銀色の傭兵
「誰がテメェみてぇな寄生虫とチームを組むかっての!」
瞬間、顔に麦酒を浴びせられる。
「ぎゃははははは!」
「良い格好になったじゃねえか、お荷物野郎が」
酒場内に沢山の笑い声が響く中、ぽたぽたと髪から滴る麦酒を拭う事も出来ずに下を向く。
寄生虫に、お荷物野郎。
呼ばれた蔑称が頭の中をぐるぐると回る。
マイさんはああ言ってくれていたけれど、同業である冒険者達からはこんな風に思われていたなんて……。
「今まではハーリッドの野郎が睨みを効かせてたからデカイ声じゃ言えなかったがよ、へへへ……ようやっとチームを追放されたっつーことで声を大にして罵倒できるってもんだ」
酒を浴びせてきた冒険者の男が、ニヤニヤと口の端を歪める。
ハーリッドの名前を聞いて、胸がつきりと痛んだ。
塔内だけじゃなく、こんな所でも親友に守られていたのか。自嘲の念が胸中で渦を巻く。
「ギルドや街の奴等にどんだけ媚売ってんのか知らねぇけどな、俺達冒険者にとっちゃテメェなんぞ只のカスなんだよ」
「チームメンバーにおんぶにだっこ。チームは三十階を超えても本人の実力じゃ十階到達も無理だってもっぱらの噂だぜ」
「とんでもねえ役立たずだっつって、ゼレオ達がいつもぼやいてたな」
大勢の冒険者達から口々に浴びせられる言葉に、反論する気力はみるみる失われていく。
マイさんの言にあった通り、冒険者は実力を最重要視する。
だから、実力の無い僕はあまり歓迎されないかもしれないとは思っていた。けれどまさか、ここまで公然と罵られるとは露程も思わなかった。
それにゼレオ達が僕に良い感情を抱いてないのは分かっていたけど、僕がいないところでもそんな風に言ってたなんて。
「っ……迷惑はかけません。強くなります、役に立ちますっ! ですから、どうかチームを組んでいただけないでしょうか?」
歯を食い縛って、再度頼み込む。が、
「しつけえな……! 鬱陶しいんだよ、俺等にすり寄ってくんなや!」
舌打ち混じりに一蹴されてしまう。
次いで不意に肩を突き飛ばされて、僕はみっともなく尻餅をついてしまった。
「ま、せいぜい頑張って新しい寄生先を見つけるんだな」
「お前が寄生虫野郎だって事も、役立たずだからハーリッド達からチームを追放されたって事も既にオーゴレイ中の冒険者が知ってるんだ。お前を仲間に加えようなんて奇特な奴はいやしねぇだろうがな」
「しっかし、せっかくハーリッド達のチームに欠員が出たんだ。コイツと違ってあいつ等はホンモノだし、いっちょ俺もあいつ等のチームに応募してみるかぁ」
「ははは、やめとけやめとけ。いくら最近まで寄生虫を入れてたとはいえ、A級昇格を果たした上昇志向のチームだぜ? 万年二十四階止まりのロートルなんざお呼びじゃねえっての」
「ロートルじゃねえ、ベテランと呼びやがれ! こんな荷物入れてたんだ、誰が入っても戦力増だろが」
「違いない。……何にせよ大々的にメンバー選考会なんてのを開くからには、相当数の応募があるんだろうな」
「ここは一つ、誰が選ばれるか賭けでもするか?」
話題がハーリッド達のチームに移ってしまい、場が盛り上がり始める。もう僕の話を聞いてはくれないようだ。
近くで肉にかぶりついていた男が僕を見て、まだいたのかという風に目を細め、
「分かったらさっさと出ていけや。お荷物野郎のツラなんぞ見てたらメシが不味くなんだよ」
しっしっ、と追い払うような仕草をした。
「……わかり、ました」
立ち上がり、ふらふらと酒場から外へ出る。
後ろ手に閉めた扉の向こうから、冒険者達の盛大な笑い声が耳に届いた。悔しくて、取っ手を握っている拳に思わず力が入る。
だけど、それもほんの僅かな瞬間だけ。すぐに力んだ手を緩める。
「……はぁ」
オーゴレイの塔踏破を新たに決意した僕は、新たに加入するチームを探していた。
クビになってすぐ次のチームを探すのは気が進まなかったけど、こればかりはしょうがない。狂暴な魔物やボスが跋扈しているオーゴレイの塔を単身で攻略しようなんて誰も考えない。それは単なる自殺志望だ。
だからギルドに新メンバー募集中と貼り紙をしていたチームに会いに来たんだけど、結果はこの有り様だ。
初回がこれでは、先が思いやられて気が重くなるばかりだ。
悪い想像を払うようにぶんぶんと頭を振って、無理矢理にでも切り換える。
「大丈夫……明日は、きっと……!」
それから、三日経った。
「は、はは……全滅……」
夕暮れの中、路地を彷徨しながら力無く笑う。
現在新メンバーを募集している全てのチームからすげなく断られた。完全に、手詰まりだった。
初日の冒険者が語った通り僕の事は冒険者なら誰もが耳にしているらしく、ベテランからルーキーまで、僕が声をかけた冒険者達は皆一様に難色を示した。
もう、どうしようもない。
諦めが脳内を支配していく。目的地の無い足は疲れ果てて、今すぐにでもその場に座り込んでしまいそうになる。
──こうなったら、一人でも挑んでしまおうか。
やぶれかぶれな考えが脳裏に走る。
チームで挑むのが基本ではあるが、単身で挑む事がギルドで明確に禁止されている訳じゃない。高確率で死ぬから誰もしないだけだ。運が良ければ死にはしないだろう。一か八か…………と、そこまで思考がずぶずぶと沈んだところでハーリッドの声が甦り、我に帰った。
『お前を連れていくのは危険』
『お前に死んでほしくない』
自嘲の笑いが漏れる。
ああまで言われる程度の実力でしかないなのに、一か八かだなんて。
嗚呼、
「強く、なりたい……!」
「やっと見つけたぞ」
背後から声が掛かった。
振り返る。
立っていたのは、夕日を受けて目映く輝いている銀髪が特徴的な女性。
「……え?」
思わず息を呑むくらい綺麗な銀の長髪と顔を見て、目の前にいるのが誰なのかを理解する。
その女性は、冒険者の中に知らない者はいない程の有名人で。
だから尚更、何故彼女がここにいるのか、僕に声を掛けているのかが分からない。
「ラージェ……だったか」
「は、はい」
目を丸くしている僕を大して気にした風もなく、
「単刀直入に言う。私とチームを組まないか?」
『銀色の傭兵』
そんな異名を持つA級冒険者の女性、エメディスーラさんはそう言った。