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オーゴレイの塔  作者: 鳥島うる
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お前を強くしてやる


「さぁ、着いたぞ」


 思いつめていた所にエメディスーラさんの衝撃的な発言を受けて頭が上手く働かなくなっていた僕は、立ち話も何だし場所を変えよう……という提案にあれよあれよと引っ張られ、気付けば一件の酒場の店前まで来ていた。

 これまで入ったことのある酒場は大通りに面していたりギルドに近かったりという好条件に恵まれていたけど、この店はどこをどう通ったのか一度では把握できないくらいに細く入り組んだ路地にポツンと佇んでいる。

 入り口の扉には、


『学者の巣籠もり亭』


 と店名と思しき文字が刻まれた板が釘で打ち付けられている。

 学者の……巣籠もり?

 どういう意図による命名なのだろうか。首を傾げる。

 僕の様子を見て、エメディスーラさんはくつくつと喉を鳴らして笑っていた。


「入るぞ」


「あっ、はい」


 慣れた様子で入店していくエメディスーラさんに続いて、おずおずと店内に足を踏み入れる。


「いらっしゃい。……って、なんだ、お前か」


 中には、学者……という肩書きに似つかわしくないような筋骨隆々な男性がいた。店内に一人だけなのを見るに、この人が店主だろうか。

 調理場に立って何か作業をしていたらしい男性は、エメディスーラさんの顔を見るや愛想を顔から消失させる。


「なんだ、は無いだろう。今日は客を連れてきたというのに」


「何?」


「えっと……ど、どうも」


 男性の三白眼が僕を捉えたので、会釈をする。


「ハッ、いつも一人のお前が男連れたぁ珍しい事もあるもんだ。まぁいい、テキトーに座りな」


 驚いた様子の男性に促されて、テーブルを挟んでエメディスーラさんと向かい合わせに椅子に座る。

 店の外から薄々とは分かっていたけど、他の酒場よりも店内は狭かった。中にあったのは調理場を除くと椅子が八つにテーブルが二つだけ。

 余計なお世話なのは重々承知だけれど、商売として成り立っているのか心配してしまう。


「何にする?」


「私はいつものを頼む。……ラージェはどうする?」


「と、とりあえず麦酒をお願いします」


 そもそも初めて来店したばかりだ。何があるのか分からないが故に無難な選択に落ち着く。

 あいよ、と返事をして調理場で酒を準備し始めた男性。彼に聞こえないよう、こっそりとエメディスーラさんに話しかける。


「エメディスーラさんは、よくここに来るんですか?」


「ん? 塔に行ってない時は毎日だな。所謂行きつけ、というヤツだ」


「そうなんですか。……えっと、店名にある学者ってあの男性の事……なんですか?」


 気になっていた事を質問すると、エメディスーラさんは小さく吹き出した。


「あの筋肉ダルマが学者なら、オーゴレイにいる冒険者の大半も学者になるな」


「だーれが筋肉ダルマだって? っと、待たせたな」


 男性が両手にジョッキを持ってやって来た。


「ありがとうごさいます」


 麦酒がなみなみと入ったジョッキを、溢さないようにゆっくり受け取る。

 エメディスーラさんはというと、赤黒い液体が溢れんばかりに注がれたジョッキを手慣れた様子で掴むとすぐさま口を付けて飲み始めていた。あれは何だろう。


「ありゃ葡萄酒だ」


 物珍しげに眺めていたのが丸分かりだったらしく、男性が教えてくれた。

 葡萄酒。

 主に貴族等の上流階級が好んでいるらしい、高価な酒。

 その存在は知っていたけど、取り扱っている店、そして実物を見たのは初めてだ。


「兄ちゃん、名前は?」


「ラージェです」


「ラージェな。俺はこの店の店主をやってるワシブカってんだ。ま、よろしくな」


 にっ、と白い歯を見せて笑顔を向けてくるワシブカさん。

 その身の筋肉やエメディスーラさんとのやり取りで少しばかり粗野なイメージを抱いていたけれど、どうやらそうじゃないらしい。


「は、はい」


「ちなみに、お前が気になってた店名の学者っつーのは俺の嫁さんの事だ」


「聞こえてたんですか?」


 驚いて目を剥く。

 聞こえないように意識してた筈。


「この狭さじゃあ内緒話は出来ねえよ。それに、これでも昔は冒険者だったからな。その頃の癖でどんなに小せえ音や声にも注意を払っちまうんだ」


 当人はこれでも、なんて言ってるけど。

 どう考えても酒場の店主より冒険者の方がしっくりくる。現役だって言われたら信じてしまう。

 そんな圧を放っている筋肉をしげしげと見ている内に、


「嫁さんと出会ったのも冒険者時代でな。初めて彼女を見た時ゃ天使かなんかだと思ったんだ。あ、今も顔合わす度に思ってんだが。つまりそれくれぇ美人でな、俺はガラにもなく顔を真っ赤にしちまった。そんな俺を心配するように顔を覗き込んできた時の彼女の可愛さたるや──」


