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現代的男女同権ハーレム 列伝2  作者: 今谷とーしろー
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総志最後の戦い

 大学四年の最後の夏休み、俺はアメリカに居た。球団の勧めでNBAのサマーリーグに参加したのである。俺は大学を卒業したら家業を継ぐことに決めていた。それを知っていた上層部が本場のバスケを体験させようと意図したらしい。

 覚悟はしていたが、ここには俺より小さな奴が数えるほどしか居ない。電話で沙弥加に愚痴ったら、

「それって嫌味?」

 と静かに怒られた。その上で、

「貴方の強みは昔から高さでは無くて速さと視野の広さでしょう。まずはやれる事からやりなさい」

 と叱咤を受けた。

 最初の試合。監督から好きなポジションを選んでいいと言われたのでまずはポイントガードで出場した。沙弥加からの助言を入れたと言う事もあるが、腕自慢が集まった急増チームでは有りがちなボールが廻ってこないという事態が避けられると考えたのだ。PGはバレーで言えばセッターに当たる司令塔のポジションなので必ずボールが廻って来る。俺がスタメンで一番小さいと言うのも日本では有り得なかった初めての体験だった。

 第一クォーターはパス回しに専念した。何せ世界最高峰のリーグを目指す若手選手が集まっているのだ。俺が無理に切り込まなくてもパス回しだけで点が取れるので楽で良い。とは言えパス回ししかしないガードでは高い評価は得られないだろう。時間いっぱいのところで急に奥へ切れ込んでダンクを叩きこんだ。

 第二クォーターは別の選手でスタートしたが、アピールしようと張り切り過ぎてミスを連発したので直ぐに出番が回って来た。

 俺へのマークが緩いので、投入早々にスリーを放って決める。沙弥加が良く使った手だ。背が低くて敵からマークされにくかった沙弥加だが、それを逆用してツーアタックを得意にしていた。彼女はジャンプ力が有って意外なほどの角度で打ち降ろされるそれは一部ではビックリ箱と呼ばれていた。

 PGは点を取るのが本業ではないが、いつでも点が取れるぞと示す事は重要だ。ガードに注意が向けば他の味方へのマークが甘くなりパスコースが増える。コート全体を見渡すプレイは俺の最も得意とするところだ。

 最終的に俺の得点は15点。アシストも同数の15回を数えた。

 二試合目はセンターポジションで挑戦。相手チームが比較的小柄な選手ばかりだと見越しての選択である。それでもマッチアップの相手は自分より大きい相手である事に代わりは無い。パワーでは勝負せず、速さとポジショニングで対抗するしかない。空中戦、リバウンドとブロックでは二桁の数字を叩きだし、一定の評価は得られたと思う。がインサイドではあまり得点できず、速攻からのショート二本と終了寸前の超ロングシュート、併せて七点に留まった。

 そして三試合目。チームメイトからの信頼を勝ち取って、満を持してのフォワードポジションである。俺の仕事は2番から4番まで、つまりシューティングガードからパワーフォワードまでを受け持つ融通無碍のモノである。

 俺はこの試合で三十点近くを叩きだしたが、試合そのものは敗れた。

 チームとしてはもう一試合あったのだが、最後の試合には俺の出番が無い事は判っていたので結果を見届けずに帰国した。

「何よ。せっかく行ったのに条件も聞かずに帰って来たの?」

 と沙弥加に呆れられた。

「その気が無いのに変に期待を持たせるのは失礼だろう」

 まだ納得のいかない様子の沙弥加に、

「もし俺がアメリカのリーグへ行ったら、君は付いて来るのか?」

「それは…」

「君は英語が全く駄目だよねえ」

「何よ。結局私の所為って事?」

「怒るのか喜ぶのかどちらかにしてくれよ」

 目は怒っているのだが口元は笑みが堪え切れないようだ。

「だとしても、日本でプロを続けると言う選択肢は有るわよね」

「サマーリーグに挑戦して見て改めて自覚したのは、俺は試合の勝ち負けよりも自分が楽しめる事の方が重要なんだ。趣味として続ける分には良いのだろうけど、プロ選手としてはやはり駄目だろう」

