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現代的男女同権ハーレム 列伝2  作者: 今谷とーしろー
7/31

掟と千種

 片桐掟は久しぶりに親友滝川千種とお出掛けをした。

「御免ね。忙しいのに」

「貴女に誘われたと言ったら、一日休みをくれたわ」

 と千種。

「優しい、上司ね」

 掟は含みのある言い回しをした。千種は国会議員の政策秘書だが、上司とはそれだけの関係では無い。

「それにしても随分と混んでいるわね」

 二人が来たのはバレーの大学選手権が戦われる体育館。コートは二面あるのだが、こちら側だけが満席だ。席を探していたら、並んで座っていた二人組の黒服の一人が立ち上がってこちらに歩み寄って来て、

「あちらへどうぞ」

 と席を譲ってくれた。

「今のお宅の社員ね」

 黒服の襟元には“神”の文字をデザインしたバッチが付いていた。

「名目は護衛なのだけどね」

 神林の女王様が息子希総の活躍を記録する為に送り込んでいる特務部隊だ。掟はその希総の婚約者として周知されていて、彼らの警護対象だ。

「お目当てが出てきたみたいね」

 会場が黄色い声で包まれる。その視線の先は、

「凱旋初試合だからね」

 代表選手として五輪で活躍した神林希総は帰国後にテレビ番組でも特集を組まれた。大会の前から代表チームには密着取材が入っていたのだが、希代乃が事前に検閲を掛けて希総が映っている映像は全部抜いてしまった。抜かれた映像はすべて希代乃のコレクションに張ったのだが、大会後に希総の番組を作る際には改めて希代乃から映像が提供された。

 このデータの移動に際して金銭の授受があったのだが、希代乃が払った額よりも受け取った額の方が多い。

「何だ。息子の映像でも稼いだのかい」

 と総一郎に笑われたが、

「私は向こうの言い値で対処しただけよ」

 と答える希代乃だった。

 要するに五輪の前後で希総の価値が高まった訳だが、映像の三分の一は希代乃が撮り溜めた過去映像を加えたもので、希代乃が編集した内容がほぼそのまま放映された。後から加えたのはプロによるナレーションだけで、その内容もほぼ希代乃が書いた。ちなみにナレーションを入れたのは別名義で声優をやっている水瀬麻理奈である。

「派手な出だしねえ」

 試合早々から希総のサーブが炸裂する。触らなければアウトだったと思われるのだが、

「避け損ねたわね」

「取る気満々で構えていたから判断が遅れたみたいね」

 レシーバーが顔面で受けたのは五輪の試合の再現だった。担架で運ばれるまでには至らなかったが、鼻血を出して一時交代した。

「調子良さそうね」

 希総はコントロールできる限界を見極めて、そこから若干力を込めて行く。レシーバーの居ないところを狙うのではなく、敢えてレシーバーの足元をターゲットにしてそこから適度に散らす。結果的に相手の顔面に向かう訳だ。

 希総のサーブで大量点を取って、相手のサーブを確実に拾ってブレイクさせないと言うのがT大チームの必勝パターンである。

「高校時代はもっと攻撃的なチームを作っていなかった?」

「攻撃の主力に成る選手がいないから、防御に特化したいわばDチームね」

 希総は攻撃重視のAチーム、ブロックに特化したBチーム、柔軟性の高いカウンター戦術のCチームの三通りの編成を代表チームで実現したが、そこにはセッターとしての希総本人が入る余地が無い。希総自身が本領を発揮できるのがこのDチームである。

「普段から希総君のサーブを受けているからか、並のサーブでは崩せないわねえ」

 相手にブレイクを許さなければ、主に希総のサーブでの大量点で生み出されるリードが生きる。そればかりか、全員がジャンプサーブを使ってくるのだ。希総以外の決定率は四割程度だが、入れば半分がエースに成る。

