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本編有り後日談イチャらぶSSセット  作者: たつみ
第6章:放蕩公爵といたいけ令嬢(ジョザイア&シェリー)
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悩みが深くて

 彼は、2種類の書類を見ながら、考え込んでいる。

 どちらにするかの最終的な判断は、話し合って決めるつもりだ。

 とはいえ、自分の気持ちとして、どちらかを選んでおく必要はある。

 どちらでもいい、というのが本音にあるとしても、無責任さからではないのだ。

 

(彼女が好ましいと思うのが、私にとっても望ましい。だが、私自身の意見を持たなくてもいい、ということにはならないな)

 

 彼は、短めの黒い髪をかきあげる。

 同じ色の瞳で、書類に書かれた日程を、再び、なぞっていた。

 

 彼の「花嫁」であるところのシェルニティに、新婚旅行について、どうでもいいと思っている、などとは思われなくない。

 おそらく、彼女は、そういうふうには思わないだろうが、彼自身の気持ちの問題なのだ。

 丸投げしている感覚になるのが嫌だった。

 とにかく、自分と彼女とのことなのだから。

 

(どちらも捨てがたいところだ)

 

 1つは、一大観光地であるサハシーでの短期旅行。

 短期といっても、日程は十日で組まれている。

 サハシーは、ロズウェルド王国の観光地としては有名で、至れり尽くせり。

 きらびやかな場所だけではなく、遺跡などを含め風光明媚な場所もある。

 

 ただし、その分、値が張るのだ。

 上級貴族ですら長逗留できないくらいに物価も高く、なににつけ金がかかる。

 もちろん、彼は、金の心配などしていない。

 

 ジョザイア・ローエルハイド。

 

 現ローエルハイド公爵家の当主だ。

 辺境地や、その周辺に自然災害並みの被害をもたらしても、それを復興させるに有り余る金銭的余裕があった。

 ローエルハイドは特殊な貴族であり、ほかの貴族とは存在自体を異にする。

 

 金など、彼にとっては、さしたる意味を持たない。

 彼女が喜ぶのであれば、景観の良い小国を丸ごとひとつ買い取ったって、痛くも痒くもないのだ。

 とはいえ、シェルニティは、そういうことを喜ぶ女性ではなかった。

 彼女もまた、金には、ほとんど興味を持っていない。

 

 畑仕事をしたり、魚を釣ったり、狩りをしたり。

 金がないならないなりに、2人は暮らしていける。

 暮らしに必要なものは、なんだって手に入るのだし。

 

 彼は、特異な魔術師でもあるため、砂礫(されき)からでも素材を造ることができた。

 そして、それを元にして、たいていの物は手造りする。

 宝石だろうと、シルク糸だろうと。

 

 ゆえに、サハシーで十日を過ごしても、なんら懐は痛まないのだ。

 彼の迷いの原因は、そこではない。

 

 もう1つの書類には、とある地方を巡る旅。

 ひと月ほどの逗留の日程が組まれている。

 のんびりとした、素朴な旅行だが、シェルニティに見せたい場所も多かった。

 なにより、期間が長いのがいい。

 

(シェリーとの関係を進展させる機会とは言えるが……十日では短い。急な変化に戸惑わせたくはないしなあ)

 

 シェルニティとは、毎夜、同じ部屋の同じベッドで眠っている。

 が、それは言葉通り「睡眠」に過ぎない。

 口づけはするけれども、それ以上の関係にはなっていなかった。

 

 彼女は、貴族教育を受けているので、それなりに知識はあるはずだ。

 だとしても、実際的なことは、なにも知らずにいる。

 婚姻したからといって、あたり前のようにベッドに押し倒すのは気が進まない。

 シェルニティを怯えさせたり、戸惑わせたりするのは、本意ではなかった。

 ゆっくり彼にふれられることに慣れてほしいと思っている。

 

(とするならば、だ。やはり、こちらか)

 

 のんびり、素朴な、ひと月を満喫する旅。

 と、思うのだけれど、サハシーにしかないめずらしい物に、目をきらきらさせるシェルニティの姿も捨てがたい、と思ってしまうのだ。

 旅行はいつでもできるが「新婚旅行」は、人生に1度きり。

 思い出や記念に残るものにしたかった。

 

