双子姫と若獅子
夏休み真っ盛り。箱根での騒動を鎮めた僕は、今年も軽井沢へ避暑に向かう。あの総美姉さんが彼氏を連れて来て一悶着あったのだが、
「さて報告を聞こうかな」
と春真兄さんに迫られた。
「それでこっちに呼んだんですか?」
今までは神林邸の方に居たのだけれど、御堂邸の方も人があらかた引き揚げたのでこちらに来ないかと誘われたのだ。逆に神林邸の方は矩総兄さんが遅い夏休みでやって来ていたので居心地が悪くなっていたのだ。
僕が箱根での顛末を一通り語り終えると、
「それで、箱根姫と言うのは美人だったのかい?」
と訊いて来た。
「結局本物とは直接会わず仕舞いだったんですよね」
「あら、太一君の話を聞く限り、その唯衣ちゃんが本物と解して良いのではなぁい?」
と美紗緒姉さんが話に割り込んで来る。
「それ以前に、双子だと言うなら顔立ちは似ているんじゃないのか?」
「かつては似ていたとは言うんですが、姫佳嬢の方は引きこもり生活で太ったと言うので」
「太一君は太めの方がお好みなのでしょう?」
「あくまでも体型の話ですよ。顔立ちは関係ないとは言いませんけど」
「太一は、体型以外でも父とは好みが違うよなあ」
父の好みは自立した女性だが、僕はもう少し頼られたい。
「うちの母は比較的落差が小さいけど、希代乃さんとか矩華さんは特に外と内の落差が大きいから」
「そうなんですか?」
僕が来た頃には継承が済んでいて、父のハーレムがどんな様子だったのか体感していない。
「僕はまんまと乗せられたんじゃないかと思っているんですけど」
「頼りにされたら、その期待以上の結果を出すのがうちの父だ。お前も既にその域に達していると思うぞ」
「そうでしょうか?」
「だって現状の力関係を考えたら、良くても対等合併。普通ならお前を加えて五天王に成るのが精々の筈が、お前は四人を叩き伏せて丸ごと飲み込んでしまったんだろう。それが本来の形と言えばそれまでだが、この二十年の既成事実を一日で巻き戻してしまったんだから大したものだよ」
「兄さんだってやろうと思えば出来たんじゃないですか?」
「僕の時代にはモチベーションが無かったからなあ」
「モチベーションってつまりはお姫様の事?」
と美紗緒さん。
「君と知り合う前の話だからね」
と宥めつつ、
「まあ要するに姫は俺では無く太一と縁で結ばれていたんだろう」
と纏めた。
「まだ何も結ばれていませんけどね」
翌日、神林邸からホットラインで呼び出しが掛かった。
「君のお姫さまがやって来たよ」
と希総兄さん。
直通回線で送られてきた映像には、
「風間唯衣嬢ですね」
「その隣でフードを被っている娘が大久保姫佳さんだよ。この角度だと口元しか見えないけれど、うちで入手した三年前の写真と比較して本人だと確認できたよ」
この後迎えの車に乗って大久保家の別荘に入った所まで追跡済みらしい。
「何しに来たんでしょうね」
「それは本人に訊いてみないと」
希総兄さんは自ら車を出して大久保邸へ送ってくれると言う。
「俺も先代として最後まで見届けないとなあ」
などと言いながら春真兄さんまで一緒に乗り込んできた。兄二人に見送られて大久保邸を直撃する。
「滝川太一と言います。大久保姫佳さんが御滞在だと思うのですが」
「あら滝川様。どうして?」
応対に出てきたのは唯衣嬢の方だった。
「うちの兄が駅前で見掛けたそうです」
流石に監視カメラでとは言えない。
「どのお兄様かしら?」
唯衣嬢は僕の後ろの車に視線を向ける。
「神林の」
と言ったら、
「それでは隠しても無駄ですね。実は姉を宥め賺してここまで引っ張り出して来たんですけど」
僕の自宅に連絡を取って、僕が軽井沢に居る事を知ったらしい。
「じゃあ、僕に会いに?」
焦れたのか、
「宜しければ我が家へいらっしゃいませんか」
と車から降りてきた春真兄さん。
「こちらは御堂の兄です」
と紹介する。
「あ、先代の。その節はうちの人間が御迷惑をおかけしまして」
「そんな事より、お前行って連れて来いよ」
と無茶を言う兄さん。
「部屋は二階の奥です」
兄さんの勢いに圧されて僕に道を示してくれる唯衣嬢。僕は二人に促されて姫様の部屋のドアを叩く。
