やったれ下剋上
「なぁイチ公、さっきお前せんせーの台パンの時に看守のゲンコツがどうとか言ってたよな?あれって、収容されてたからなんだなーっていま気付いたわ。実は伏線貼ってたんだな、ハッハッハ」
何だこの能天気大魔王は。
さっきも噛み付いた僕をぶん殴ろうとしてきたし。仮にも今犬の姿だぞ?傷付けたら、愛護団体とか色んな方面が黙ってないぞ?
「なぁなぁ、お前今『ダックスフント』だっけ?その犬種。」
犬の姿だと喋れないので、テキトーに頷いておく。コクリ。
「足短いな〜!お前そっくり!ハッハッハ!」
コイツ。マジでシバく。首元に噛み付いちゃるわ!
「(ヒョイ)――おっと、さっきは噛まれたが2度はくらわねえぜ?甘い甘い」
避けられた。ヤンキーの運動神経恐るべし。
「お前さ、今その姿だけど他の犬種に出来ねえの?『犬』って広く括られてるくらいなら行けんじゃね?」
あ、確かに。言われてみれば行けるんだろうか。ちょっと他の姿をイメージしてみるか・・・むむむむ・・・・
キラキラキラ〜・・・ポンッ!
柴犬になった。
いや行けんのかい。自分でも軽いノリでやったけど、さすがに驚きだわ。
隣のヤンキーは腹抱えて大爆笑しとるし。おもちゃじゃねーんだぞ僕は。
完全に遊びに来ているクソヤンキーに犬パンチをお見舞いしようとしたその時―――
モフモフモフモフ!!!
「キャン!!?」
突如後ろから毛並みをモフられた。いきなりすぎて動転して普通に鳴いてしまった。キャンって。犬がキャンキャン鳴く時って、こういう時なんだな・・・。
「〜〜〜っ!ワンワン!グルルル・・・」
いきなり人の毛並みモフるなんて、なんたる狼藉か。・・・ん?人の毛並みをモフるってなんだ?まあいいや。非常識なことには変わりない。振り向いて、思いっきり威嚇してやった。威嚇した先には―――
「あっ・・・」
振り向いた先には、スラリと背の高い女の子。
おや、この子はさっき自己紹介で『女帝』とか言われてた・・・松園さんだっけ?
「・・・その、あの・・・」
・・・・・?
「・・・ごめん」
タッタッタッ―――
松園さんはモフった後、走り去ってしまった。何だったんだろう。僕の毛並みの中に宝石でも見つけたから、あさりに漁って行ったのだろうか。何たる強欲、さすが『女帝』といったところか。
「イチ公、振られちまったな・・・どんまい」
えっ。うそ。宝石という名の始まってもないキラキラとした恋が終わりを告げたの今?
問題起こすわ犬になるわ知らぬ間に失恋するわ、僕の学校生活ハードモードすぎない?