 書類を両手に悩みつつ、彼は、口を開く。

 視線は書類に落としたままだ。

 

「シェリーに、なにかあったというわけではないようだが、どうしたね?」

「あんたは、呑気をやってられて、いいよな」

 

 ものすごく恨みがましい口調で言われた。

 顔を上げると、ブルーグレイの髪と瞳の青年が立っている。

 

 アリスタス・ウィリュアートン。

 

 彼が懇意にしている、唯一といってもいい、公爵家の当主の兄だった。

 普通は長男が当主になるものなのだが、アリスには致命的に礼儀の素質がない。

 そのため、双子の弟リカラスが当主となっている。

 

 公の場では使われることのないロズウェルド特有の「民言葉」でしか、アリスは話さないのだ。

 というより、話せない。

 昔からアリスは貴族言葉を嫌っていて、俗語とされている民言葉を好んで使っていたからだった。

 

「私は、これでも悩み深く過ごしているのだよ、アリス」

「あんたのせいで、とばっちり食ったオレよりマシじゃねーか」

 

 彼は、ふと顔を上げる。

 とばっちりという言葉に反応したのだ。

 アリスは、あからさまに不貞腐れ顔をしていた。

 

 今日、彼は、ひと月ほど過ごすことになるかもしれない地方の視察に来ている。

 その間、森の家に、シェルニティは1人。

 当然、危険を察知したり、彼女を守ったりするための魔術は(ほどこ)して出てきた。

 

 とはいえ、あまりがんじがらめにしてしまうのも窮屈だ。

 ほんの少しばかり不本意ではあったが、シェルニティお気に入りの「馬」だけは自由に出入りできるようにしてある。

 アリスは、彼がいないのをいいことにして、シェルニティにベッタリしていると思っていたのだけれども。

 

「とばっちり、とは、どういうことだい?」

「どうもこうもねーよ」

 

 よほど、へそを曲げているらしい。

 アリスが腕組みをして、ぷいっとそっぽを向いた。

 どうやら、シェルニティに「つれなく」されたようだ。

 しかも、彼の「とばっちり」で。

 

「前から思ってたけど、よく平気でいられるよな」

「平気ではないさ」

「我慢できるってのを“平気”って言うんだよ」

「私は、シェリーを怯えさせる気はないのでね。きみのように即物的になれたらと思うこともあるが、そこまでの潔さの持ち合わせがない」

 

 アリスが言っているのは、シェルニティと同じベッドで眠っていることに関してだろう。

 もちろん、彼とて完全に「平気」なわけではない。

 アリスの言う「我慢」が「平気」と同義ならば、平気と言えなくもないけれど。

 

(そういうことで、自分も“人”なのだと思うとは、驚きだ)

 

 口づけを交わし、眠りにつこうとする前に、彼は、やはりシェルニティに、もう少しだけふれたい、と思ったりする。

 それを「我慢」して、押し隠し、彼女に「おやすみ」を言うのだ。

 

 シェルニティを前に、理性を維持するのが難しくなるたび、自分も「人」なのだと感じる。

 愛する女性にふれたい、より親密になりたいと「人並み」なことを思ったりするのだから。

 

「過保護なんだよな。シェリーが怯えるかもって考えるくせに、怯えねーかもって考えはねーのかよ」

「私は、きみほど楽観的にはなれないものでね」

 

 書類を魔術で王都の屋敷にある書棚にしまい、代わりに紅茶を出す。

 アリスとシェルニティのことを話していたら、森の家に帰りたくなってきた。

 紅茶を飲み終えたら、アリスは放っぽって帰ろうと思う。

 

「シェリーが気にしてたぜ?」

「シェリーが? なにを?」

「あんたとベッドをともにする時のこと」

 

 がしゃん。

 

 手からカップが滑り落ちて割れる。

 アリスが呆れ顔で、目を細めていた。

 

「トーゼンだろ? シェリーは大人のオンナなんだぜ?」

 

 その言葉にも反応できず、彼は、まだカップを握っているかのごとく、手を宙に浮かせていた。


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