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本編有り後日談イチャらぶSSセット  作者: たつみ
第4章:世話焼き宰相とわがまま令嬢(ユージーン&ルーナ)
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苦心惨憺

 ユージーンは、ルーナの問いに、さして注意をはらっていない。

 適当に答えているのではないが、深刻さは感じていなかった。

 

(俺に後ろ暗いことなど、なにもない。問われて答えられぬようなこともない)

 

 そのため、毎日、聞かれても、同じ返答をするだけだ。

 とはいえ、なぜかはともかく、ルーナが納得していなさそうだとは感じている。

 ならば、納得するまで、この問答を続けるだけのことだった。

 

 ユージーンにとって、なにより大事なのは、ルーナなのだ。

 

 生まれてからずっと大切にしてきたし、これからも大切にすると決めている。

 ルーナをあやすのは得意だが、泣いてほしくはない。

 ルーナが泣くと、本当にどうすればいいのかがわからなくなり、あやすことしか考えられなくなる。

 

 ユージーンには、少し間が抜けたところがあった。

 だが、頭は悪くない。

 むしろ、非常にいい。

 にもかかわらず、ルーナの泣き顔だけは、あやす以外の対処法を見つけられずにいる。

 

 大事に大事に、手塩にかけた育ての子。

 

 そのルーナも、いつしか大人の女性となっていた。

 とはいえ、彼女が、ユージーンとって誰よりも「大事」であるのは変わらない。

 そして、ユージーンは庇護欲が強く、無自覚に振り回すところがある。

 結果、未だにルーナの世話を、せっせと焼いていた。

 

 王宮の私室の部屋の壁をぶち抜き、彼女のために湯殿を作らせるほどに。

 

 おかけで、ベッドに入る直前まで、2人は王宮で過ごしている。

 もちろん、ウィリュアートンのおかかえ魔術師に、ルーナの母に少しでも異変があれば、即座に連絡を入れるよう指示もしていた。

 

 ユージーンは、すでにユージーン・ウィリュアートンとなっている。

 2人の婚姻後、ルーナの父トラヴィスは、ユージーンに当主の座を譲った。

 ルーナの母サンジェリナの傍にいたかったからだろう。

 サンジェリナは、もうそう長くはないのだ。

 あと1年か、もって2年と言われている。

 

 屋敷にある2人の寝室に戻り、ベッドに腰かけた。

 当然のごとく、ルーナは、ユージーンの膝の上。

 またがってはいないが、横向きに座っている。

 

 赤味がかった髪を、繰り返し撫でた。

 濃褐色の瞳が、ユージーンを見つめている。

 見つめ返しながら、思った。

 

(お前は、目がはっきり見えておらぬ時より、俺を見ていた)

 

 ユージーンが、初めてルーナと会ったのは、ルーナのお披露目の夜会だ。

 覗き込んだとたん、髪を掴まれた。

 その時の、まだ鮮明には見えていなかったはずのルーナの瞳を、ユージーンは、今でも忘れずにいる。

 

 あれから16年。

 

 美しく成長したルーナは、ユージーンの妻となった。

 が、外見はともあれ、中身は、それほど変わっていないと思っている。

 ユージーンに、いつまでも甘えてくるところやなんかは、3歳の頃と同じだ

 そんなルーナが可愛くて、せっせとルーナの世話をし、甘やかし放題。

 

 ユージーン自身は、単に、本当に、ルーナが可愛くて、愛しいだけだった。

 1度目の恋に破れはしたが、その傷を癒やしてくれたのもルーナなのだ。

 ルーナがいてくれたからこそ、ユージーンは、敗れた恋を吹っ切れている。

 なにしろ、ルーナの世話で忙しく、憂鬱になっている暇すらなかったので。

 

「ルーナ……ひとつ、お前に詫びておかねばならんことがある」

「新婚旅行のことなら、別にいいよ?」

「良いのか? 巷では、婚姻後の新婚旅行が流行っていると聞くが」

「ジーン、仕事が忙しいでしょ? それに、私もお母さまのことがあるし」

「む。そうであったな。長く王都を離れる時期ではないか」

 

