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本編有り後日談イチャらぶSSセット  作者: たつみ
第5章:うっかり王子とニセモノ令嬢(ダドリュース&キーラ)
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がっくりしました

 キーラに、また断られそうな気配濃厚。

 ダドリュースは、ものすごく、がっかりしている。

 明日も、1人で湯に浸かることになりそうだ。

 いつになったら、一緒に風呂に入れるのか。

 まだ道は遠い、と感じる。

 

 ゆるく巻いた暗い金色をした髪と、猫を思わせる形をした琥珀色の瞳のキーラはとても可愛らしい。

 その瞳を見つめて訊いてみた。

 

「なにが、それほど嫌なのだ? 私には、お前の嫌がる理由がわからぬ」

 

 2人は、ベッドをともにする関係となっている。

 当然ではあるが、その際は、2人とも服を着ていない。

 そのため、ダドリュースは気づかないのだ。

 キーラの「乙女心」には、まったく思い至れずにいる。

 

 恥ずかしいというのが、理由だなんて、まさかにも思っていなかった。

 なにか、よほどの理由があるのだと、勘違いをしている。

 が、キーラと一緒に湯に浸かることを、諦めきれずにいた。

 だから、毎夜のごとく、誘っているのだが、良い返事は、ない。

 

(やはり、まだ怒っておるのであろうか……?)

 

 ダドリュースが、キーラの風呂を「覗いた」とされる出来事だ。

 ダドリュースには「覗き」をしているとの意識はなかった。

 これもまた、キーラが、裸を見られるのを恥ずかしいと思っているとは、考えていなかったせいだ。

 

 キーラは、以前、命を狙われたことがあった。

 思い出すたびに、全身が凍えそうになる。

 少しでも離れていると、キーラの身になにか起きるのではと不安だった。

 王宮の中には、正妃としてのキーラを気に食わないと思っている者もいる。

 

 キーラは「1人でのんびり」と言うが、その1人でのんびりしている最中(さいちゅう)に、刺客に襲われないとも限らないのだ。

 諜報員だったキーラが強いのは知っている。

 が、その強さは、魔術師相手には通用しない。

 

 そう考え、ダドリュースだけが使える遠眼鏡(とおめがね)という魔術を使った。

 あれほど怒られるのであれば、違った魔術を作れば良かったと後悔している。

 覗く、との意識がなかったのは本当だが、下心の「し」の字もなかったとは言えないので。

 

 ダドリュースは、ほかの魔術師たちが、けして到達できないほどの特異な魔術師であり、かつ、天賦の才の持ち主でもあった。

 新しい魔術を作ることなど、彼にとっては造作もない。

 下心なしに、よく考えれば、風呂場を覗かなくても、キーラの安全を担保できる魔術をいくらでも作れたはずなのだ。

 

(あの翌日、キーラには、”シカト”されっ放しであった。あのような思いは、もうしたくはない。だが、やはり湯には……)

 

 と、まだ諦めきれずにいる。

 ダドリュースは、骨の髄まで、残念な男だった。

 

「じゃあさ、逆に訊くけど、なんでそんなに一緒に入りたがるわけ?」

「それは……そのほうが安全であろうし……」

「嘘ついても、わかるんだからね」

 

 うっと言葉に詰まる。

 まるきり嘘でもないのだけれど、それだけかと言われると困るのだ。

 キーラの猫の目が、細められている。

 

「私を嫌いになりはせぬか?」

「今さら、なに言ってんの? 嫌いになるなら、とっくになってるよ」

「そうか! であれば、打ち明けてもかまわぬな」

 

 どうせろくなことじゃない、というキーラの小声は、ダドリュースの耳には入らなかった。

 得々して語り始める。

 

「キーラも、王族の護衛騎士隊長を知っておろう」

「ナイジェル・シャートレーでしょ?」

「ナイジェルは、我らと同じく“新婚”なのだ」

 

 真面目で、騎士としての役目にしか興味のなかったナイジェルが、3ヶ月くらい前に「おかしく」なった。

 仕事に身が入っていない様子で、ぼんやりすることも多く、部下の鍛錬も(おろそ)か。

 はっきり言って、懲罰を食らうレベルで、おかしくなったのだ。

 が、しかし、ダドリュースは、ピンときた。

 