「唯衣ちゃん?」
「こんにちは、滝川太一です」
一瞬の沈黙があって、
「どうして?」
と言いながらドアを細めに開けてこちらを伺う。
「ホームパーティへのお誘いに来ました。おいで頂けませんか?」
姫佳嬢はドアを少しだけ開けて顔を見せた。
「ようやく直にお顔を拝見できましたね」
僕は素早く足を間に挟んでドアを閉められないようにする。もっと丸顔かと思ったが、顔だけ見れば唯衣嬢と見紛うほどだ。無理やりにでも引っ張り出そうと手を伸ばしたが、
「着替えるので少しだけ待って下さい」
と言ったので一旦ドアを閉める。
「お待たせしました」
五分ほどでドアが開いて姫佳嬢が出てくる。身に纏っているのは明らかにサイズの合わない男物のシャツとオーバーオールである。袖が長すぎて手が隠れているのが可愛い。僕は袖を折って手首が出る様に調整した。
「では参りましょうか」
と言いながら両手で抱き上げる。
「あの。重くないですか?」
「問題ないですよ。あと五キロは行けますね」
と言って赤子をあやす様に揺らすと、僕の首に両手を廻して抱き付いて来る。
階段を降りると下で待っていた唯衣嬢と春真兄さんに先導されて車に乗り込む。
「本当に連れて来たんだ」
と苦笑している希総兄さん。
そのまま御堂邸まで車を走らせて、
「僕は一旦戻って掟さんを」
「必要ないみたいだよ」
御堂家の入り口で手を振っている掟さん。
「美紗緒さんから連絡を貰ったのよ」
春真兄さんが出掛けに指示を出しておいたらしい。
「今日の趣旨はなんですか?」
「ちょっと早いけど、真梨世の誕生会と言う事で」
と春真兄さん。
指名を受けた本人は苦笑いだ。
「私は誕生日当日に祝われた事が無いのよねえ」
矩総兄さんも同じく八月生まれだったので二人纏めて誕生会が開かれていたらしい。
「だったら向こうの兄さんも」
「呼ぶのは野暮よねえ」
兄さんは例によって複数の女性を侍らせている。部外者の大久保姉妹と合わせるのは拙いと言う判断なのだ。
正面のお誕生日席に真梨世姉さん。右手に春真兄さん夫妻、左手に希総兄さんと掟さん。対面に僕を中心に姫佳嬢と唯衣嬢が座る。
「こう言うパーティは久しぶりねえ」
と真梨世姉さん。
「昔は兄弟姉妹みんなが同じマンションの同じフロアに住んでいたから、ほぼ毎月のように誰かの誕生会があったけど、今は別々に住んでいるからな」
と春真兄さん。
「瀬尾総理のお子さんは、十一人いると伺っていますけど」
と喰いついて来る唯衣嬢。
「一人の腹からだと多いけど、複数の相手が居る事を考えればむしろ少ない様な」
「二人産んだのはファーストレディ以外では俺の母だけ」
「僕はその中でも特殊なケースです」
と説明する。
「僕の父は子供を作る能力が無かったので精子を提供してもらったと聞いています。僕がこんな顔に生まれ付かなければ内緒にしていたのにと、母は笑っていましたけど」
「詳細は省きますけど、御堂家のお家事情が絡むんですよ」
と春真兄さん。
「だから俺は御堂の後継ぎとして本人よりも先に事実を知らされていた。顔を見れば父の胤である事は一目瞭然ですからねえ」
「僕は神林の後継ぎだから、警戒されて後回し」
と希総兄さんは苦笑する。
「直ぐに打ち解けたんですか?」
「僕らにとっては十人が十一人に成るだけだからたいした問題じゃ無かったけど、一人っ子で育った太一の方は大きな衝撃を受けたんじゃないかな」
「兄弟が増える事よりも父親が増える方が衝撃としては大きかったですよ」
「違うではなく増えるなのね」
と興味を示す掟さん。
「その辺の距離感は父も理解しれくれました。あの人も大人になるまで実父を知らずに育ったから」
「私も風間の両親と血が繋がっていないと知った時にはショックでした。姉妹が居る事を知った事はむしろ嬉しかったですけど」
と共感を示す唯衣嬢。
「だから実際に会いたくなって同じ中学に入ったんですけれど」
その事で姫佳が引きこもりになってしまったと責任を感じていたのだろう。
「私はかなり前から双子の妹の存在は知っていたんです。母が離れて暮らすもう一人の娘の写真をこっそりと隠し持っていましたから」
と姫佳嬢。
「それは初耳だわ」
