うっとりしました
ダドリュースは、内心、小躍りをしている。
新年の祝賀の花火よりも、花火が盛大に上がっている。
すっかり有頂天になっていた。
「私は、毎日でも、お前といたしたい」
琥珀色の猫目が、見開かれている。
とても可愛らしい。
そして、恥ずかしそうに胸の裡を語ったキーラは、ものすごく可愛らしかった。
ダドリュースの理性を木端微塵に砕け散らせるほどに。
(まさか、キーラが……てっきり嫌がっているものと思っておったのだが)
いわゆる「初夜」で、ダドリュースは、キーラに平手打ちをされている。
ぶたれた理由を「自分が強引だったから」だと、思っていた。
合意は取れていても、もっとキーラの意思を尊重すべきだったと反省している。
おまけに、ダドリュースは、誘いかたを知らない。
結果、視線で、自分の気持ちを伝えることくらいしかできずにいたのだ。
ナイジェルの言葉も気になっていた。
『妻からは少し控えてくれと言われたりもするのですが、新婚ですから、まぁ、しかたないかと』
いいや、しかたなくなどない。
言いはしなかったが、ダドリュースは、そう思った。
新婚であろうとなかろうと、相手の気持ちは尊重すべきだ。
キーラに我慢させてまで、ベッドをともにしようとは思っていない。
強引なことばかりしていては、疎まれる可能性だってある。
ある日突然、背を向けられるかもしれない。
ベッドをともにするということは、互いの気持ちが真に「合意」していなければならないと、ダドリュースは考えている。
だいたい、キーラに拒否されたら、立ち直れない。
もうあなたとはベッドをともにしません、などと言われたら。
あんなに可愛らしいキーラを見られなくなるなんて、その先の人生は真っ暗だ。
考えただけでも、泣きそうだった。
ダドリュース・ガルベリーは、心底、残念な男なのだ。
けれど、それらはすべて勘違い。
キーラは、嫌がってなどいなかったのだ。
そうとわかれば、我慢することもなかった。
わふっ。
キーラならば、そう聞こえたかもしれない。
ダドリュースは、キーラに飛びつくようにして、ソファに押し倒す。
そして、額に頬にと、口づけをした。
「ちょ……っ……ダド……」
キーラの言葉を遮り、唇を重ねる。
初めての口づけは、キーラからだった。
ダドリュースからしたことは、あまりない。
キーラが嫌がっていると思っていたからだ。
キーラは、されるより、するほうが好み。
どこかで、そう結論づけてもいた。
が、もう我慢する必要はないのだ。
好きなだけ、キーラに口づけたり、ふれたりできる。
ダドリュースの頭には、花火が上がりっ放し。
とにかく嬉しくてしかたがない。
唇を重ね、手でキーラの頬を撫でる。
寝間着が邪魔だ、と感じた。
「ダ……ダド……ちょ……」
唇を軽く合わせつつ、寝間着を「なんとか」しようとするも、うまくいかない。
いつもは、キーラ自ら、脱いでくれていたからだ。
その間、ダドリュースは大人しく待っていたのだけれども。
「ダドリー! ステイッ!!」
びたっ。
ダドリュースは、聞き慣れない言葉に、動きを止める。
キーラが、赤い顔をして、小さく睨んでいた。
「すてい? 私に、なにかしてほしいことか?」
「そうだよ! 待てって意味! わかった?!」
「なぜだ? 私から誘ってもよいと言ったではないか」
「言ったけど、極端過ぎじゃない?」
「今までは、我慢をしておったに過ぎぬ」
「そうだったんだ……」
「お前に平手をされたのでな。嫌がられておると思ったのだ」
「あ……あれは……」
キーラが、上を見たり、下を見たりと、目を泳がせている。
やがて、手を伸ばし、ダドリュースの頬にふれてきた。
キーラにふれられるのは、とても心地いい。
平手打ちを食らわせてきた手すら愛おしかった。
「いきなり、裸にしたりするから……びっくりしたのと、恥ずかしくて、つい手が出ちゃったんだよ」
「そうであったか。しかし、ドレスも寝間着も邪魔ではないか?」
「ダドリー、あんまり即物的過ぎるのは、どうかと思う」
「即物的……」
もしかすると、元々、キーラのいた世界と、この世界とでは、性的な考えかたに違いがあるのかもしれない。
ロズウェルドだけとも考えられるが、男女のいとなみについて、親しい者と話すのは一般的なことだった。
そして、お互い、その気であれば、即行為となるのも、めずらしくはないのだ。
「私にだって理想っていうか、こんなふうだったらいいなぁっていう夢があったんだからね。その私の理想の初夜の中に、いきなり全裸っていうのは、ない」
「…………お前の理想を、私は台無しにしたのだな……」
「台無しと言えばそうだけど……ダメだったってわけでもないよ」
しょんぼりするダドリュースを、キーラが抱きしめてくる。
すぐに、ぎゅっと抱きしめ返した。
それでも「駄目ではなかった」と言ってくれるキーラは、やはり心根の優しい女だと思う。
ダドリュースは女性経験どころか、恋もキーラが初恋だ。
そのため、女性に、そうした理想があるとは知らずにいた。
本当は、もっと、よく「好み」を訊いておくべきだったのだ。
「お前がどうしてほしいのか教えてくれれば、そのようにする。できるだけ詳しく教えてくれぬか?」
「え…………いや、それはちょっと……サシャに訊けば?」
がばっと体を離し、キーラの顔を見つめる。
頬を赤くしているキーラは、とても愛らしい。
が、しかし。
「なぜサシャなのだ?! サシャには話しておったのか?! 私ではなく、なぜ、サシャにだけ話したのだ?!」
「言ってません。サシャなら知ってるはずだって思っただけ」
「そうか。言っておらぬのならばよい。確かに、サシャなら知っていそうだ」
少しだけ考える。
サシャに相談したほうが早いことは、多々あった。
とはいえ、なんとなく釈然としないものを感じる。
「私は、お前から訊きたい」
「なんで、そうなるわけ?」
「たとえサシャであろうと、お前とのことを話すのは気が進まぬ。私とお前だけの話にしておきたいのだ」
2人は、国王と正妃という立場であり、世継ぎも求められている。
自分とキーラがベッドをともにしているのは、公然のことであり、秘密でもなんでもない。
だからといって、その内情まで、人に知られたくはなかった。
「何人たりとも、我らの間に介させる気はない」
ベッドの中でのことは、自分たち2人だけの大事な世界なのだ。
誰であれ、踏み込まれるのは嫌だった。
「あ~……うん……それは、わかる……」
ふわん…と、キーラの頬が、さらに赤味を増す。
それから、ダドリュースの首に、くるんと腕が回された。
「ダドリー、大好き。すっごく好き」
なにがキーラの心に刺さったのかまでは、ダドリュースにはわからない。
ただ、キーラに愛されていることは、実感している。
すかさず、キーラを抱き上げた。
「もう魔術は使わないでよね……ちゃんと、教えるから……」
キーラの小さな声に、胸の奥が暖かくなる。
これから2人だけの大事な世界にひたるのだと、ダドリュースは、うっとりしながら、寝室に向かった。
シリアスベースで、笑えるところも有りという感じで書いてきたのですが、実は、コメディベースの話を書くのも大好きだったりします。
この話は登場人物を考えている間に、すでにコメディベースが決まっていました。
書いていても、気持ちが楽で「ここは笑ってもらえるかな」と思うことが多かった気がいたします。
常に、各話タイトルに時間がかかるのですが、最も早く決まった話でした。




