花嫁修業
時系列を考慮して挿入投稿。
十一月に神林希総と滝川万里華がA認定を獲得した。滝川家で行われた万里華のお祝いに滝川千種と片桐掟も招かれた。
「掟さんは、希総君の方は良いの?」
と千里に訊かれ、
「神林家では特に何もしないそうです。認定試験なんてただの通過点で、騒ぐほどの事は無いって」
「希代乃さんらしいわねえ」
と笑い、
「本音は第三者を交えずに息子を祝いたいのだろうけど」
神林家として祝うと広く来賓を招かざるを得ない訳で、
「さだちゃんはまだ身内に数えられていないのね」
と混ぜっ返す千種。
「まだ正式な返事をしていないから」
と真面目に返答する掟。
「やっぱりまれ君の方だったのね」
と万里華。
「やっぱりって。私そんなにばればれだった?」
と動揺する掟に、
「大丈夫ですよ。気付いたのは私以外ではりなちゃんくらいだから」
「りなちゃん?」
「華理那ちゃんの事ね」
と千種が口を挟む。
「ええ。華理那ちゃんと真梨世ちゃんがりな・りせと呼びあっていたから、私もそれに倣ったんです」
「その法則だと私は“くさ”になるわ」
「私なんか“だめ”じゃないの」
「元々は私と真梨世ちゃんを呼び分ける手法だったんです」
なるほど万里華と真梨世では頭二文字がダブっている。
「それで、いつ返事をするの?」
と万里華。
「今回は良いタイミングじゃないの。お祝いに私を挙げる、とでも言えば」
と千種が言うが、
「そう言うのは私のキャラじゃないでしょ」
と苦笑する掟。
「希総君は、保留に成っていた筆卸しが先でしょうねえ」
と千里。
瀬尾総一郎の息子たちは十八歳になったら水瀬麻理奈に筆卸ししてもらうのが約束事であった。
「気に成るなら辞めてもらえば」
と千種に言われて、
「気に成らないと言えば嘘に成るけど、止めるなら昨年の春真君も止めないと不公平でしょ」
「気真面目ねえ。そこがあの希代乃さんから嫁として見込まれた要因でもあるのだろうけど」
と千里。
掟と希総が揃ったのは年を越して三月、総一郎の母みさきの二十三回忌だった。
彼女を迎えに来たのは矩総。同乗したのは千種を初めとして矩総の女ばかり三人。千種と野田刹那はこの時は初対面だった。
読経に並ぶのは総一郎と子供達の他は正妻の矩華だけ。別室で待っている間に、
「もう返事は済ませたの?」
と声を掛けてきた真冬。
「いいえまだ」
と言ってからはっとする。
「私は息子から聞いていたから」
と笑う。
「そうですか。申し訳ありません」
「まあ、縁が無かったって事ね」
と言いながら希代乃を呼び寄せる真冬。
「まだ本人に話していないんですけど」
なし崩し的に母親の方へ先に返事をする事に成った。
「お母様の都合を聞いておいてくれるかしら。息子と一緒に御挨拶に伺いたいから」
と希代乃。
数日後、希代乃と希総が片桐家を訪ねてきた。
「わざわざご丁寧に」
と恐縮する掟の母真実。
「うちも嫁を迎えるのは初めてで」
と言いながら結納品を差し出す希代乃。
「この娘で大丈夫でしょうか」
「実際の入籍は息子が大学を終えてからに成ると思いますので、その間にみっちりと鍛えさせて頂きます」
「え」
希総と掟が同時に声を挙げた。
掟は四月から月に一度のペースで神林邸を訪れる事に成った。初回は希総と総一郎も同席したが、それ以降は希総が居ない時の方が多かった。
「花嫁修業って、具体的には何をしているの?」
と千種に訊かれ、
「家事一般よ」
と答える。
「さだちゃんって、割と出来る方じゃあ」
「自分でもそう思っていたんだけどねえ」
片桐家は女所帯だが、母も姉二人もあまり出来ない人なので、必然的に末の掟がやる事に成る。