 婚姻後、半月ほどが経っていた。

 本来、新婚旅行は、式が終わり次第、出かけていくものとなっている。

 ローエルハイドで、同時に行われた2つの式を取り仕切っていたユージーンは、その辺りのことには詳しいのだ。

 新婚旅行が先延ばしになったのを、ルーナが落胆しているのではないかと、少し心配していた。

 

「それに、5年経っても十年経っても、私たちは、ずっと新婚だもん」

「ルーナ、それは違うぞ。新婚と呼ばれるのは1年程度とされ……」

 

 言いかけた口がふさがれる。

 ルーナが、唇を「くっつけて」きたのだ。

 3歳の頃から、ルーナには、ユージーンに口をくっつける癖があった。

 婚姻を決める直前まで、ユージーンは、ルーナのそれを「口くっつけ癖」としており、口づけだと意識したことはない。

 

(婚姻した自覚がないのは、これ(ルーナ)のほうなのではないか?)

 

 普通の貴族令嬢は、自ら口づけてきたりはしないものだ。

 女性からの直接的に過ぎる行為は、はしたないとされている。

 ルーナの貴族教育は、ユージーンが行った。

 きちんと厳しく教えたとの自負はある。

 

「ダメだった?」

 

 上目遣いで訊かれると、非常に具合が悪い。

 軽く咳払いをして、ルーナから視線を外した。

 

「駄目ではない。だが、いかん」

「意味わかんない」

「お前は、今、どういうつもりで、口をくっつけたのだ」

 

 ルーナが、きょとんと首をかしげる。

 ユージーンからすると、明白な問いだ。

 ルーナは、ユージーンの「嫁」なのだから。

 

「どういうって……ジーンのことが好きだからしたんだけど」

「なにをした」

「え? 口づけ」

 

 ふう…と、溜め息をつく。

 これだから「駄目ではないけれど、いかん」のだ。

 ルーナには、きちんと教えたつもりでいたが、当時は実践まではしなかった。

 どうやら、正しく学べていなかったようだ。

 

「ルーナ、お前がしたのは、口をくっつけただけのものだ」

「あ! また口くっつけ癖だと思ったんでしょ? そんなことないのに! 私は、口づけしたの!」

「いいや、違う」

 

 ユージーンは、クイッと、ルーナの顎を持ち上げる。

 そのまま唇を重ねた。

 ルーナの、ただ口をくっつけるだけのものとは違う。

 重ねた唇を軽く押しつけ、それから緩く噛むようにして重ね合わせた。

 

 繰り返しつつ、舌でルーナの唇をなぞる。

 濡れた唇からは、小さな音が聞こえた。

 その音が、2人の唇が重なっていることを、明確に伝えてくる。

 

(む。これ以上すると、俺がもたん)

 

 ちゅ…と、音を立ててから、唇を離した。

 ルーナは、まだ目を伏せている。

 頬が赤く色づいていた。

 

「ルーナ? もしや寝てしまったか?」

「寝るわけないでしょっ?」

 

 ぱちっと、ルーナの目を開く。

 ユージーンは頭はいいが、間が抜けていた。

 そして、情緒というものも抜け落ちている。

 だから、ルーナが余韻に浸っているという考えは、ちらとも頭をかすめない。

 

「これで、わかったであろう。口づけとは、口をくっつければよいというものではないのだ」

「そりゃそうだけど……教えてくれる人がいなかったんだもん」

 

 これからは自分が、と言いかけて、やめた。

 ユージーンには、ユージーンなりの「苦労」があるのだ。

 

 毎夜、ルーナの髪を乾かし、着替えを手伝い、寝かしつけて。

 毎朝、ルーナの髪を整え、服を着せ、食事をさせ。

 ルーナに用がなければ、一緒に王宮の執務室で過ごしている。

 

 が、しかし。

 

 2人は、まだベッドをともにしていなかった。

 2人の寝室ではあるが、ベッドで眠るのはルーナだけだ。

 ユージーンは、少し離れた場所に置かれたカウチで寝ている。

 

「女からするのは、はしたないとか言うくせに、ジーンからしてくれることって、ほとんどないし。私が覚えられないのは、ジーンのせいだからね!」

 

 ぷんすかとしたルーナは、ユージーンの膝から降り、布団にもぐり込んだ。

 その姿を見て、ユージーンは、いろんな意味で「苦心」している。


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