悪戦苦闘
デートは、概ね順調だった。
買い物をしたりカフェに行ったり、大道芸を見たりと、ルーナも楽しそうにしていたのだ。
ユージーンは目立つので「お忍び」で行っていた。
ウィリュアートンのおかかえ魔術師に、髪と目の色を変えさせた。
が、それが間違った判断だったのだ。
そろそろ帰ろうか、という夕暮れ時。
なんと、あろうことか、その魔術が切れてしまった。
そのせいで、街にいた貴族令嬢らが、わらわらと集まってきて、ユージーンを取り囲んでいる。
(あの程度のこと、ザカリーであれば、7日は保たせられるのだが)
髪と目の色を変えるなど簡単な魔術に違いない。
ユージーンは、そう思い込んでいた。
弟のザカリーが、こともなげに、ひょひょいと使うからだ。
ユージーン自身は魔術が使えないため、細かな難易度までは知る由もない。
ならば、もとより弟に頼めば良かったのだろう。
とはいえ、今となっては、なかなかそうもいかない。
なにしろ、ザカリー・ガルベリーはユージーンの弟ではあっても、ロズウェルド王国の国王なのだ。
(むろん、俺が声をかければ、ザカリーは飛んで来る……しかし、それがいかん)
ザカリーにとっては、国王という立場より、ユージーンの「弟」であるほうが、重要らしい。
よせと言っているのに、なにかにつけ、ユージーンの執務室に顔を出す始末。
すげなくすればしょんぼりし、厳しくすれば、泣く。
同じく執務室に入り浸りのルーナに「ザカリーおじさま可哀そう」と、言われてしまうのだ。
ユージーンからすれば、ちっとも可哀そうなんかではない。
ザカリーの息子トマスのほうが、よほどしっかりしている、と思う。
そのせいなのか、ザカリーの口癖は「早く譲位したいなぁ」なのだ。
同情の余地がない。
が、ザカリーの魔術師としての腕は、かなりのものらしかった。
ザカリーがあまりに普通に使うので、ユージーンが意識していなかっただけだ。
そのため、あえて解かなければ、髪と目の色が戻るなど想定せずにいた。
「ルーナ、まだ怒っておるのか?」
「……怒ってないもん」
「怒っておるのだな」
しーん。
怒っているのは間違いない。
近頃、ルーナが我儘を言わなくなっているのを、ユージーンは気にしている。
いろいろと我慢をさせている気がしてならないのだ。
たとえ母親のことがあるにしても、新婚旅行のことだって本当は我慢している。
長くルーナを見てきたので、そのくらいはわかるのだ。
執務室で大人しくしているのも、邪魔をしないように気を遣っているのだろう。
ルーナらしくもなく。
(こういうところだけは、変わらんのだな)
ユージーンが婚姻したことは、公になっている。
にもかかわらず、令嬢たちに囲まれた。
それは、ユージーンが、今では「貴族」だからだ。
元王族であれ、現状、貴族は貴族。
側室を娶ることも考えられるし、王族よりは近寄り易い。
そう考え、彼女らは、自らを売り込みに来た。
ユージーンの最も忌避する態度だとも知らずに。
「ジーンは、自分のことわかってない!」
バサッと、ルーナが上掛けを跳ね返して起き上がった。
2人の寝室に戻って以来、ルーナは布団にもぐりこんでいたのだ。
そのせいで、髪が、くちゃくちゃになっている。
「ジーンが、ちょっとニコッとするだけで、めろめろになる女の人が大勢いるんだからね! それなのに、あんなふうに……っ……ニコニコし過ぎっ!!」
「貴族と言えど、民は民だ。あまり無碍にはできん」
「そうかもしれないけど……っ……私ばっかりヤキモチ妬いて、ジーンは私に妬くことなんてないんだもんっ!」
ルーナは知らないのだ。
実際、ルーナが執務室にいるだけで、どれほど仕事がはかどるか。
傍にいないと、イライラしてくる。
仕事が手につかなくなり、結局、翌日に持ち越しなることも少なくない。
なぜイライラするのか、理由は自覚している。
(ルーナは若い。今は、俺を見ているが、ほかに若い男が現れて……)
ぎゅっと手を握り締めた。
自分以上にルーナを大事にできる男などいない。
だから、自分にしておけと、そう言って、ユージーンはルーナと婚姻している。