「折角才能が有るのに」

「君のいう才能と言うのは体格の事だろう。それなら俺よりもでかい人間は山ほど居る。渡米してそれが良く判ったよ」

「諦めが良いのねえ」

「才能で言ったら、うちの妹の方が凄いよ」

「妹って、恭子ちゃん?」

「ああ。俺にとってバスケは趣味の域を出なかったが、あいつは違うらしい」

「趣味って。一応国内ではプロを名乗っているのでしょうに」

「だけどそれで一生喰っていく気は無い」

 喰わせると言う言葉は既に働いている沙弥加に対しては口が裂けても言えない。

「うちの母はただ背が高いだけだったけど、恭子の母親はああ見えて運動神経が良いんだ」

 胸が邪魔して戦績は残せなかったらしいが。

「兄と比較されて大変でしょうに」

「性別が違うから、そうでもない。むしろ注目されて好都合とか言っているよ」


 話はこれで終わらない。

「大学生選抜ですか?」

 青木監督から話が有った。

「俺は大学リーグには所属して居ませんけど」

「何でも向こうがお前を御指名だそうだ」

「はあ?」

 全米の大学生選抜チームが来日して、日本の大学生選抜と試合することに成ったのだが、

「その中にドラフト指名を受けてNBA入りが決まっているスター選手がいて、是非ともお前と戦いたいと言うんだ」

 名前は聞き覚えが有ったが、顔が思い浮かばない。戦った事のない相手に一方的にライバル視されていると言うのは国内では結構あったが、

「海の向こうにまで名が知られているとは光栄ですね」

「彼はお前に出番の無かった四戦目の対戦相手だったんだよ」

 彼を指名したチームが俺に興味を示していたらしく、それを漏れ聞いて対抗意識を持ったらしい。

「うちのホームコートで一週間の短期強化合宿を行う事に成った」

 試合もそこで行うらしい。

「それは断れませんね」

 俺は学業を口実に世代代表には一度も参加した事が無い。それどころか昨年のA代表の誘いも断っている。絶対に歓迎されないだろうと思っていたのだが、

「やあ、遂に来たか」

 真っ先に声を掛けてきたのは同じ大学の檜垣だった。

「お前も選ばれていたのか」

「お陰さまでね」

 こいつはK大バスケ部で主将を務めているが、そのきっかけを作ったのは俺だ。

「ざっと見渡しても、半分くらいしか判らないな」

 高校時代に直接戦った相手なら思い出せるが、一度も当たった事のない選手だともう判らない。最後のインターハイから四年経っていて、当時のままの実力である筈もない。

「それで、このチームのキャプテンは誰だ?」

「ああそれなら」

 と言ってユニフォームを渡してくる檜垣。

「これって?」

 四番である。

「集合。我らが主将のお出ましだぞ」

 思い思いにアップしていた選手たちが一斉に駆け寄ってくる。取り敢えず全員を座らせた上で、

「これ、本当に貰って良いのか?」

 と言って一同を見回す。

「異論のありそうなのが何人かいるなぁ」

 俺はボールを持ってコートに入り、

「俺に不満のある奴は立て」

 と促す。

「ちょうど五人か。誰か五分測ってくれ」

 と言ってドリブルを始める。

「ちょっと待て。五対一でやるつもりか?」

「問答無用」

 俺は一気にゴールへと向かいダンクを叩き込む。直ぐに反対側のゴールへ走って待ち構えるが、攻めてくるのは一人だけ。やはりそう来るか。俺はぎりぎりの間合いから一気に距離を詰めてボールを奪う。そのまま敵ゴールに向かうと残りの四人がブロックで守る。

「良いのか。そんなに離れていて」

 俺は少し遠目からスリーを放つと結果を見ずに自陣へ引き返す。決まればそれで良いし、決まらなかったら走り込んでも間に合わないので無駄だ。背後から得点の笛が成る。

「さて次はどうする?」

 今度は二人で攻め上がってくる。

「それで良いのか。点を取らないと勝てないぜ」

 流石に二対一だと簡単にはボールは奪えない。一番可能性が高いのはシュートの瞬間だ。俺は二人とある程度の距離を取りつつチャンスをうかがう。攻めて来ているのは動きから見てフォワードタイプ。一番厄介なシューターは居ないと見た。