「料理に関しては一度に作る量が凄くて」
「希代乃さんの料理は、総一郎さまと一緒に試行錯誤を経た品が多いから」
と千里。
いつぞやは稲荷寿司を作るとか言って、まず油揚げを揚げるところから始めた。揚げたてを直ぐにタレに漬けて行って、ある程度冷めた所で酢飯を詰めていく。掟は酢飯の方を担当させられたのだが、
「何せ、一度に百個も作るのだから」
大きな寿司桶にご飯を大量に入れて均等に酢を行き渡らせるのはかなりの重労働だった。仕上げは希代乃と二人で行ったのだが、
「私の三倍の速度で、それも綺麗に仕上げていくのよ」
出来た所でメイドさんたちがやって来て皿に盛ったり容器に詰めたりして各所に配布して廻った。残った二十個を希代乃と掟、そして待っていた希総と総一郎の四人で美味しく頂いた。
「いつも、使用人たちの分まで作るんですか?」
「時間が有る時はね」
マンションで希総と二人暮らし、の時にはほとんど毎日希代乃が作っていたのだ。それに比べれば、実家ではメイドが居て料理をする機会はめっきり少ない。
「ほとんど?」
「総一郎さまが来る時は、先に来て作って待っている事が多かったから」
「ハーレムでは基本的には俺が料理を作っていたんだよ」
「なんだか、普通に聞くハーレムと言うモノとイメージが違いますね」
料理はまだいい。問題は掃除だ。
「神林本邸はとにかく広いから」
数回に分けてすべての個所の掃除を行った。
「神林家の家訓は率先垂範だから」
とにかく一度体験しておけば、指示を出すにも説得力が増す。
「今いるのはベテランばかりだけど、将来的には新人を教育する機会も有るだろうからね」
実際に行うのは先輩のメイドだとしても、雇用主が実際の作業を知っていると居ないとでは使用人の士気が違う。
「一つ立ち入った事を聞いても良いですか?」
「なに?」
「神林邸に戻る時に希総君を連れて来なかったのは何故ですか?」
異母兄弟を一緒に育てた目的に付いては希総や春真から聞いていた。だがその目的はすでに達成されたのではないか。真冬の引っ越し先は県外なので、春真を連れていくと高校を変わらないといけないのだが、希代乃が移った神林邸は同じ市内で通学も支障が無い。
「希総君と春真君はとても仲の良い兄弟です。私を挟んで取り合いをしていても、決して足を引っ張り合う様な事も無く。だから私も決断できたわけですけど」
掟を二人に紹介した矩総は、二人の絆の強さを試したかったのかもしれない。
「子育ての上で重要な関門の一つが親離れだと思うの。私自身、親元を離れて総一郎様の元へ行って大きく成長できたと思う」
「ご両親も良く許可を出しましたよねえ」
「母は初めから私の味方で、父は婿養子だから娘の養育に付いては一切口を出せなかったの。それでも相手の事はこっそり調べたみたいだけど」
調べた結果、相手の瀬尾総一郎が実は神林家の血を引く運命の子だと判った訳だが。
「良い機会だから話しておくけど」
と前置きして、
「神林家の継承形式としては、代々の跡取り娘は敷地内の別邸で育てられて、婿を取った後も暫くはそこで暮らす。そして先代の隠居と共に本邸と別邸を入れ替えるのだけど、その際に次の代を担う娘はそのまま別邸に留め置かれて祖父母に養育される。だから私も暫くは亡くなった祖父母に育てられたのだけど。希総は戻ってきたらそのまま本邸へ入れます。それと言うのも、これまでの神林の娘は血統を次代に次ぐ為の存在で、会社経営には直接関与しなかったから。けれど跡取り息子として生まれた希総にはみっちりと帝王学を仕込む必要が有るの。マンションでの二人暮らしの時には母親としての顔だけを見せてきたけど、次に同居する時には今までとは違った対応をする事に成る。その時には貴女が傍にいて息子を支えてやって欲しいのよ」