ルーナは長くユージーンを好きだと言ってきたが、それが恋だとは限らない。
未だに、そういう気持ちがあった。
「俺は、俺の嫁にしか興味がない」
ルーナが、きょとんと首をかしげる。
「と、言っていたのだ」
「でも、あんなにニコニコして……」
「そのほうが、効果があるのでな」
令嬢たちは、気位の高い者が多い。
ユージーンは嘘を言っていないし、明確に彼女らを馬鹿にしてもいないが、受け止めかたはひとつしかなかった。
馬鹿にされていると思えば、早々に輪が崩れるのだ。
事実、令嬢らは表情を硬くして去っている。
「……そっか」
「機嫌が直ったのであれば、もう休め。1日中、歩き回って疲れているだろ」
上掛けをかけ直そうとしたユージーンの手が、ルーナに掴まれた。
見れば、顔を赤くして、ユージーンを見ている。
「ジーンも、ここで寝れば? いつもカウチだと疲れが取れないでしょ?」
ユージーンは、ルーナの顔を、じっと見つめた。
そして、ふう…と、息をつく。
とても、わかっていて、言っているとは思えなかったからだ。
ルーナには「疲れているのに悪い」程度の気持ちしかない。
瞳を見れば、その覚悟のなさが、ユージーンにはわかる。
(おのれ……俺の葛藤も知らず、呑気なことを言いおって……)
ユージーンは間の抜けたところはあるが、馬鹿ではない。
ルーナの世話を焼いているのは、好きでしていることだ。
世話を焼かないほうが落ち着かないというのもある。
が、同時に、子供扱いを続けている自覚もあった。
それは、ルーナが、どこかで、それを望んでいる気がしたからだ。
大人扱いされたいと口では言うし、態度でも見せる。
けれど「ビビって」もいる。
(子のこともある。まだ気持ちの整理がついておらんようだ)
ウィリュアートンは男子の生まれにくい家系だ。
しかも、男子を出産した後、その女性は子を成せなくなる。
そういう特殊な血筋だった。
ユージーンのほうも、直系男子を必要とする血筋ではある。
以前は、そのことにこだわっていた。
それを、ルーナも知っている。
いくら今はこだわっていないと言っても、男子を成せなかったらと思うと怖いのだろう。
だから、大人になることを先延ばしにしたいのだ、おそらく。
本人に自覚はなくても、ユージーンにはわかる。
「俺とお前は、婚姻しているのだぞ、ルーナ」
「ん? わかってるけど?」
「ならば、添い寝だけではすまぬとわかっているのだな?」
「あ…………え、えーと……」
ユージーンは両腕を組み、ルーナを小さく睨んだ。
ルーナが、自らで上掛けを、そろそろと体にかけていく。
「や、やっぱり……カ、カウチで……寝てくれる……?」
ふんっと鼻を鳴らし、ユージーンは立ち上がった。
足音も荒く、カウチに向かう。
16年ものつきあいなのだから、今さら少しくらい待たされても平気だ。
だが、ルーナをほかの誰かに取られるかもしれないとの心配や嫉妬をしないわけでもない。
できれば、早々に「愛し愛される関係」としてベッドをともにしたかった。
カウチに横になりかけて、動きを止める。
そして、背中にルーナの視線を感じつつ、わざと横柄な口調で言った。
「俺が抱きたい女は、お前だけなのだ。わかったら、とっとと覚悟をするがいい」
どさっとカウチに横になり、上掛けを引っ掛ける。
目を閉じてから、思い出した。
(む。そういえば、俺からの口づけがなく、慣れることができんと言っていたな。ならば、今後は、少なくとも1日3度を心がけるとしよう)
そうやって少しずつ、自分たちの関係を変えていくのだ。
思う、ユージーンも、気づいていない。
ルーナの瞳には、いつだってユージーンしか映っていないのだということを。
元々、ユージーンの話は書きたいと思っておりました。
最初の話の登場人物であり、色々と痛い思いもしていたので、幸せになるところを書きたいという気持ちがあったのです。
ルーナティアーナの初登場時より、ユージーンの相手と決めて書いていました。
こういうグイグイくる女の子のほうが似合うのじゃないかと考えておりました。




