大人として
アシュリーは、急な「お茶会」に、きょとんとしている。
サマンサから招待されたと言われ、リビーに「おめかし」をされた。
まるで夜会にでも行くようなドレスに宝飾品。
髪も大人びた雰囲気に結い上げられている。
「ようこそ、アシュリー様」
サマンサが薄緑色の瞳を輝かせ、微笑みを浮かべて迎えてくれた。
公爵と婚姻後、ますますサマンサは美しくなっている。
公爵夫人然とした姿にも見惚れてしまう。
(私も、もうすぐ侯爵夫人……サマンサ様のように堂々としていられるかしら)
16歳になったら妻になる、とアシュリーは思っていた。
もちろん「ジョバンニの妻」だ。
だが、同時にコルデア侯爵家の女主人になる。
2年間、精一杯、学んできたつもりだが、不安がないとは言えない。
アシュリーは貴族として生まれてはいても、サマンサとは違い、通り一遍の貴族教育しか受けていなかった。
両親の姿を見て学ぶという経験もしていない。
なにしろ両親は子爵家を手放すつもりでいたため、アシュリーを放置し、贅沢な暮らしを満喫していたのだ。
その背に、学ぶものはなかった。
「気軽なお茶会ですから、堅苦しく考えないでくださいね」
「はい、お誘いありがとうございます、サマンサ様」
答えつつも、奇妙に感じている。
女性主催のお茶会では、客も女性ばかりなのが一般的だ。
なのに、テーブルについている男性の数が、やけに多い。
主催者のサマンサを除き、客は十人。
その内のひとりは、アシュリーなので、残りは9人。
女性は、たった3人しかいない。
つまり、あとの6人には男性なのだ。
(私が知らなかっただけで、こうした男性主体のお茶会もあるのね。もしかすると領地のことや政の情報収集のため?)
通常、女性は、主に家同士の社交の役割を担っている。
領地管理などの政は、男性の仕事とされていた。
そのため、女性は噂話や流行に敏感となる傾向があった。
男性はと言えば、王宮のことや世事に関心を向ける。
役割分担ではあるが、男女の情報に乖離があるのも否めない。
女性が当然に知っていることを男性は知らず、その逆もある。
サマンサは、その乖離を埋めようとしているのかもしれないと思った。
もとより、政にも興味を示していたようだし、公爵は政に無関心だし。
(ご立派だわ。ジェレミー様を、できる限り、お支えしようとされているのね)
真実は、まったく違うところに隠されている。
だが、アシュリーは、純粋にサマンサの「心がけ」を称賛していた。
4つ年上で、女主人との立場からも、サマンサはアシュリーの憧れなのだ。
「こちらの方々をご紹介いたしますわ。アドラントは良いところですけれど、社交の場が少な過ぎるのも確かでしょう? 王都にいれば自然に知り合える方々とも、交流が持てませんもの」
言って、サマンサが9人を紹介してくれる。
女性1人と男性2人が公爵家、女性2人と男性4人が侯爵家の出身だった。
アシュリーは、サマンサに恥をかかすまいと、1人1人に丁寧に挨拶をする。
「ここにいらっしゃるのは、選りすぐりのかたばかりです。どうぞ、お聞きになりたいことがあれば、自由に会話なさってね」
と言われて、少し戸惑った。
できれば、女性たちと話したいのだが、席が遠いのだ。
アシュリーの席の隣には男性が並んでいる。
アシュリーを挟んで両隣が公爵家の男性、さらに正面にも左右2人ずつ侯爵家の男性が座っていた。
女性たちは、それぞれサマンサの隣に座っている。
本来なら、自分もサマンサ側に座るべきなのではなかろうか。
ちらりと思ったが、アシュリーは、サマンサを疑ってはいない。
意地悪で、男性の近くに1人で座らせられているとは考えもしなかった。
(私に、場慣れする機会を与えてくださっているのだわ)
アシュリーは、貴族の男性と話す機会なく育っている。
とはいえ、今後、侯爵家の女主人ともなれば、客を招くことだってあるのだ。
貴族の男性との会話にも、今のうちに慣れておかなければならないだろう。
意を決して、隣の男性に声をかけてみた。
「シャートレー公爵家は、双子の家系だそうですね」
「ええ。私は分家の分家となります。後継者に事欠かないのは確かですね」
「賑やかで楽しいでしょう?」
「1度、私の屋敷にもいらしてください。近くにいる従姉妹たちや、その子どもで屋敷が大賑わいですから」
笑顔で、アシュリーはうなずく。
彼女の頭の中では、当然に「ジョバンニと一緒」の光景が浮かんでいた。
(ジョバンニは子供が好きかしら? 街で荷運びを手伝ってくれた男の子にお礼をしているのは見たことがあるけれど。嫌いってふうではなかったわ)
その子に「お駄賃」をあげながら、労いの言葉をかけていた姿を思い出す。
彼は、男の子の前にしゃがみ、目線を合わせて話していた。
その子は驚いていたが、当然だ。
貴族が平民相手に目線を下げるなど有り得ないし、膝を折ることは、もっと有り得ない、とされている。
さりとて、アシュリーも、そうした貴族らしさは重視していなかった。
アシュリーは、ずっとジョバンニのことが大好きだったが、彼の身分なんて気にしたことがない。
「アシュリリス姫は、来月16歳になられるとお聞きしました」
「ええ……」
少し気恥ずかしくなり、小声で答える。
アシュリーの中では、16歳になるというのと、ジョバンニとの婚姻がセットになっているのだ。
当然、式の準備などがあるので、実際に「妻」となるのは来月ではないのだが、それはともかく。
「僕の弟は今月16歳になったのですが、アシュリリス姫のように落ち着いた振る舞いができなくて困ったものです。婚姻などまだ先の先になるでしょうね」
冗談めかしてそう言ったのは、アシュリーの向かいに座るフィリアーズ侯爵家の子息だった。
アシュリーは、その子息に少し親近感を覚えている。
フィリアーズは、サマンサの母の実家にあたる家門だからだ。
「そうそう、年明けに当家が主催する夜会の招待状は届いていますか? お返事を催促するわけではありませんが、是非ともご出席頂ければと……」
「でしたら、僕がエスコートいたしましょうか」
「冗談はほどほどに。アシュリリス姫が出席してくださるなら、当然エスコートは私がしますよ」
2人は笑いながら話しているが、アシュリーは落ち着かない気持ちになる。
夜会に出席するのはともかく、エスコートと言えばジョバンニしかいない。
少なくともアシュリーにとっては。
(夜会の招待状……公爵家のものはジョバンニが管理しているけれど、コルデアに来たものは、私も目を通しているはずなのに……)
シャートレー公爵家からの招待状が来ていたとの記憶はなかった。
コルデア侯爵家は、さほど知名度のある家門とは言えない。
6年ほど前から存在はしているが、表立った社交活動はしていないからだ。
そのため、夜会の招待状が届くことなどほとんどなく、来ていれば忘れるはずはないのだけれども。
「アシュリー様、お2人がこうまで仰っておられるのですから、たまには別の人にエスコートをお任せしてもよろしいのでは? 場慣れも必要になるでしょうし」
サマンサが、にっこりと微笑んでいる。
言われると、ちょっぴり心が揺らいだ。
今後は、いつでもジョバンニにエスコートしてもらえるとは限らない気もする。
彼は、公爵家の執事と侯爵家当主という2つの役割をこなす必要があった。
(サマンサ様の仰る通りだわ。私が代理で出席することも考えておかないと)




