どれもナシでしょう
わなわなっと、体も唇も震える。
いくら従兄弟でも許してはおけない。
人前で、ティファを裸にしたも同然なのだ。
ルーファスは見ていないと言っていたが、嘘に違いない。
ちらっとくらいは見ている。
そうでなくとも、セスは、直前までルーファスに妬いていた。
なんだかわからないが、とにかく悔しくてならなかった。
「貴様……よくも……」
「なに? 気にいらなかった? ティファには似合わねーって思ってんだ?」
言われて、少したじろぐ。
ティファの寝間着は、淡いピンク色をしていた。
丈は太腿のあたりまでしかなく、襟ぐりが大きく開いている。
ひらひらと可愛らしく仕立てられているが、肌が、ほとんど透けていた。
「に、似合わぬとは……言っておらん……だが、俺の臣下に見られたではないか」
「あ、そっか! 自分の嫁の半裸なんて見られたくねーよな。そんじゃ、オレが、あいつの息の根を……」
「よせっ!!」
「でも、見ちゃったもんは、しょうがねーじゃん? 見なかったことにはできねーわけだし、殺すしか……」
「よせと言っている! もうよい、不慮の事故だ。あの者が悪いわけではない」
これが、ほかの者なら冗談としか思わなかっただろう。
が、先ほどの殺気からすると、この「義兄」は、平気でやりかねない。
家出をして、なにをしているのかは知らないが、禄でなしだと思った。
あの2人から、生まれたとは思えないほど、性格は似ていない。
とくに、義父トマスは、とても温厚なのだ。
実に迷惑な「義兄」が、ちらりとティファに視線を向ける。
その視線からティファを隠すため、セスは体をずらせた。
たとえ、従兄弟だろうが兄だろうが、ティファのこういう姿は見せたくない。
「ティファの、その寝間着な。お前の箱に入ってる、その薬を飲まないと、脱がせらんねーようになってんだ」
「なんだと……」
「だから、お前は、それを飲むしかねーってワケ」
「……いかがわしい薬なのであろう」
「いかがわしくはねーよ。言っただろ、新婚限定品だって」
その言葉自体が、信用ならない。
セスは、手にした箱の中に視線を落とした。
薄紫の液体が入った、小さなガラス瓶。
飲まなければ脱がせない、というのは事実だろう。
そして、いかがわしい薬なのは間違いない。
だが、飲まないという選択肢はないのだ。
「じゃあな、弟! チビを頼むぜ? 次は、譲位ン時になー!」
「おい、待……っ……」
来た時と同じ、あっという間に姿を消す。
きっと、あれでもティファを心配して来たのだ。
はあ…と、大きく溜め息をつく。
どうにも、ロズウェルドの「縁戚関係」は、変わり者が多い。
(しかたあるまい。ティファを、このままにはしておけん)
瓶を手にして、ポイッと、箱は床に放り出した。
見れば見るほど怪しげな色をしている気がする。
「セス! 飲んじゃダメ!」
うずくまったまま、顔だけを上げ、ティファがセスを見ていた。
顔を赤くして、目の端には涙まで溜めている。
よほど恥ずかしかったのだろう。
「だが、飲まねば、その寝間着のままとなるのだぞ?」
「私なら平気だよ。お父さまかソ……お兄さまに頼めば、なんとかしてくれる」
ぴくり。
セスの眉が引き攣った。
ティファが良かれと思って言っているのは、わかっている。
自分の身を案じてのことだ。
ロズウェルドとテスアとでは、なにかと体質に違いもある。
ロズウェルドの者が平気だからといって、セスが飲んで大丈夫とは言えない。
「セス……っ……?!」
瓶を片手に、ティファを抱き上げた。
自分よりも、ほかの者を頼りにされるのは納得がいかない。
ティファの伴侶は自分であり、最も頼りにできる存在でなければならないのだ。
危険を冒さないことが最善であると、理性の側では理解していても、感情は首を横に振っている。
誰もいないので、足で寝所の戸を開く。
外から、この戸を開くにはコツが必要なのだが、セスは手慣れて、いや、足慣れていた。
床に行き、ティファを抱きかかえたまま座る。
