃらした男二人組が少女に話し掛けていた。
今時こんなのあるんだと、妙な関心を抱くうちに彼女のもとへ。
明らかにおびえている様子の少女に逡巡する。
え、どうしよ?メンドクサイ。
帰ろっかな?
さすがにまずいかな?寝覚めわるいよなー。
やれやれ、一応助けるかー。と、ちょっとやれやれ系主人公気分気取ってみる。
「すいません、その子私の友達です」
そう声を掛ける。
これは、途中で気付いたのだが彼女は多分今朝の、み……み…………みーさん。そう、彼女はみーさんだ。
「ね、みーさん」
「あ、そうなの?じゃあ俺たちはいらないね。かえんべー」
「そだな。よかった、よかった。お嬢さんたちなかよくなー」
やべぇ、ただのいい人だぁ。
「ああ、その、ありがとう。助けてくれようとした、んだよね?それで、その、どうしたの?」
「いえ、なんでもないです(羞恥に悶えている)
それで、どうかしたの」
何もなかった。
「ちょっと声かけられただけだよ」
本当に何もなかったように話している。
多分誤魔化すのに慣れてしまっているように見える。
自分も、他人も。
「その前から、ちょっと聞こえちゃっててね」
「そっかぁ」
そのまま、沈黙する。普通ならそのままにするし、普段の私でもそうしていただろう。
でも、いつぞやの誰かのように、一人で潰れていくのを見過ごすのは、ひどく嫌なかんじがする。
放っておいても、大丈夫かもしれない。
もっと適任がいるのではないか。ぶっちゃけ他人だし。
なんとかできるかもしれないなんて、思い上がりも甚だしい。
そもそも、大したことじゃないかもしれない。
もしそうなら、それでいい。その方がいい。
だけど、このまま彼女が弱っていくのを見たら、学校を休むようになったら?もしも辞めてしまったら?そうしたらもう遅いのだ。
「いいから話してみて?
大丈夫、私なら他に言いふらすような相手もいないし、そんな仲良くもないからこの後の関係も気にしなくていい。
話せば楽になるなんて断言できないけど、溜め込んでも、疲れちゃうもんからね?」
「まま?」
「は?」
そういって、私の胸に飛び込み彼女はしばらく泣くのだった。
思ってた100倍甘えてきたな。
***
かれこれ10分はそうしていただろうか。
泣き止んだのは、もう少し前だっようだが、多分どうしようかなと悩んでいたんだと思う。
「お恥ずかしいところをお見せしました」
耳まで赤くなった顔を伏せたまま、口調だけは取り繕って謝るみーさんは、どこか幼い。
もう、同い年としてみることはできない。
親戚の子供ぐらいの感覚が一番近いと思う。
「そんなことはともかく、ここじゃなんだし、うちに来ない?」
クラスメイト感覚じゃ、すんなり誘えなかっただろうな。
「迷惑じゃない?」
ここでようやく顔を上げた彼女は、捨てられた子犬のような潤んだ上目遣いで私を見上げている。
三次元の人間に、可愛いって思ったの初めてかも。
「だったら誘ってないよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そうして、家に帰…れない。
「ごめん、家帰れないわ」
「や、やっぱり迷惑だったよね?」
今度は捨てられた子犬だ。
「違う、違う!!今絶賛迷子中なんだよね?携帯電池切れでさ、can'tの方の帰れないなんだよね」
「何それ?」
泣き腫らして、目を赤くしているけれど
漸く笑顔になったことに一安心。
みーさんから借りたスマホで地図を調べると、思いの外私とみーさんの家は、近所であることが判明した。
あと、ここからめちゃくちゃ遠いこともわかった。
「なんでこんな遠いところまで来てたの?」
自分のことを棚の上に放り投げ尋ねた。
「ちょっと、誰にも会いたくなくてね」
まあ、そういう時もあるかと納得し、そのまま他愛のない会話を続け、我が家に着く。
こんなに長く会話をするのは久しぶりで喉が渇く。
「ここが我が家です」