「私は恨まれているモノと思っていたから」
「お互いに必要の無い罪悪感を覚えていたのね」
としんみりと漏らす美紗緒姉さん。
座り位置の関係なのか、姫佳嬢は御堂夫妻と、唯衣嬢は希総掟コンビとの会話が多くなっていった。唯衣嬢はバレーボールをやっているらしく、その面で希総兄さんに意見を求めていた。初めは人見知りしていた姫佳嬢も、境遇の似ている美紗緒姉さんとはかなり打ち解けている様子だった。
「私もう少し痩せた方が良いでしょうか」
と訊かれて、
「健康に実害が出ていないなら無理に痩せる必要は無いわ。ただ健康維持のためには日光を浴びて適度な運動は必要だと思うわ」
と答えている。
「美容目的のダイエットは御堂では推奨していないよ」
と話に乗ってくる春真兄さん。
「不健康に痩せるよりは健康的に太る方が良い」
「誰の為に綺麗になりたいかにも依るわねえ。ねえ太一君」
とこちらに話を振られた。
「見た目よりも触り心地重視ですね」
「実用性か」
と頷く春真兄さん。
「その言い方は生々し過ぎるわよ」
と窘められた。
「でもそれって重要ですよね」
と姫佳嬢。
「意味が判っているの?」
「私は大事にされる事は有っても、必要とされる事は無かったから」
「その感覚、判るわ」
と賛意を示す姉さんに、
「うちの母も似たような事を言っていましたね」
と希総兄さんも発言した。
「お二人の馴れ初めは、まるでカエルの王様ですよね」
と姫佳。
「僕の両親の話を御存じなんですね」
広く知られている話ではあるが、双子の母親もうちの父と関わりがあるだけに思い入れも強いのだろう。
「当時中学生だった母にとって瀬尾さまは初恋の相手だったのだと思います」
「太一は兄弟の中でも一番父親似だからなあ」
それに加えて獅子王と箱根姫という立場も被る。自分たちの関係が過去の代償行為なのではないか。同じ立場に立っている兄矩総に訊いてみた事があるのだが、
「歴史は繰り返すだね」
この兄の言葉はいつもながら含蓄が深くて判り難い。
「父とキヨノさんの関係も二人の親の別ルートと言える。マフユさんの父への行為も、血の繋がらない父親への劣情の発露かもしれない。でもそんな事はどうでも良い事だ。好きか嫌いか。出来るか出来ないか。実にシンプルな話だよ」
「そんな簡単な話ですか?」
「父は頼られたら嫌とは言わない。と言われるけれど、出来ない事はやらない。自分にやれると思うからやるまでで、やるからには責任から逃げない。そして出来ない事は出来ないと言う事もある種の責任の取り方だよ」
父瀬尾総一郎も全ての好意を全面的に受け入れた訳ではない。条件が折り合わなくて結ばれなかった関係もある。僕の母もその一人だ。
「それを少し洒落た言い廻しをすれば縁と言う事に成るのかな」
僕は用件があって翌日に家に戻ったのだが、
「美紗緒お姉さまと親しくなって毎日散歩しています」
と姫佳嬢から報告を受けた。
「健康になるのは良いけど、ほどほどにね」
と返す。
九月になり、中央高校は新たな生徒会が始動した。会長は速水貴真、僕は副会長に成った。そして一年から新たな役員が指名されたのだが、
「会計を務めます島津桃華です」
「聞いていないよ」
と速水を睨むが、
「相談しようとしたら、役員の人事は会長の専権事項だから任せるって言ったじゃないか」
と返された。
元々桃華嬢は速水との縁が強い。互いの父がこの中央高校の同級生でライバルだったのだ。しかもどちらも婿養子に成って当時の姓を変えている。
「滝川副会長、ちょっとよろしいですか?」
ある日、生徒会室に二人きりに成った時にこう話しかけられた。
「なんだい、島津会計」
と返すと、
「風間唯衣と言う子を御存じですね?」
疑問形であるが実態は詰問調だ。
「知っているけど。何故君がその名前を知っているのかな?」
「この九月に私のクラスに転入してきたんですよ」
「それは聞いていないなあ」
と言っても唯衣嬢とは連絡先を交換していない。姫佳嬢とは携帯番号を交換して連絡を取り合っている。この九月から学校に通う様になったと報告を受けていたが、
「副会長ってああ言うぽっちゃりタイプが好みなんですか?」
え?
