その名を呼んでくれ
緑が鮮やかで、眩しいほど
何も聞かなくても分かるこれが生きてる森の姿なのだと
さっきからオーディンがソワソワしてるのも頷ける、私だって落ち着かない。
歩きたい、触れたい、囁きを聞きたい………
それは私達だけじゃ無いはず。アーデンもスペラもその様だ
「これって入っても良いって事だよね?」
「そうだな」
オーディンから降りて歩き出すと樹が横倒れして避けてくれる。
道から見た時はあんなに寄り添うように重なって見えた樹々なのに……
通り過ぎて振り返るとまた元の位置に戻ってる?
オーディンがこっちだよと言うように尻尾を振りながら時折振り返り付いてきているか確かめながら進んでくれる
ふと、オーディンが立ち止まり首を下げたその先にご老人が立っている
「ジ……ジジ様」
「え?アーデン、ジジ様って亡くなられたんじゃ無いの?」
「居なくなったんだ」(そっちのなくなったなのか!)
「あの、始めまして絵里子です。」
「うむ、可愛いのぉ嫁!」
「俺のだがな」
「チッ、お前は可愛くなくなった!」
「ジジ様は相変わらずで何よりだ」
「それで?何故ここに来た?」
「あの、実は…………」
私達は今までの事の次第を話して聞いてもらうことに
「フン、なるほどのぉ……まぁあやつはそう言う男だ昔からな。あやつも馬鹿な男だのぉ……まぁ良いこの地はお前に譲ろう。がしかしあの花が気にはなるのぉ」
ジジ様はあご髭を撫でながら何かを考えている
「あの、ジジ様、私どうしても聞きたい事が有るんです!」
私にはどうしても言いたい事、聞きたい事が有った。心の奥で燻っていた怒りと憤りをどうしても知りたい
「絵里子ちゃんは何がわからないのかの?このジジ様に話してみなさい」
「あの、ずっと気になってて、聞いて良いのか悩みますがでもアーデンのご両親は何故郷を追われたんですか?魔法が使えないのに何故郷でアーデンを産めたのか…だって魔法が使えないのに郷にいて子供産んだからアーデンはご両親と別れなくちゃならなくなったんでしょ?そんなの酷い」
「優しいの……アーデンの母は魔法が使えたんじゃよ。じゃが、ある日1人の若者が山に来て崖から落ちた。その若者こそがアーデンの父じゃ。母はワシらに気付かれん様にしてその若者を看病しその内に2人は恋に落ちた。ワシらが気がついた時にはもう母はアーデンを身籠っておった。勿論その若者を郷に入れる事は出来ん。母はアーデンを産みアーデンの儀式が終わって精霊の加護が無ければ一緒に連れて郷を出ようとしたが……アーデンは桁違いな魔力を持ってしもうた。母は泣く泣くアーデンを置いて郷を降りることにしたんじゃ」
「魔法が使えるのに郷を出れたんですか?」
「いや、精霊との縁を切ったんじゃよ。」
「縁を……切る……」
「精霊と縁を切る為には耳も目も聴こえない、見えない、そして話す事も出来なくなる様になる事じゃ。それでもアーデンの母はそれを選び郷を降り迎えに来ていた父と去って行ったのじゃよ」
「そんな……アーデンを捨てたの?」
「絵里子、今なら俺にも分かる。子供と妻のどちらかを選べと言われたら俺も迷わず絵里子を選ぶ。子には、子の愛する人を見つけて幸せになって貰いたいとは思うが絵里子には俺だけ、俺には絵里子しか居ない。最初は恨んだ、どうして?と。でも今は幸せなんだそれで良い」
「アーデン……それじゃ駄目なのに……」
「それに、命に絶対は無いそれに短い。人はいつ死ぬか分からない俺は自分の心に嘘をついて生きてる時間は無いと気が付いたんだ」
「絵里子ちゃんや、アーデンをお前さんが幸せにしてあげればそれで良いんじゃ無いかの?アーデンもしかりじゃ。さて、時間も惜しい話をしても良いかの?」
「す、すみません。有難うございました」
「うむうむ、良いんじゃよ」
「さて、この森には泉が有ってな、デラロス山に有るプシュカの事は覚えておるか?」
「その事でこの国の入国試験で詰問された」
「そうかい、じゃろうな。」
「あの!その話は私が聞いても良いんですか?」
「ん?構わんよ。絵里子ちゃんはこやつの嫁なんじゃろ?」
「いえ、あの、その……」
「ん?何か不都合が有るのかな?」
「実は私達は夫婦(仮)なんです」
「ハァ〜?この馬鹿モンが、何をやっとんのじゃ」バチコン*
「仕方ないのぉ、それじゃわしが嫁に貰う」
「え?私は今度はジジ様の嫁になるんですか?しかも、仕方なく?」
「駄目だ!絶対に駄目だ!」
「そんなに泣きそうな顔する程嫌なら何故ちゃんと絵里子ちゃんに伝えない?」
「そ、それは……」