そこに、ある豪邸と今では言わずとも、一般的にはかなり大きい方に分類されるであろう庭付きの白い家を指差して紹介する。
「その、お嬢様だったんだね」
「そういうんじゃない。お父さんが起業して成功したから、一代の家だからお嬢様とかじゃない……と思う。私は特に何もしてないから誇れることでもないし?」
確かに、お嬢様学校と呼ばれるエスカレーター式の学校に通ってはいたが、馴染めなくて現に辞めてしまっている。
両親には悪いことしたとは思うが、幼少期から自分でおたくの英才教育を施しておいて、何事もなく混じれると思ったのは二人も悪いと思う。
「そっか。
じゃあ、お邪魔します」
***
「そっか。
じゃあ、お邪魔します」
私はそうして、豪華な家に上がらせてもらう。
改めて考えると、朝初めて話した相手の家に上がるというのは不思議な感じがする。
それをいうなら、ナンパ(じゃなかった)から助けられて、泣き顔を晒した方がびっくりか。
待って、顔熱くなってきた。
「どうかした?」
「ううん、なんでもない」
彼女は不思議な人だ。
自分でもいうのもなんだが、クラスでは目立つ方の私の名前も覚えていないのに、今みたいに相手の細かな変化にも気づく。
「こっちだよ」
今も、私が考え事をしてて上の空だったから、態々声をかけてくれた。
人のことをよく見るということは、考えるより数倍難しいことなのだ。
こういう人が本当に優しい人なのだと思う。
「ここだよ」
そうして、芽依の部屋についた。
内装は、失礼かもしれないがイメージ通りに派手さはなく、所々にアニメのグッズ(たぶん)が置いてある。
「そのクッションにでも座っといて。飲み物取って来るから」
「あ、私も手伝うよ」
「客人にそんなことさせられないし、それ以前に勝手もわからないだろうからいいよ」
そう言われてしまったら出来ることもないのですごすごと引き下がるしかない。
「お茶とジュース、どっちがいい?」
「ジュースでお願いします」
ちょっとして、明依がお菓子とジュースをおしゃれなお盆に乗せて持ってきた。
「そういえば、嫌いなお菓子とかある?」
「特にないよ、いただきます」
部屋の真ん中にある机にお盆を置いて初めて何が置いてあるのか分かったのだが、何が置いてあるのかわからなかった。
私の国語の成績が悪いとか、疲れてるとか関係なく、見ても何かわからないのだ。
分かるのは、見たこともないけど何となく高そうなお菓子と、不釣り合いな駄菓子が置いてあることだけ。
「なに、この高そうなお菓⁉︎」
「案外ストレートに聞いてきたね。
これは、お父さんが仕事先でもらったけど、うち、お母さん以外甘いの苦手でね。お母さんも、太るからってあんまり食べないから余りすぎて困っているもの。
残り物みたいで悪いけど、捨てるのももったいないから食べてくれない?通井出にお見上げも持って帰ってもらえるとなお助かる」
あぁ、これ単純に本音で話してるだけだ。何一つ嫌味じゃないやつ。
とはいえ、
「流石にそこまでしてもらうのは悪いよ」
「そう、まあ、もらいすぎても申し訳なくなる時はあるもんね。ごめん気が利かなかった」
は?惚れる。
違うそうじゃない。
「それで、これなんてお菓子なの?」
「たしか、ゴーフルだったと思う。クッキー系の生地にクリームがはさってる」
私は、珍しいお菓子に舌鼓を打ち、芽依は、言っていた通り甘いお菓子はあまり食べず、横にあるスナックや、とてもうまい棒状の麩菓子ばかり食べていた。
本題は私の話だけど、とてもいいづらい。
普通なら、簡単に忘れられるようなこと。人に言えば、そんなこと?と言われるかもしれない。
なのに、あんな街中で愚痴を零して、知らない人に心配されて、同級生の胸で涙を流した。そんな自分が情けなくて仕方ない。
でも、彼女ならもしかしたらと。
身勝手に期待してしまっている。
ろくに話したこともない私に声を掛け心配し、助けようとしてくれた彼女ならと。
「ふう、あのさ……」
「うん」
「あのね……………」
「大丈夫。ゆっくりでいいよ」
