披露宴・延長戦
希総の披露宴が取り敢えず終わった後、
「折角だから試合をしましょう」
と言い出したのは総美だった。
「コートの方の片づけは?」
と希総がメイドに訊ねると、
「既に終了して、使用可能な状態です」
「参加希望者は?」
希総の同級五人衆とそのパートナーは全員手を上げた。
「私と沙弥加を入れて十三人。最低でもあと一人欲しいわね」
「皆さん、運動が出来る服を持って来ているのですか?」
と岩城が訊ねて来た。
「着替えはうちのジャージを貸すから問題ないよ」
と希総が答えると、
「それならば自分も参加させて下さい」
と言う事で再び舞台を移動する。
「貴方も手を上げるかと思ったのに」
と総美に言われた春真だが、
「いやあ。流石にブランクがあり過ぎて無理だよ。それに…」
春真の視線の先には岩城の姿があった。
「彼の実力を直接見てみたい」
着替えを済ませてから、
「それでチーム分けは?」
と希総。
「希総をセッターとするAチームと、沙也加をセッターとするBチーム。それぞれが交互にメンバーを指名する」
と総美。
「良いでしょう」
「お先にどうぞ」
と沙弥加に言われ、
「まずはオポジット」
少し迷って、
「松木」
「それじゃあ私は桜塚君ね」
希総に指名された松木はガッツポーズ。桜塚は淡々と応じた。
「次は私からね。当然総美を貰うわ」
「では小野田さん。こちらにお願いします」
二人ともやる気満々だ。
「ブロッカー。梅谷」
「ではこちらは大鳥君ね」
四人目は、沙也加が後輩の鶴田愛を指名し、それを受けて希総は菊地羽衣音を迎え入れる。
五人目は、希総が岩城正倫、沙也加が望月一兎。
最後は、沙也加が琴平佐智子、そして希総が海野睦実となった。
太一と貴真、そして皆人の三名でコートの準備をする。
「三人も手を上げれば良かったのに」
と総志に言われ、
「いやあ。あの面子の中にはとても入れません」
と太一。
「あと一人の時点で、春真さんが手を上げるのかと」
と貴真。
「そうだな。俺もそう思った」
それぞれの作戦会議。
「まずはポジションだけれど」
と希総。
「僕の対角に岩城を置く」
「ツーセッターだな」
と梅谷が即座に意図を理解する。
「僕の右にミドルブロッカーの梅谷。左は松木。松木の対角に小野田さん、梅谷の対角に菊地さん。海野さんにはリベロをお願いする」
一方の沙也加チームは、
「対角にはマナを置いてツーセッターにするわ」
沙也加の右に長身の大島、左には相棒の総美。大島の対角に琴平佐智子、総美の対角には桜塚を据える。リベロはもちろん望月だ。
「それでは審判は私がやろう」
と言い出したのは希総の祖父俊樹氏である。なんと言っても彼はバレーボール協会の現会長だ。
「孫の最後の試合を特等席で見たいだけだよ」
祖母のほのかさんは別棟に引き上げた。希代乃と総一郎も二階へあがり、志保美とみちるも孫二人を連れて一緒に待つ事にした。矩総が希理華と共に帰っていった以外は、兄弟姉妹は全員こちらに移動して観戦している。貴真と千秋が観戦すると言ったので真夏と貴志も希代乃のお茶会に加わっている。
新婦側は姉たちとその父親は帰ったが、同期組は千種も含めて観戦組に回った。
集団としては総志(双子を連れている)と宮園に恭子と千秋。線審がいらないと言われたので貴志と皆人も此処に居る。同じサイドに掟たち五人組。反対側のサイドに春真と美紗緒、そして妹の真梨世。万里華と華理那と麗一。準備を終えた太一もここに加わった。
サーブは希総から。沙也加もそれを想定して後衛に桜塚と愛、そして大鳥の代わりにリベロの望月。希総の狙いは当然真ん中になるが、僅かに左へずれて、桜塚がフォローに入る。沙也加から総美への速攻が決まり、希総のサーブを一本で切った。
「あのサーブも凄いが、あれを一発で切れるのはレベルが高いなあ」
と宮園。
「全盛期から見れば大分緩いけれど、俺でも取れるかどうか」