「ハァ……お主はいつもそうじゃ、肝心なところで弱腰になる。さっきの話は何だったんじゃ、絵里子ちゃんだけだ!とか抜かしておったでは無いか!そんなに大事だと思う女に出逢ったなら命がけで挑まんか!それとも命の方が絵里子ちゃんより大事か?」
「命などいくらでも絵里子の為ならくれてやる、だが……怖い、絵里子に嫌われるのが怖い、怖くてどうにかなりそうなんだ」
「全く良い歳に成ってもまだこれか、絵里子ちゃんや、こやつは醜かろう?郷でもこやつはいつも顔さえ合わせてもらえなんだ。不憫な子じゃった……そのせいでの、魔法は桁外れに強いのじゃが精神が付いていかん、そんなこやつが絵里子ちゃんの為なら命も要らんと言っとる」
「ジジ様、私はアーデンを醜いなんて一度も思った事有りません。それどころか私にはもったいない程素敵な人なんです。アーデンは私に嫌われるのが怖いと言うけれど、それは私も同じです。私もアーデンに捨てられるのが怖いです」
「アーデン、お前ちゃんと下の名を絵里子ちゃんに教えなさい…そして絆を結んでもらうんじゃ。そうすればお互いに怖いものが無くなるだろう?」
「だが、それは絵里子には酷だ!もし叔父に俺が名を呼んでもらえた事が分かったら………叔父はきっと」
「まだ何も話さぬうちに決めつけるのはいい加減やめんか!恐れていては守れんぞ」
アーデンは拳を握りしめ目を瞑りまるで絞り出すかのような声で語り出す
「………絵里子……聞いて欲しい。俺には下の名がある。その名は妻にのみ教えることが出来る…そしてその名を妻になった女が呼んでくれると魂が一つに結ばれる。魂が結ばれると言うことはどちらかが死んだ時相手も死ぬという事だ、だから……嫌なら呼ばなくていい」
「?でも、ジジ様は生きてる。ジジ様は独身?」
「いやいや、わしにも妻はおったよ。ただし名を呼んではくれなんだ…妻には他に好きだった男がおっての」
「え?でも結婚までして?」
「我が郷はの、好き合っての結婚なんて物は無いんじゃよ。血を残さねばならんからの精霊の声を聞いた者の中で郷長が決めるのじゃよ だが、もう郷の者はわしとアーデンしかおらん。わしも歳じゃいつ逝っても可笑しくは有るまい?もう血はアーデンで終わるかも知れんがせめてアーデンは好いた女と添い遂げて欲しいんじゃ、じゃからと言って、嫌なら無理に名を呼ばんでも良い」
「指輪での結びとは違うのですか?」
「指輪での結びとは魂を繋げる事での、名を呼び結ぶのは相手の魂と己の魂を魔法で縛ることなんじゃ。じゃからの、魂を縛って一つに成ると片方が死に魂が終わるともう片方の魂も死ぬんじゃよ。じゃからな無理にとは言わん」
「いいえ、アーデン名前を教えて。私に呼ばさせて」
「絵里子!良いのか?ちゃんと理解したのか?」
「私ね産まれた星にはもう家族は居ないの。大好きだったお祖母ちゃんも、もう居ない それに何よりも私、アーデンと離れたく無い。アーデンとちゃんと家族になりたい」
「絵里子………大切にすると約束する、守り抜くと約束する、だから俺の唯一の家族になってくれるか?」
「はい。勿論、わたしもアーデンを大切にする、守る」
「ジジ様!」
「良かったの」
「……リオン………アーデンハルト・リオン…だ……絵里子」
「アーデンハルト・リオン……素敵な名前」
「あぁ……絵里子……ありがとう」胸のあたりがほんわりと光ると暖かくなって幸せで満たされていく………
「さてと、では感動の所申し訳ないが本題に行こうかの?
その前に絵里子ちゃんや、こんなにも情け無い奴ですがアーデンを頼みますぞ」そう言ってジジ様はニコリと笑顔を見せ頭を下げてくれたそして
「アーデン、この森はお前に任せるぞ、ゼイグロアの彼奴の事が気になるが絵里子ちゃんを信じなさい。良いかアーデン………幸せにの」
「ジジ様、俺は…ジジ様にもっと」
「アーデン!お前はもう1人では無い強くなれ弱いのは絵里子ちゃんの前でだけだぞ。グフフ妻の尻に敷かれている方が夫は幸せなんじゃ!多分な」
「ジジ様……」
「わし、かっこえぇのぉ」
「「…………」」
「ゴホン!さて、先程の話じゃが良いかの?」
「はい」
「うむ、アーデンはこの森で絵里子ちゃんと暮らしたいのであろう?」
「出来ればそうしたい」
「うむ、じゃとしたら知って置いて貰わねばならぬ事が有るんじゃ、そしてそれはもうこの森以外では暮らせなくなると言う事を理解して欲しい。」
「この森と生きこの森を守れと?」
「そうじゃ、護らねばならんのじゃ」
護るべき土地に住む覚悟を決める、アーデンと共に