「どちらかと言うと、希代乃さんの子離れの方が大変そうですね」
掟は笑った。
七月某日。マンションの地下に車を留めてエレベーターで上がる掟。一階で扉が開いて乗って来たのは、
「こんにちは、片桐さん」
最上階の住人、西条沙弥加である。年齢は掟の方が一つ上だが、沙弥加は希総の異母兄西条総志の配偶者なので、将来的には義理の姉に成るのだろうか。まあそう言う関係が無くても、沙弥加は落ち着いた雰囲気で年下には見えないのだが。
「いま、お帰りですか?」
「ええ。片桐さんは希総君のところへ?」
「ええ」
ここで丁度携帯が鳴る。
「え、今エレベーターだけど。用が有って遅れるの?」
「希総君?」
と沙弥加が聞いて来る。掟が頷くと、電話を取り上げて、
「女の子を待たせるものじゃないわ。帰ってくるまで、うちの部屋でおもてなししておくわ」
と言う訳で五号室に招き入れられた。
「この部屋は、元は西条のお義母様が使っていらして、子供が生まれてからはここでみちるお義母さまが子供達の面倒を見ていたから、通称子供部屋と呼ばれていたんです」
と言いながら紅茶を出してくれる沙弥加。店から持ち帰った箱を開くと、
「珍しいでしょ。お店には絶対に出ないケーキの切れ端の詰め合わせ」
色々な味のケーキが少しずつ楽しめる。総一郎の時代から、子供たちへのお土産として持ち帰っていたらしい。
「総志はあまりケーキを食べないから」
「甘いモノ、お嫌いなんですか?」
「そうじゃなくて。一応アスリートなので、食事には気を使っているんです」
「美味しいですね。この紅茶も」
「淹れ方は、希代乃さん直伝で」
沙弥加の母波流歌は希代乃と小学校時代の友人で総一郎を巡るライバルだった。
「今の希代乃さんからは想像もつかないけれど、当時はぽっちゃりしておっとりとした性格だったらしいですね」
「話には聞いているけど、見せてもらった事は無いわね」
「実家には昔の写真も有りますよ。今度持って来ましょうか」
「興味はあるけど」
希総が戻って来て部屋をノックしたので話はそこでお仕舞いに成った。
「遅れて済みません。実はちょっとした頼まれごとをされたので」
話を聞いた掟は、
「それは是非ともやるべきだと思うわ」
と背中を押した。
この翌週、神林邸に赴いた掟は先客を見て驚いた。
「母の昔のアルバムを持ってきたの」
と沙弥加。
「片桐さん、希代乃さんに黙って見るのを躊躇っているみたいだったから」
「見て良いんですか?」
と訊ねる掟は、
「あら、どうして駄目だと思ったの?」
と逆に聞き返されてしまった。
「その。小さい頃の写真は見せて頂けなかったから」
もしかして触れてはいけないかと思っていたのだが、
「この頃の写真って私も余り持っていないのよ」
そもそも希代乃が写真に嵌ったのは、志保美との写真のやり取りがきっかけだったのだ。志保美が総一郎を撮って送り、その代わりに自分の写真を返すと言うやり取りが続いた。
今と印象が違って丸顔だが、ツンと尖った鼻と円らな瞳におちょぼ口と言ったパーツそのものはそのままである。同一人物だと知っていれば見分けることはさほど困難ではないが、知らずに見たら普通は気付かないだろう。
「十年ぶりに再会して、直ぐに私だと判ったのは総一郎さまとはるちゃんだけだったわ」
丸顔の希代乃の隣に総一郎。それを挟んで反対側に居るのが、
「うちの母よ」
娘の沙弥加と面ざしは似ているが、やや吊目である。
「この構図はなんとなく見覚えが有りますね」
と掟。
「今ははるちゃんの位置に矩華さんが収まっているわね。目付きの鋭い所もそっくり」