 T大は危なげなくストレートで勝利を収めた。

「さて、お弁当を作って来たから、どこか近くの公園で食べましょう」

「あら会って行かなくて良いの?」

 と千種に言われるが、

「別に約束はしていないし」

 と素っ気ない掟だが、

「応援ありがとうございます」

 希総が車の前で待ち構えていた。

「チームの方は良いの?」

 と言いながら車の中からお弁当を取り出す掟。

「午後にもう一試合ありますけど、それまでは個々に自由時間ですから」

「助かったわ。どう見ても女二人では食べきれそうもないし」

 と千種が笑う。掟が取り出したのは神林家の家紋入りの三段重である。

「どう考えても希総君を計算に入れて作っているでしょう。この量は」

「想定はしていたけど、時間が合うかどうかは不明だったわ」

「試合が早めに片付きましたからね」

「その為に手早く試合を片付けたのでしょう?」

 と千種に問われて、

「試合時間をコントロールできるほどうちは強くありませんよ」

 と謙遜する。

「早く終えたいなら負ける方が簡単ですけどね」

「そもそもあの戦力で勝てる事自体が不思議よ。一体どんな鍛え方したの?」

 と千種。

「初めは僕のサーブを拾う練習をしていたんですが、それだと僕の負担が大きいから志願者が現れたので、それなら全員にジャンプサーブを練習させようと思い至ったんです」

 練習時間の半分はサーブとそれを拾う練習に費やしたが、結果としてスパイクのスキルも向上した。特に全員がバックアタックを打てるようになった事は攻撃の幅を広げた。

「とにかくサーブを確実にレシーブしてブレイクを許さない。上に挙げさえすれば僕が何とかする。と言う緩い設定で始めたんですけど、思った以上にレシーブが纏まってきたのは嬉しい誤算でした」

 サーブレシーブがセッターにきっちり上がれば、そこから繰り出される攻撃の選択肢が増える。絶対的なエースは居ないが、だからこそ同時に跳んだ誰に上がるのかが読めない。希総は相手の反応を見て誰に挙げるかを瞬時に選択しているのだから尚更だ。

「インタビューでも答えたけど、バレーボールで絶対なのは予測と反応。裏を返せば相手の予測を外して反応させなければ良い」

「高さは絶対ではないと?」

 興味津々の千種。

「バレーボールは、相手コートにアタックを叩き込まないといけないから。たとえ空中戦で負けても、飛んでくるコースは限定されるから地上戦で対抗できる」

「言うのは簡単だけど、実践するのは大変そうね」

「バレーボールはボールが持てないから咄嗟に選べる攻撃の選択肢は少ない。多くの場合は二択、例えばアタックならクロスかストレート。一対一では予測が外れたら止められないが、コートには六人いるから、分担して対処すれば良い」

「それが予測と反応なのね」

 千種はまだ納得していない様子だった。

「梅谷君、随分と上手くなったわねえ」

 掟が話題を振って来た。

「もう素人じゃないからねえ」

 高校からバレーを初めて、もう五年目になる。それ以前はバスケをやっていて、身体能力は高かった。

 高校時代はミドルブロッカーとしてブロックだけが際立っていたイメージだったが、今はセッターの対角に置かれてすっかり万能選手だ。希総が前に居る時は常にツーアタックを警戒させ、逆に梅谷が前に居る時は強力な壁が敵の攻撃を弾き返す。

「僕抜きで、二対二を徹底的にやらせましたから」

 二対二で試合を成立させるには全てのプレイを一通りこなさなくてはならない。

「高校時代とは真逆の方針ね」

 高校では特定のプレイを徹底して習得させるスペシャリスト戦略だった。

「今の面子は飛び抜けたところが無いので、逆に全員を平均的に鍛えて、誰が出ても変わらないようにしているんですよ。僕と梅谷を除いてですけど」

 梅谷も今までやる必要が無かったサーブレシーブを磨き上げている。

「僕のサーブを拾う練習から始めたのですが、それだと僕の負担が大きいのでサーブ練習を兼ねて他の選手にも加わってもらいました」

 全ては地道な基礎練習の賜物だ。

「うちのチームはそう言うのを苦にしない人間が揃っていますからね」

 重要なのは正しい努力である。

「真っ先に行ったのは柔軟性の強化。特に股関節の柔軟性が有れば、ボールへの反応は良くなるし、怪我もし難くなる。正しいフォームを身につけてボールの軌道に体を入れられれば、強いアタックでもレシーブできます」