 近付いたら取られると見たのか、距離を置いてのシュート。俺は一歩踏み込んで跳ぶ。味方がいないので単に叩き落とすだけでは駄目だ。俺は空中でワンハンドキャッチして、着地と同時に一気に加速する。

 迎え撃つ敵は先程よりも一人減って三人。先程の反省から一人が俺に接近して止めに来る。恐らくはシューターだろう。だが遅い。俺はガードをドリブルで交わして、ラインぎりぎりでスリーを決める。

 当然ながら次のディフェンスは三人が相手だ。

「戦力の逐次投入は愚策だぜ」

 と挑発する。

 ターンオーバーを警戒してか、中々ゴールに近寄って来ない。距離を取って三角陣形でパスを回して様子見している。正面は小柄なので恐らくはポイントガードだが、一応スリーも警戒しておこう。

 ゴールからは少し離れてボールを持つ選手とその隣を同時にケアする。連携が拙いのは互いの力量を把握していないからだろう。結局時間ぎりぎりで正面からのシュートが来る。

 俺は二歩進んで跳び、両手でシュートを掴み取ると空中で体を大きく反らして敵陣のゴールを狙って投げつける。

 もちろんそのまま入るとは思っていない。着地と同時に一気に敵陣深くへ切り込んで、ボードからの跳ね返りをキャッチしてそのままダンクを決める。

 リングを掴んで反動をつけながら体を反転させつつ着地。そこから一気に自陣へ駆け戻る。

「十対零」

 と言う外からの声に焦ったのか、敵は俺を追い越す様にロングパスを仕掛けてきた。俺は前方に残っていた選手の視線からボールの軌道を読んで背面キャッチする。

 そこから切り返してマークが来る前にスリーを決める。

「もう終わりかい?」

 コートの五人はがっくりとうなだれて返答がない。俺は時計を止めさせて、

「それじゃあ、俺は帰る」

 全員がアッと声を上げた。

「勝ち目が無いからと試合を投げだす様な連中とはチームは組めない」

 と言い捨てると、

「まだだ。試合は続ける」

 コートの五人の目に精気が戻った。

「良いだろう。じゃあこちらにあと四人入ってくれ」

「え?」

「これは、俺が4番に相応しいかどうかの試練だ。俺が一人で勝っても意味が無い」

 五人対五人に成ってからは点の取り合いとなった。俺一人に苦戦していたのに、と思うかもしれないが話はそう単純では無い。

 第一に向こうは五人全員で攻撃していなかった。更に味方がいると俺の行動範囲が狭まること。そして最大の問題はインサイド攻撃である。先程も、一人が中へ入って来て俺の行動範囲を狭めて来れば良かったのだ。だがセンターは自陣のゴール下に張り付いてこちらに寄って来なかった。俺はすべてのポジションをこなせるが、センターでの力勝負では本職に対して分が悪い。

