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本編有り後日談イチャらぶSSセット  作者: たつみ
第8章:不機嫌領主と嫌われ令嬢(ブラッド&DD)
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邪気のない女

 ドリエルダは、室内には誰もいないと思い、扉を開けた。

 そのため、言葉を失う。

 中に、人がいたからだ。

 赤茶色の、ぐしゃぐしゃ髪をした青年が、焦げ茶色の大きな瞳に、ドリエルダを映している。

 

 すぐに、にやっと笑われた。

 頬が、わずかに熱くなる。

 ここに来た目的を見透かされているのかと思うと、恥ずかしかったのだ。

 

「よお、DD」

「なぜ、あなたがここにいるの? ブラッドと一緒に行っていると思っていたわ」

 

 ドリエルダをDDと呼んだ青年は、ピッピと呼ばれている。

 正式には、ピアズプルなのだが、ドリエルダの婚約者が愛称でしか呼ばないので、自然と周りも愛称呼びをしていた。

 彼女の婚約者の部下だと聞いたのは、少し前のことになる。

 それ以前は、貴族屋敷で一緒に働く仲間だと、ドリエルダは思っていた。

 

「ブラッドに言われて留守番してたんだよ」

「ブラッドに?」

 

 彼女の婚約者であるブラッドこと、ブレイディード・ガルベリー。

 彼は、とても頭が良い。

 

「DDが来るだろうから、相手をしろってね」

 

 う…と、ドリエルダは口ごもる。

 ここは、ブラッドの部屋だ。

 彼女の行動を見透かしていたのは、ピッピではなくブラッドだったらしい。

 なにをどうやっているのかは想像もつかないが、ドリエルダの婚約者は、とかく「先読み」が過ぎるのだ。

 

(その割には、間が抜けたところもあるんだけどね)

 

 勘違いをし、慌てて正装を着こみ、求婚をしてくるところとか。

 

「ま、相手って言っても、話し相手って意味だって、何回も釘を刺されてね。嫌になっちゃうぜ、あのヤキモチ妬きには」

「まだ根に持っているのかしら?」

 

 ピッピが、わざとらしく顔をしかめた。

 以前、ピッピはドリエルダを「口説いていた」とブラッドに言ったことがある。

 ドリエルダとブラッドの認識は、まったく異なっていたのだが、誤解が解けてもなお、根に持っているのかもしれない。

 

「ブラッドは気にしてんだよ」

「なにを?」

「自分の初恋はDDなのに、DDの初恋が自分じゃないって」

 

 ブラッドと知り合った頃、ドリエルダには別の婚約者がいたのだ。

 その相手と別れ、ブラッドと婚姻することになった。

 初恋ではない、と言われれば、間違いではないのだけれども。

 

(でも、結局、私はパン屋をしてたブラッドを頼ってたのよね)

 

 ドリエルダは、水色の髪に薄茶色の瞳。

 瞳の色はともかく、水色の髪は彼女の暮らすロズウェルド王国ではめずらしい。

 そうした髪色は、隣国でもあり敵国でもあったリフルワンスのものだ。

 ロズウェルドでは差別される色でもある。

 

 ドリエルダも、生まれた家では差別され続けていた。

 それに耐えかね、家出をしたのが12歳。

 幼いドリエルダは、当時からつきあいのあった元婚約者ではなく、街でパン屋をしていたブラッドを頼っている。

 結果、シャートレー公爵家に引き取られ、養女となったのだ。

 

 あの時、なぜ元婚約者ではなくブラッドを頼ったのか。

 今もって確固とした理由を思いつけない。

 勘としか言いようがなかった。

 最も苦しい時、思い浮かんだのは、ブラッドの金色の髪と翡翠色の瞳。

 

 いつでも、そうだった。

 

 再びブラッドを見かけた際も「この人でなければ」と思っている。

 そっけなくされても諦めきれなかったのだ。

 それが、恋心だと認識するには時間がかかったが、一概に、初恋ではないとするのも難しかった。

 