「相手はサーブからの得点が取れなくて、最後には気持が折れていたわね」

「バレーは目の前の一点を取り続ける限りは負けない競技ですから、気持ちを切らしたら駄目ですね」

「貴方の本当の恐ろしさは、そのメンタリティの強さよねえ」

 と千種は笑った。

「僕に関しては岡目八目ですよ。試合の勝敗に執着が無いですから」

 昔はハングリー精神が足りないと言われたが、

「僕にも負けたくないと言う気持ちは判ります。それは勝負を分ける重要なポイントに成りえますが、負けられないと言う気負いは不要。僕たちは負けて失うものは無い」

「負けて恥を掻くのは相手の方だものねえ」

「そうなんです」

「ドヤ顔に成るとうちの先生に似て来るわねえ」

「笑うと父親似の口元が強調されるからね」

 性格が最も父親似だと言われるのは御堂春真だが、彼は口元が母親譲りだ。逆に顔立ちが瓜二つの滝川太一は実の父親と暮らした経験が無いので性格が似ていない。

「神林の家系は太りやすいと言うか、脂肪を溜めこみ易い体質で」

 母の希代乃は小学生の頃はポッチャリ姫と呼ばれていた。父の総一郎の方も総理に成ってからは運動する機会が減って体重が増えたと言う。

「僕なんか両方からその体質を受け継いでいたので、赤ん坊の頃は丸々としていて、バレーボールはカロリー消費が目的だったんですよね」

 痩せるにはカロリーを控えるのではなく、摂った以上のカロリーを摂取する事。基礎代謝よりも少ない摂取カロリーだと、飢餓状態と認識して脂肪を溜めこんでしまう。脂肪を燃やす為にもカロリーを摂る必要がある。

「カロリー消費がもっとも激しいのは筋肉よりもむしろ脳だから、二人とも心配なさそうですね」

 近くの公園でお弁当を開く。広い公園の一角、池のほとりで周囲を木々で囲まれている静かな所である。

「こんな良い所なのに、人が居ないわね」

 と掟。

「あまり人に知られていませんし。そもそも今日は平日ですからね」

「それにしては観客は満員だったけど」

 と千種。

「九割は学生でしょう。みんな暇なんですね」

 目当てが自分だと言う事に気付いていない希総である。

「それにしてもどうして先回り出来たの?」

 観客が多くて体育館を出るのに時間が掛かったとはいえ、

「スマホが車に置きっぱなしでしたから」

 と掟を見る。

「ああこれね」

 掟はスマホを取り出してアプリを起動する。

「半分のハート?」

「相互連動型のアプリなんですよ」

 と言って自分のスマホを隣に並べる希総。ハートの残り半分が表示されて、合わせて完全なハード型を描く。

「これで互いの位置情報が判るのよ」

「赤い糸と言って、カップルが互いのスマホに入れると、ダイレクトで通信も可能になるんです」

 一方通行ではなく、両方が入れて登録するところがミソである。

「あくまでも一対一で機能するから、貴女達には使えないけどね」

 と一言多い掟。

「アツアツカップルには便利だけど、別れたら大変そうねえ」

「だから入れる時にはどこまで機能を使うかを選べるのよ。単にメール機能だけを使う場合から、位置情報まで交換し合うディープな関係まで」

「ユーザーの間では“糸の太さ”と表現するらしいです。太さは使っているうちに自然に変化しますけど」

 使用頻度に応じて使われない機能は停止される。逆に定期的に拡張機能が提示される。

「実はこれを作ったのは総志兄さんなんですよ」

 と希総。

「アイディアは沙弥加姉さんが出しているらしいですけどね」

 この手の副業(サイドビジネス)で、総志はプロバスケットボール選手としての年俸を越える収入を稼ぎだしている。アメリカに行けばバスケだけでその何十倍も稼げるのだろうけど、

