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本編有り後日談イチャらぶSSセット  作者: たつみ
第9章:若輩当主とひよっこ令嬢(ジョバンニ&アシュリー)
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未熟な2人

 ジョバンニは、そわそわしている。

 サマンサから「近くには来るな」的なことを、比較的、はっきり言われていた。

 なので、様子をチラっとも見に行けない。

 よって、どういう状況なのかわからず、そわそわしているのだ。

 

「きみは、本当に野暮な男だな、ジョバンニ。ああ、いいから」

 

 ひょいっと現れた自分の(あるじ)(ひざまず)こうとしたが、また先んじて制される。

 向き合って立つと、主のほうが、少し背が高く、視線をわずかに上げた。

 真っ黒な瞳に闇が広がることは、ほとんどなくなっている。

 サマンサが妻として彼の隣にいるからだ。

 ジョバンニとはソリが合わないが、それはともかく。

 

「アシュリーが、ほかの男に取られてしまってもいいのかい?」

「まさか! そんなはずが……っ……」

 

 思わず声を上げかけて、口を閉じる。

 アシュリーのことになると、つい感情が先走ってしまうとの自覚はあった。

 主に向かって、見当違いな反論をしたこともあるからだ。

 ジョバンニが黙るのを見て、主であるジェレミア・ローエルハイドが言う。

 

「では、どうして、このような場所で、ぼさっと突っ立っているのかね?」

「それは……彼女にも選択肢が必要だと……」

 

 サマンサとリビーに言われたのが原因だった。

 ジョバンニも、アシュリーに選択肢がなかったことを否定できずにいる。

 自分は、単に彼女の最も近くにいたというだけで選ばれたようなものだ。

 アシュリーは日毎に大人びていく。

 この先、さらに美しく成長していくに違いない。

 

「わかっていないのだなぁ、きみは」

 

 呆れ声で言われ、ジョバンニは、しおしおとうつむいた。

 ここは王都のローエルハイドの屋敷だ。

 茶会の催されている中庭には近づけないが、入って行く様子は見ていた。

 全員、きちんとしていて、上品な雰囲気の漂う貴族子息。

 

 本来、アシュリーに釣り合うのは、ああいう男性だ。

 執事としては優秀でも、貴族らしくもなく「立派」でもない自分とは違う。

 もしアシュリーが別の男性を選んだとしても、まったく不思議ではない。

 幼い恋心から目覚めたのだと、諦めるしかないのだ。

 

「アシュリーは、今、2人の男性から、夜会でのエスコートをしたいとの申し出を受けている。おそらく断れないだろうが、それはきみのせいだよ、ジョバンニ」

「それは、どういう……」

「きみが主張しないからだ。アシュリーは自分のものだとね」

「しかし、我が君……先ほども申し上げた通り……」

「この2年近く、選択肢はいくらでもあったじゃないか。それとも、なにかい? きみは彼女が身分や爵位にこだわって恋をすると思っているのか? では、なぜ、私に恋をしなかったのだろうね? 私ほど“立派な”貴族なんていやしないのに」

 

 言われて初めて気づく。

 アドラントで、アシュリーはローエルハイドの勤め人として街に出ているのだ。

 出会いなら、そこいら中にあった。

 それこそ年齢を問わず、いろんな男性と話す機会にあふれていただろう。

 

「きみと婚約していようが、恋に落ちる時は落ちる。違うかい?」

「……身分や爵位になど……彼女はこだわりませんから……」

「そうとも。アシュリーは、みんなの前でなんと言った?」

 

 ジョバンニは、両手を握りしめる。

 2人の婚約をローエルハイド内で公にした時のことだ。

 

「彼女は……私が、いい……と、そう言いました」

「きみでいい、ではなく、だったね?」

 

 勤め人たちが「ジョバンニでいいのか」と聞いた際、アシュリーは、はっきりと「ジョバンニがいい」と言ってくれた。

 そのことを鮮明に思い出す。

 

「ああ、言っておくけれど、サミーは、きみの弱腰が気に食わなかっただけだよ。いつまで経っても、アシュリーを女性扱いしていないところとかね」

 

 サマンサの指摘は、いつもジョバンニの核心を突いてくるのだ。

 サマンサと折り合いが悪いのは、そのせいかもしれない。

 ジョバンニは痛い腹を探られて痛い思いをするし、サマンサはジョバンニにいつだって苛々しているし。

 