なんて事を繰り広げていたら、いつの間にか視聴覚室についていた。
「ちょっと!遅いわよ問題児たち!」
「さーせんした〜」
「ワン」
あ、柴犬だとちょっと男らしい鳴き声になった。
「あれ?藤川くんさっき違う犬じゃなかった?」
「挑発したらホントに変わったみたいっす」
「ワォン」
「あら可愛いわね。西高のマスコットにすればいいんじゃないかしら」
「フシュー・・・グルルル・・・」
「犬としてのリアクション慣れすぎじゃない!?まだ10分くらいしか経ってないわよ!?」
監獄にいると臨機応変さってのは重要なもんなんですよ、先生。
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「ゴホン!では、これから文字の能力を使った実際の地区対抗戦の映像を見せます。細かい所はやりながら慣れるから、まずはこんな感じなんだ〜くらいの雰囲気を学んでください」
「せんせー、地区対抗戦って?」
「そのままの意味よ、地区VS地区で争う。他にも地区内やら学年対抗やらもあるけど、地区対抗は少し規模が大きいの。この勝敗で色々優劣決まるのよ?」
「領土ぶん取れるとかですか〜?」
「流石に領土ぶんどりはマニュアルで禁止されてるけど、生徒のヘッドハントとか設備強化とかは出来るからかなり戦力が変わるわよ!」
「「「おぉ〜〜!」」」
この年代の人間というものは、そういった戦闘みたいな物事が大好きな年代なのだ。報酬も弾むとあれば、テンションもあがるもんだ。
「まあ負ければ逆に予算減らされたりするから、地区対抗はちょっとリスクが大きいとも言えるわね。自地区の弱体化に直結しちゃうわ」
「ちなみにこの映像の地区対抗戦は、何を賭けて勝負したんですか?」
「えーと、確か去年の春だから・・・あ、西地区に出来たカステラ屋さんの優先整理券ね。これは南地区にボロ負けして、西地区の生徒はカステラの底についてる紙ペラしか食べられなくなったわ」
「「「戦争理由やっっす!!?」」」
「しかも今ボロ負けしたって言ったな。負け試合見せられんのか俺らは?」
「ワンワン!(憤慨)」
カイくんが言ったのに便乗して吠える。どうせ見るなら勝った爽快感あるのが見たいな!!
「・・・勝った戦闘見せたいのは山々だけどね。常々言ってる通り、西地区はここ2、3年くらいずっと勝ててないのよ。」
先生が苦虫を噛み潰したような顔で言う。勢力が激落ちくんしてるって言ってたもんな。先生も歯がゆい思いしてるんだろうか・・・
「・・・カステラ食べたかったわ・・・(ボソッ)」
前言撤回。勝ちたい要因そこかよ。こちとら犬だから五感研ぎ澄まされてんのよ、声小さくしても丸聞こえじゃい。
「はいはい!とりあえず負け試合だろうが貴重な実戦資料よ!姿勢を正してしっかり見ること、いいわね!」
先生がリモコンを操作し、去年の戦闘映像が流れる。
(ピッ)
『―――繰り返します、西地区と南地区による地区対抗戦を開始します。まもなく始まりますので、該当生徒は準備してください』
始まった映像は、対抗戦開始直前からだった。開戦前の張り詰めた空気が漂っているのが映像からでもわかる。
「ちなみに戦闘舞台はどちらかの学校になるわ。この対抗戦では南女の校舎になったみたいね」
「じゃあ、もし自分の方の校舎になればそれだけで有利じゃないですか?」
「そうね。だから死ぬ気でジャンケン勝ちに行くのよ」
なるほど、ただ能力だけで勝敗か決まるんじゃなくて色々な因果が絡んで行くわけだ。
そうして映像が進んだ。
おお、ドローンみたいに全体を見れる映像と、各地点に設置されたカメラの映像を切り替えて見れるみたいな感じ。
『午前10時、ただ今より対抗戦を開始します。両地区の健闘を祈ります。始めてください。(カラーン、カラーン・・・)』
『『ワアアアアアアアア!!!!!!!!』』
大歓声と共に、地区対抗戦の火蓋が切られた――
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―――
〜20分後〜