と総志。
「君でも無理なのか?」
「掴んで良いなら片手でも行けますけれど、狙った所へ弾くと言うのは」
それはそれで凄い事だが、
「僕も反射的にボールを掴みに行く方で、これはバレーでは反則だね」
宮園も手が大きく、菓子作りの経験により握力が強い。
「あれでも全力ではないんですか?」
と貴真。
「希総の全盛期はサーブに関しては二年前のユニバーシアードだな。あれは俺ならとっさに逃げるね」
総志は本業のバスケでもほとんどファールをしなかったが、視野が広く反射神経が鋭いので接触プレイがほとんど無かったからだ。
「ふう姉も昔の勘が戻ってきているわね」
大学時代にはバレーから離れていた総美だが、結婚後にママさんバレーのチームに参加した。
「いつか相棒二人がネット挟んで対決する事も有るかもね」
と皆人が笑う。
「沙也加のチームには母さんたちも居るから、親子対決にもなるんだが」
「流石に鈍ったわねえ」
と苦笑する掟に、
「それは手厳しいわね」
と返す千種。
「充分すごいと思受けれど」
と桜乃。
「希総君は恵まれない体格を努力で克服してきた。日課だったサーブ練習を辞めたから、威力が落ちるのは必然なのだけれど」
「本気で勝つ気ならば、真っ正直にジャンプサーブを打たず、フローターを絡めて緩急で勝負する手も有ったわね」
と千種。
「元々勝敗には頓着しない人だからね」
「自分のサーブだけで勝負を付ける気が無いのでしょう。正真正銘の最後の試合なのだから」
「判ったような口振りね」
と拗ねる掟に、
「私が知っているのはバレー選手としての希総君だけよ」
と微笑む千種。
「私が男性に求めるのは個としての強さであって、希総君のそれは私の求める物とは違うわ」
千種が掟の立場に置かれたら、希総ではなく春真を選んでいただろう。
「そもそも、勝敗に頓着しない人が、貴女に関しては引かなかったのだから」
「相変わらず沙也加さんのセットアップは切れ味が良いなあ」
と春真。
「レシーブはセッターの上にあげるのがベストではあるけれど、どんな形でも上にあげさえすれば繋いてくれるセッターは心強い。沙也加さんは背の小ささを逆に長所に変えて、素早くボールの下に入る技術を磨いた」
「コート上の小さな女王ね」
「本人は余り気に入っていないけれどね」
問題はその先で、沙也加と総美のコンビは互いを見ることなく速攻を完成させている。
「あれってどうやっているの?」
と美紗緒。
「姉さんがトスを呼ぶ声で位置を確認する。ネットまでの距離感は常に頭の中で把握して居るから後はトスを上げるだけ」
「簡単に言うけれど、簡単では無いわよねえ」
「俺と希総も何度も挑戦したけれど、あのノールック速攻は完成しなかった」
と苦笑する。
「沙也加さんは、味方の位置は常に把握して居る。そして余裕があれば敵陣にも目をやってその位置情報も使ってトスの位置を決めている。この空間把握能力は天性のもので、それが無い希総は敵の情報を集める事で補っていた」
「総志兄さんのそれはさらに上位互換だけれどね」
と真梨世。
「バレーは敵味方がネットで隔てられているけれど、バスケは入り乱れるから敵味方の識別能力も必要になるからねえ」
しかもコートもバスケの方が広い。
「そうすると双子の片割れであるお義姉さんも?」
「姉さんは、範囲としては沙也加さんの半分くらいかな。ネット際での攻防にはそれで十分だしね」
「どちらが勝つと思いますか?」
と華理那に訊かれた万里華は
「そうねえ。セッター勝負となれば二人の実力はほぼ互角。鍵を握るのはセッターの対角に居る二人の出来次第でしょうね」
「経験なら鶴田先輩に軍配が上がるけれど、岩城さんの実力は全くの未知数ですね」
「太一は実際に対戦しているのでしょう?」
一月にバレー部と同好会とで交流戦を行っている。岩城はバレー部で太一は同好会のメンバーとして参加していた。
