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行き場を失った恋の終わらせ方

作者: 当麻月菜

 互いの家門に相応しい男女が婚約するのは、貴族社会では当たり前のこと。

 親が決めた婚約者ではなく他の相手に心変わりをすることも、よくある話。


 でも、それが自分の身に降りかかるとなれば、話は違う──



***



「君との婚約を白紙にして欲しい」


 事前の約束も無く突然尋ねて来た婚約者──アイザック・デナムは、来客用のサロンに入るなり、芯のある声で言った。


 その眼差しはとても真剣で、揺るぎない決意を秘めていることを否が応でも知る。


 宵闇よりも深く艶のある漆黒の髪。磨き上げた宝石より美しいアメジストのような瞳。整った顔立ちに加えて、幼い頃から剣術をたしなむスラリとした体形の彼は、エステル・ロニーの全てだった。

 

 そんな彼が、自分に向けて別れを切り出した。


 簡単に受け止めることなど、できるわけが無い。


 なぜなら彼を失うということは、エステルにとって心臓を失うようなもの。親が決めた婚約者とはいえ、彼に恋い慕っているのだから。 


「まずはお座りになって」


 動揺を隠す為にエステルは、アイザックから目を逸らすと一人用のソファに着席した。胸に流れた栗色を耳に掛けようとしたら、笑ってしまうほど手が震えている。


 ロニー家の人間が代々受け継ぐシアン色の瞳は、陰りが出ていないだろうか。鏡が無いからわからない。


 どうか気付かれませんように。そして今発した彼の言葉が(たち)の悪い冗談でありますように。


 そう祈りながらアイザックを見つめれば、遅れて彼も向かいの席に腰掛ける。


 普段なら長い足を持て余すように組むというのに、今日に限っては皇帝陛下と向かい合っているかのように居ずまいを正している。


 その態度が、自分と彼の関係を如実に表していて、エステルは胸が締め付けられるように苦しくなった。


 屋敷の中で一番日当たりの良いサロンには、自分たち以外誰もいない。


 本来なら未婚の男女に間違いがあったらいけないと、部屋の隅に侍女やメイドを待機させるのが一般的である。


 しかしアイザックは、ロニー家では絶大な信用を得ている。


 彼に限ってはそんなことをしないだろうと両親も弟も口を揃えて言うけれど、その人がまさか婚約を破棄したいと願うだなんて誰が予言できたであろうか。


 それほどアイザックは、エステルを大切に扱っていた。


 誠実に真摯に。向けられる眼差しはいつも穏やかで、声を荒げたことなど一度も無い。もちろん約束を反故にしたことだってなければ、傷付ける言葉を向けたこともなかった。


 けれども、それは儀礼的なものでしかなかったのだろう。


 奇麗だと言ってくれたその言葉も、これからよろしくと微笑んでくれた表情も、僅かな段差でも手を差し伸べてくれたその仕草も、全部全部、婚約者としての義務を果たしていただけなのだ。


