がっくりしました
キーラに、また断られそうな気配濃厚。
ダドリュースは、ものすごく、がっかりしている。
明日も、1人で湯に浸かることになりそうだ。
いつになったら、一緒に風呂に入れるのか。
まだ道は遠い、と感じる。
ゆるく巻いた暗い金色をした髪と、猫を思わせる形をした琥珀色の瞳のキーラはとても可愛らしい。
その瞳を見つめて訊いてみた。
「なにが、それほど嫌なのだ? 私には、お前の嫌がる理由がわからぬ」
2人は、ベッドをともにする関係となっている。
当然ではあるが、その際は、2人とも服を着ていない。
そのため、ダドリュースは気づかないのだ。
キーラの「乙女心」には、まったく思い至れずにいる。
恥ずかしいというのが、理由だなんて、まさかにも思っていなかった。
なにか、よほどの理由があるのだと、勘違いをしている。
が、キーラと一緒に湯に浸かることを、諦めきれずにいた。
だから、毎夜のごとく、誘っているのだが、良い返事は、ない。
(やはり、まだ怒っておるのであろうか……?)
ダドリュースが、キーラの風呂を「覗いた」とされる出来事だ。
ダドリュースには「覗き」をしているとの意識はなかった。
これもまた、キーラが、裸を見られるのを恥ずかしいと思っているとは、考えていなかったせいだ。
キーラは、以前、命を狙われたことがあった。
思い出すたびに、全身が凍えそうになる。
少しでも離れていると、キーラの身になにか起きるのではと不安だった。
王宮の中には、正妃としてのキーラを気に食わないと思っている者もいる。
キーラは「1人でのんびり」と言うが、その1人でのんびりしている最中に、刺客に襲われないとも限らないのだ。
諜報員だったキーラが強いのは知っている。
が、その強さは、魔術師相手には通用しない。
そう考え、ダドリュースだけが使える遠眼鏡という魔術を使った。
あれほど怒られるのであれば、違った魔術を作れば良かったと後悔している。
覗く、との意識がなかったのは本当だが、下心の「し」の字もなかったとは言えないので。
ダドリュースは、ほかの魔術師たちが、けして到達できないほどの特異な魔術師であり、かつ、天賦の才の持ち主でもあった。
新しい魔術を作ることなど、彼にとっては造作もない。
下心なしに、よく考えれば、風呂場を覗かなくても、キーラの安全を担保できる魔術をいくらでも作れたはずなのだ。
(あの翌日、キーラには、”シカト”されっ放しであった。あのような思いは、もうしたくはない。だが、やはり湯には……)
と、まだ諦めきれずにいる。
ダドリュースは、骨の髄まで、残念な男だった。
「じゃあさ、逆に訊くけど、なんでそんなに一緒に入りたがるわけ?」
「それは……そのほうが安全であろうし……」
「嘘ついても、わかるんだからね」
うっと言葉に詰まる。
まるきり嘘でもないのだけれど、それだけかと言われると困るのだ。
キーラの猫の目が、細められている。
「私を嫌いになりはせぬか?」
「今さら、なに言ってんの? 嫌いになるなら、とっくになってるよ」
「そうか! であれば、打ち明けてもかまわぬな」
どうせろくなことじゃない、というキーラの小声は、ダドリュースの耳には入らなかった。
得々して語り始める。
「キーラも、王族の護衛騎士隊長を知っておろう」
「ナイジェル・シャートレーでしょ?」
「ナイジェルは、我らと同じく“新婚”なのだ」
真面目で、騎士としての役目にしか興味のなかったナイジェルが、3ヶ月くらい前に「おかしく」なった。
仕事に身が入っていない様子で、ぼんやりすることも多く、部下の鍛錬も疎か。
はっきり言って、懲罰を食らうレベルで、おかしくなったのだ。
が、しかし、ダドリュースは、ピンときた。
「ナイジェルが婚姻できたのは、私の尽力の賜物と言える」
直接、ナイジェルに「お前は恋をしている」とつきつけ、相手の女性に対して、けして諦めてはならないと「助言」した。
自分がいかにしてキーラと婚姻したかを語ったのだ。
その結果かどうかはさておき、ナイジェルは、見事に、その女性と婚姻をした。
「ゆえに、ナイジェルは私に借りがあってな。新婚生活について訊いた」
「は? 人様の新婚生活について?」
「そうだ。詳しく事細かに、なにからなにまで訊いておる」
キーラの口元が軽く引き攣っているが「軽く」程度では、ダドリュースは気づかない。
さらに、意気揚々と語る。
これで、キーラが納得してくれるかもしれないとの期待があったからだ。
「一緒に湯に浸かり、互いに労り合うことで、いっそう愛が深まる。そのように、ナイジェルは申しておった。ゆえに、私もキーラとの愛を深めるがため、こうして頼んでおるのだ」
「オブラートに包んだ……遠回しな言いかたしてるけどさ。ナイジェルが言ってた労りかたって、どういうものか教えてくれる? 詳しく、事細かに、なにからなにまで訊いたんでしょ? それなら、知ってるはずだよね?」
「…………せ、背中を……」
「背中を? どうしたの?」
キーラは、とても鋭い。
さすが元諜報員だ。
追及も厳しく、いつだってダドリュースは「口を割って」しまう。
「…………背中を流しながら…………そのまま……いたしたと……」
「やっばりね。そんなことじゃないかと思った」
言葉に、知らず、うなだれていた頭をあげる。
キーラの両手を、ぎゅっと握った。
「お前は知っておったのか? 風呂でいたすことがあると?!」
「え……まぁ……フィンセルにいた頃に、ちょっと耳にしたっていうか……」
「では、知っていて、私を拒んでおったのか? なぜだ? 酷いではないか!」
「いやぁ、別に酷くはないでしょ?」
キーラは、平然としているが、ダドリュースは、非常に落ち着かない。
実のところ、婚姻して3ヶ月、2人は、毎日、ベッドをともにしているわけではなかった。
当然、ダドリュースは、そうしたいと思っている。
が、現実は、厳しい。
というのも、ダドリュースが「誘いかた」を知らないからだ。
口づけさえ、頻繁にはできずにいる。
どこかの、なにかで読んだ記憶があるのだけれども。
『嫁とは、少なくとも1日3回、口づけを交わし、夜はベッドを同じくせよ』
それが「夫婦円満」に繋がるのだという。
ナイジェルも似たようなことを言っていた。
ゆえに、おそらく、それらは正しいのだ。
にもかかわらず、この体たらく。
(このままでは、キーラに、見捨てられかねぬのだ)
出会った当初にはあった、キーラの積極性も、最近とんとご無沙汰。
すでに見捨てられかけている可能性もある。
キーラは、自分を嫌わないと言ってくれた。
とはいえ、心根の優しい女なのだ、キーラは。
もしキーラが不満を持っているのなら、ひとえにそれは、自分の努力不足だ。
なんとしても改善しなければ、と思っている。
が、しかし。
ダドリュースは、禄でもないことしか考えない男だった。
そのため、一緒に湯に浸かれば、きっと、ナイジェルが言っていたような事態が起きるはずだと、思い込んだのだ。
毎日の繰り返しも、キーラとの関係を、より良いものにしたい一心だった。
なまじナイジェルから「新婚生活」を根掘り葉掘り訊いたことが災いしている。
「キーラ、頼む! 私と一緒に、湯に……」
「絶対、イヤ」
がーん。
さぱっと断られ、ダドリュースは、今夜もまた、がっくりとうなだれた。