「好きな事は仕事にしない方が良い、と言うのが父の忠言でして」

 と希総。

「兄さんに取ってバスケは趣味なので、勝利は愉しんだ結果でしかない。だから勝利を求められる代表チーム参加には消極的でしたし、プロにも馴染まなかった」

「総志君の場合、その甘いマスクで別の需要も有ったからねえ」

 仕事と言うのは他人を満足させてその対価を得るもの。好きな事をやるのは単なる自己満足に陥りやすい。

「父の菓子作りも、元々は自分の嗜好を満たす為だったけれど、人に食べさせる愉しさを知って仕事にする事になったと言っていました」

 そのきっかけを与えたのは他ならぬ希総の母希代乃なのだが。


 公園で弁当を平らげて駐車場へ戻って希総とは一旦別れる。

「じゃあ今度は私の要件ね」

 千種の車で向かった先は彼女の生家、今は仕事の関係から都内で暮らしているので滅多に帰って来ないのだが、

「亡き母との思い出の詰まった家だから」

 とそのままになっている。

「使っていない割に綺麗ねえ」

「志保美さんの会社で管理してもらっているから」

 千種は大学進学時に都内へ住居を移しているが、その時に後見役の永瀬弁護士から西条不動産を紹介されたのだ。

「そう言う事もやっているのね」

「ええ。空き家を代理管理して、手入れして貸家にするか、解体して更地を売るか。ケースバイケースね」

 総一郎が作った空き地の再利用法もあって、事業収益が拡大している部門だ。

「実はお義父さまの政策の恩恵を一番受けているのが西条家よね」

 などと話していると、玄関の方から声がする。

「鍵が開いていると思ったらお義姉さんたちでしたか」

 恭子が掃除用具を背負って現れた。

「なぁに、家のお手伝いなの?」

「ええ」

 と言いながら清掃用具を下ろす恭子。

「練習が忙しいのではないの?」

 と掟。

「今日はお休みです。もう来年の進路も決まっていますから」

「プロリーグと契約したのよね?」

「ええ。半分は兄さんのお陰ですけど」

 恭子にはあの西条総志の妹と言う事で付加価値が付いているのだ。

「まあいずれは俺の方が西条恭子の兄と呼ばれる様になるさ」

 と総志は笑っていた。

「総志君は、プロアスリートとして体だけを資本として稼ぐには頭が良過ぎたのね」

 と掟。

「その言い方だと恭子ちゃんが…」

 と苦笑する千種だが、

「いいえ。その通りですから」

 自分の事よりも兄を褒められた事を喜んでいる。

「そんなことより、お仕事しないと」

 千種が自分の家だから手伝うと言い、そうなると第三者の掟も黙って見ている訳にもいかず、三人で分担して掃除を始めた。

「やっぱり此処は落ち着くわ」

 一段落ついて三人でお茶を飲む。

「ねえ、あの柱の傷は」

 と目敏く見つける掟に、

「ええ。私の成長記録よ」

 誕生日の度に身長を測って、

「母の身長を越えたのが母の亡くなった年で」

 としんみりする。

「上の方にも傷が有るのだけど」

「あ。これって父の名前だわ」

 思いがけない所に父親の痕跡を発見して驚く千種。この家は千種の母親が身籠った時に買ってもらったもので、父親が死んだ時に娘の千種名義に成っていた。

 千種の実父は既婚者であったが、妻との間には子供が出来ず、千種が唯一の子供だったので、千種は実父親の遺産の半分を継承する事が出来た。と言っても婿養子だった実父の自由になったお金はそれほど大きくは無かったが、S認定で学費免除だった千種の生活費には充分で、学業に専念できた。