 とどのつまり、彼にとって自分は特別な人間ではなかった。その他大勢の一人に過ぎなかった。


 悲しすぎる現実に、エステルは嫌だ嫌だと子供みたいに泣きじゃくりたい。しかし、既に成人した身。19歳という年齢がエステルの感情に重い蓋を乗せる。


「さて、と。まずお話を聞く前にお茶でも飲みましょう」

「いや、君の手を煩わせるつもりは」

「お茶を飲むのもお嫌なのかしら?」

「……いや、いただこう」


 聞きたくない話を少しでも先延ばしにしたくて、エステルは呼び鈴を鳴らしてメイドにお茶を用意させる。


 既に用意されていたのだろう。気まずい空気を感じる前に、別のメイドがワゴンを引いてサロンに入室した。


「あとはわたくしがします。あなた達は下がりなさい」


 貴族令嬢が婚約者の為に自らお茶を淹れるのは良くあること。


 メイド達は己の役割を主張するより、恋人達の時間を邪魔するべきではないと判断し、にこやかな笑みを浮かべて去っていった。


 大きなポットを手に取ったエステルは、ティーカップにお茶を注ぎ入れる。いつもよりゆっくりと。 


 普段の何倍も時間をかけているのに、アイザックは何も言わない。湯気の向こうにいる彼は、ただただ硬い表情でいるだけ。


「お待たせしましたわ。さあ、どうぞ」

「手を煩わせてすまなかった。いただこう」

「……いえ、わたくしが飲みたかっただけですわ」


 好きな人の為にお茶を淹れることが、どうして煩わしいことになるのだろうか。


 無意識なのか、気遣いなのか。それとも意図して自分を傷付けたいのかわからないアイザックの言葉に、エステルは強がりを言ってお茶を啜る。


 とても、苦い。


「ごめんなさい。失敗してしまったようね……すぐに淹れ直しますわ」

「いや、私はこのままで十分だ」

「……そう」


 自分だけでも淹れ直そうか。そうすれば、彼の話を聞かなくて済む。


 そんな狡い考えが頭をよぎる。しかし、往生際が悪すぎるその選択は、どうしてもできなかった。


 苦いお茶をもう一口飲む。アイザックもお茶を啜っているが、一欠けらも不味い素振りは見せてくれない。


「先ほどの話……本気なんですの?」

「ああ」


 少し悩んで率直に尋ねたエステルに、アイザックは静かに頷いた。


 前のめりになることも、動揺することも、だからどうしたと開き直ることもしない。きちんと自分の話に耳を傾け、誠実に言葉を選んだと思えるタイミングで返事をした。


 それがどれだけ自分を傷付けているのか、彼は理解しているのだろうか。 


「そんなこと、許されると思っているのですか?あなたのその選択が、あなたの家門を傷付けることを理解されているのですか?」


 嫌よ、やめて。わたくしを捨てないで。


 そう言えないエステルは、精一杯彼を引き留める言葉を紡ぐ。ここには自分たちだけしかいない。今、思い留まってくれたなら、全て忘れる自信がある。


 けれどもアイザックは、静かに頭を下げた。


「許されるとは思っていない。私の身勝手な行動で、互いの家門を傷付けることも理解している。だが」


 ここでアイザックは、言葉を止めた。顔を上げる為に。エステルの目をしっかりと見つめる為に。


「私は君との婚約を白紙にさせて欲しいと思っている」


 決して声を荒げたわけではないのに、アイザックの言葉はやけに大きく部屋に響いた。


「ーーわたくしの、どこがいけなかったのでしょうか?」


 しばらくの沈黙の後、エステルは勇気を振り絞って尋ねた。


 目標を掲げて努力をすることは苦痛ではない。悪い評価を、良い評価に変えることもこれまで何度もやってきた。


 だから今度も、そうすれば良いと思っていた。けれども、アイザックは首を横に振る。


「そうじゃない。君は私にはもったいないくらい完璧な女性だ」

「ご冗談を。なら、どうして婚約を破棄したいなどとおっしゃるのかしら?」


 エステルは微笑みながら小首を傾げる。


 自分に悪いところが無いのに婚約を破棄したいという彼の思考が理解ができない。


 ……違う。本当は、気付いている。ただそれだけは、どうしても認めたくない。


 そんな気持ちを声に出したわけじゃない。けれどアイザックは「すまない」と言った。そしてエステルに言う間を与えず、苦し気な表情に変えて言葉を続けた。


「好きな人ができた。私はその人と添い遂げたい」

「……っ」

「すまない」

 

