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本編有り後日談イチャらぶSSセット  作者: たつみ
第6章:放蕩公爵といたいけ令嬢(ジョザイア&シェリー)
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勝敗のない世界で



 彼の心臓は、これまでになく、ばくばくと波打っている。

 驚くというより、焦り過ぎて、本当に息を止めていたからだ。

 

(アリスッ!!)

(うわっ! なんだよ、急に! いくら抑揚は伝わらねーからって……)

(きみは、シェリーに、人として会ったのかっ?!)

 

 彼は、額を押さえ、アリスに即言葉(そくことば)で連絡を取っている。

 即言葉というのは、特定の人物と会話をするための魔術だ。

 会話の内容は、ほかの者には聞こえない。

 ただし、(まばた)きには気をつける。

 

 シェルニティは観察することに長けていて、些細な仕草も見逃さなかった。

 彼が魔術を使う際、瞬きの間隔が長くなることを見抜いたのも彼女だけだ。

 今は、魔術を使っていると知られるわけにはいかない。

 とんでもなく、みっともないことになる。

 

(いや……ん~……まぁ、会ったっていや、会ったかなぁ……あれが、会ったって言えるのかどうかわかんねーけど)

(…………会ったのだね?)

(オレとして会ったわけじゃねーよ。シェリーは、リカだと思ってた)

 

 焦っていたせいで、頭の中が整理できていない。

 彼らしくもなく、頭上にハテナが乱立している。

 

(ていうか、ンな半年以上前の話、今さら持ち出して、なんなんだ? シェリーに、なんか聞かれたのか?)

(……半年? 今日の話ではない?)

(今日は、馬だよ。あんたのせいで、鼻ヅラ、ぺしってされたんだからな)

(今日ではなかったのか……)

(おい! オレが、とばっちりを食っ……)

 

 ぱしっと即言葉を切った。

 今日、人型のアリスと会ってはいないことに安堵している。

 それなら、シェルニティの「教わりたい」は比喩だと判断できるからだ。

 つまり、本気ではない、ということ。

 

「…………少し前に、エミリーとサラと街に行ったのよ、私……なのに……」

 

 小さな声に、彼は額から手を離した。

 シェルニティが、しょんぼりしている。

 

(街に……? 女性3人で、カフェに行ってきたのかと思っていたが……)

 

 それなら、こんなふうに、しょんぼりしたりはしないはずだ。

 女性だけで気軽に話をしたいだろうと、その日は、彼は遠慮をした。

 どういうふうに過ごしたかは聞いていたが、買い物をしてカフェに行ってきたと、シェルニティは話している。

 

「……私は、誰にも勝てっこないわ……」

「誰かに勝ちたいのかい?」

 

 シェルニティが顔を上げ、ちょっぴり寂しげに肩をすくめた。

 なにか、彼女は引け目を感じているらしい。

 その表情に、胸が痛む。

 

「あなたがつきあってきた女性たちに、私は勝てないでしょう? あなたに面倒をかけてしまうに決まっているし……自分にがっかりしているの」

「私がつきあってきた女性?」

「洗練されていて、ベッドの中でも……どういえばいいのか……あなたを満足させられる女性ということ」

 

 ティーカップを割った時と同じく、彼の時間が、勝手に、しばし止まった。

 それを、シェルニティは誤解したのかもしれない。

 

「せっかく、あの店で買った下着も、意味なかったわね。エミリーとサラは、私に似合っていると言ってくれたけれど、こういうことって下着の問題ではないもの」

 

 ああ、まずい。

 

 彼は、心の中で呻く。

 シェルニティは、本当に、ちっとも、まるで、わかっていないのだ。

 彼女自身が、彼にとって、どれほど魅力的であるかということを。

 

「シェリー」

「え……っ……」

 

 シェルニティが、小さく悲鳴を上げた。

 彼女の腰を両手で掴んで持ち上げ、彼の足にまたがる格好で座らせたからだ。

 向き合い、顔をつきあわせている形になっている。

 彼は、シェルニティの腰に腕を回し、軽く引き寄せた。

 シェルニティの頬が、ほんのりと薄赤く色づく。

 

「きみを誰かと比べることなんてできやしないさ」

「でも、あなたは……」

「私が、愛を知ったのは、きみが初めてなのだよ、シェリー」

 

 それは本当のことだ。

 けれど、やはりバツが悪くはなる。

 