「同じ母子家庭でも、家計の助けの為にバイトしなくても済んだだけお義父さまよりも恵まれていたわね」

 そろそろ引き揚げようかと腰を上げたタイミングで、

「御免下さい」

 と声が掛かる。

「今日は千客万来ね」

 と笑う千種。

「こちらは滝川千種さんのお宅でしょうか?」

「滝川は私ですが」

「やはりそうでしたか。自分は岩城正倫と申します」

 と名乗ったのはまだ子供っぽさが抜けきれない青年であった。

「それでは私はこの辺で失礼します」

 と恭子。

「ああ。御苦労さまでした」

 と見送る千種。

「今の方は?」

「此処を管理して頂いている不動産屋の方です」

「そうですか」

「入らないで」

 青年が敷居を跨ごうとしたところを制止する千種。

「私たちも今出る所でしたから、お話はどこか外で伺います」

 千種と掟が先を歩き、岩城青年がその後ろを付いて来る。

「ねえ、岩城って」

 掟はそっと耳元で訊く。

「私の父方の姓。正妻さんには実子は居ないから、御養子だと思うわ」

 近所の喫茶店に入って対峙する三人。

「唐突ですが、自分と結婚して頂けないでしょうか」

「本当に唐突ね」

 と言ったのは掟の方。

「失礼ですけど、お幾つですか?」

 と訊ねる千種。

「十九に成ります。今年大学生に成りました」

「プロポーズは貴方ご自身の意思では無いでしょう?」

「母の密やかな希望です。既にお察しの事と思いますが」

 と青年は自分の素性を説明した。

「電話を一本良いですか」

 と断って電話を掛ける千種。

「御無沙汰しています。永瀬先生」

 状況を聞いた矩華は、

「ええ。当時そう言う提案があちらから有ったわ」

 結婚は当事者同士の問題であって、遺産の分配の条件として提示されるべきものではない。と突っぱねたら、それ以上は話題に出なかったという。

「残念ながら時期を外したわね。四年前ならまだ考慮の余地が有ったけど」

 と千種。つまり矩総と出会う前と言う意味だが、それだと青年はまだ十五で、結婚を考える歳では無い。

「いくら養子でも親の望む相手と結婚出来ないから義絶するなんて簡単では無いわ。特に相手の居る事だし」

 と諭す掟。

「御縁が無かったわね」

 変に気を持たせない為だろう。千種は素っ気ない態度で立ち上がるとレシートを持ってレジへ向かう。後を追おうとする青年を制して、

「何かあったら私が応対するわ」

 と名刺を渡す掟。

「弁護士さんですか?」

「まだ新米だけど。彼女も別の仕事をしているけど、一応司法試験合格者よ。貴方の専攻は?」

「あ、文二です」

「そう。同窓なのね」

 と言って店を出た。

「経済学部と言わずに文二と言ったところが若干鼻に着くわねえ」

 と掟が言うと、

「希総君なら、経済を齧っていますとか謙遜してぼかすでしょうねえ」

 とからかう千種。

「とにかく、後は私が引き受けるわ」

 この直後に掟は永瀬弁護士にアポを取った。

「公邸だと面倒だからね」

 と待ち合わせたのは元の弁護士事務所。今は第一線を退いて部下に引き継いでいるが、

「有ったわ」

 その当時の資料を取り出した。

「岩城家と言うのは旧財閥三星グループの創業家で、夫人はその本家筋の一人娘だったのだけど、ご主人に先立たれて再婚もせず、このままでは本家の血統は絶えると言う事で分家から養子を迎えたのね」

「なんだかどこかで聞いた様な話ですね」

「そうねえ。うちの人はちゃんと種馬としての役割を果たしたけどね」

「それにしても、彼は直ぐに千種を見分けたみたいでした」

 と疑問を呈する掟。

「居合わせた三人のうち、恭子さんは明らかに年齢が合わないから直ぐに除外できたでしょうけど」

「千種さんは父親似だから」

 とあっさりと解決する矩華。

「御本家が正倫さんを養子に選んだのは面差しが自分に似ていたからだと聞いたわ。性別は逆になるけど、自分に似た養子が亡き夫似の千種さんが結婚したら、と思い描いたのでしょうね」

 それもどこかで聞いたような話だ。

「どうする。本家に直接あたるなら、私の方で連絡付けましょうか?」

 と矩華。

「いえいえ。総理夫人にそんなことされたら向こうが変に構えてしまいますから」

 ともかくも一度会ってみる事にした。

「初めまして」

 と言うと、

「確か二度目よ」

 と返された。

「昨年のパーティにいらしていましたね。覚えていらっしゃるか判らなかったので」

 神林邸で行われた希総の誕生会に招かれていて、掟はその席で正式に希総の婚約者として披露された。しかしその時とはかなり雰囲気が違う筈だが。

「貴女の話は希代乃ちゃんから伺っていましたから」

「そう言えば、同窓でしたね」

 岩城家の御本家美弥子様は希代乃よりも十歳上だが同じ女子大の出身である。

「今日は息子の話だそうね」

 と本題に入る。

「御養子の正倫さんが私の友人でもある滝川千種に結婚を申し込んで来ました。なんでも貴女の御希望だそうで」

「タキガワチクサ。それが亡き夫の残した娘の名前なのね」

「まさか、名前も御存じでは無かったのですか?」

 と驚く掟に、

「なるべく近付かない様にしていたから」

 夫人の視線の先にある亡き夫との写真を見て、

「なるほど。似ていますね」

「先程、私の希望とか言ったけど。私はそんな話をした覚えは無いわ」

「では彼が勝手に貴女の気持ちを忖度たのでしょうか?」

「そうね。あの子、察しが良過ぎるから」

 美弥子様は微かに笑みを浮かべ、

「貴女の目から見て正倫の印象はどうだった?」

「そうですねえ。年の割に幼い。いいえ、比較の対象が悪かっただけで年相応なのかもしれませんが」

「比較の対象と言うのは希代乃ちゃんの御子息の事ね」

 と敢えて遠回しに指摘する。

「はい。初めて会った時には彼はまだ高二でしたが、とても年下とは思えない落ち着きぶりでした」

「具体的にどこが違うのかしら」

「正倫さんの印象は良くも悪くも箱入り。何か枠に嵌った行儀のよい育ちを感じました。それに比べると希総君は、どこか枠に収まらないと言うか、もしかすると父親譲りの気質なのかもしれませんけど」