 息を呑んだエステルに、アイザックは再び頭を下げた。


 でもその姿はエステルにとって、謝罪ではなく拒絶にしか見えなかった。


「どうして……ですか?どうして、わたくしじゃ駄目なのですか?」


 誰よりもアイザックを愛していた。彼と添い遂げるのは、世界中で自分が一番ふさわしいと断言できる。だってそうなるように努力してきたのだから。


 我が儘を言って困らせたこともなかった。

 服の趣味も、会話も全てアイザックに合わせて生きてきた。

 他の異性と勘違いを生むような言動など一度もしなかった。


 それもこれも彼と神様の前で永遠の愛を誓うため。アイザックの隣に立つ為の努力なんて、一度も苦痛だなんて思ったことは無かった。 


 なのにアイザックは、自分を裏切った。


 婚約をしてから二年の時間を踏みにじったのだ。なんて酷い人なのだろう。目の前にあるお茶を黙ったままの彼にぶちまけて、最低だと罵声を浴びせたい。


 でもそんな感情よりも、アイザックを恋い慕う気持ちの方が勝っている。


「では、質問を変えましょう。……わたくしは、あなたが選んだそのお方よりどこが劣っているのですか?」

「いや、君は完璧だ。劣っているところなど一つも無い」


 間髪入れずに答えたアイザックに、嘘は感じられなかった。それが無性に苛立ってしまう。


「なら、どうしてそのお方を選ばれたのですか?家門に泥を塗ってまで欲したその理由を教えて下さいませっ」


 感情を抑えようとしたけれど、駄目だった。最後はきつい口調になってしまった自分をエステルは恥じる。


 しかしアイザックは、嫌な顔一つしない。


 ただ質問の答えがなかなか見つからないのか、姿勢を正したまま視線だけを泳がしている。


 もっと問い詰めたい。彼が選んだ女性の名も、身分も、容姿も、馴れ初めも。全部全部知りたい。


 その権利が自分にあるとエステルは信じているし、アイザックに拒む権利が無いことも知っている。


 でも必死に探す彼の様子に、エステルは声を掛けては駄目だと判断し、じっと待つ。


 息苦しい沈黙に、ぬるくなってしまったお茶を一口飲む。先ほどより苦みが増している。


 やはり淹れ直そう。自分がこんなにも辛い気持ちになっているのも、アイザックが婚約を破棄したいと願っているのも、全部このお茶のせいだ。


 だから美味しいお茶を淹れたら、これは全部無かったことになる。そうきっと……


 何の根拠も無いけれど。ただのお茶に縋る自分があまりに滑稽だとしても。それでも、何かをせずにはいられなかった。


 衝動的に未だ沈黙を続けるアイザックに断りを入れることなく、エステルは呼び鈴を鳴らそうとした。しかし、その時ーーアイザックが自分を見た。


 答えを見付けたのだと、エステルは瞬時に悟った。


 身構えた拍子に、ごくりと唾を飲む。細く震える息を落ち着かせる為に、胸に手を当ててゆっくりと深呼吸する。 


 視線はずっと絡み合ったまま。形の良い彼の唇はいつ動いてもおかしくはない。……なのに、彼はここですっと自分から目を逸らした。


 答えは見つかったけれど、言葉にしたくない。そんな意思表示だった。


「答えてはいただけないのですね」

「すまない」

「わたくしが傷付くから、言えないのですか?」

「……」

「それとも、あなたが選んだ女性が傷付くから?」

「……どちらも違う。ただ」

「ただ?」

「……」


 肝心なところで沈黙するアイザックに、エステルは強い口調で「お答えください」と訴える。


 そうすれば観念したような、それでいて痛みを堪えるような顔でこう言った。


「ただ……自分の中で導き出した答えが答えになっていないから、言えないだけだ」


 なんだそれ。


 下町の女性のような言葉が思わず胸の中で零れる。声に出さなかったのは、長年の淑女教育の賜物だろう。


 だが今は、そんな自分を褒めたくなんかない。


「……あなたは、狡い人ね」

「すまない」

「わたくし世間の笑いものになるのですね」

「そんなことは絶対にさせない。デナムの名に懸けて」


 強く宣言するアイザックは、もう未来を見ている。困難を乗り越えて結ばれた恋人との幸せの未来を。


 ーーわたくしは、あなたにとって厄介者なのね。

  

 エステルは苦しくて、笑った。


 置き去りにされた自分。暇を告げるタイミングを見計らっているアイザック。


 冬の終わりの空はどこまでも澄み切っているというのに、世界は闇に閉ざされてしまった。


「もう……いいですわ。もう」


 別の未来を歩み始めてしまったアイザックを引き留める術を見付けられないエステルは、心から疲れて深いため息を吐いた。


「エステル嬢、私は君をーー」

「何もおっしゃらないで……お願いですから」

「すまない」


 悲鳴に近い声を上げたエステルに、アイザックは膝の上に乗せていた手をグッと握る。


 彼の大きな手が、好きだった。けれども、もう他の誰かのものになってしまった。痛い。いっそ死んでしまいたいと思うほど、胸が痛い。


「お話は終わりましたわ。アイザ……いえ、デナム卿。父は書斎にいます。続きの話はそこでどうぞ」


 一言一言、終わりの言葉を告げる度に心が壊死していく。


 それでも、これ以上失ってしまった彼を見続けることが辛くて。そして父が彼を説得してくれるのではと僅かな望みを賭けて、エステルはアイザックから顔を逸らした。


 一拍置いて彼が立ち上がる気配がする。


「時間を取らせて悪かった」

「……」

「しつこいかもしれないが、君に不名誉な発言をする者がいたらそれは私が排除する。デナムの名に懸けて誓う」

「……」

「エステル嬢、私は......いや、これで失礼する」


 何かを言いかけてやめたその言葉は、自分にとって光になるものだったのだろうか。それとも更なる闇に突き落すものだったのだろうか。


 去っていく足音を聞きながら、エステルはぼんやりと思った。





 結局、父の力をもってしてもアイザックとの婚約破棄は回避することはできなかった。


 父から散々罵倒され、弟には殴られ、法外な慰謝料を請求されてもアイザックは全てを受け入れ、誠実に対処した。


 ーーそれから時は流れ、春になった。


 机の上に積み重なった茶会や夜会の招待状は、どれもが定型文のみで婚約を破棄された可哀相な自分を気遣う言葉は一言も書かれていない。


 それがデナム家の力であることは、エステルにはわかっている。


 皇族の血を引くデナム家は、貴族社会では絶大な力を持っている。


 様々な噂が飛び交う社交界でも、皆、我が身は可愛い。わざわざデナム家に喧嘩を売るような真似をする愚か者は誰もいない。


 アイザック・デナムとエステル・ロニーが婚約したことは誰もが知るところ。そして婚約破棄したことも。


 しかしそれは全てが無かったことになった。


【二人は最初から婚約などしていない】


 デナム家は、事実をねじ曲げることを選んだ。全てを消してしまうのが最善の策だと考えた。


 そうすれば誰も傷付かない。矢面に立たされるのはいつだって女性側だ。だからロニー家は、デナム家から優しく有難い慈悲を授かった。


 感謝すべきなのだろう。そしてデナム家が描いたシナリオ通りにロニー家も演じなければならないのだろう。


 しかしエステルは、その優しさが苦しかった。


 アイザックはエステルの全てだった。初めての恋だった。彼と過ごした時間は宝物だった。無くしたくなんかない、かけがえのないものだった。


 だからエステルだけは、黒く塗りつぶされてしまった真実を心の中にそっと納め、涼しい顔をして茶会や夜会に出席することを決めた。



  