見惚れてしまうような優しい笑み。
凍えた心が溶かされていくよう。
「私、喧嘩しちゃったんだ」
「そっか」
「そうだよね、ごめんね、しょうもない話だよね」
自分を取り繕う。
いつものように、明るくて落ち込んだりしない自分を。
「そんなことないんじゃない?」
***
「そんなことないんじゃない?」
確かに演技はうまいと思うが、ここまでの彼女を見てきて話を聞いて騙されるわけがない。しょうもない悩みであるはずがない。
「何をつらく感じて、どれくらい苦しいかなんて他人にとやかく言われるようなことじゃない。
それは、個人の中にだけある絶対的なもの。それを軽はずみにしょうもないとかいう人間が、一番しょうもない」
これに関しては、掛け値なしの私の本音だ。
世の中の皆々様は、だれだれはもっと苦しんでるのだから我慢しなさいとか、よく考えずにおっしゃるそうですが、考えが浅いにもほどがあると思う。
それを言うなら、世界でホントに苦しんでいいのは、たった一人ということになる。
でも、そんなわけない。
苦しいものは苦しいし、つらいものはつらい。それが当たり前で、だのに気付かれづらく、すぐに忘れられること。
「だから、ね。ゆっくりでいいから、吐きだしたいこと、言えなかったこと、話そ?」
そうして、彼女は訥々と話しだした。
***
私は、自分で言うのは何だが昔から明るいほうだったと思う。
学校にいるときも、いないときも基本は人と一緒にいて、家でも家族と仲良くできていたと思う。
そんな『キャラ』だったので、人から相談に乗ることも多かった。
はじめのうちは、人に頼られることが嬉しかった。
困ったことが解決できて、表情が和らいでいるのは、私のちっぽけな自尊心が満たされた。
………だから、私は止まれなくなってしまったんだ。
最初の異変は、中学生のはじめくらいだっただろうか。
相談内容に人の悪口のようなものが増えてきた。
それでも、私は『空気』を読み、話を合わせて否定をせずにけれど、肯定もせずになだめることを着地点として解決した。
きっと、才能があったのだろう。
大きな問題になることもなかった。
けれど、私の体には小さな問題が起こり始めていた。
朝目が覚めた時に、体が気怠かった。
家を出るときに体が重いと感じた。
その時は大したことじゃないと思った。ただの体調不良だと思っていた。
それから、体調不良も常態化して気にしなくなっていた。
また、1年ぐらいたったらおなかが痛くなることが増えた。
学校に行くときに、おなかが痛くて遅刻するようなことも増えた。
今早く学校に通うようになったのは、この時からの苦肉の策だ。
このころになって、漸く異常に気付いた。
でも、原因はわからなかった。だって、人に頼られることが増えていやなんて『可笑しな』なことだから。私はみんなの期待にこたえなくてはいけないから。
またしばらくが経った。
食が細くなり、食べても一人で隠れてトイレで吐き出す。
流石にこのころには限界を感じ、両親に相談したいと思った。
けれど、共働きで仕事が二人とも忙しそうで、相談できなかった。
それに、二人は私を信用してるから。
自分が我慢すれば大丈夫。
ネットで学んだ嘔吐の抑え方と、薬で無理やりにでもご飯を食べて見た目を取り繕うことができるようになっていた。
そのころには、自分の異常の原因も何となく察していた。
でも、今更何も変えられない。
私は、みんなが求める私でい続けた。
苦しいのは私が弱いから。
一人で街中を歩き回り、人気を避けて弱音を吐きだすようになった。
でも、限界は来てしまった。
それが今日だ。
***
「今日、ちょっと久しぶりに体調崩しちゃってさ油断しちゃったんだよ」
「だからかな、ちょっとミスっちゃって」
言葉を続ける。
「悪口をさ、肯定しちゃってさ。
それを、その子が聞いちゃって」
震えた声で、まだ続ける。
「グループの子で宥めようとしたんだけど、言い合いになっちゃって、みんなの不満が芋蔓式に出てきてね。私たちみんなで喧嘩になっちゃてさね」