僕は即座に姫佳に連絡を取った。
「唯衣ちゃんは九月からそちらに転校したんです。驚かせようと思って黙っていました」
との事だ。
「君の方は一人で大丈夫?」
「ええ。何とかやっています」
その直後の生徒総会で本人を目視確認できた。確かにぽっちゃり体型だが、軽井沢で会った時に比べて明確に腰のくびれがある。僕は総会の終了後に接触を試みた。
「もう学校には慣れた?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
僕は声を聞いて確信した。
「君、大久保姫佳さんだろう」
「ぽっちゃりの方がお好きだと言われたので。では通りませんよねえ」
スレンダーな唯衣嬢が短期間で太ったと言われた方がむしろ納得したかもしれない。
「神林様から頂いた矯正下着の効果です」
胸の下から腰回りに掛けてを締めつけているのだと言う。付けたままで運動すると効率よく脂肪を燃焼してくれるのでダイエット商品として人気がある。
「うちの母の実体験を元にして開発した商品なのだけれど、大久保さんの結果はモニターとして紹介したいくらいだな」
と後日希総兄さんから聞いた。
それはそれとして、
「どちらの考えだい?」
「唯衣ちゃんの提案です」
「御両親も承知なのかい?」
「風間夫妻はご存じですが、大久保の母は忙しい人でここ何年も会っていません」
と微笑む。
「だから私の体形変化にも気付かないでしょう」
「それにしても、うちの編入試験は結構難関だと思うのだけど」
そもそも引きこもっていてどうやって進級できたのか?」
「うちの学校はパソコンを使った遠隔授業が完備されていたんです。だから授業は家で受けていました。母が市長として進めた施策なんですけれど、その娘が最大の受益者に成るとは思っていなかったでしょうね」
と笑う。
「それで、入れ替わりは一時的なもの。それともこのままずっと?」
「復学はハードルが高いので、入れ替わって知り合いのいないところでリハビリをしようと二人で決めたんです。将来についてはまだ決めていません」
「と言う事は当面は君を風間唯衣として扱えば良いんだね」
「はい。なので連絡先を交換して下さい」
とスマホを取り出す。
「まさかスマホも取り換えたのかい?」
「ええ」
つまり九月以降に大久保姫佳を名乗って僕の相手をしていたのは風間唯衣だったのか。通話して声を聞いていれば、いや電話越しでは違和感を覚えても看破は無理だろうな。結果として僕は双子の両方と別々に繋がる事に成った訳だが、
「これもお願い出来ますか?」
姫佳は書類の角を左右の親指と人差し指でつまんで、口元を隠す様にして掲げて上目遣いで僕を見つめる。持っているのは風紀委員会発行の男女交際登録申請書である。かつて瀬尾総一郎氏が南高校で始めた制度が、今や近隣の五校に広まっている。と言っても中央高校内では登録者は四割程度で、それも東商業とか北女とかの男子が少ないもしくは居ない学校からの引き合いがほとんどだ。
「つまり私との登録は解消したいと言う事ですね」
僕は島津桃華の求めに応じて登録していた。姫佳と登録するにはそちらを取り消さなければならない。
「御免なさい。知らなくて」
と姫佳。
「良いのよ。唯衣さん」
と宥めつつ、
「生徒会の業務に専念する為に登録を解消して、代わりとして彼女を紹介した。と言う事で良いかしら」
「手数を掛けるね」
それにしても、以前の姫佳なら先約が居れば引いていただろう。随分と押しが強くなったモノだ。
「二人は親しいのか?」
と訊くと、
「バレエをやっていたと言うから部に誘ったのだけれど、踊る方だったのよね」
と舌を出す桃華。彼女はバレーボール部のレギュラー選手である。紛らわしいのだが、本物の風間唯衣はバレーボール経験者で、姫佳として復帰後はやはりバレーボール部に入ったと言う。
「でもその所為か、体幹がしっかりしていて。何よりも柔軟性が良いのよね」
言われてみれば、姫佳は体型に反して姿勢は良かった。特に股関節が柔らかくて百八十度以上の開脚が可能で、後ろからはね上げた脚を頭の上で掴む事も容易い。勘違いから入部したのだがスパイカーとしての才能を開花させつつあると言う。