ティファは、胸元をかきいだき、うつむいていた。
「お前の従兄弟というのは、はた迷惑な奴だな。次期国王ともあろう者が怪しげな店を営んでおっては、義父上も頭が痛かろう」
あえて、視線を上に向け、寝間着のことにはふれずにおく。
見ると、感情が揺らぎ、ついつい、ティファにふれたくなる。
冷静になるために、いったん別の話題を口にしていた。
突然の招かれざる客より、ティファの姿に動揺している。
ロズウェルドの寝間着らしいが、見たことのない形だ。
可愛らしくもあり、艶めかしくもあり。
(裸身ではないが……なんとも……いや、こういうものに惑わされてはいかん)
少なくとも、ティファは喜んで着ているようには見えない。
早く脱がせて、着替えさせてやるべきだろう。
手にしていた、怪しげな薬瓶の蓋を取った。
そのセスの手を、ティファが掴んでくる。
「飲んじゃダメだってば! 体質に合わないかもしれないんだよ? もし、なにかあったらどうすんの? 国王なんだから慎重になってよ」
「迷惑な男ではあったが、俺の体に不調をきたす薬を渡しはすまい」
「そんなの、わかんないじゃん」
「お前の従兄弟ではないか。それに、奴には、即位する心づもりがある。国が治められるかはわからんがな。そのような者が不穏な真似をするとは思えん」
だいたい、自分の身になにかあれば、ほかのローエルハイドが黙ってはいない。
セスはともかく、彼らは、ティファを大事にしている。
笑い話にできないようなことは危険だと、チェスディートも知っているはずだ。
セスは、ティファに手を離させ、薬を一気に飲み干す。
心配そうに瞳を揺らめかせているティファの髪を撫でた。
実際、なにが起きるかわからないので、不安になる気持ちは、わかる。
そして、しばしの間。
「どう?」
「いや、なにも変わらん」
「痛いとか苦しいとか、暑いとか寒いとかは?」
セスは、首を横に振ってから、首をかしげた。
本当に、なにも変わらない。
体調に異変もなく、手足の感覚も、いつも通りだ。
「よくわからんが、なにもないのであれば、それでよい」
「そうだね。なんだったんだろ……ていうか、被害、私だけじゃん……」
「そうむくれるな」
着替えさせてやれば機嫌も直ると思い、寝間着に軽く手をふれた。
とたん、寝間着が光の粒になって消える。
脱がすとの言葉にはあてはまらないほど、きれいさっぱりなくなっていた。
当然に、ティファが、また絶叫するのではと思ったのだけれども。
「セス……」
「いかがした? お前、顔が赤いようだが……」
「セスってさぁ、男前だよねぇ……私が好きなのは、その銀色の目~」
「お前……なにを言っている……?」
ティファは強情っぱりで、我の強い女だ。
今までこんなふうに、真正面からセスを褒めたことなどない。
心の裡を告げる言葉すら、滅多に口にしないほどなのだ。
しかも、呂律が回っていなかった。
「私ねぇ、こんなカッコいい人が、自分のものなんだーって、いーっつも不思議になるんだぁ、でも、嬉しいんだけどねぇ……もう、セス、大好き、好き好き~」
全裸で、ぴとっとされても。
「さようか……」
ティファの口元から、甘い香りがしている。
セスもロズウェルドで口にしたことがある「酒」の匂い。
寝間着と怪しげな薬の因果関係は不明だが、ともかく、今のティファは、完全に酔っ払いなのだ。
いつになくティファに甘えられながら、セスは迷惑な義兄に心の中で毒づいた。
(なにが新婚限定品か! かような有り様では、むしろ、なにもできぬわ!)
直近で投稿した話で、初めてロズウェルド国外がメインの話となりました。
そのため、言語が違うという、一般的には極めて普通な状況が発生しました。
「他国なんだから、言葉通じなくてあたり前じゃん」と、違和感なく思って頂けるよう、活字でどう表現しようかなぁと、悩んだ話となりました。
同一海外小説の翻訳者が変わると、訳しかた、ニュアンスが異なるところを参考にしつつ、書いておりました。