「そういうことにこだわるのが不思議ね。ブラッドのほうが、よほど女性に人気があるでしょうに」

 

 ブラッドは、ガルベリーの名を持つ王族だ。

 現国王の弟であり、王位継承第3位という立場の人であり、外見も整っている。

 もう少し愛想が良ければと思いはするが、女性に人気がないとは考えられない。

 

「それなりに人気はあったよ。街でも、どこでもね」

「想像つくわ」

「でも、ブラッドが女を寄せつけたことはなかったな」

「そうは言っても……仕事場にも女性はいるでしょう?」

 

 ブラッドは「国の機関」とやらで働いていた。

 王宮でも、女性の魔術師はいるし、侍女だっている。

 その「国の機関」でも、きっと大勢の女性が働いているはずだ。

 関わらないのは難しいのではないかと思う。

 

「ブラッドが話すのは、オレだけなんだ」

「え……? 仕事の話もしないの?」

「しない。そのせいで、オレは大変なんだよ」

「どうして話さないの? 女性が嫌いとか?」

「そうじゃなくて、ほかの誰とも話さないってこと。男女は関係ないんだ」

 

 いよいよわからない。

 ブラッドが下っ端ならいざ知らず、どうやら下っ端ではなさそうなのだ。

 指示を出したり、報告を受けたりする必要はあるだろう。

 

「面倒くさがりなんだよな」

「面倒?」

「頭が良過ぎるってのも考えもんでね。ひとつ言って百を読み取らなきゃ、すぐに面倒がるんだよ、ブラッドは」

 

 当然のように言うピッピに、ドリエルダは唖然とする。

 ピッピの言葉が事実なら、自分はどうなるのか、と思ったのだ。

 ブラッドの「ひとつ」でさえ、まともに理解できた試しがない。

 実際、常に「頭の悪い女」だと言われている。

 が、しかし。

 

「面倒……」

 

 ドリエルダの言いたいことを察したように、ピッピが、にやっと笑った。

 

「だから、言ったろ。DDは、ブラッドの初恋の相手だってね」

 

 今度は、頬が、かぁっと熱くなる。

 いつも「頭が悪い」と言われていたが、それでも彼女はブラッドに面倒がられたことはないのだ。

 彼は、ドリエルダが理解できるよう、ひとつひとつ丁寧に話してくれていた。

 

「か、彼は面倒見のいい人だとばかり思っていたのに……」

「まさか。ブラッドほどの面倒くさがりはいないね。それこそ、惚れた女でもなけりゃ、足に(すが)りつかれてても気づかず歩いてくような男さ」

 

 性格はさておき、身分や外見からすれば、ブラッドは非の打ち所がない。

 なぜ自分に「惚れた」のか、まるで想像ができなかった。

 ドリエルダは、ブラッドに好ましい姿なんて見せてはいなかったからだ。

 むしろ「面倒」ばかり引き起こしていた気がする。

 

「ああ、でも、苦労するかもな」

「な、なに……?」

「式のあとにすること」

「彼、なにか計画をしているの?」

 

 ピッピが、ドリエルダを見て、ぷっと吹き出した。

 笑われている意味がわからず、狼狽(うろた)える。

 

「な、なによ?」

「DD、ちゃんとわかってんのか? ブラッドと婚姻するんだろ?」

「わかっているわよ。式の準備だって進めているし……」

「どっちもどっちだなぁ。やっぱり苦労しそうだ」

「ピッピ、あなたね……」

「オレは考えないぞ。ブラッドとDDの初夜がどうなるのか、なんてのはね」

 

 言いかけた文句が、喉の奥に詰まった。

 ピッピにニヤニヤと笑われても、ドリエルダは言葉を投げ返せずにいる。

 代わりに、首まで赤くなっていた。


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