自嘲するように、今にも泣きそうに。
「でも、私はその不満みんなから聞いてたから、私が解決しなきゃいけなかったんだ」
でも、泣くことわ許されないと自罰的に。
「だけど、私が逆ギレしちゃって、それで」
涙を堪えて、口をきつく結び付ける。
言葉が初めて途切れる。
ここで、聞きに徹していた私は、
“パチン”
初めて動いた。
「いたっ!」
ただの、音だけのデコピン。
それでも意識を引き上げるには十分なもの。
「よく頑張ったね」
君は悪くない。
賢しらに理論ぶった言葉なんて彼女にはいらない。
だって、そんなこと百も承知だから。
なにが悪かった、どうすればよかったか、これだけ悩んだ子が、その程度のことも考えられないわけがない。
それでもなお自分に原因を探すこの子に、そんなもの何の価値もない。
一番大事なのは、ここに一人でも、彼女を認めている人間がいることを教えてあげること。
「人のことでそんだけ悩めるの、偉い。
私には絶対できない。人にできないことをやっているあなたを少しだけ認めてあげて?」
「でも…」
ぎゅっと、今度わ私から抱きしめる。
この子はきっと、昔から甘え方を知らなかった子供。
『自分のために』を教えてもらえなかった子供。
「大丈夫だよ。今だけは自分を責めないであげて」
ゆっくり、頭を撫でる。
***
彼女に、優しく抱きしめられて、必死に堪えてきたものが決壊していく。
「私、わたしぃ」
「うん、聞いてるよ。ちゃんと聞いてる」
今日会ったばかりなのに、家族にも隠していた、本音が何も隠しきれない。
「わたし頑張っんだよ。みんなが、仲良くなれるように」
「うん」
「なのに、みんなみんなのこと悪く言って、それで…」
私は、そのまま泣き疲れて寝てしまった………らしい。
***
彼女が、やっと本音をこぼしてくれた。
会って間もないというのにと思うかもしれないが、寧ろ、だからこそというべきだと思う。
責任感の強い彼女のことだ。一度、ちゃんとやると決めてしまったら、弱音を吐くなんてできないだろう。
あと、今日私は勘違いとはいえ彼女を助けている。その時に、自分を助けくれる人という認識が少なからずあったのかもしれない。
でも、あれだけぐちゃぐちゃになってなお、友達の悪口が出ないのは、ちょっと驚いた。
人間の善性を信じてみたくなる。
それで、彼女は寝てしまったわけだけど、どうしよう?
私、人を家に止めたこととかないし。
なんなら、膝の上で寝てるから動かすのも可哀想だし。
幸い正座には慣れているので、このままでいいか。
***
「んぅ…ん……うん?わっ!!」
誰かの驚く声で目が覚める。
「誰?」
え、マジ?忘れられた?
結構濃い時間を過ごしたと思うんだけど。
「へ、膝枕?なんで?」
まあ、自分より慌てている人を見て落ち着く。
そして、部屋を見渡して、ウィッグが落ちていること、そして、携帯に通知があることに気付く。
携帯には「寝るときは外しなさい」とだけ。
ああ、お母さんか。
私は、日本と北欧のハーフの母の血が強く出て、地毛が金髪なのだ。
染めるのは面倒だし、目立つのは色々あって、面倒と感じるようになってしまったため、家以外では基本ウィッグをつえて生活しているのだ。
それを外してしまえば、意外とわからないものだったりする。普段は前髪で目も隠れているしね。
「あー、みーさん?私だよ?明依だよ?」
「え、何その髪?」
「理由はめんどいから割愛するけど、それがウィッグでこっちが地毛。多分下にいるけど、お母さんがハーフで、私はクオーターなんだよね」
ちょっと興味がありそうではあったが、深くは聞かないでくれるらしい。
助かる。別にホントに深い理由とかなくて、メンドクサイだけだから。
「そうなんだ。
あ、待って今何時?」
「うーん、7時。
1時間くらいしか寝てないみたいだね」
「そっか。じゃあ、今日はありがとう。すごい救われた。
またお礼は、絶対にするから!!
