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現代的男女同権ハーレム 列伝2  作者: 今谷とーしろー
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黒太子お披露目

 四月。神林希総が大学を卒業し社会人としての第一歩を踏む。

 一日には入社式の掛け持ち。午前中には神林ロジスティクス。それまでの専務から社長に昇格して挨拶をする事になる。前社長は勇退して相談役に、副社長はそのままの地位で若き新社長の補佐に当たる。空いた専務の椅子は当面は空席で、現在の役員の中から時機を見て昇格させる事に成っている。

 午後には神林警備保障。やはり社長に昇格して挨拶に立つ。こちらも前社長は相談役に退き、副社長は留任。常務が専務に昇格するが、取締役の肩書は付かない。その代わりとして新たに社外取締役を置いた。元警察官僚で、実はガーデンの構成員で連絡係である。名前は丹羽圭吾。冗談の様だが本名である。

 警備保障の新入社員は後方の事務方と現場の警備方が半々である。事務方の方は式が終わればすぐに仕事だが、警備方には別の歓迎会が待っていた。会社支給の運動着に着替えて道場へ集合する。待っていたのは新社長との組手である。

「君たちの実力を見たい。手加減無しで来てくれ」

 とやる気満々の希総である。

「ルールは相撲と同じだ。土俵とは形状が違うが、場外に出たら負け。足の裏以外が畳についても負けだ。そして基本的に反則は無い」

 当たると危ない頭部にはヘッドギア。拳には指の出るグローブ。肘や膝にも衝撃吸収素材のパット、そしてキックボクシング用のレガースと完全装備である。

 一人目は、顔の前で腕を交差させて突撃。勢いに任せてそのまま場外へ押し出してしまう。

 二人目には、軽いジャブを見せて置いて右足のローキック出足払いを掛けてこけさせる。

「手加減しなくていいんだよ」

 と挑発気味に言うと希総に、

「当てても良いんですよね」

 と三人目が進み出る。素人には受けきれそうにない渾身の右の正拳突きを、希総は軽くいなして懐に潜り込むと右のショートアッパーを顎に叩き込む。

 もはや誰も希総を素人と侮ったりしない。

「現場では武器を持った素人にプロの警備員が苦戦する。何でもありを舐めない様に」

 新入社員たちは誰一人希総に勝てなかった。それどころか一発も技を決められなかった。

「困ったな。僕より弱い社員では僕の護衛は任せられない」

 希総は新卒採用に新入社員たちのデータをすべて頭に入れて臨んでいる。いずれも武術の競技で実績を上げたモノばかりだが、実戦経験には乏しい。そこで実戦経験豊富な人材を適宜採用して質の向上を図っている。これはフランス革命政府のアマルガム制度を参考にしている。

 例年だと新卒者の歓迎稽古(社内では焼き戻しと呼称している)は武術指導員である風間氏が担当するのだが、今日は審判に回っている。

「では指導教官の風間さんにお手本を見せてもらおう」

 風間氏は希総よりも小柄で一見すると武術の達人には見えない。だが、

「はぁ」

 気合を込めて息吹を行うと、周囲の気が張り詰めて体も膨張したように見える。

 希総はまずタックルを仕掛けるが、びくともしないどころか弾き返される。次に左ジャブからの右のローキック。これにも全く動じない。今度は風間氏の方からの右正拳、希総は辛うじて交わすが、左ひざをカウンターが飛んできて懐に入り込めない。

 要するに新入社員たちとの応酬を順番にやって見せている訳だが、希総の技は判っているから受けられると言う甘いモノではない。

 十人分の応酬をすべて再現し、しかも結果はすべて逆。新入社員の方から仕掛けたやり取りもあって、とても事前の打ち合わせで再現できるモノではない。希総は二度場外に出され、三度倒された。と言っても転倒はダメージを避ける為にやむを得ずに逃れた結果にも見えた。

