永遠の別れ
膝を付き剣を地面に突き刺し息を整えるルネテリアと、その側で鞘に剣を収めルネテリアを見つめるアーデンに私はホッと胸を撫で下ろしながら歩み寄って行った。
余りにもいろんな事が起き過ぎて正直言ってもう頭も身体も一杯一杯なのだが今はそれよりもロットバルドの事が気になった
ルネテリアはロットバルドに駆け寄ると回復魔法をかけている。
青白い顔は中々赤みが刺すこともなく唇は紫色のままで、それでも彼女は魔法をかけ続けていた。
ふらふらで歩くのがやっとの彼女に代わりアーデンがロットバルドを背負うと取り敢えず近くにあったボロボロの小屋を借りベッドに彼を寝かせた。
私は勝手に使ってしまい申し訳ないと思いながらもテーブルにお茶を置いていく
「ルネテリアさん、お茶どうぞ。」
彼女は首を振りその間もロットバルドの手を握り締めて離さず彼を見つめている
「貴女はジジ様の娘さんなんですか?」
「えぇ、私は父を捨てたのです。ロットバルド様は御産まれになった時から魔法が使えず妖精の森でとても辛い思いをされていました。兄で有るアイスバルド様はそれとは違い全ての魔法を使う力がとても強く次期始祖と成るで有ろうと言われていました。余りにも違い過ぎる御二方の仲は次第に険悪となりロットバルド様は村を出て行かれたのです。ですがこの地でも今度は容姿が醜いと蔑まれ、時には暴力を振るわれ御心が壊れていかれました。そんなロットバルド様を私はお慕いし父の反対を押し切り父を、村を捨てついて参りました」
そう私達に話しながらロットバルドに手を差し出してはその手を握りしめて居る
「ロットバルド様は本当はとても優しい方なのです。それは私が身近でいつも見ていました。この方が唯一縋ったのは絵里子さん、貴女です……。ロットバルド様のお父君から妖精王様の本の事を知ったロットバルド様は本の中の少女に惹かれていきました。貴方ならこんな自分でも受け入れてくれると信じて。貴女の世界に行く度に心も身体も穢れを受けドンドン朽ちかけると言うのに何度お止めしても貴女に会いに行かれてた。貴女が寂しいと誰かを求めた時貴女を連れて来るのだと何度も何度も、そしてやっと貴女を連れて来たと言うのに貴女は甥のアーデン殿を選んでロットバルド様の元を去ってしまった。その事を知ったロットバルド様は壊れてしまった………憎しみと言う穢れに心を壊されてしまったのです。私ではロットバルド様の心を救う事は出来ません、どうか!どうかお願いします!ロットバルド様にはもう時間が有りません絵里子さんロットバルド様の側に居てあげて下さいませ」
彼女は私の前に膝を折り両の手を、頭を床に付け願いを口にする
ずっと私を見つめる目があった事を思い出した。いつも寂しく成ると見つめていてくれる目が有ったことを、でも、私が取った手は彼の手では無い。
心を偽り彼の側に居て良いはずがない それは3人を傷付けてしまうだけ、この気持ちも綺麗事なのだろうか。
どうすれば良いの?誰も傷付けたくないのに。でも、私の心はアーデンしか愛せないのに。
ギギギギギィ と言う軋むドアの開閉音と共に現れたのは顔半分が黒く染まったジジ様だった。
「「ジジ様!」」
「絵里子よ悩む事はない、ルネテリアよお前が儂の元を去ると決めた時何と言った?今更ロットバルドを捨てるか?絵里子に背負わせるのか?すまなんだな、魔の逆鱗は儂の身体に埋め込んだよ、どの道もう長くは無いこの命と共に消し去ろう。ルネテリア、儂の愛しい子よお前も大分穢れを受けてしまったのだな。馬鹿な子だ…ならばロットバルドと共にデラロス山で余生を過ごすが良い。もう何もない廃れた村になってしもうたが2人で暮らすにはちょうど良かろう。残り少ない日々を悔いなく終わらせるが良い」