「・・・はい、ここで終了ね。西地区の代表が討ち取られて勝負あり」
「「「・・・・・」」」
凄い速攻で勝負は決まったみたいだった。
西地区は5分くらいで陣形を崩され為す術なし。一方的に大将の所まで攻め込まれて、あとはボコされて終わりといった、いかにも弱小といった無惨なやられっぷりだった。
「どうだった?映像だけど実際に見た感じ。何か掴めたかしら?」
「「「うーん・・・」」」
「なんつーか、弱っちかったな」
「てっきり長い戦いになるのかと思って寝る体勢入ってたけど、割とすぐ終わったしな」
「なんか文字の能力の戦いなんてほぼしてないよね〜」
「・・・西地区が負けてる要因はそこですね(メガネクイッ)」
「「あ、ガイダンスの時のメガネ」」
「今みた戦いでも分かるように、地の利を生かした戦い方をされて能力を生かしきれないまま制圧され、ろくに真正面切った戦いが出来ていない。(メガネクイッ)」
「「ほう」」
「西地区の先輩方も、ヤンキー上がりとあって個々の戦力は引けを取らない。むしろ相手よりも上だったように思えます(メガネクイッ)」
「「ほうほう」」
「しかし、陣形やらチームワークを崩されて終了。2の手3の手が無いままズルズルと。・・・そこが西地区の知能の弱みであり、勝てていない要因ですね(メガネクイッ)」
「「うんうん」」
「「「メガネの動きうざっ」」」
「・・・・・」
メガネくんがしょげてうずくまってしまった。
「と、とにかく。メガネくんの言った通り西地区が勝てていない要因は色々あるの。みんなには頑張って、西地区を建て直して欲しいわけです!」
先生が声高らかに言う。まあそれは犬にはハチャメチャに荷が重いですね。皆さん頑張ってもろて・・・
「おいイチ公、なんか燃えてきたなぁ」
「ワ、ワオォン・・・?(困惑)」
となりの単純思考ヤンキーは燃え滾っているようだ。
反論したいが、この姿じゃ意思疎通もできない。
なんかジェスチャーで表すか・・・。
前脚をたたきつけて、却下!のポーズ。どうでしょうか。
ポムポム。
「おお!イチ公やる気だな!見ろよみんな、犬でもやる気満々らしいぞ!」
「え、まじかよ犬でも!?」
「犯罪者で敬遠しようかと思ってたけど、熱いところあんだな!」
「天下取ろうぜ犯人!」
ダメだ伝わらなかった上にクラス中が熱気の渦に巻き込まれてしまった。
・・・おい待て、今犯人て言ったやつ誰だ。ぶちのめすぞ。
わーっしょい、わーっしょいと持ち上げられている中、先生が涙を流しながら説明を続けていた。
「うぅ、あなたたち、そこまでやる気に・・・。これならクラス戦も大丈夫そうね!」
「「クラス戦?」」
みんな声を揃えて聞く。なんだそれと。聞いてないぞと。
「あら、知らないの?新入生の顔合わせがてらって感じで、4月の終わりに開催されるのよ。一大イベントって感じね!」
「先生そんなの聞いてねえよ!」
「そうよそうよ!春先は出会いの季節なのよ!戦ってる暇なし!」
「友達100人!できるかな!」
「えぇ!?あなたたちさっきまでのやる気はどこにいったのよ!?」
このクラス手のひらクルクル人間ばっかり。犬ながらあきれるぜこのアホの集まり・・・。
「・・・まぁ春のクラス戦は確かにあまり重要視されてないわね。まぁ大体、特進コースの一組が勝つ出来レースみたいになりつつあるからね」
「「「・・・あ?」」」
みんなの声が重なる。いきなりヤンキー感出てきたけどどうした。
「春先だと一組の頭脳プレーやら何やらが光るのよ。私たち3組なんていいカモね」
「ワン?(それはなぜ?)」
「なんでカモにされるか?って聞きたそうな顔ね。そりゃ、毎年問題児が集められるからまとまりが無いのなんのってね。策にはまってぼこすかやられるのよ」
「・・・」
「毎年落とし穴とかの簡単なトラップにはまって、ぎゃあぎゃあ大騒ぎするのよ。私も去年みてたけど、すごい笑っちゃったわよ。年末の笑ってはいけないより笑うわねあんなの。あっはっは」
「・・・・・」
せ、先生ぇ!クラスの雰囲気が!酷いことに!意気消沈?誰もしゃべってないですよ!?お通夜みたい!