「後は指導教官に任せるよ」

 と言って希総は退室した。新入社員はこれから約半年間の実習期間に突入する。


 そして四月最初の日曜日に希総と片桐掟との結婚式が行われる。

 入籍に関しては二日に行った。

「嘘になると困るから」

 と言って一日は避けたのだ。

 結婚式は新郎新婦の両親だけが立ち会う。そして披露宴は二部構成。第一部は政財界の大物が集まる神林家公式のモノで、二部は友人知人が集まるゆったりとしたパーティだ。

「貴方は第一部には参加しないで欲しいの」

 掟の母である真実女史は掟の父親に対してそう宣告した。

「それは、公の場では父親であると名乗るなと言う事か」

「その通りよ」

 片桐真実は三人の娘を産んだが、娘の父親は全て違い一度も正式な結婚をしていない。上の二人は実の父親との関係が良好で、父親と同じ世界に身を置いて活躍しており、認知もされている。それに対して掟の父は娘と全く交流が無く、認知もしていない。真実と同じ弁護士で、法学部を卒業して司法試験に通った掟は姉たちと同じく父親と同じ道を辿ったとも言えるが、単に母親の後を追っただけだ。

「娘は何と言っているんだ?」

 この話し合いは親同士だけで当事者二人は同席していない。

「全て掟の希望よ。貴方を式に呼ぶのも、披露宴に参加させないのも」

「何故?」

「父親と言うモノの存在を確認しておきたかったそうよ」

 本音はもっと辛辣で、生きている以上は声を掛けておかないと後で面倒だから。だと言う。

「二部の方なら参加は自由よ」

 父親の方としても、披露宴に参加したいのは政財界の大物と顔を繋げる一部の方だ。

「ではバランスを取って、俺も一部は参加しないことにしよう」

 話し合いに参加してた総一郎がそう提案した。総一郎本人としても前総理の肩書があるから一部への出席は気乗りしないのである。

「判った」

 掟の父糟屋智和氏は条件を了解して席を立った。

「当日現れるかしらねえ」

 と状況を愉しげに眺めていた希代乃。

「すっぽかしたら神林家の怒りを買うことぐらい、流石のあの人も判るでしょう」

 と苦笑し、

「こうなると、認知されていなくて幸いだったと言うべきね」

 認知されていないので、法律的には何の権利も有していない。掟の方に少しでも父親に対する情があれば成人後に認知を求めていただろう。裏を返せば、もはや糟屋氏がその気になっても、掟の方が希望しなければ認知は不可能である。


 そして当日。神林邸に近い神社で希総と掟の結婚式が行われた。希総の母希代乃には総一郎が、掟の母真実には糟屋氏が寄り添っている。希代乃もいつもの白いドレスではなく、シックな藍色のドレスである。

 糟屋氏は娘の晴れ姿を見届けて、

「これで失礼します」

 と言って帰っていった。

「母さん。あの人のどこが良かったの?」

 と真顔で聞かれ、

「あれでも昔は切れ者で良い男だったのよ」

 結婚して真実の父親の事務所を切り盛りする筈だったのだが、向こうが姓を変える事をぎりぎりで拒否したので破談となったのである。

「後で聞いた話では、あちらの親御さんが難色を示したらしいわね」

 娘の認知を拒否したのも、いずれ別の結婚相手が出て来た時に負担になるからと言う理屈だったのだが、糟屋氏もついに未婚のまま両親を見送った。

「一つだけ評価できるとしたら、孫の顔を一目だけでも見たいと言い出した両親の希望を押しとどめた事ね。結婚の邪魔をしておいて虫が良すぎると」

 それでも学費を出してくれた恩義に報いて老後の面倒は最後まで見た。

「瀬尾君が作った、今の奨学金制度下であれば、学費の免除が取れたでしょうね」

 車二台で披露宴の会場である神林邸へ向かう。一台目には新郎新婦、二代目にはその両親だ。会場は、普段は希総専用の体育館になっている建物である。この為にいくつかの設備は取り外された。

 一部に集まったのは主に政財界の有力者たち。目的は希総とその新妻の文字通り披露である。

 新郎側には兄である瀬尾矩総官房長官が妻の希理華を伴って参列した。他にも新郎の大叔母である片倉比佐子外務大臣とその娘副島加津乃。娘婿の都知事は不参加である。不参加と言えば城田総理も出席を考えていたが、官房長官が出席するので遠慮した。重要閣僚が同じ場所に集まるのは余り宜しくない。