フラつきながらもジジ様は哀しげな目をルネテリアに向ける
下げていた頭をあげルネテリアは話し出す。
「父様……お許しくださいとは申しません。絵里子さん、アーデン殿、私達がした事は決して許される事ではないと承知しております。ですが、後少しだけ我儘な時間を下さいませ、もう決してロットバルド様を貴女方のお側には近づけさせませんゆえ」
「絵里子、アーデン、馬鹿な娘達を許してくれとは言わん。それ相応の罰をこれから受けるだろう、此奴らにはこれから自分達が葬った魂を見送る懺悔の時間を与えてやってはくれまいか、わしからも頼む」
そう言ってジジ様はルネテリアと並ぶ様にして頭を下げていた。
これから彼等は最悪の魔王達として語り継がれて行くに違いないけれど、私はそれを否定はしない。彼等は余りにも多くの人々の命を奪い過ぎたのだから。
でも、それとは別に人には償い、懺悔と言う事も出来るのだと。
「私が許すとか許さないとか言える事ではないと思います。ただ、罪を背負い生きていく事を止める事も私達には出来ません」
「ありがとう、それだけで良い。儂にはまだやらねばなるらぬ事が有る、お前達をデラロス山に連れて行くがそこで別れる。良いか、2度と山を降りる事は許されんと思え」
「はい……父上。絵里子さん、アーデン殿ご迷惑をお掛けしました。もう2度とお会いする事も無いでしょう。申し訳ありませんでした」
そう言って深々と頭を下げたルネテリアさんは、ジジ様とロットバルドと共に姿を消した。
長い長い日々だった気がするただ私にはどうしても納得出来ない事が有る。
何故妖精王は人々に美しいものを蔑む様にしてしまったのだろう?
それさえ無ければロットバルドもアーデンも苦しみ嘆く事は無かった、人を憎む事もなかったのでは無いのかと。
「絵里子……無事で良かった……」
そう言って私を抱き締めてくるアーデンこそ助かって良かったと思わずにいられない。
1度は鼓動も止まり身体も冷え始め私は全てを絶望という言葉で埋めてしまっていたのだから。
「アーデン!無茶しないでよ!死にかけたんだよ……わた、私はどんなに…うヴッ…どんなにうぅぅぅ」
「絵里子…俺も同じだ。お前がいなく成ったと分かった時怒りと絶望を感じた。その瞬間もう自分を制御出来なく成った自分の事を考える事など出来ず、お前を取り戻す事しか考えられなく成った。絵里子……俺はどうやらお前が居ないともうどうしょうもない程駄目に成ってしまうらしい」
「アーデン帰ろう私達の家に、心配してくれているみんなの所に」
「あぁ、そうだな。俺達2人の家に帰ろう」
その時ふとアーデンが光に包まれた時の事を思い出した
あの時確かに聞いた『パパはもう大丈夫だよと』あぁ、もしかしたらそう思うと知らずに涙が溢れ出す
「絵里子?どうした?何処か怪我をしてるのか?」
「ううん、何でもないただ……うん、ただ嬉しかっただけ」
そう言ってアーデンの腕にしがみ付き(ありがとう、お父さんを守ってくれて)と心の中で呟いていた。
外に出るともう辺りは夕闇に包まれ薄橙色の大地に日が沈むところだった。
アーデンは私を抱き締めると
「絵里子、しっかり捕まっていろ」
そう私に言うと背中から真っ白な羽が生え私を抱き締めたまま夕闇の空に飛び立ち日が沈むその先に向かって飛び始める。
あの時彼の背中から生えていた羽は禍々しい程の蝙蝠の様な黒い羽だったのに今彼の背中から生えた羽は美しい白鳥の様な羽で、これが本来の彼の心を表しているのではないのだろうか。誰よりも傷付きやすく優しい人なのだから。
日が沈む大地の向こうに有る我が家へ帰ろう。
今は再び抱き締め会えた喜びを胸に、『選びの森』が待っていてくれるはず