と、そこでカイくんが口を開いた。
「・・・黙って聞いてりゃ、おれらはぐれものはずいぶんなめられてきたみてえだな」
「・・・そうみたい」
続いたのは女帝と呼ばれてた松園さん。静かなる闘志が、オーラみたいにめらめらと燃えている。・・・ような気がする。
「おいてめえら、やることわかってんな」
ヤンキーモードに入ってるカイくん。周りをみると、みんな目つきがヤンキーモードに突入している。こわ、西地区治安わる。
「直近の目標ができたな。まずはその『クラス戦』。全クラス叩いて、学年トップだ」
「「「(コクリ)」」」
クラス中がうなずく。
「このクラスには俺がいる。そして『女帝』松園。そして――」
「「「おぉ!!」」」
「――『犬』もいる」
「「「・・おぉ?」」」
・・・・・・
「・・・すまん、犬はどうでもいいな。」
「ワンワン!!!(怒)」
こいつ、噛み倒してやる。
「おいじゃれるな、大事な話してんだ。・・・とりあえず、戦力はそろってる。俺らがてっぺん取って、西地区のしあげようぜ!」
「「「よっしゃあーー!」」」
さっきまで「皇帝がぁ~」とか泣き言言ってたクラス中も、いまやその皇帝のもとにメラメラと闘志を燃やしている。カリスマ性すごいなこいつは、頭張ってただけはある。
「みんなぁ~~、頑張るのよ~(泣)」
先生、感受性豊か。泣くな泣くな。
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「・・・うし、とりあえずは『クラス戦』だな。お前も犬極めとけよ」
「ワオォン・・・?(犬極めるって何?)」
クラスの方針を決めた後、教室に戻っていた。
さすがのカリスマ性を見せられてしまったからみんな気合バリバリだったが、僕は犬の状態どうしようということでまだ悩んでいた。
「ってかそういえば、姿変えれんなら人間の姿イメージすれば戻れんだろ?」
犬の姿のままポンッと手を付く。盲点だった。そりゃそうだよな。
人間のぼく、にんげんの僕、むむむむ・・・・
ポンッ。
お、目線が人間の位置に戻った。普通に人間戻れた。
めちゃくちゃ安心した。よかったよかった。と思ったら、カイくんがヤンキーモードからは考えられないほど笑い転げてる。僕なんかした?普通の人間の姿だよな?
「カイくん、どったのまた笑って」
「お前ぇ、だってよ・・・!全裸ぁ・・っ!ひー、笑い死ぬっ!」
全 裸 ?
言われて、自分の体を見下ろす。
なんということでしょう。先程までのモフモフとした毛並みは消え、体毛薄めな繊細なお肌が大胆にも露になっているじゃありませんか。ワァ~オ。
・・・・・いやいやいや!ワ~オじゃありません事よ!?大惨事大惨事!!
するとそこに見覚えのあるガタイのいい影。
警備員さんです☆
「ふんふ~ん。今日のお昼はソーセージ弁当♪牛、鳥ノンノン、豚だよ~と・・・おおおお!!?おこさまソーセージ!!??」
「おい誰がおこさまソーセージだ!!いや違う!警備員さん助けて!!服がないんです!!」
「いやどういうこと!?ち、近寄るな変態!だれか警備員よべ警備員!」
「あんたが警備員だよ!しょっぴいていいから!保護してください!」
「しょっぴいていいからってなに!?私の手には負えない!応援要請を!」
「あぁもうだめだ!カイくん、わるいが僕の服を」
「さっ、昼めし昼めし!!(タッタッタ・・・)」
「あぁーーー!?せめてパンツだけでも!」
「至急、警備員は1-3の教室前へ・・・」
くっそ!せっかく人間に戻れたがもう一度犬に戻るしかないか!
むむむむむ・・・・・
ぽんっ
・・・よしっ、また犬に・・・あれ?
なんかめまいが?
ぐ、なんかぐわんぐわんする・・・眠気がひどい・・・
そうして僕は犬の姿で実質全裸のまま、眠りへと落ちていった――――