「やあ、エステル。今日も奇麗だ」


 ロニー家の玄関ホールで奇麗な立ち姿でいたメイソンは、中央階段から降りてくるエステルを見るなり爽やかな笑みを浮かべて駆け寄った。


 柔らかなカールを描くプラチナブロンドの髪と、ライムグリーンの瞳を持つ彼がそこにいるだけで、パッと明るい空気になる。


「あなたも素敵よ、メイソン様。だけどお世辞はやめて」


 エステルが肩をすくめてみせれば、メイソンは「俺は嘘はつかない主義なんだ」とあっけらかんと答える。


 アイザックと婚約破棄をして半年が経った。


 彼が新しい女性と婚約したという話は、エステルの元には届いていない。


 けれどエステルには沢山の男性から求婚の書状が届いている。どれもこれもこの国で名のある貴族男性だ。


 ロニー家はデナム家よりは劣るが、それでも名門だ。加えてエステルは美しかった。


 かつて格上の貴族から婚約破棄をされたという事実ではない真実があったにせよ、エステルはとても魅力的な女性であることは変わらない。


 無論、エステルは毎日のように届く見合い話を断っている。幸いエステルの父は娘に甘く、家の繁栄より我が子の幸せを願う優しい親だった。


 一方的な婚約破棄で身も心もボロボロになったエステルに無理強いすることはせず、今はゆっくり過ごしなさいと父も母も寛容に見守っていてくれている。


「さて、と。そろそろ時間だから参りましょうか。美しい姫、さぁお手をどうぞ」


 気障な仕草で手を差し出すメイソンに、エステルは苦笑する。


 彼ーーメイソン・グラヴァも名門貴族の嫡男だ。26歳という若さでありながら、王太子の右腕としてこの国を支えている青年で、剣の腕前もかなりと聞く。


 そしてアイザックと同じ師の下で学び、彼と幼馴染であり、その関係は今も続いている。


 本来なら、エステルになど近付いてはいけない人物だ。しかし彼がエスコート役に立候補したのは、まだまだ独身生活を謳歌したいがため。


 とんでもなく身勝手で失礼な理由であるが、エステルにとっては下心がない彼に不快感を覚えるどころか、好感すら持った。


 別の人との恋も、愛も、結婚も、未来も、全部いらない。欲しい物しか欲しくない。


 声に出せない強い気持ちに支配されているエステルは、求めるのは今でも一人だけ。


 そんな気持ちを知ってか知らずか、半年経って貴族の集まりに顔を出すようになったエステルに、メイソンはごく自然にパートナー役を買って出るようになった。


 ーーこの人は、自分の元に近付けないよう見張っていてくれとアイザックから頼まれたのだろうか。


 あまりに穿った考えではあるが、聞けるものなら聞いてみたいところ。だが、きっとメイソンはのらりくらりと誤魔化すだろう。


 嘘が嫌いと言いつつも、メイソンの言葉はいつも本当の気持ちが含まれていない。


 でも彼にどんな思惑があっても構わない。本当の気持ちを隠しているのは自分だって同じなのだから。


「ありがとう。メイソン様」

「いい加減、メイソンとだけ呼んで欲しいんだけどね」

「それはいつか特別な方に呼んでもらってくださいな」 


 ふふっと笑えば、メイソンは苦笑する。


 使用人の手によって大きな玄関扉が開く。ポーチには既に馬車が用意されていた。




 もう一度、アイザックに会いたい。

 あの日、言葉にしてくれなかった答えをどうしても教えて欲しい。


 そう心に決めて、重い身体を引きずるように彼が現れそうな夜会や茶会を選んで出席をしてきた。けれども、彼の姿を見付けることはできなかった。


 自分はアイザックに、避けられている。


 3度目の夜会で彼が急遽欠席になったと誰かが口にしたのを聞いて、不安は確信に変わった。


 顔を合わせたら気まずいだろう。表面上はなにも無かったことにしても、いざその場に二人が居れば、あること無いこと囁かれるに違いない。


 そうならないためにアイザックは自分を気遣ってくれている。最後に笑い者にさせないと宣言してくれた通り、彼は今でも自分の為に心を砕いてくれている。


 会えない寂しさや辛さはあるにせよ、彼と繋がりを保てていることが素直に嬉しい。だって、それは可能性でもあるから。


 婚約を破棄された今でも、夢見てしまうのだ。何度も、何度も。アイザックと歩む未来を。馬鹿の一つ覚えのように。


 加えて半年たった今でも、彼は婚約発表をしていない。


 そうなると、どうしたって考えてしまうーーアイザックはもう一度自分とやり直したいと思っているのでは、と。


 だからあの日、聞けなかった答えを知りたい。その答えは、やり直す道しるべになるはずだから。


「ねえ見てごらん。月が隠れている。雨、降りそうだな」


 これから向かうのは、王城。王太子主催の夜会なら、アイザックとてさすがに欠席することは難しいだろう。