 俺は敵味方の戦力を把握しながら適宜指示を出す。自分で稼いだアドバンテージもあるので敢えてこちらからは仕掛けない。

 五分のミニゲームを終えて、得点は二十七対十一だった。

「良く追いついて来た。と言いたいところだが、点差は若干だが開いたな」

 残り時間で俺は一点も取っていない。取りに行く必要が無かった訳だが、

「監督とかコーチは来ないのか?」

「俺たちに、と言うかキャプテンに一任だそうだ」

 単なる親善試合だし、負けた時の責任を取りたくないらしい。

「まあ良いか。余計な口出しをされるよりは良いか」

 俺は正規の指導を受けた事が無い。

「一応プロだろうに」

 と首を傾げる檜垣に、

「プロだから。こちらから教えを請わない限り、向こうから何か言ってくる事は無いよ」

 しかし、俺の自由にやって良いならばやる事は一つだな。

「ひたすら三対三の実戦形式で廻す」

「チームとしてのコンビネーションを高めるのか?」

「それもあるけれど、狙いは俺をこのチームに馴染ませる事だな」

 だから俺はコートに入りっぱなしで、俺と組む二人と相手の三人をぐるぐると廻す。

「つまりお前は出突っ張りと言う事に成るが」

「それは問題ない。それよりも俺に代わって外から全体を見る役目が必要だな」

 俺は電話を掛けた。一時間ほどでそいつはやってきた。

「手数を掛けるね」

「構いませんよ。兄さん」

 神林希総がスタッフを伴って現れた。コートを取り囲むように高精度カメラを六台、設置して行く。

「じゃあ、後は任せるよ」

 と言って希総達は帰っていく。一人残ったのは、

「万里華様だ」

 と誰かが言った。

「お久しぶりです。西条先輩」

 秘密の妹、滝川万里華である。一般には、高校時代に俺の元でマネージャーを務め、俺の卒業後にはチームを率いて全国制覇に導いた辣腕である。俺より下の年代の選手たちの中には彼女率いる南高バスケ部に苦杯を舐めたモノも居る様だ。その為俺より下の世代には名前が通っているようだが、まさか様付けで呼ばれているとは。

 さて俺の強化方針を聞いた万里華は、メンバーリストを見ながら指示を出す。そこには仮の背番号とポジションが書いてある。

「Bチームにはガード・フォワード・センターを適宜組み合わせて、Aチームの方はもっとフレキシブルに投入します」

 と言ってメンバーを指名していく。

「Bチームは、取り敢えず二分毎に入れ替える。Aチームの方は双方合わせて十点入った時点で交代させてくれ」

「入れ替え時の休憩は必要ですか?」

 と万里華が訊いて来たので、

「水分補給だけするよ」

 俺と組む二人には自分の役割を自己申告してもらい、俺は足りない部分を埋める。場合によってはガード二人、フォワード二人と言う場合もあるが、どちらにしても、センターが居ない場合には俺がその役目を務める訳で、どちらか一人はミスマッチに対処してもらう。

 俺以外が十九人。その中から二人を選ぶ場合分けは百七十一通り。それぞれに二分ずつ掛けて全部回るまで六時間弱。終わった頃には全員ぐったりとしていた。

「なんで出突っ張りだったお前が一番元気なんだ?」

「俺は動き続けている方が調子良いんだよ」

 筋肉には瞬発力に長ける速筋と持久力に優れる遅筋、そして両方の特性を兼ねる中間筋が有る。俺は生来この中間筋の割合が多いらしい。パワーの最高点まで持っていく瞬発力に若干の難が有るが、その強度を長く維持できる。故に途中で休憩を入れるよりも動き続ける方が高いスペックを維持できるのだ。

 合宿はコートに近い我がチームのクラブハウスが提供されたが、俺は自宅が近いので通いを認めてもらった。

「良いの、それで?」

 と首を傾げる沙弥加に、

「妊娠中の妻を一人で家に置いておく訳にもいかないしなあ」

 と言って頭を撫でる。

「ああ。忘れていたわ」

「それだよ。君は一人にしておくと無茶をしかねない」

 と苦笑し、

「時間があったら差し入れでも持って来てくれよ。メンバーの中には君のファンもいるらしいから」

「私のファン?」

「四年前の雑誌を今も大事に持っているらしいよ」

「あの当時は雑誌にサインを求められたわねえ」

 俺の男子バスケ部はともかく、沙弥加の女子バレー部は優勝候補では無かったので、取り上げられることに不満を漏らしていたが。

 二日目。家からランニングでコートに入ると一足先に来ていた万里華がパソコンの設定を終えていた。

「チームメイトの特徴は掴めましたか?」

 と訊いて来たので、

「まあ大体ね」

 と言うと、

「では第二段階へ進みましょうか」

 万里華は集まってきた選手たちに紙を配っていく。書かれているのは昨日の練習の分析データとそこから導き出された個々の長所と短所、そしてそれに対応した個別の練習メニューらしい。

「各自空き時間を利用して自分の判断でこなして下さいね」

 と微笑む万里華。

「得意を伸ばすのも可、苦手を克服するのも有りです」

「どれをやるのか強制しないのか?」

「多くは今回の試合までには間に合わないでしょう。今後の選手生活の糧にして下さい」

「一晩で全員分を?」

「ほとんどはAIがやってくれましたから」

 俺が感覚でやっていた事を希総や華理那と言った頭脳派が具現化してくれた。

「先輩はお嫌いでしょうけど」

「別に嫌いなわけじゃあないけどね」

 そして、

「午前中のメニューはポジション別の技術強化です。互いに技を盗み合って下さい」

「どんな具合だい」

 俺はどのポジションにも属さずに個別練習に励んでいるが、

「高校時代とは全く違いますからね。あの頃は西条総志の劣化コピーを量産して、継ぎ接ぎしてチームとして機能させていましたけど、此処にはあの頃の選手は一人も居ません。オリジナルの兄さんが居ればコピーは必要ないですからね」