「ナイジェルが婚姻できたのは、私の尽力の賜物と言える」

 

 直接、ナイジェルに「お前は恋をしている」とつきつけ、相手の女性に対して、けして諦めてはならないと「助言」した。

 自分がいかにしてキーラと婚姻したかを語ったのだ。

 その結果かどうかはさておき、ナイジェルは、見事に、その女性と婚姻をした。

 

「ゆえに、ナイジェルは私に借りがあってな。新婚生活について訊いた」

「は? 人様の新婚生活について?」

「そうだ。詳しく事細かに、なにからなにまで訊いておる」

 

 キーラの口元が軽く引き攣っているが「軽く」程度では、ダドリュースは気づかない。

 さらに、意気揚々と語る。

 これで、キーラが納得してくれるかもしれないとの期待があったからだ。

 

「一緒に湯に浸かり、互いに労り合うことで、いっそう愛が深まる。そのように、ナイジェルは申しておった。ゆえに、私もキーラとの愛を深めるがため、こうして頼んでおるのだ」

「オブラートに包んだ……遠回しな言いかたしてるけどさ。ナイジェルが言ってた労りかたって、どういうものか教えてくれる? 詳しく、事細かに、なにからなにまで訊いたんでしょ? それなら、知ってるはずだよね?」

「…………せ、背中を……」

「背中を? どうしたの?」

 

 キーラは、とても鋭い。

 さすが元諜報員だ。

 追及も厳しく、いつだってダドリュースは「口を割って」しまう。

 

「…………背中を流しながら…………そのまま……いたしたと……」

「やっばりね。そんなことじゃないかと思った」

 

 言葉に、知らず、うなだれていた頭をあげる。

 キーラの両手を、ぎゅっと握った。

 

「お前は知っておったのか? 風呂でいたすことがあると?!」

「え……まぁ……フィンセルにいた頃に、ちょっと耳にしたっていうか……」

「では、知っていて、私を拒んでおったのか? なぜだ? 酷いではないか!」

「いやぁ、別に酷くはないでしょ?」

 

 キーラは、平然としているが、ダドリュースは、非常に落ち着かない。

 実のところ、婚姻して3ヶ月、2人は、毎日、ベッドをともにしているわけではなかった。

 当然、ダドリュースは、そうしたいと思っている。

 が、現実は、厳しい。

 

 というのも、ダドリュースが「誘いかた」を知らないからだ。

 口づけさえ、頻繁にはできずにいる。

 どこかの、なにかで読んだ記憶があるのだけれども。

 

 『嫁とは、少なくとも1日3回、口づけを交わし、夜はベッドを同じくせよ』

 

 それが「夫婦円満」に繋がるのだという。

 ナイジェルも似たようなことを言っていた。

 ゆえに、おそらく、それらは正しいのだ。

 にもかかわらず、この体たらく。

 

(このままでは、キーラに、見捨てられかねぬのだ)

 

 出会った当初にはあった、キーラの積極性も、最近とんとご無沙汰。

 すでに見捨てられかけている可能性もある。

 キーラは、自分を嫌わないと言ってくれた。

 とはいえ、心根の優しい女なのだ、キーラは。

 

 もしキーラが不満を持っているのなら、ひとえにそれは、自分の努力不足だ。

 なんとしても改善しなければ、と思っている。

 が、しかし。

 

 ダドリュースは、(ろく)でもないことしか考えない男だった。

 

 そのため、一緒に湯に浸かれば、きっと、ナイジェルが言っていたような事態が起きるはずだと、思い込んだのだ。

 毎日の繰り返しも、キーラとの関係を、より良いものにしたい一心だった。

 なまじナイジェルから「新婚生活」を根掘り葉掘り訊いたことが災いしている。

 

「キーラ、頼む! 私と一緒に、湯に……」

「絶対、イヤ」

 

 がーん。

 

 さぱっと断られ、ダドリュースは、今夜もまた、がっくりとうなだれた。


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