 そんなことを考えていると、向かいの席に座るメイソンが苦笑しながら夜空を指差す。


「……ええ、そうね。夜会の間はもってほしいわね」


 気の無い返事をしてもメイソンは、そうだねと言って無邪気に笑う。次いで、「なら明日は雨か」と呟き、うんざりした顔になる。


「癖毛には辛いんだよなー、雨って」

「そうなのですか?」

「ああ。俺の妹も癖毛なんだけど、明日は演劇を見に行くって言ってたから、今頃きっと癇癪起こしてるだろうな」

「まあ」

「だから今日は遅く帰ることにしよっかな。八つ当たりとはいえ、さすがに妹に向かって怒鳴るわけにもいかないし」


 あーあとぼやく割に、メイソンはどこか優しい表情を浮かべている。


 アイザックの友人とはいえ、メイソンとはこれまで交流が無かった。だから家族関係など知らなかったし、実のところ彼がどんな性格なのかも把握していない。


 でも、この短い会話のおかげで少し彼の為人(ひととなり)を知ることができた。


「もしよろしければ、今日のお礼に妹様にわたくしが使っている香油を贈らせてくださいませ。きっとお役に立てると思います」

「それは助かる。でも、妹に……だけ?」


 甘えるように身を乗り出し、上目遣いでこちらを見るメイソンにエステルは視線をさ迷わす。


「あいにく女性用の香油しかございませんので……それでよろしければ……」

「はっははっ、そうきたか」


 苦肉の策を口にした途端、なぜか爆笑するメイソンにエステルは首を傾げる。


 それがまた面白いのかメイソンは、とうとう腹を抱えて笑い出してしまった。


 流石にそれは失礼ではないか。思わず文句の一つでも言いたくなる。


 だが彼の笑い声は不思議と不快ではなく、気が済むまでそうしてもらおうとエステルは笑われるがまま、王城に到着した。



***



 国一番の楽団が奏でる音楽に合わせて、男女がペアになってクルクルと優雅な曲線を描く。


 別室では王宮シェフたちが腕によりをかけた料理が並び、老若男女問わず着飾った貴族達がにこやかに歓談をする。


 それらを見守るように巨大なシャンデリアが煌々と光を放ち、庭園の薔薇は夜風に乗せて気品ある香りを会場に届けている。


「あいっかわらず、賑やかだなぁー」


 連れたってホールに一歩足を踏み入れた途端そう呟いたメイソンに、エステルは思わず吹き出してしまった。


「この国が栄えている証拠ですもの。そんなことを仰らないでくださいませ」


 笑ってしまった自分を誤魔化すようにメイソンを窘めれば、同罪だと言いたげに彼はニヤリと口の端を持ち上げる。


「じゃ、繁栄し続ける我が国と殿下を祝うために、1曲いかがですか?エステル様」

「お戯れはおやめになって」


 礼儀知らずとはわかっていても、差し出された手から顔を背けてしまう。


 でもこちらにも言い分はある。メイソンにはエスコートはお願いするが、ダンスはしないと事前に伝えてあるのだ。


 もちろん、伝えたのは一度ではない。何度も口を酸っぱくして、それこそ鬱陶しいと思われるくらいに。


 なのにメイソンは、懲りずにダンスを誘う。おそらく自分と踊っている間は、紳士の務めである淑女へのダンスの誘いをしなくて良いから。


 メイソンのお陰で、惨めな思いをしないで済んでいる。だから助け合わなければいけないのはわかっている。


 しかし身体が密着するダンスを踊っている自分をアイザックに見られたくないのだ。


 そして知って欲しいのだ。半年経っても異性と踊らないのは、それほど貴方のことを好きだからだと。


「わたくし、庭を見てきますわ。貴方はお好きなように」

「はいはい。わかりました。頃合いを見て呼びにいくよ」

「そうしてくださいませ」


 暗に一人にしてくれと伝えれば、メイソンはあっさりと身を引いてくれた。




 天候が持ち直し、夜空には月が奇麗に浮かんでいる。そして月夜に照らされた庭園は、むせかえるほどの薔薇の香りに包まれていた。


 人の気配がほとんどないそこを、エステルはゆっくりと歩く。気持ちを落ち着かせるために。


 今日、アイザックと会ったら最初になんて言葉をかけようか。


「久しぶりですね。お元気でしたか?」


 ありきたりだけれど、明るく笑みを浮かべてそう言えばきっと彼は笑い返してくれるだろう。


 その後は、聞けなかった答えをちゃんと聞こう。どんなものでもきちんと受け止める。それから自分に足りなかったものを埋めて、気持ちを素直に伝えよう。


 きっとやり直せる。更に完璧になれば、彼の気持ちを取り戻せる。でも、会えなかった時間を埋めるつもりは無い。


 だって空白の時間には、間違いなく自分の知らない女性がいるのだから。