「きみの言うように、いっとき私は欲望に身を任せていたがね。きみとのことは、欲望ではない。そりゃあ、まったくないとは言えないさ。きみは、とても美しくて魅力的だからね。だが、欲望だけではないから……簡単ではないのだよ」

「簡単ではないって、どういう意味?」

「欲望だけなら、もうとっくに、きみを押し倒している、という意味さ」

 

 シェルニティが、(まばた)きを繰り返していた。

 正直、とても恰好が悪い、と思っている。

 本当には、こうした繊細な事柄は、もっとスマートに進めたかった。

 だが、シェルニティに誤解させたままにはしておけない。

 なにより、彼女に引け目を感じさせたくないのだ。

 

「そうだったの? あなたは面倒に感じているのじゃないかと思っていたわ」

「少しも面倒ではないが、確かに、初めてではあるね。これほど我慢するのは」

「なぜ我慢をしているのかしら? あなたには、その権利が……」

「それさ。それだよ、シェリー」

 

 体を前にかしげ、こつんと額をぶつける。

 そして、シェルニティの瞳を見つめた。

 

「婚約しているとか、婚姻をしたとか、権利だとか、そういう理由で、きみに私とベッドをともにしてほしくない。義務みたいに言われると、私も傷つくだろう?」

 

 けして、シェルニティを責めるつもりはない。

 彼女は特殊な境遇で育ったため、いろんな感情が未発達な部分がある。

 知識としての「男女のいとなみ」と、彼の求めるものが違うとわからなくても、しかたがないのだ。

 だからこそ、その「分からなさ」に、つけ込みたくはなかった。

 

 本に書かれていることを正しいとしていれば、彼女とベッドをともにすることは簡単だっただろうけれども。

 

「義務……そうね、そう言われると、私も傷つく気がするわ」

「だから、きみは、勝敗にこだわる必要はないのさ。今まで女性とベッドをともにすることはあったが……」

 

 少しずつでも、シェルニティの理解が追いついてくれればいいと思う。

 仮に、新婚旅行中に、そうしたことがなくても。

 

「愛を交わすのは、きみが初めてだからね」

 

 ふわんと、シェルニティの頬が赤く染まった。

 それから、さらに、赤味が増す。

 

「あなたの率直さに私も誠実であるべきだと思うの。だから、あの……笑わないでほしいのだけれど……」

「きみにくすぐられても、笑わないと誓うよ」

「それなら言うわ。くすぐらずにね。私……最近、あなたにふれたいと思ったり、ふれられたいと思ったりするのよ。時々は私からも口づけたい、とか……これってやっぱり、はしたないことかしら?」

 

 彼は、笑いはしなかった。

 けれど、にっこりする。

 

「とても嬉しい変化だね」

「本当に?」

「今はどうだい? 私に口づけたいと思っていない?」

 

 わざと、首をかしげてみせた。

 シェルニティが、思わずといったふうに、にっこりする。

 

「私は慣れていないから、じっとしていて。それと、目も閉じてくれる?」

「目を閉じて、遺跡の石像よりも、じっとしているよ」

 

 彼は、そう言って目を伏せた。

 シェルニティの手が、彼の頬をつつんでくる。

 唇の重なる感触に、鼓動が速くなった。

 

「これは、どうも……まいった」

「まあ、あなたったら! 石像より、じっとしていると言ったのに!」

「うーん、でも、これはしかたがないなあ。私も人なのでね」

 

 今度は、彼のほうから口づける。

 重なった唇から、答えが返ってきた。

 きっと2人の結論は同じだ。

 

(新婚旅行先は、ローエルハイドのアドラント領ひと月コースに決まりだな)




この話は、ふわっとした主人公の成長も含め、書きたいことが色々とありました。

人が多過ぎて、分かり難くなるかもしれないと不安になりつつ、それぞれのカラーを感じて頂けますようにと思いながら、書いておりました。

完全シリアスで書いてはいましたが、重い話というより、せつない感じを出したいと思っておりました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この二人、まだこんなところなんかい! ある意味他の誰よりもイチャイチャしてるはずなのに、男は経験ありすぎでほぼ素人、女の方は人との実体験がななさすぎてこちらも初心者未満という、誰かー!!背…
[一言] りんごも干しぶどうももらえないアリスかわいそうー。 おっとまだ結婚してませんでしたか。 出揃ってみないとわからないけれど、ここのカップルが一番進展がなさそうな…?後日談が結婚前か後かで変わ…
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