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「ようこそおいでくださいました富羅賀殿。高田城主の須藤則明でございます。」
畳が敷き詰められた部屋でトラの柄が描かれた屏風を背に、肩衣袴を身に着けた男性が自分よりも一回りは下であろう男性に声をかける。
「そんな堅苦しい挨拶はやめてよ、平民出身の僕には気を使わなくていいよ」
富羅賀と呼ばれた男は狩衣を着て胡坐をかき、城主である須藤則明に声をかける。
「何をおっしゃる、倉院家筆頭陰陽師の富羅賀殿にご無礼があっては」
年齢が一回り以上も違い、自身は城主であるにもかかわらず則明は富羅賀の態度に不快感を見せずその態度も気にした風もなかった。
「まあいいや、明日の霊力試験の準備はどお、順調?」
「はい順調でございます。あとは富羅賀殿に式紙に霊力を込めていただくだけですので。」
「そっか、じゃあそれはちゃちゃっと終わらせちゃおうか」
「それでは。おいあれを持ってこい」
須藤はそうふすまの向こうに控えていた男性に声をかけると、その男性がふすまを開けて室内に入ってきた。手には黒い漆器の箱を大事そうに抱えている
「富羅賀殿にお渡ししろ」
その男性は富羅賀の横で膝をつき箱の蓋を開ける。
箱の中には白い札が一枚だけ入っていた。
富羅賀は札を手に取ると霊力を込めていく。
「うん、大丈夫かな。この霊力量なら正四位の式神までしか召喚できないから事故は起きないよ、一応僕も明日は会場に行くしね」
そういい特に変化の見られない札を漆器の中に戻す。
「かしこまりました。さすがは富羅賀殿ですな、昨年まではわが家の陰陽師にやらせていたのですがもっと時間がかかっておりました。さすがは陰陽院出身の方なだけありますな。」
「まぁ、この程度はできて当然でしょ。そんなことよりこれで終わりなら街をぶらぶらしてきてもいいかな。」
「それは構いませんが、宴の準備はどういたしましょうか。」
「ありがたいけど、あんまり堅苦しいのは好きじゃなくてね、適当に城下町で食べるから気にしないで」
富羅賀はそういうと一人で部屋から出ていく。
「かなり自由な方ですね」
漆器を持ってきた男性が須藤に尋ねる
「正直聞いていた以上だ。それでも正一位の陰陽師だからな。決して怒りを買うようなことするな、何されても文句言えんぞ。ほかの者にも徹底させろ」
「かしこまりました」
男性は少しの怯えを顔に浮かべ部屋から出て行った。
「何事もなく明日が終わればいいのだが、、、」
須藤のつぶやきは誰もいない部屋に消えていく。