「無意識に、きみが安穏としているのではないか、とも言っていたなぁ。だから、弱腰でいられるのだとさ。愛されている自信があるから」

「それは言い過ぎかと……」

「そうかい? ここでボサっと突っ立っていられるほどには、彼女が、ほかの男を選ぶはずがないと高を括っているように見えるがね」

 

 自分に自信がなかったのは確かだった。

 だが、心のどこかで彼女の瞳には自分だけが映っていると思っていた気がする。

 高を括っていると言えば、そうだ。

 

「嫌だと言ったのは、きみだろう、ジョバンニ」

「仰る通りです」

「だったら、きみはどうすべきなのかな」

 

 しゃきっと背筋を伸ばし、握っていた両手を開く。

 そして、その手から手袋を外した。

 それを、ポケットにねじ込む。

 

「サマンサ様には、我が君より花をお送りくださいますよう、お願いいたします」

「やれやれ。きみの尻拭いを私がするはめになるとはね」

「これで貸し借りなしにできるのでは? それでは、急ぎの用ができましたので、失礼いたします」

 

 ジョバンニは、主お得意の「言い逃げ」を真似して、即座に転移した。

 茶会が開かれている中庭で、アシュリーの姿を見つける。

 男性に囲まれ、彼女は笑っていた。

 途端、胸が締め付けられる。

 

「アシュリー!」

 

 テーブルについていた全員の視線が、ジョバンニに集まっていた。

 けれど、ジョバンニの瞳には、アシュリーしか映っていない。

 頬を赤く染め、ジョバンニを見ているアシュリーに駆け寄る。

 座っている彼女の横に立ち、手を差し出した。

 

「きみは私の婚約者なのだから、エスコートは私がする。ほかの誰にも譲らない。だから、次からは誘われても断ってほしい。いいね、アシュリー」

「は、はい……わ、わかりました」

「よろしい。では、行こうか」

 

 差し出した手に、アシュリーの手が乗せられる。

 掴んで、サッと引き寄せた。

 そのまま軽々と抱き上げる。

 

「ほらね。言った通りになったでしょう? コルデア侯爵は嫉妬深いから。シャートレーの招待状に返事がないのがなぜなのか、言うまでもないわ」

「そのようですね。しかし、夫人、公爵様にも内密ということで、我々はずっと、肝を冷やしていたのですよ?」

「問題ないわ。どうせ、彼のことだから、無駄口をきくのはわかっていたし、私がわかっているってことを、彼はわかっていたはずだもの」

 

 サマンサの言葉に、アシュリーを抱き上げたまま、しばし、ぽかんとした。

 アシュリーが小さく「まあ」と声を上げ、ジョバンニもハッとなる。

 

「お芝居は終わり。演題は、そうね。未熟な2人ってところかしら。さあ、お行きなさいな、野暮執事。あなたの顔を見ていると、本当に苛々するわ」

「……お駄賃は旦那様から戴いてください、サマンサ様」

 

 サマンサを小さくにらんでから、ジョバンニはスタスタと歩き出した。

 振り返らず、中庭を出る。

 さらに奥まった「秘密の花園」と呼ばれる場所まで来て、アシュリーを、そっと腕から降ろした。

 

「アシュリー、きみを愛している。というよりも、きみ以外を愛したことがない。ただ……私はきみより大人なのだからと、恰好をつけようとしていた……みっともないだろう? 本当は、きみがマークと親しげに話しているだけで嫉妬していた」

「ちっともみっともなくないわ。お嬢様扱いをやめてくれたのが嬉しいくらいよ」

 

 アシュリーの瞳のような蒼い色の薔薇に囲まれながら、ジョバンニは苦笑する。

 自分たちは未熟で、その歩みは遅いかもしれない。

 けれど、着実に前へと進んでいる。

 

「あと1ヶ月は待つつもりだったけれど……待ちきれなくなりそうだ」

「誕生日の贈り物をくれるのなら、待つ必要はないわ。だって、私もジョバンニを愛しているもの。それに……私だって嫉妬するのよ?」

「それは知らなかった。未熟でもいいさ。もう、お手上げだ」

 

 アシュリーが、くすくすと笑っていた。

 その頬を両手でつつみ、顔を寄せる。

 

「私たちは未熟だから、わからないことよりわかることを優先したいわ」

「ああ、そうだね」

 

 見つめ合い、お互いに、にっこりした。

 そして、ジョバンニは1ヶ月ほど早く、アシュリーと口づけをかわす。


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