今日は、帰るけど」
“こんこん”、とノックの音がする。
「入っていいかしら?」
お母さんだ。
「大丈夫?」
「私は構わないよ?」
「いいよー」
わが母ながら、スタイルがよく、肌もきめ細かく、雪のように白い。
「えっと、お姉さん……ですか?」
「そうよ。妹と仲良くしてくれてありがとうね」
「いえ、こちらがよくしてもらっているばかりで」
「そうかしら?なんていうのも野暮よね。でも、私としては明依が人を家に呼ぶぐらい気を許してくれていることが嬉しいのよ。膝枕するくらい、パーソナルスペースに入れているのもね?」
茶目っ気たっぷりに、ウィンクとともにそう宣う。
心配かけて申し訳ないとは思う。思うけど、
「お母さん、冗談はほどほどにして?お母さんが言うと、何も冗談に聞こえないから」
「ええ、いいじゃない。少し位おばさんに、お姉さん扱いを楽しんでも」
「え、お母さん?どういうこと?」
「この方は、正真正銘私を生んで育ててくれた、お母さんです」
「嘘、びっくりするほどお若いです!?」
それは娘の私もそう思う。
「いいこねー、そうだ、今日は泊まっていったらどうかしら。来客用のお布団もうちにはあるし、保護者の方には私から連絡するから」
「いえ、急にお邪魔して泊まるなんて、申し訳ないし着替えもないです。
それに、明依さんだって今日初めて話した私とお泊りなんて嫌でしょうし」
「へえ、今日話して初めてこの子が気を許したの?」
「あんま意味深にそういうこと言わないでよ。それに、勝手に人前でウィッグ外したのだって私許してないんだけど?」
「この子にまで隠そうと思ってたわけじゃないでしょ?」
「そう、だけど…」
そうだけど、そうじゃないんだよ!
「そう、なんだ」
嬉しそうにはにかむみーさんにこれ以上何も言えなくなる。
「かわいい子ね?」
「ほんとにね」
こんなに可愛い子、リアルではじめて見た。
「もう、親子揃って人を揶揄って。今日はありがとうございました」
最後まで律儀で可愛い女、このまま返すのは不正解だ。
「帰っちゃうの?」
上目遣いで言ってあげれば、
「あ、じゃあ、え、その」
「ちょろ」
「ばーかー!」
はい、大正解!優勝!
***
それから、なんやかんやあってお母さんがみーさん母に電話して、泊まることになり今お風呂に入ってもらってる。
「それにしても、あなたが友達を家に連れてくるなんてね」
「ただの成り行きだよ」
「でも、家に連れてくる必要まではない」
実際その通りだ。公園のままでもよかった。
けれど、うちまで連れてきたのは彼女のことが少なからず気に入った。
それ以上に、自分のためというのが大きい。
一つが下世話な話になるが、私が金持ちの家の娘であるからと対応を変えないか。
二つ目が、自分がまた人を好きになれるかということだ。
細かい経緯は割愛するが、彼女のように自滅して学校を辞めてしまった親友がいた。親友だったはずなのだ。
助けるためにやれるだけのことはやったつもりではあるが、それでも結果的に喧嘩わかれになった。
その時、自分は悲しいと思えなかった。
そのことが、一番ショックだった。自分が親友だと思って積み重ねた思い出は嘘だったのかと。
だから、その贖罪に彼女を利用したのだ。
わざわざ彼女に伝える気はないが、無邪気な笑みは少し罪悪感を刺激する。
「はあ、別に責めるつもりなんてないわよ。ただ、あなたは自分を許してと言っても変わらないでしょ。
ただ、私はあなたのこと愛しているわ」
はあ、ずるいな、うちの母親は。
「私も、いつもありがとう」
***
お風呂は、完全にプライベートの空間だからか、思考が回る気がする。
今日あったことが頭に巡る。
朝、芽依に出会えたこと。喧嘩をしてしまったこと。芽依の胸で泣いてしまったこと。家にあげてもらい、救われたこと。
そして、今家に泊まることになったこと。
いつの間にか渾名で呼んでくれていること。
明日は、私からみんなに話してみようと思う。
さっきまでの強迫観念みたいなものが薄れ、前向きになれた気がする。
私は今後、この出会いにずっと感謝するようになるという確信がある。
☆
これは、月魄芽依と朝陽美咲が、相棒になるまでのプロローグ。
いつか、結ばれる絆が紡がれる始めた物語。
多感な高校生が、傷ついた少女たちが、二人で立ち上がるまでの物語だ。
作者の独り言欄興味がなければ読まない方がいいです!時間の無駄なので。
短編描くの初めてで、アニメイトフェア用に投稿しようと思って書いたんですけど、予定の1/3もかけなかったので、ちょっと中途半端になってしまいすいません。
コメントやポイントがあれば(露骨な乞食)続き投稿するかもしれませんが、浪人生なので過度な期待はせずに待っていていただけると幸いです。