「まだ高さは無いけれど、弓なりに反ってからのスパイクの威力は侮れないわ」
空中姿勢が良いので相手のブロックのタイミングがずれるらしい。
「さて今日は特別コーチをお呼びして男女合同練習を行います」
登場したのは希総兄さん。女子部からは黄色い歓声が上がった。
「見るだけだよ」
と言っていたが、実際に始まったら手を抜けないのは血筋だろうか。雇われコーチも抵抗するどころか一番積極的に教えを乞うている。
私立の中央高校で学力では南高と双璧である一方で、スポーツ推薦枠もある。のだが特にバレーボールでは南高が頭一つ抜けていて中央では人材集めに苦労している。公立の南高は学力のみで集まっているのに強い。それを主導していたのが学生時代の希総兄さんだ。三年時にインターハイ制覇を成し遂げて、翌年も連覇。三連覇が懸かった今年は残念ながら決勝で敗れたが、その実力は全国レベルである。
「お疲れ様です」
練習メニューの打ち合わせを終えて一息ついている希総兄さんに声を掛ける。
「あれはどう言う事かな」
その視線の先には風間唯衣嬢に扮する姫佳嬢である。本物を知っている兄さんにはバレバレな訳だが、
「どうか御内密に」
と言いながら事情を説明すると、
「策士だなぁ」
とポツリ。
「姫佳さんが唯衣さんとして太一と親密になれば、本物は大久保家か太一のどちらか一方は確保できるだろう?」
と説明される。
「僕が大久保家と天秤に掛けられると言うなら光栄な話ですが」
と苦笑しつつも、
「そのつもりなら、手間が省けて好都合ですね」
今度は兄さんが首を傾げる。
「姫佳嬢からは二人一緒に貰って下さいと言われているんです」
「それは良いけど。桃華さんの方はどうなっているんだ?」
「どうなんでしょうねえ」
桃華の家は千葉で開業医をやっている。彼女としては自身が医者に成るか、あるいは医者の婿を迎えるかの二択だ。そんな中でわざわざ海を越えて中央に入学してきた。父の母校と言うのは建前で、本音は婿探しだ。僕をターゲットにして交際登録を申し込んできたのに、姫佳の介入をあっさりと受け入れた。
「桃華さんの本来のターゲットは皆人だものなあ」
医者の息子で自身も医学部志望。但し余所へ婿入りするとなると問題があるし、彼の目標は宇宙へ行く事だ。医学を学ぶのもその為の手段の一つである。
「僕らから見れば君や皆人が羨ましいよ」
「どう言う事ですか?」
「僕ら六人の兄弟の中で、君たちは背負うモノが無い。総志兄さんは西条家、矩総兄さんは瀬尾家。と言う具合に上の四人はそれぞれ家を継ぐべきものとして生まれ付いている」
言われてみれば、僕は父の財産を受け継ぐのに付帯条件が無い。
「だから気負わずにやりたい事をやれば良いのさ」
「今は医学部入学が目標で、色恋は二の次と言うだけよ」
と桃華は答えた。
「桃華ちゃんの発想は母さんと同じだなあ」
と脇で訊いていた皆人が感心する。
「母親と似た女性が良いと言う男と、逆に母親に似た女性は駄目と言うタイプに分かれるけど、皆人はどっちだい?」
「尊敬はしているけど、同じタイプは避けたいかなあ。そもそもあの人は母親に向いていないんだよ。それは本人も認めているけど」
「後継ぎを産む為に協力してねと言って有ったのだけど」
と顔を見合わせた桃華と皆人。
「同じ事を先輩に頼むのは酷かなと」
「そうだなあ。提供するなら確実性を考えれば中で出したいところだねえ」
と冗談交じりに言ったら、
「その時はそれでお願いするわ」
と返ってきた。
「あれはどこまで本気なんだろうか」
桃華が帰った後で皆人に訊いてみる。
「桃華ちゃんは昔からうちの母さんに強い憧れを抱いているから。僕の子供を欲しがったのもその所為かな」
「それが気に入らなかったか?」
「いや。それは別に良いんだけど」
と少し言い淀み、
「元々似た部分も多いんだけど、敢えて寄せている部分も有って、そこがやや痛々しいと言うか」
「具体的にどこが一番似ていない?」
「母さんは典型的な末っ子気質だけど、桃華ちゃんは弟が居てどうしても世話焼きお姉さん気質が抜けないんだよね」
「ああ。判るよ」
姫佳に席を譲ったのもクールな態度からでは無くてお姉さん気質からだろう。
滝川太一のお話2。
前後編でないのは、タイトルに秘密が・・・。