さっぱりしました
湯に浸かり、体はホカホカ。
室内の温度も、それに見合っていて、とても快適だ。
キーラミリヤ・ガルベリー。
元ラピスト男爵家の養女。
3ヶ月ほど前に、王太子と婚姻し、正妃となっている。
相手は、大国ロズウェルド王国の王太子であり、魔術師。
そもそも、魔術師はロズウェルドにしかいないのだ。
その上、夫は、この世界に、たった1人しか存在しない力の持ち主。
彼が本気になれば、いとも容易く世界を破滅させられる。
いや、本気を出す必要すらないかもしれない。
それほどの力を持っていると、キーラミリヤこと、キーラは知っていた。
本当に。
なぜなら、キーラの伴侶は、キーラのためなら、なんでもする。
空に星を降らせることだって厭わない。
その星が地上に落ちてきて、世界を滅茶苦茶にしようが、どうでもいいのだ。
彼の基準は、とてもはっきりしている。
そして、キーラの伴侶は、とても見目麗しい。
鼻はツンと高く、切れ長の瞳は、やや吊り気味で、少し厳しそうな印象がある。
これほどの「男前」は滅多にいないというほど、その言葉がぴったりな顔立ちと雰囲気を持っていた。
いつもは、暗くて濃い金髪に、紫色の瞳をしている。
だが、これは魔術により変えているもので、実際は違う色をしていた。
本来の色は、周囲の人たちが見ると、怯えたり恐れたり畏れたりするので、日頃は、変えているのだ。
(見た目は、マジ男前……ていうか、普通なら、言うことなしなんだけどさぁあ)
キーラの伴侶は、大国であるロズウェルド王国の国王。
つまり、金持ちだ。
働かなくても食べていける。
もちろん、公務はあるが、諜報員の仕事より楽なのは間違いない。
キーラは、元々、別の世界の人間だった。
日本という国で6歳まで暮らし、事故にあった衝撃でなのか、この世界に飛ばされてきている。
その飛ばされた場所が、北方諸国のひとつ、フィンセルという国だ。
そこで、16歳になるまで諜報員として育てられた。
その十年の諜報員暮らしとは雲泥の差。
公務くらいは、難なくこなしている。
命を懸けながら、キーラは様々な知識や教養を身につけてきたからだ。
正妃教育に、命を懸ける必要はなかったが、癖は抜けきらず、これを覚えないと「死ぬ」といった感覚で取り組んでいる。
おかげで、周囲から称賛されるほどには、身につけるのが早かった。
邪魔さえ入らなければ、だけれど、それはともかく。
そして、命の危険は、絶対にない。
確実に言い切れる。
もし自分の身になにかあったら、と考えると、キーラのほうが恐ろしくなるほどには、確信していた。
命を奪われる恐怖ではなく、世界滅亡の危機に対する恐怖だ。
キーラの伴侶は、とても強い。
キーラの身に危険が迫ると、地獄の王のようになるくらい、強い。
あげく、無分別で、無差別。
彼にとって、キーラ以外は、本当に、どうでもいいのだ。
(ボクにとって大事なのはキミだけだ!って台詞、漫画とかだと、めずらしくないけど……本気で”そう”なる人がいるとは思わないよ、普通……)
ついつい「普通」という言葉を連発してしまう。
なぜなら、キーラの伴侶には「普通」があてはまらないからだ。
身分良し、金持ち、男前、最強。
それだけ聞けば、ものすごく「イケてる」と思える。
キーラ自身、自分が恵まれているのは、わかってはいる。
さりとて。
「キーラ、なぜ、湯をともにしてはならんのだ? 伴侶と湯をともにすることは、ごく一般的であると聞いたぞ?」
これだ。
誰が、そういうよけいなことを吹き込んだのか。
見つけたら殴ってやろうか、と思う。
キーラは、諜報員をしていたことから、武術にも長けているのだ。
(ロクでもないことばっかり仕入れてくるんだから……そういうことを覚える暇があったら、公務に身を入れろって言うの)
キーラの伴侶は、国王だ。
小国ではなく、大国の「国王陛下」なのだ。
にもかかわらず、さして公務に熱心ではない。
彼は、いつだってキーラのことに熱心だった。
「陛下……」
「2人の時は、そのような話しかたはしないと約束したではないか、キーラ」
ていうか、あなた、人前でも愛称で呼んでほしそうな顔してますけどね。
言いたくなったが、言わずにおく。
彼が、そういう人だとわかっていて、キーラは好きになったのだ。
むしろ、外見がいいだけに、完璧でないところに惹かれたのかもしれない。
一緒にいると、いつだって知らない間に、笑っている。
「あのねえ、ダドリー、私は、お風呂で、のんびりしたいんだよね」
「すればよいではないか」
「できないでしょ、あなたがいると」
「なぜだ? 私がいても、いや、私がいるからこそ、ともにのんびりと浸かれるであろう? 覗き見など、絶対にさせぬのだからな」
私の風呂を覗くのは、あなたくらいだよ。
いちいち突っ込みどころ満載だ。
彼の側近である魔術師長のサシャに、キーラは「塞間」をかけてもらっている。
この魔術がかかっていると、音を聞いたり、中を覗いたりできないのだ。
普通は。
(魔術を作ってまで、覗こうとする人なんていないし、できないからね)
が、覗かれていたことに、キーラは、すぐに気づいている。
当の本人が「うっかり」口を滑らせたからだ。
彼にしか使えない「遠眼鏡」とかいう魔術を使ったのだとかなんとか。
そうでなくとも、彼は、魔術師としての腕がいい。
そのため、新たな魔術を、ひょいっと軽く作ってしまう。
まさに、天才というに相応しかった。
無駄に。
『しかし、キーラ、万が一ということもあろう? お前の身になにかあったらと心配であったのだ。私の目がとどかないところにおるのは不安でたまらん』
などと、ほざいていたが。
(心配と下心が、半々ってトコかな)
その際、丸1日、キーラは、彼を無視し続けた。
国王が覗きなんて、人に知られたら大変なことになる。
つまりは「躾」が必要。
以来、その魔術は封印された。
代わりに「一緒に風呂に入りたい」と、せがむようなったのだ。
知らない間に覗かれているのと、一緒に入るのと。
果たして、どちらが「マシ」なのか。
キーラは、真剣に悩む。
(でもなぁ……温泉でもないのに、一緒にっていうのは、恥ずかしいじゃん!)
キーラは湯上りで寝間着を身につけ、王太子の私室のソファに座っている。
その隣に座り、キーラの手を握って、熱心に見つめてくる瞳。
黒髪、黒眼。
これが、彼本来の髪と目の色だ。
いつもの色でも十分だが、キーラにとって思い入れがある分、男前度が上がって見える。
もちろん外見に惹かれたのではない。
ないが、しかし。
(見た目も、ひとつの要素だよね。こんな顔して言われるから甘くなるわけだよ)
心の中で溜め息ひとつ。
なんだかんだ、キーラも彼に惚れている。
中身が非常に残念な男、ロズウェルドの国王、ダドリュース・ガルベリーに。




