それでも僕は夢を見る
「え、ラージェさんがハーリッドさんのチームから脱退されるんですか?」
「……はい」
明くる朝。
まだ人通りが少ない街路を足取り重く歩いて、大通りに面しているギルドへ来た。用件は勿論、チームの脱退手続きだ。
早朝ということもあり、ギルド内はがらんとしていた。その中で何人かのギルド職員が掃除に精を出しており、頭が下がる。
「いいんですか? 何年も一緒に頑張ってらしたのに……」
戸惑うマイさんに、ゆっくり首肯してみせる。
ギルドで受付嬢を務めているマイさんは僕やハーリッドより少し年上の女性で、僕達が冒険者登録した時から僕達の事を知ってくれている。
「……分かりました。チーム登録用紙の登録者名からラージェさんの名前を消させていただきます」
「お願いします」
「少々お待ちください」
これで、ハーリッドと共に見た夢は終わり、か……。
背後にある大きな棚へと書類を取りに向かったマイさんの背中を眺めながら、胸中で呟いた。
「冒険者としての登録、は……続けてよろしいですか?」
書類を手に受付へ戻ってきたマイさんが、手を動かしながら尋ねてきた。
その問いに、
「ええと、まぁ……はい」
歯切れ悪く答える。
これからどうするのか、何一つとして決まっていない。いっそ冒険者を辞めてしまうという択が頭を過らなかったわけではないけれど、それを選んでしまうと本当に僕は何者でもなくなってしまう。
結局、冒険者として過ごした六年間を、幼少の時分に抱いた夢を無為にすることなんて出来ずにしがみついてしまった。
「それを聞いて安心しました」
「え?」
柔らかく微笑むマイさん。
対する此方は、何故彼女が安心したのか理由が分からず首を捻る。
「ラージェさんって物腰が柔らかいですし、ちゃんとコミュニケーションもとってくれますし、いつもひたむきに頑張ってらしたので街での評判が良いんですよ。私を含め、元気をもらってた人間も多いと思います」
初耳だった。
確かに、チームの役に立とうと情報収集や物資調達をする際に色々な人と話してはいた。しかし、まさか。
信じきれない反面、その手の言葉に慣れていない顔面がすぐさま熱を帯びたのを感じた。
「いや、あの、そんな……褒められるような事じゃないです。普通ですよ」
マイさんから目を反らし、しどろもどろに否定する。
「それが、普通じゃないんです。悪く言うつもりはないですけど、大半の冒険者の方々って実力主義的というか、我が強いというか……。なので、街の人とのトラブルも絶えないんです」
よほど気苦労が多いのか、大きな嘆息。
言われてチームの……いや、かつてのチームの面々を思い起こす。なるほど確かに、皆一様に強さを重用視していた。故に僕がクビになったわけだが。
マイさんとの会話で上に向き始めたテンションが再び下を向きかけて、頭を振って思考を切り換える。
「そう言われると、心当たりが幾つか……」
そういや、ゼレオはよく町人や他の冒険者と喧嘩してたな……。ソクセナさんとミナもちょくちょく他人と口論してたし。物静かなハーリッドが問題を起こした記憶はないけど。
「だから、そういう所の無いラージェさんは私たちにとって癒しなんです。……今更ですけど、本人に面と向かって伝えるのは気恥ずかしいですね」
そう言ってはにかんだマイさんの頬は少し朱に染まっていて。
「あはは……」
女性からそんな顔を向けられ慣れてない僕は、照れ笑いを浮かべるばかりだった。
「ふふっ。……では、お手続きは完了しました。またチームを組まれた時はお申し出ください」
頷く。
広大な階層を進んで沢山の魔物や強力なボスと相対する冒険者は、複数人でチームを組むのが基本だ。とは言っても、ある条件に阻まれて一つのチームは最大で五人までという限度があるので、多人数による物量作戦は不可能なのだが。
「朝早くからすいませんでした」
「いえいえ、ご利用ありがとうございました。頑張ってください」
マイさんの笑顔に見送られながらギルドを後にした。
朝の冷たい空気を肺一杯に吸い込む。マイさんとの会話で、落ちていていた気分が幾らか持ち直した。
チームからは不要の烙印を押されてしまい、逡巡しながらもある種の惰性で現状の維持を決めた。けど、僕が冒険者を続ける事に安心してくれる、応援してくれる人がいたのだ。それだけで、頑張ろうと思えてくる。
気分が上向き始めると、自然と目線も上を向く。視界が、街の北側に位置する天を突く程に巨大な建築物を捉えた。
『オーゴレイの塔』
誰が何の目的で建てたのか定かではないが、塔の入り口に彫られた古代文字を解読した結果、この名が記してあったという。
その中には幾つもの階層があり、また一つの階層がとても広大だった。
そんな塔内部には、未知の鉱物や動植物が豊富に存在していた。稀少で有用、しかもいくら採取しても尽きることのない各種素材を求めて冒険者がこの地に殺到するようになり、その冒険者達を相手に商売をする人間や塔を調査する為の国の人間達が集まった事で出来たのがこの街。塔から名を貰い、塔下街オーゴレイと呼ばれるようになった。
塔が発見されてからの約二百年間、その最上階に至った冒険者は未だに存在しないとされている。今現在一番攻略を進めているチームでも、確か四十一階だった筈。
……あの頂には、一体何があるのか。
一緒にそれを見るのが、昨日までの僕とハーリッドの夢だった。でも、これからは僕一人で見る夢だ。
「……よし」
拳を握る。
今の僕に力は無い。それは事実。
だから、これまで以上に精一杯努力をしよう。
強くなる努力を。役に立つ努力を。足手まといにならない努力を。
そして絶対、最上階に何があるのかをこの目で確かめてやるんだ。