「身も蓋もないなあ」

 それであの戦績は凄いの一言である。

「彼らの本領はこちらですから」

 と万里華は頭を指差して、

「高校時代の部活動の実績はおまけみたいなもの」

 と笑う。

「ここに居るのは国内トップレベルで、技術面では素人の私が出る幕は無いですし、そちら方面はお任せします」

「方針は?」

「兄さんが彼らの特性を生かしてサポートに徹するか、あるいは兄さんが全力を出せる様に彼らを利用するか」

 前者はone for all、後者はall for oneと言う事に成るが、

「もちろん両方だな」

「そう言うと思いました。それでこそ俺の息子だ、と父さんなら言うでしょうね」

 俺は各パートを廻って、彼らの希望に応じて適宜俺の技を伝授していった。別に彼らを俺のコピーにしようと言う積りは無い。彼らは高校時代の仲間たちと違ってそれぞれのスタイルを確立している。俺の技を仕込んでもプレイの幅を広げるアクセントに成るだけだ。

 昼食休憩を取って午後は再び実戦形式。但し三対三では無く五対五。メンバーを選んだのは万里華である。

「十分のミニゲームを繰り返します。先輩は取り敢えず外から見ていて下さいね」


 試合前日の土曜日。昼休憩中に沙弥加がやってきた。

「なんで姉さんも一緒に?」

「ちょうどお店に遊びに来ていたのよ」

「なるほど」

 姉の西条総美はいま沙弥加の勤める菓子店の店長と付合っている。元は父の立ち上げた店で、今のオーナーは異母妹の瀬尾華理那だ。

「皆さんで食べて下さいね」

 姉は店で作った試作品のお菓子を配っている。

「客層を広げるために男性向けの新製品を研究しているのよ」

「女性向けとどう違うんだ?」

「うちの、と言うか前オーナーのコンセプトはカロリー抑え目、食べても太らない。だったけど、新オーナーはスポーツ後の疲労回復をコンセプトに考えているらしいわ」

「あの。サイン頂けませんか?」

 と数名が近付いて来た。

「本当に居たのね」

 と呟く沙弥加。

「西条さんが来ると聞いて、会えないかと期待したんですが」

 あの当時は俺の対戦相手だったので、声が掛けられなかったらしい。

「困ったわね」

 嫌がっているのではなく、何と書いたらいいか悩んでいるのだ。

「下の名前だけで良いじゃないか」

「そうね」

 却ってレアなサインに成ったと思う。


 さてそんなこんなで一週間の集中合宿を終えて米国チームを迎え撃つ。俺の好きなようにやって良いと言われたので、練習を見ていた万里華も特別にベンチ入りさせた。俺がコートに立っている間の連絡係として使う。