 とはいえ、ちょっとだけ拗ねるくらいは許してもらえるはずだ。「わたくし傷付いたのですよ」と軽く詰っても、きっと彼は怒ることは無い。


「……そうなればいいのですけれど」


 半年アイザックが婚約発表をしなかっただけで、また婚約ができると思い込んでいる自分は異常だとわかっている。


 一度婚約を破棄されたカップルが、再び婚約することなど滅多に……いや、ゼロに等しい。


 それでも彼とよりを戻せるような気がしてしまうのは、なぜだろう。


 この甘い薔薇の香りのせいなのか。それとも、自分が現実を見ていないだけなのか。


 流行りのドレスは半年経って、リボンではなくコサージュに変わった。

 西の領地では、平民の為の図書館が建設され、近々王都でも取り入れられると聞く。

 異国から魚介類の輸入が緩和され、レストランでは新しいメニューが並んでいる。


 ……大丈夫。自分は、現実を見ている。ちゃんと今を生きている。


 だからアイザックとやり直すことも、きっと願望ではなく予言めいたものなのだろう。


 それに何より、何度もエスコートしてくれるメイソンは、アイザックが婚約したなどと言ってはいない。

 

 もし仮にメイソンが監視役ならば、間違いなく望みは無いのだと伝えるはずだ。

  

 楽観的にならぬよう、一つ一つを分析してみても、望ましい結論にしかならない。そのことが嬉しくて、エステルは軽い足取りで庭園を歩く。


 当然ながら王城の庭は広い。


 ほんの少しと思った散策は、いつの間にかかなり庭園の奥まで入り込んでしまっていた。そこで、見てしまった。アイザックが他の女性といるところをーー


 垣根の向こうでドレスアップした二人は、ただ花を眺めていた。


 寄り添うことも、腕を組むことも、まして抱き合ったりもしていない。


 しかし二人の周りには立ち入ることが許されない何かに守られていた。


 月明かりに照らされ薔薇の花に包まれる二人は、悔しいほどに美しい光景だった。声を掛けることが罪深いと思わせるほどに。


 どこかに逃げ出したい。そう思っているのに、意思とは無関係にエステルは垣根から目を逸らすことができなかった。


「ーー夜のお花も奇麗ね」

「ああ、そうだな」

「でも私は、丘に咲く花が好き。アイザックは?」

「どうだろう。花は花としてしか見れないな」

「もうっ。貴方はいつもそればっかりね」


 不満そうに軽くアイザックの腕を叩いた女性は、そのまますたすたと先を歩く。それを追いかけるように、アイザックは早足になる。


 近付いて来た二人に、エステルは慌てて別の茂みに身を隠した。


 幸か不幸か、二人は結局エステルの元には近付かず方向転換して、別の花壇に目を向ける。


 それに安堵する自分は、ひどく惨めだった。


 視界の端に二人をおさめながら、エステルはしゃがんで膝を抱える。


 アイザックが別の女性を伴って夜会に出席をしていた。復縁なんかこれっぽっちも望んでいなかった。

 

 楽しそうだった。家族のように親密で、それでいて言葉の節々に甘さを匂わせていた。


 こんな会話、自分はアイザックとはしたことなかった。


 頭の軽い女と思われないように、彼と過ごす時はいつも政治や歴史の話ばかりしていた。彼の発言に不満を持つような真似すらしなかった。


 それがいけなかったのだろうか。彼は本当は思ったままを何でも言える女性が好みだったのだろうか。


 次々に浮かんでは消える疑問のどれかに、あの日の答えがあるのだろうか。


 程よく向こうにいる二人を見つめたまま、エステルは自問自答を繰り返す。

 

 無意識に伸ばした手は震え、砂漠で彷徨う迷い人みたいだ。


「……ねぇ、アイザック……ねぇ」


 こっちを向いて。私に笑いかけて。これは全部、悪い夢だと言って。


 声にならない叫びを上げ続けても、アイザックは自分がここにいることに気づいてくれない。こんなにも辛いのに。苦しいのに。


 悲しみがエステルを支配する。次いでドロリとした醜い感情が胸の奥から湧き出てくる。


 あの二人が今こうして幸せでいられるのは、自分が不幸になったから。


 アイザックとの関係を全て無かったことにされたせいで、自分はおおっぴらに悲しむこともできない。慰められる権利すら奪われた。


 約束された未来を歩むあの女が羨ましい。そして、彼を奪ったあの女が憎い。


 どこにでもいる容姿のあの女がこの世にいなければ、自分はこんな思いをしないですんだのだ。元凶を消してしまいたい。そうすればアイザックは自分を求めてくれるはず。


 人を羨むことを恥と、憎むことより許すことを正しいと教えられたはずの自分が、こんなにも醜い感情を持つことに驚きつつも、心地よい感覚に身を委ねてしまいそうになる。

 