「え、あ、その」


 ワシブカさんは目を瞑り、自身の馴れ初めを熱く語り始めてしまった。

 凄まじいまでの勢いに口を挟めずあたふたしていると、


「すまんな。鬱陶しい事この上無いがワシブカは時折こうなるんだ」


 申し訳なさそうにエメディスーラさんが謝ってきた。

 僕とワシブカさんが話している間に葡萄酒を飲み干したらしく、手元のジョッキは空になっている。


「こう煩くては話が出来んな。……少し待て」


 そう言った瞬間、エメディスーラさんの手がぶれて見えた。

 転瞬、パシッという乾いた音が響く。


「ったく、危ねえだろが!」


 ワシブカさんを見ると、彼の手にはいつの間にか空のジョッキがあって。


「何度も何度も繰り返し言っているが、お前の惚気に興味はない」


 そう吐き捨てたエメディスーラさんの手元からは、直前まで存在していた筈のジョッキが消えていた。

 ここに至って漸く、エメディスーラさんが空のジョッキを投げ、ワシブカさんはそれを受け止めた、というのが理解できた。

 ……まったく見えなかった。

 今更ながら、エメディスーラさんの凄さを思い知る。そして、元冒険者だというワシブカさんの凄さも。


「大人しく調理場に戻って、そうだな……カーウラ牛のステーキを二人分作ってきてくれ」


「へいへい。んじゃ、ごゆっくり」


 調理場に戻っていくワシブカさんの背中を見送りながら、改めて自分の弱さを噛み締める。


「さて、ラージェ。チームについての話だが」


 仕切り直したエメディスーラさん。

 手付かずのままだった麦酒で口を湿らせてから、僕は疑問をぶつけた。


「……なんで、僕を誘ってくれたんですか? あなたなら引く手あまたでしょう」


 銀色の傭兵。

 特定のチームに在籍せず、色々な依頼に応じ報酬と引き換えに様々なチームに短期間のみ加入する凄腕の冒険者。

 オーゴレイで有名な彼女は、しかし、自らチームを組みたいと申し出た事は無いらしいと伝え聞いている。

 そんな彼女が、何故。


「……お前には、借りがあるからな」


 ぽつりと放たれた言葉に憶えは無くて。

 それを察していたらしいエメディスーラさんはフッと笑う。


「やはり憶えてない、か。まぁいい、とにかくそれを返したくてな。お前が新たにチームを探していると噂に聞いて、ならば、とこうして提案しているんだ」


「それは、長期的にチームを組んでいただける……という事ですか?」


「お前が嫌だと言わない限りはな」


 腕利きの冒険者と名高いエメディスーラさんと、長くチームを組める。

 それは、加入するチームを求めていた自分にとって大変に魅力的な提案だ。

 ……でも。


「有難いお話ですけど、僕には払えるお金が無くて……」


 銀色の傭兵を雇う為の依頼料はかなりの金額だという話だ。

 三十階を突破したチームに所属していたとはいえ、僕の取り分も蓄えも大した額じゃない。一日二日ならともかく、長期ともなると到底支払えないだろう。


「阿呆」


「え?」


「話をちゃんと聞け。借りを返したくて話を持ち掛けているのに金を取る訳がないだろう。そこまで私はがめつくないぞ」


 ジトッとした目を向けられる。


「ご、ごめんなさい」


 慌てて謝罪しつつも、やはり釈然としない。

 勘違いをしてしまったのは僕が悪いのだけれど、しかし、あの銀色の傭兵が長期間、それも金銭的な見返り無しでチームを組んでくれるなんて夢みたいな話だ。

 しかも、その理由は身に覚えの無い借りとやらを僕に返す為だという。すんなり飲み込めという方が無理だろう。

 やはり、貸借の中身が知りたい。


「その借りが何なのか、教えていただけませんか?」


「それは……勘弁してくれないか。自身の過去を自分の口から語るというのは、どうにも気恥ずかしくてな」


 その言葉はどうやら本当らしく、薄く笑っているエメディスーラさんの頬は僅かに紅潮している。

 朱が差した端麗な顔がとても綺麗で、僕の心臓が跳ねた。そんな動揺を誤魔化すべく麦酒を口一杯に流し込む。

 ともあれ内容を教えてはくれないみたいだ。

 どうしようとまごまごしていると、照れを消すように咳払いをしてからエメディスーラさんが真摯な面持ちで口を開いた。


「お前が疑うのは当然だ。だが絶対に悪いようにはしない。……さっき、強くなりたいと言っていただろう?」


「っ、聞いてたんですか」


 聞かれて困る事でもない内容なのに、少しばつが悪く感じて目をそらす。


「すまない、盗み聞きをするつもりは無かった。だがワシブカが言っていたように私も癖になっていてな」


「お二人共、凄いですね……」


 もごもごと賛辞を口にしつつ、我ながら卑屈だなと内心で呟く。

 エメディスーラさんとワシブカさん。二人の、冒険者としての地力の一端が垣間見えた事で、少しの間行方不明になっていた弱気の虫が帰ってきていた。


「私なら、お前を鍛えてやれる」


 僕の心に巣くった虫を一刀の下に両断するような、凛とした声。

 思わず呆気に取られる。


「え」


「だから、私とチームを組まないか?」


 柔らかい声音でそう言って、すっと手を差し出してきたエメディスーラさん。

 目を閉じ、考える。

 ──この手を取れば、強くなれる。

 答えは一瞬で出た。

 ジョッキに残っている麦酒を、全部一息に飲み込む。

 当て所無く彷徨っていた僕に声をかけて、こうして手を差し伸べてくれたこの人を信じたい。

 差し出された手を、しっかりと握る。

 エメディスーラさんの手はごつごつとしていて、彼女の努力と研鑽を物語っている気がした。


「組ませてくださいっ。僕を鍛えてください……! 強くなりたいんです!」


「ああ。私が、お前を強くしてやる」


 力強く握り返してくれたエメディスーラさんは、そう言うと優しく微笑んだ。


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