途切れた絆
「ラージェ、今日でお前クビな」
遂に塔の第三十階を突破した事を祝っての酒宴の最中、チームメンバーの槍使いであるゼレオが、まるで世間話でもしているような気楽さで言い放った。
あまりに突然の事で、何を言われたのか理解出来ない。
「えっ、と…………どういう……?」
戸惑いを隠せない僕を尻目に、彼は麦酒がなみなみ注がれたジョッキを豪快に煽り、喉を鳴らしている。
再度声をかけようと震える口を開きかけた時、
「察しが悪いですね。このチームにあなたは必要ないと、ゼレオは言ったんですよ」
ゼレオの隣に座っている魔法使い、ソクセナさんが代わりに答えた。眼鏡の奥にある鋭い眼光がまっすぐに僕を貫いている。
「必要、ない?」
呆然としながら、言われた言葉を咀嚼する。
言葉の意味は分かる。だけれど、それを飲み込むことを脳がひたすらに拒否していた。
「なぁに、その反応? ラージェったら、もしかして自分が私たちに必要とされてる……なぁんておめでたい勘違いでもしていたのかしら?」
「それ、は……」
此方を見ることなく小ぶりな酒杯の縁を指でなぞっている治癒術士のミナが、僕の心の急所を抉ってきた。
ぱくぱくと必死に口を動かそうとするけど、何も声にはならなくて。
「……」
「何とか言いなさいよ。ねぇ、ラージェ?」
店内で飲み食いしている他の冒険者達の喧騒がとても遠くの出来事のように思えるくらいに、僕を取り囲む空気は冷え込んでいた。
皆に必要とされるような長所なんて、僕には無い。頭では理解はしていた。
しかし、
「で……でもっ、僕なりに必死に皆の役に立とうと努力してっ!」
僕の心は、それを認めなかった。
皆に比べて力が足りないのは痛いくらい実感していた。だから、他の事を精一杯頑張ってきた。
「素材採取とか、情報収集とか、必要な道具の調達とかっ、必要なずっとずっと……足手まといにならないようにしてきたんだ!」
視界が歪む。涙が零れそうになって、手の甲で拭った。
「うっわぁ……泣かないでよ」
「その程度の仕事でチームに貢献しているなどとは……烏滸がましい」
僕の訴えに、ミナとソクセナさんは煩わしげに目を細める。
「つーかテメェ、足手まといにならないように……とかほざいたが、まさかハーリッドの足引っ張ってんの気付いてねえのか?」
空になったジョッキをドン、と勢いよく置いたゼレオが舌打ち交じりに此方を睨み付けてきた。
「……え?」
何の事か分からない僕に、ゼレオは鼻を鳴らした。
「マジで気付いてなかったのかよ、あり得ねぇな。ダンジョンに潜ってる間、ずっとテメェが危ない目にあわねぇように然り気無く守ってくれてたんだぜ、ハーリッドはよ」
「そ、そんなの嘘だっ!」
「そう思うんなら、隣にいる本人に聞いてみたらどうだ?」
顎をしゃくったゼレオに促されるまま、ここまで無言だった幼馴染みにすがるような思いで目を向ける。ハーリッドなら僕をクビになんてしない筈だ。
だって僕とハーリッドは、一緒に冒険者を夢見て、最初は二人で冒険を始めて、ずっと一緒だったのだから。
そんな僕の期待は、沈痛な面持ちで目を伏せるハーリッドを見て、急速に萎れてしまう。
「すまない、ラージェ」
「なに謝ってるんだよ、ハーリッド……」
「ゼレオが言ったのは事実だ。俺はダンジョンでの戦闘中、常にお前を守るように動いていた」
「そ、んな……」
そんなこと、全然知らなかった。
足手まといにならないようにしてきたという、たった一本の柱が折れていく。
「結果として俺が攻撃に参加できる頻度が減り、チーム全体の火力低下に繋がっていた。俺の我が儘に付き合わせてしまったチームの皆……特に前衛のゼレオには申し訳なく思っている」
「なんで、僕を」
守っていたのか。
弱々しい声で疑問を投げると、ハーリッドは此方をまっすぐに見据えてきた。
「お前を守るのが、幼い頃からの俺の役割だからな」
幼い頃から。
それはつまり、冒険者になった時よりも昔から、僕は知らず知らずハーリッドに守られていたというのか。
「だが、これからはそうはいかない。俺達は遂に三十階を攻略し、ギルドからA級の認定を受けた。これより先の階層は、今までとは比べ物にならないくらい魔物が手強くなる。……今までのようにお前を守りつつ戦うことも出来なくなるだろう。だから」
「もっと努力する……もっと皆の役に立つ! もっともっと強くなる!」
「口を開けば努力努力……これだから凡人は嫌なのよねぇ」
腰まで伸びたピンクの髪をくるくると指で弄りながら大きなため息をつかれ、僕の懇願は吹き飛ばされる。
幼少の頃から意識せずとも治癒魔法を使えて、周囲から神童だと呼ばれていたらしいミナからすれば、確かに僕は凡愚も凡愚だろう。
「役に立つと言ってあなたがしてきた事や出来得る事なんて、我々ならば容易くこなせます」
一笑に付したソクセナさんは、悠々と眼鏡を押し上げている。
魔法学園を首席で卒業したらしい彼なら、僕のしてきた仕事なんて容易に済ませてしまうのだろう。
「何様だテメェ。クソほど弱っちいお前が強くなるまで俺等に我慢しろってか?」
ゼレオが握っているジョッキの持ち手からは、ミシミシと音が聞こえる。怒気を孕んだ彼の視線に射抜かれた体が総毛立つ。
北方にある大きな街で開催されている闘技大会で三連覇したらしい彼の強さには、どれほど努力を重ねても僕は辿り着けはしないのだろう。
「やめろ、皆。……わかってくれ、ラージェ。お前を連れていくのは危険なんだ。俺はお前に死んでほしくない」
僕の肩を掴んだハーリッドの目はどこまでも真剣で。本当に僕の命を心配しているのが伝わってきて。自分がチームにとってどれほどお荷物なのか、理解してしまった。
気付けば先程まで五月蝿いくらいに騒がしかった店内は水を打ったように静まり返っていた。僕達の話に耳をそばだてているらしい。
「う、あ……」
最早、食い下がる気力は無かった。
ゆっくりと立ち上がる。
「ラージェ……」
「……わかったよ」
それだけ言うのがやっとだった。
うまく力の入らない足を引き摺り、ふらふらと出口に向かう。どこから話を聞いていたのか、店内にいる誰も彼もが僕に視線を向けているのが嫌でも分かった。
「おい」
扉を開けようとしたところで、ゼレオから声がかかった。
顔を向けたくなくて、背を向けたまま応える。
「……なに」
「ギルドでのチームの脱退手続き、明日の朝イチでテメェがやっとけよ。俺等はチームの新メンバーを選ぶんで忙しくなるからな」
それを伝えるや彼は大声で酒のおかわりを注文し、その声を切っ掛けに店内はざわざわと騒がしさを取り戻していった。
未だ背中に幾つもの視線を感じながら、僕はのろのろと酒場を後にした。