 ーーけれども、ここでアイザックがこちらを見た。


「……っ!?……あははっ、そっか……そうなのね……ふふっ」


 こちらを向いてくれたと思ったけれど、そうじゃなかった。


 アイザックは天真爛漫に花壇を歩く想い人の後を追っただけだった。でも、それだけで彼がどれだけ彼女を大切に思っているか痛いほど伝わってくる。


 全てを包み込むような優しい微笑み。熱を帯びた眼差し。いつでも彼女を守ろうとする意志が伝わる右腕。


 アイザックは彼女に触れてはいない。しかしいつ彼女が転んでも抱き寄せられるように、その腕は華奢な背の後ろに添えられていた。


 彼のこんな表情、初めて見た。

 彼のこんな仕草、初めて見た。


 離れてみて、改めて知った。元々アイザックは、自分が思っているほど、自分のことを大切に思っていなかったのだと。


 そうして、答えを見つけてしまった。


【君は、彼女ではないから】 

 

 きっとそう言いたかったのだ。


 確かにそれは答えになっているようで、答えになっていない。納得させられる理由にはならない。


 でも、それ以上ないほど正しい答えだ。だって自分も同じだったから。


 アイザックより優しい男性が現れても、アイザックより整った顔立ちの男性が現れても、アイザックより財のある男性が現れても、アイザックより一途に自分を想ってくれる男性が現れても、心が揺らぐことは決してなかった。


「……あなたも恋をしてしまったのね、アイザック」


 好きな人が自分ではない他の人を好きになってしまった。ただそれだけのことだった。 


 ただ自分の恋は実ることが無く、アイザックの恋は実っただけのこと。とても単純で、どこにでもある話だった。


「そっか……わたくし失恋してしまったのね……」

 