 財界からは、まず御堂家の代表として春真と妻の美紗緒である。そして美紗緒の実家である室町家からも慶長氏が妻を伴って出席した。何よりも注目を集めたのは三星グループの創業本家の跡継ぎである若き青年岩城正倫だった。創業家と言っても、戦後は経営にはほとんど関与せず、表舞台に出て来ない。この出席も正倫と希総の個人的な交流によるものだ。正倫はT大のバレー部に所属していて、短期間だが希総の薫陶を受けた。彼は二部にも出席予定である。

 次に新婦側であるが、こちらは法曹界からの出席が目立つ。最高裁の女性判事が二名。そして検事総長。新婦の母親が法務大臣なので上司に当たる。真実氏が所属していた弁護士会からも代表が顔を出している。

 式典を取り仕切る司会を務めるのは新婦の友人である滝川千種。披露宴の内容は極めて簡素なので仕切る場面はほとんどない。祝電の披露と、新郎新婦の挨拶の案内くらいだ。祝電として城田総理大臣からの文面を読み上げる。後は送り主の名前だけを紹介する。与党済衆党の三浦幹事長、副島東京都知事、地元の県知事。そして取引のある企業から。

 定番の二人の出会いについては微妙にぼやかされて、希総が大学に進んでから正式付き合い始めたとだけ紹介された。そもそも馴れ初め話に興味を持っているモノは居ない。第一部の参加者の目的は祝福では無く人脈作りにあるのだから。その為に料理も立食形式になっていて、

「それではご自由にご歓談ください」

 と言う千種の言葉で客たちは一斉に動き出す。司会の千種も後は新郎新婦からの締めの挨拶をお願いするだけなので、マイクを切って友人たちと談笑を始めた。

 第一部の参加者は携帯の電源を切った状態で預ける事に成っている。目的を終えた客は最後に新郎新婦に祝意を述べて漸次引き上げていく。神林家としても客たちの動きを複数のカメラで捉えて、誰と誰が接触したか、そして会話の内容も配った名札に仕込まれたマイクで録ってある。外部には出さないが内容は後でまとめて利用するのである。

 客に配られた引出物は神林家自家製の味噌と醤油。非売品なので他所では絶対に手に入らない。そしてオリジナルのカタログギフト。神林家から食品を供給されているレストランの優先予約が取れる食事券である。いずれも半年先まで予約で埋まっている人気店ばかりで、それが最短で二カ月後、長くとも三カ月以内に予約出来る。二人で使えるペアチケットと四人まで使えるファミリーチケット。小学生以下なら量を調整して人数を増やす事も可能。価格帯としては二万から三万だが、値段以上の価値がある。

 締めの希総の挨拶の頃には客は半分程度になっていたがこれもおおむね想定通りである。最後まで残っていた客を出口で見送る新郎新婦。第二部の参加者は別の通路を通って次の会場へとそっと移動した。

 来客がすべて居なくなった後、希総と掟は衣装をもう少し楽なものに変えて第二部の会場である本邸大広間へと向かう。二人が登場すると自然に拍手が起こった。

 希総と掟はそれぞれ母親に連れ添われて左右に分かれてそれぞれの客に挨拶して廻る。人数のバランスが悪いのはやむを得ない所だ。希総の場合、兄弟姉妹が全員揃ったのでそれだけで大人数になってしまうのだ。

 新婦側は予定外の客が一人追加されている。千種の実父の妻の養子である岩城正倫。T大のバレー部に所属しているので希総の関係者でもあるのだが、前主将である梅谷以外とは面識が無いのでこちらに回した。友人枠は女性ばかりだが全員がT大法学部の同期で、岩城にとっては学部の先輩になる。

 媒酌人を務める速水真夏が簡単な挨拶をして乾杯の音頭を取った。友人代表として新郎側が松木、新婦側は千種がスピーチを行った。

 余興として春真が連れて来た楽団員を交えた弦楽四重奏と真梨世の歌唱。続いて希理華と竜ヶ崎麗一による剣舞。新婦側からも姉二人がこの日の為に作詞作曲した新曲が披露された。

 そして最大のイベントがウェディングケーキである。義兄の宮園を中心に父総一郎と義姉沙弥加が協力して作られたクロカンブッシュである。希総と掟はハンマーでこれを小分けに砕いて各テーブルに配っていく。

 最後に希総が挨拶して祝宴は無事終了した。が、しめやかな雰囲気で終わらないのが如何にも彼ららしい。


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