「さてどう戦う?」

 と万里華に訊ねると、

「相手のエースに付いて事前に調べたのですけれど、典型的な点取り屋

スコアラー

で当たりだしたら手が付けられないタイプ。と成ればなるべくボールを持たせないのがセオリーですが」

 とここに口元を緩めて、

「そんな勝ち方がしたいですか?」

 俺はそれに直接答えず、

「思ったよりも客が入っているなぁ」

 と客席を見渡す。観客は超満員。普段のホームゲームでも見た事が無い。大学生の試合では有り得ない、日本代表選ですらここまでは入らないのではないか。

「ほとんどが西条先輩目当てでしょうね」

「それは、期待にこたえないといけないなあ」

 俺が直接マークをする。

「それで良いかな?」

 と選手たちに訊くと、

「西条総志のプレイを特等席で見られるんだな」

 と好意的な反応だった。

「じゃあ、少し強めにアップを取ってくる」

 俺の筋肉は立ち上がりが遅いので、充分に汗を掻く位で無いと本領は発揮できない。そんな訳で、

「なんだ。始まる前から息を切らしているのか?」

 と対峙した向こうのエースは嘲笑した。言葉が判らないと思ったのだろうが、

「ちゃんと付いて来いよ」

 と返答する。

 最初の五分はまさに一進一退。俺たちの体格や身体能力はほぼ互角だった。誰も俺たちの一騎打ちに付いて来られない。

 一度の攻防が約十五秒。五分間で二十往復。そのすべてが得点に成ったが、最後に俺が相手の攻撃を止めた。

「これで気が済んだかな」

 俺は此処で初めてパスを使った。

 両エース抜きでの四対四の戦いは、日本側に軍配が上がった。恐らく此処の能力では米国側が上だろうが、それぞれが個人技で対応していて、日本の集団戦術が勝ったのだ。向こうがエースに頼り切りだった事も大きい様だ。

 向こうの攻撃はエースに回す。自陣に引いて待ち構えると、速度が付いて止め難いので早めに敵陣でマークに付いた。味方の四人が自陣に引くのは当然として、敵方の四人も敵地へ侵入し、こちらサイドには二人だけ。この戦いは俺に分がある。時間制限がある以上、守る方が有利だからだ。時間ぎりぎりで俺の上を強引に抜こうとしたが、俺はそれを読んで叩き落とす。

 攻守交代。だが俺は急いで攻めたりしない。背後から味方が戻ってくるのを想定して、的に背中を見せる。味方にパスすると見せかけて後ろ向きで頭越しにシュート。かつて弟の矩総が俺に対して使った技だ。初見では防ぎようが無い。

 ここで米国がタイムアウトを入れた。

「向こうは多分、エースを外してくると思いますけど。こちらはどうしますか?」

 と万里華。

「折角体が温まっているから、もう少しやるよ」

 と肩を廻す。

「但し次のクォーターは総入れ替えするからメンバーを決めておいてくれ」

 第二クォーターに突入する時には十五点のアドバンテージを持っていた。

「さて、連中にどんな指示を出した?」

「それは見てのお楽しみです」

 戻ってきたエースにマンマークを付けて残りで四対四を作る。

「孤立化

アイソレーション

か。しかし一人で抑えきれるのか?」

「普通なら無理でしょう。でも彼はチームで孤立しているように見える」

「確かになあ」

 ずば抜けた実力。既にプロ入りを決めて、今更周りに合わせる必要もない。俺と戦う為に無理やり参加したのだとしたら、

「やはり徹底的におもてなししないといけないなあ」

 俺は再出場に備えて柔軟を始めた。

「どうだい?」

 再起動を掛けて戻ってくると、点差は若干詰まって一ケタ差。

「隔離作戦は上手く行っていますけど」

 マークに付いた選手は相当に消耗している。

「御苦労さん」

「お願いします」

 俺は敵エースのマーカーを交代した。と言っても試合展開は先程までとは違う。今まではエースを孤立させる為にこちらにボールは廻さず廻させない展開だったが、今度はこちら側にもパスが廻ってくる。

 最初の一発目は、先程と同じ背面シュート。と見せかけてのドリブル突破。俺がダンクを決めた時、相手はまだ空中に居た。普通の相手なら気付かない様な俺の僅かな挙動に敏感に反応してきた結果だ。

 同じ手を続けてもう一度。今度は釣られて跳んでいないので、一度地面でバウンドさせてから右手一本で背面シュートを決める。この技は矩総にも出来ない改良技だ。右か左かにドライブを仕掛けてくると身構えた相手は反応が一瞬遅れた。

 これでほぼゲームオーバー。


「惜しい事をしたなあ」

「何がです?」

 と万里華。

「あいつと同じチームでやってみたかった」

 もう米国に少し残っていればそうなっていたかもしれないが、

「向こうはどう思ったでしょうね」

「試合終了後の握手で何か喚いていたが、早口過ぎて聞き取れなかったな」

 あちらは最後まで一人で戦っていた。パスを貰ったらそれをゴールに叩き込む事が彼の役割で、それが譲れない彼のスタイルなのだろう。

「要するにチームとしての一体感が無かったんですね」

 と冷静に分析する。

「試合そのものよりも俺との勝負を優勢していたみたいだからなあ」

 俺は4番を与えられた時点でチームの勝利を最優先した。それを踏まえた上で充分なおもてなしは出来たと思うが。

凄いのに目立たない長兄の話。

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