 当たり前の事実をようやく実感したエステルは、伸ばしていた手を己の胸に当てる。


 ああ、痛い。苦しい。失恋した女性が泣く理由がよく分かる。どうにもならないなら、泣くしかないじゃないか。


 ポタリ、ポタリと熱い雫が落ちる。頬に伝う涙を手の甲で拭っても、いくらでも溢れてくる。


 アイザックと彼女はいつの間にか姿を消していた。もう、追う気力も意味もない。ただただ一人になれて良かったと思う。


 声を殺して泣く惨めな自分なんて、見られたくないから。


 それからどれくらい経ったのだろうか。


 相変わらず楽団は優美な曲を奏で、ホールからは楽しげな声が聞こえてくる。挨拶回りをしなくては。殿下に祝辞を述べなければ。


 淑女としてやらなくてはならないことが山積みで、でも今日は全てを放棄したいとも思ってしまう。


 まったく恋とは、とことん人を駄目にする。


 甘やかすことを良しとしない己を自嘲していれば、どこからか足音が聞こえた。


 何かを探しているのだろうか。足音は男性のもので、そして不規則で、歩いては止まって、止まっては歩いてを繰り返している。


 しかしお目当てのものを見つけたのだろうか。足音は一定の速度を保ちながらどんどんこちらに近づいてくる。しかも全速力で。


 無作法に茂みにしゃがみ込み、しかも化粧も落ちてしまった自分を見られたくないエステルはとっさに顔を膝に埋める。


 きっとこうしていれば向こうだって見て見ぬ振りをしてくれるだろう。それが紳士というものだ。


 しかし足音の主は無情にもエステルの前で止まった。


「探したよ、エステル」


 息を切らすことなくそう言ったのは、メイソンだった。観念したエステルは、ゆるゆると顔を上げる。


「これ、よかったら使って」


 差し出された真っ白なハンカチを無言で受け取ったエステルは、有り難く使わせてもらう。


 濡れた頬を丁寧に拭っている間、メイソンは何も言わない。まるでお姫様を守る騎士のように、エステルを周りの目に触れさせないよう気を配ってくれている。


「ありがとう……あの……これ、洗って返すわね」

「お好きにどうぞ」


 そっけない口調とは裏腹に、メイソンの表情は痛みを堪えているようなそれ。


 でも憐憫の情は無く、泣いた子供を持て余す父親に似ていた。


「あのね、メイソン様」

「なんですか?エステル嬢」

「わたくしね、失恋してしまったの」


 言い終えてなんとか微笑んでみせた。しかし、すぐに顔がくしゃりと歪んでしまった。


 実のところ、誰もが知っている事実を自分の口から出したのは初めてだった。

 言葉にした途端、びっくりするほど気持ちが楽になった。


 でも自分の意志とは無関係に再び涙が溢れ出す。その途端、暗闇に覆われた。メイソンに抱きしめられたのだ。


「そっか……辛かったな。そっか」


 自分より遥かに大きな身体に包まれて、エステルはその温かさに目を瞑る。


「わたくし、アイザック様が好きだったんです」

「うん」

「でもあの人は、わたくしを選んでくれなかったんです」

「そっかそっか。最低な男だ。俺がぶん殴ってやる」


 物騒なセリフを吐くメイソンの胸に、エステルは頬を寄せる。


 彼の服が濡れてしまうのを恐れて寸前のところで止めようとしたら、更に強く抱きしめられた。


「あいつは見る目が無かったんだ。馬鹿な男だ。そんな馬鹿な男なんか、忘れちまえ」

「……ふふっ、アイザックとは親友のくせに」


 強がりを言えば、今度は髪を撫でられた。


 今のメイソンは、指先から伝わる熱も、紡ぐ言葉も何一つ嘘がない。それが嬉しくて、心から安心できて、エステルは嗚咽を漏らす。


 それから強い夜風が吹いたのを機に、エステルは顔を上げた。


 ライムグリーンの瞳と絡み合い、自分が異性に抱きついて泣いてしまったことをようやく理解した。


「ご、ごめんなさいっ。あの……みっともないところをお見せして申し訳ありませんっ」


 慌てて身を離そうとするエステルに、メイソンは苦笑しながら腕を離す。


「みっともなくない。君は泣いてても笑っていても綺麗だ」

「こんなときにお戯れを」

「じゃあ、可愛い」

「……っ」


 言われ慣れていない言葉に思わず息を呑む。


「そんな顔も可愛い」


 生真面目な表情で言うメイソンは、こんな時に限って嘘の匂いを完璧に隠している。つまり、これは本心なのだろうか。


 真実を知りたくないエステルは、なんとか自力で立ち上がる。


「戻りましょう。といっても、こんな姿ではホールには行けないから、わたくしは馬車に戻ります。あなたは」

「じゃ、俺も一緒に馬車に行くよ」


 立ち上がってエステルと肩を並べたメイソンは、乱れた前髪を整えながら「こっちの方が近道だ」と指で示す。


 誰にも会わずに馬車に行けるのは有り難い。でも……


「妹様とお会いしたくないから、あなたは遅く帰りたいのでは?」

「んー、いいや別に」

「でも」

「さ、行こう」


 戸惑うエステルをよそに、メイソンはさっさと歩き出す。置いて行かれたら後が辛いエステルはしぶしぶ彼の後を追う。


 そして肩を並べて歩き出したけれど、庭園の広間に到着したメイソンの足がなぜか止まった。


「なあ、エステル。ここで踊らないか?」

「え?」


 予想だにしなかった提案に間抜けな声を出せば、メイソンはおもむろに向き合った。


「1曲だけでいい。途中で辞めたってかまわない。でも、踊ってほしい」


 切実な声音と、硬い表情。ああ、彼はとても緊張しているのだ。


 どうして?と思ったのは一瞬で、理由はすぐにわかった。ライムグリーンの瞳が雄弁に語っていたから。


「わたくし……立ち直るにはまだ時間が必要です」

「そうだろうね」

「こんなことを言うと自惚れているようですが」

「おそらく自惚れなんかじゃないと思うよ」

「なら、尚更に……」


 思わず一歩引いてしまった距離を、メイソンは半歩で詰める。


「先のことをアレコレ考える必要はないよ。今だけ……ああ、そうだ。妹の八つ当たりを受け止めないといけないこの俺を少しでも哀れと思うなら、どうか手を取ってください。エステル嬢」


 最大のカードを出したメイソンに、エステルは断る理由を見つけられなかった。


「半年ぶりですから、足を踏んでも恨みっこなしでお願いしますわ」

「鍛えてますから、好きなだけ踏んでください。美しい姫君」


 予防線を引いたエステルに、メイソンは気障なセリフで対応する。


 それから二人は遠くから聞こえる音楽に乗せて、ゆっくりとステップを踏み出した。


 二人を見守るように、夜風に花びらが舞う。

 

 メイソンのリードに合わせて、エステルのドレスの裾がひらひらと揺れる。


 背に添えられた頼もしい手に身を任せながら、エステルは行き場を失った恋が昇華していくのを確かに感じていた。


◇◆◇◆おわり◆◇◆◇

最後まで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m

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[良い点] 切ない。 メイソンも、エステルも。 [気になる点] まぁまぁ誠実な婚約者、この一言に尽きるかと。 婚約中の身で、いつ、いかなる運命の出会いがあったのかも謎ですが、エステルとの婚約が完璧に…
[良い点] 面白かった。 [気になる点] アイザックが愚かだと思う。浮気相手の女性と結婚するかどうかはわからないけれどそんな一時的な恋愛感情がいつまでも続くと思っているのか。人生は長い。そういう意味で…
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