あれがこうしてそうなって
この展開、どっかで見たことあるような。
そんな気がする。
「陛下!」
ルーファスが、己の腰にさしていた刀を、セスに向かって投げた。
息室にはルーファス以外の者が訪ねて来ることもあったが、帯刀を許されているのはルーファスだけなのだ。
セスが、片手で、それを受け取る。
ティファを庇うように前に出ていた。
「いやあ、ヤバかったあ! ありゃ、なんだ? すげえな、あの雪嵐! ハンパな魔術師だと吹き飛ばされるぜ」
「誰だ、貴様」
「え~、弟のくせに、にーサマの顔も知らねーなんて、つれないじゃーん」
「なんだと……?」
セスが振り向く。
困惑といった顔をしている。
ティファも、ちょっと混乱気味だ。
転移で飛び込んできたのだから、魔術師なのは間違いない。
相手の顔を、じぃっと見つめる。
赤味がかった金髪に、ブルーグレイの瞳。
瞬間、ハッとなった。
セスの後ろから、相手のほうへと声をかける。
「もしかして……チェット?」
「そうそう! 久しぶり過ぎて、わかんなかった? 前に会ったのって、いつだったっけ? まぁ、いいや、お前がチビだった頃だよな」
セスも、じっと相手を見ていた。
そして、刀にかけていた手をおろす。
「その瞳の色といい、髪といい……トマス国王の息子か」
「そ! 12歳から家出してるって聞いた?」
「聞いている。お2人とも心配しておられたぞ」
従兄弟は相変わらずだった。
相変わらず、自由奔放。
ロズウェルドの国王トマス・ガルベリーと、ティファの叔母シンシアティニー・ローエルハイドの1人息子だ。
王太子、チェスディート・ガルベリー。
12歳で王宮から逃げ出して以来、戻って来ていない。
どこにいるのか定かでなかったが、叔父と叔母は常に把握しているらしかった。
「いいんだよ、心配させとけば」
チェスディートが、軽く肩をすくめる。
そして、あっけらかんと言った。
「オレの心配してるうちは、長生きするだろ」
本気とも冗談ともとれるような口調だ。
セスは、刀から手をおろしてはいても、警戒は解いていない。
ルーファスは、もっとはっきりと警戒している。
ティファの父や兄、叔父や叔母は点門を使っていた。
点門とは、点と点を繋いで移動する魔術だ。
その際にできる2本の柱から、向こう側が見える。
つまり、連絡はないものの、来る時には、門が開くため、事前にわかるのだ。
今みたいに、バーンっと飛び込んできたりはしない。
「ていうか、あの雪嵐、マジすげえんだけど? どうやって、あんなもん作った? いくら魔力疎外で転移は防げねーって言っても、あれじゃ吹き飛ばされちまうっての。マジ、ビビったわ」
「そんな無理して、飛び込んで来なくても、お父さまかお兄さまに言えば、点門で来られたんだよ?」
「知ってるー。でも、1人で来たかったから」
がっくりと、ティファは肩を落とす。
前に会ったのは、まだ5歳の頃だ。
そのため、自由奔放との印象しかなかった。
だが、自由奔放というより、勝手気ままという感じに近い。
父にも、そういうところはあるが、ここまで酷くはないと思う。
「ああ、そうだ。お前、ウチの養子になったんだよな? 実は直系でしたって事にしちゃわない? そんで、ロズウェルドの国王になんない?」
民言葉がわかる、ティファとセスは、唖然となった。
ルーファスは、3人の顔を見比べ、良くないことが起きていると察したらしい。
顔をしかめている。
「オレ、向かないと思うんだよね。国王とか、面倒くさいじゃん? お前のほうが向いてる。ロズウェルドの言葉も民言葉もペラペラみたいだしー?」
「向いてるって……セス、テスアの国王なんだケド……」
そりゃあ、向いてるでしょうよ、と言いたかった。
実際、セスは、テスアの「良い国王」なのだ。
ティファの言葉に、ルーファスがなにか感じ取ったのか、顔を蒼褪めさせる。
「陛下は、テスアの国王です! ロズウェルドに連れて行かれては困ります!」
「連れて行くなど人聞きの悪い。それでは、まるで人攫いのように聞こえる」
チラっとルーファスに向けた視線が「怖い」ものになっていた。
チェスディートは、こんなふうでも、叔母の血を引いている。
つまり、ローエルハイドでもあるのだ。
セスが、また刀に手をかけた。
「ルーファス、下がっておれ」
黙って、ルーファスが下がる。
父や兄とルーファスが顔を合わせたのは、婚姻が決まったあとだった。
そのため、こうした雰囲気に、ルーファスは、まだ慣れていないのだ。
額に汗が浮いている。
「チェット、セスとやり合う気はないよね?」
「場合によっちゃ、あるかもよ?」
「無理だよ、チェットじゃセスには勝てない」
「へえ! そりゃ、驚いた」
「セスは、ソルを斬ったんだよ? あなただったら、腕を斬り飛ばされる」
チェスディートが、瞬き数回。
両手を軽く広げ、降参といった態度を示した。
「試しにやってみたかったけどね。さすがに、そこまでする価値ねーなあ」
「貴様は、いったい、なにをしに来た? 俺に喧嘩を売りに来たのか?」
「いやいや、そんなわけねーじゃん。オレは、婚姻祝いを持ってきたんだよ」
どうしてだろうか。
なにか、ものすごく嫌な予感がする。
こんな従兄弟の祝いの品なんて、碌な物ではないのではないか。
ふと、頭によぎった想い。
(でも、わざわざ持ってきてくれたんだから、おかしな物ではないよ、ね?)
11年振りに、ティファの婚姻祝いのため、ここまで来てくれたのだ。
そこまで疑うのは失礼だと、思い直した。
セスも、そう思ったのか、刀から手を離す。
「ほい、これと、これ!」
ひょいっと放り投げられたのは、カラフルな小箱。
ティファにはピンクと白、セスには青と紫の縞模様が入っていた。
開けたくない。
どうしてか、ものすごく開けたくない気がする。
「新婚半年目限定品。その間しか使えねーっていう、超めずらしい品なんだぜ? ほら、開けてみろって」
促され、渋々、箱にかけられていた紐をほどいた。
隣で、セスも、渋々といった様子で開いている。
ぽふん。
ティファの箱から、ピンクの煙。
なんだ?と思った瞬間。
「わわわわ、私は、ななななななにも、なにも見てはおりませぬっ!!」
ルーファスが、がばあっと平伏していた。
ん?と思い、自分の体を見て。
絶叫。
「ル、ルーファス!! さ、退がれ!! 今すぐ退がれ!!」
飛び転げるようにして、ルーファスが息室を出て行った。
セスも動揺しているようだが、ティファはかまっていられない。
自分の体を抱きしめ、その場にしゃがみこんでいる。
そのティファに、チェスディートが、あっけらかんと言った。
「いいだろ、その寝間着。オレの店で、1番、売れてんだぜ?」