「岩城さんは今と同じオポジットのポジションで出場していました」
と太一。
「正直な感想としては、やり難い相手ですね」
岩城は相手の顔色を伺うのが上手い。と言う事で主に太一が彼の対応に当てられた。
「一対一の駆け引きならば誰にも引けを取らない自信がありましたが」
と言っているのだから相当である。
「姉さんは岩城さんを未知数と言いましたけれど、相手に実力を知られていない事が強みになると思います」
「でも、沙也加さんは敵のデータを見て戦術を組むタイプでは無いから、私ならこの未知のカードを相手に引かせるわね」
と万里華。
「あのメンバーの中で、岩城君を知っているのは希総君以外では梅谷君だけ。大鳥君ではなく梅谷君を選んだのは、岩城君を自分の方で使う心算だったからね。それも希総君らしい判断だけれど」
「将棋でも遊び駒を作らない指し方に拘りますからねえ」
「これが披露宴の後の余興となれば、全員に楽しんでもらう配慮は必要では無いですか」
と麗一。
「そう言う視点は抜けていたわ」
万里華と華理那は顔を見合わせて笑った。
試合は一進一退。どちらもなかなかブレイクが取れずにローテーションが一周した。
希総の二回目のサーブは先程よりも威力が出ていた。それだけでなく正確に真ん中に居た愛を狙ってきた。総美と沙弥加に鍛えられた愛はこれに対応したが、残念ながら威力を殺しきれずに相手コートに返ってしまう。
「叩け」
と言う希総の指示を待つまでもなく、松木が反応してこれをダイレクトで決めた。
「愛でも無理か」
沙也加は愛を前に出して後ろ二人だけでレシーブするように指示を出した。
続く希総のサーブは無回転のジャンフロ。だがセッターも務める愛はこれをオーバーでレシーブし、沙也加と総美のコンビプレーで希総のサーブを切った。
希総チームが一歩リードと見られたが、沙也加と総美が一回ずつブレイクを取って流れを奪い取る。かつてのライバル二人の奮闘に触発された清子がブレイクを取り返して、一進一退は続く。
ここまでの所、セッターの対角の二人はほとんど目立たない。両セッターが機能しているので見せ場が来ないのである。
先に出番が来たのは愛の方だった。沙也加のサーブでトスが上げられない低いレシーブになった。希総はとっさに判断でボールを相手コートに返し、セッターである沙也加に取らせる事に成功した。ここで第二セッターとしての愛の出番である。愛からのトスを先輩の総美が決める。
続く沙弥加のサーブを今度は希総が自ら拾う。トスを上げるのは岩城。前主将であった梅谷とのコンビネーションでやり返した。
「今トスを上げたあの人って何者?」
と真梨世が興味を示す。
「T大バレー部の岩城正倫。法学部の四年だよ」
と春真が答える。
「希総兄さんの後輩なのに何で新婦側に居たの?」
「千種さんの実父の奥さんの養子で、バレー部に入ったのも千種さんと掟さんの仲介らしい」
「あの三星財閥の創業家の本家筋らしいわよ」
と美紗緒が無邪気にばらす。
「もしかして、私の旦那様候補かしら?」
と問い詰める真梨世に、
「さて、向こうがうちをどう見ているかにもよるね」
とはぐらかす春真。
「希総兄さんはどう言っているの?」
「御堂家の問題に口は挟まないと」
「希総兄さんらしいわねえ」
「お前が直接聞けば、兄としての意見が聞けると思うが」
「辞めておくわ。希総兄さんは駄目と言わなかったのでしょう。ならば後は私が直接会って判断するわ」
取り敢えず第一段階はクリアらしい。
試合の方は希総チームが競り勝ったのだが、最後の一点は希総のツーアタックだった。
「今日は使わないと思っていたのに」
とぼやく沙弥加。
「僕も使わない心算でいたんですが、つい」
と頭を掻く。
華理那と万里華が沙也加チームに、真梨世と美紗緒が希総チームにタオルを配った。
「ありがとう」
真梨世からタオルと受け取った岩城に、
「初めまして、御堂真梨世です」
ひとまず締め。