「それは養子と実子の違いなのかしら」

「それもあるかもしれませんけど、希代乃さんが息子一辺倒で無いと言うのが大きいのでしょうね」

「それは私には難しいわね」

 希代乃には総一郎がいるが、美弥子には既に夫が居ない。

「一つお願いしてもいいかしら?」


 掟は報告の為に矩総の執務室を訪れた。

「それは。玉の輿に乗り損ねたねえ」

 と笑う矩総に、

「本気で言っていますか」

 と気色ばんだのは掟だが、

「ええ。責任は取って頂きますわ」

 と微笑む千種。

「ただの痴話喧嘩だから、いちいち相手にしなくて良いよ」

 と希総。

「何故お前も付いて来たんだ?」

 と兄に言われ、

「さあ。僕も良く判りません」

 と首を傾げる弟。

「美弥子さまから御養子をバレー部で鍛え直して欲しいと頼まれたのよ」

 と掟。

「それは向こうから言い出したのかな。それともこちらから持ち掛けたのかな」

 と希総に問われて、

「それは、こちらから」

 と答える掟。

「それって本来の目的から逸脱していないかい?」

「そんなことは無いわ。本来の目的は正倫さんの目を千種から逸らす事だもの」

「余分な仕事を増やすのは良いけれど僕まで巻き込まないで欲しいなあ」

「岩城の御本家と顔を繋ぐのは、神林家(うち)に取ってもメリットがあると思うのだけれど」

「ところで、岩城本家ってどの程度の力を持っているんだ?」

 と疑問を呈する矩総。

「単純な資産だけなら今の神林家と同じくらいかと思いますけど」

 と千種。

「戦前の旧三星財閥の規模は神林の十倍近くでしたが、戦後の財閥解体の後に再編された今の三星グループは三倍から四倍の間ですね」

 と希総。

「それは戦後の神林グループの成長も含めての事だろう?」

「ええ。問題は本家がその中でどの程度の発言力を持つか、ですけど。株式保有率だけを見ればグループ全体の1%ほど。分家や縁戚を含めたいわゆる創業家一族全体まで入れても5%ほどですね。グループ企業間での株の持ち合いが有るから、全体としてゆったりとした統合が成立しています。戦後の財閥解体で創業家一族は経営の表舞台から退いて、今は大株主として経営陣の評価査定をするだけですね」

「そうすると三星グループ全体は誰が統括するんだ?」

「うちや御堂家みたいな総司令部は存在しません。御三家と言われる銀行と商事、そして重工が株式を持ち合って相互に牽制し合う。これを三星の三権分立と呼ぶらしいです」

「なるほど。本家は三星グループを統合する象徴的存在と言うことか」

そもそも創業家が未だに経営権を握っている方が珍しい。その中でも御神林家は創業家が枝分かれもせず株式の大部分を握っている点でかなり特異だと言える。それも一人娘が婿養子を取って継承してきた故であって、初めての男子継承者の出現により大きな変化が予想されている。

「岩城の養子に関しては、来るもの拒まずと言う事で良いかな?」

 と希総が言うと、

「お手柔らかにね」

 と釘を刺す掟。

「貴方は手加減を知らないから」

「希総は努力すれば出来ない事は無いと信じているんだよ」

「努力せずに一発で出来てしまう兄さんたちの方が特殊なんですよ」

「僕も出来ない事は出来ないよ」

「矩総兄さんの出来ないの基準は総志兄さんでしょう。あの人は特殊(スペシャル)を越えて唯一無二(ユニーク)ですから」

 希総に取って兄矩総は完全に上位互換なのだが、

「そうでもないですよ」

 と千種。

「うちの先生は、出来ない事は出来ない。ではなく、やりたくない事はやらない。が正しいですから」

「どう違うのよ?」

 と掟。

「実例は差し控えるけど、普通の人が普通に出来る事が出来なかったりするのよ」

「希総に出来て僕が出来ない事の最たるものが他人を指導する事だな」

 と矩総。

「自分の事はともかく、他人が出来る筈の事を出来る様に教える事が僕には全く出来ない。そう言うのは兄弟の中でも希総が最も得意とする分野だろう」

「上手く話を戻しましたね」

 と希総。


 岩城正倫がバレー部に入ってどのように鍛えられたかはまた別の話。


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