ある女の話
「人間なんて、大っ嫌いだ」
私は水面に写っていた栗色の髪の人間に向かってそう言った。
すると、その白い肌に少し日焼けをした12歳くらいの少女も、自分に合わせて、自分と同じような何かを嫌悪する表情で、自分と同じように口を動かした。
事の発端は、親が森に山菜を取りに行こうと言い出したときだ。
いや、もしかすると、いつもはパンとスープと、時々果物だった晩ご飯が、スープだけになった時からこうなる運命だったのかもしれない。
私は不審に思った。親の仕事はうまく行っていないようではあったが解雇された訳ではないはずだ。なのにその仕事には行かずに山菜を取りに行くなんて。
でもまだその時の私は油断していた。
親に愛されている、とはあまり思ったことはないが、自分の子供を深い森に置き去りにするなんて思ってもいなかった。
だから、落ちたら死にはしないが、長い事上には登れないであろう急な坂を見ている背中を、小さく押されたとき、私は驚いた。
転がり落ちた姿勢から立ち上がったとき、それでもまだ信じていた。きっと何かの間違いだろう、すぐに自分を助けてくれるだろうと。
しばらく待っていても助けが来ないとなると、私は焦った。
取り敢えず上に登ろうと、緩やかな坂がないか辺りを探し、先程いた所まで登っていった。だが登ってもそこに人の影はなかった。
それでもまだ諦めずに、周囲を探した。
自分らが、あの場所までに来る途中にあった、大きな木に近づくにつれて胸に抱いていた疑念は大きくなっていった。そしてそれは、大きな木の近くにあったはずの、帰るための目印が無くなっていることに気づいた時、確信に変わった。
自分は捨てられたのだ。
この事実を受け入れた時、昔から時折感じていた心に穴ができる感覚が広まっていった。
そこから長い時間、目的も無くトボトボと歩きながら考えた。
自分は何故捨てられたのか。自分はとても"いい子"であったはずだ。親の言いつけはきちんと守り、お前も働けと言われた時も、言われた通り頑張って働いた。それなのになんで。
その答えは、川にたどり着いたときには、頭の中にはっきりと浮かんでいた。
なぜなら人間は自分が一番大事な生き物だからだ。
川で喉を潤したあと、また歩きながら考えた。今度は自分のこれからについてだ。
頑張って町まで戻ろうか。でも本当に戻れるだろうか、もし戻ったところでまた元の生活は送れないだろう。
ふと顔を横に向けると崖があった。崖を覗いてみると、かなりの高さがある。そうだ、いっそのことここから飛び降りるのもいいだろう、この高さなら確実に死ぬこともできるだろうし。
「おい、そこで何してる」
後ろで声がした。この深い森には誰もいないだろうと思っていたので、驚いて振り返った拍子に足を滑らせてしまった。体は頭から下に落ち、全身には悪寒が走り、心臓がドクンと脈を打つ。もう死ぬのかと思ったその時、自分の細足が大きな手に掴まれたのを感じた。すると、ひと安心した私の頭を強い衝撃が襲う。
目が覚めると夜になっていた。草木を焚き火の光が照らしている。
周囲を観察しようと頭をづらすと、
「痛っ」
頭の後ろに痛みが走る。痛みのした箇所を触ると、大きなタンコブができていた。
「起きたか」
上半身を起こしてみると助けてくれた男が調理の準備をしていた。
その男は、少し長くて、白髪が混じっている黒い髪に、髪と同じ色のした目。おまけに、もじゃもじゃとした髭を顎から垂らしている。浮浪者か?いや、それにしては服の上からでもわかる、健康的で逞しい体つきが引っ掛かる。ふと男の後ろの大きな荷物に気づく。そういえば前に、大きな荷物を背負った大男を見かけたという噂を町で耳にした。
その男は「聖石探し」と呼ばれていた。