と笑う希代乃。
「このアルバム、データとして取り込みたいから、暫く貸しておいてくれない?」
「ええ。そのつもりで持って来ました」
そして師走を迎えた某日。掟は千種に連れられて大学近くの喫茶店へ入った。ここはその昔総一郎と矩華が再会したところなのだが、それはさておき、
「やあ久し振り」
待っていたのは矩総と希総。
「当選おめでとうございます」
と掟。
「神林家の後援のお陰ですよ」
と謙遜する矩総。
「あら。私もネットで見ていたけど、中々出来る事じゃないわよ」
「さだちゃんが見ていたのは、時々移り込む希総君の方じゃないの」
と笑う千種。
「忙しいでしょうに、今日はどんな御用で?」
と話題を変えようとする掟。
「実は、春真が結婚したので」
「結婚、した?」
と目を丸くする掟。
「正確には、僕らの母親が証人の署名をした婚姻届をもって実家に許可を貰いに行ったところだけどね」
「そこまでしなくても、マフユさんは許すと思うんだけどなあ」
「で、お相手は?」
「室町美紗緒嬢。関西経済界の巨頭・室町道長氏の末の孫娘。と言うよりも元参議院議員室町武広氏の娘と言う方が判るかな」
「もっと判り易く言うと、今度の選挙で兄さんに負けた人」
と希総が言い添える。
「おめでたい話だけど、釈然としないわねえ」
話を聞いた掟は複雑な表情に成った。
「さだちゃんに振られてからまだ半年だものねえ」
と乗っかってくる千種だが、
「実際には、もっと早くに伝えてあったんじゃないの?」
と矩総に言われ、
「クリスマスパーティの後です」
と告白する掟。
「全く気付かなかった」
希総は怒るよりも安堵を見せた。
「兄さんはいつから気付いていたの?」
「僕も華理那に指摘されて初めて気付いた。こう言う話だと女性の方が鋭いな」
と苦笑する矩総。
「ともあれ、美紗緒さんの歓迎会をするので、二人とも参加して下さい」
と言って招待状を差し出す希総。
「この日って」
と千種が言うと、
「僕は別件が有って出られないので、代理を頼むよ」
と矩総。
「私、どんな顔して会えばいいのかしら」
と困り顔の掟。
「僕が見た限りではそう言う事を気にするタイプには見えませんでしたけどねえ」
と矩総。
「僕も二度ほど会った事が有るんですが」
と希総が言うと、
「どう言う事」
と喰いついて来る掟。
「片桐さんも夏の大会に応援に来てくれましたよね。あの時の対戦相手を覚えていますか?」
「確か、室町洛南。って。まさか?」
「美紗緒嬢ご本人は市内の北女の生徒ですけど、室町洛南は実家が経営に関与している学校と言う事で何度か応援に来ていたんです」
「なんだ。じゃあ相手が逆になる可能性も有ったのか」
と矩総が言うと、
「どうだろうねえ。片桐さんが僕じゃなくて春真兄さんを選んでいたとしても、美紗緒さんの誕生会に神林家の代表として送り込まれたのはやっぱり兄さんだと思いますよ」
「それなら、五人目に成っていた可能性の方が高いわね」
と千種が笑う。
「僕は自分からアプローチした事は無いんだが」
と首を傾げる矩総であった。
歓迎会の後の月曜日から、美紗緒の花嫁修業が始まった。きっかけは朝食。美紗緒は歓迎会をやったのと同じ共用スペースへ連れて来られた。テーブルには既に矩総と希理華、その斜め隣に希総と太一が並んで食事を始めている。制服の上にエプロンを付けた華理那が給仕をしてくれる。
席に付くと斜め隣の希理華が、
「もう慣れた?」
と声を掛けてきた。
「いつも皆さんで朝食を?」
「今日は特別よ。私たちは歓迎会に出られなかったから」
矩総と希理華は同日に開催された竜ヶ崎麗華の誕生会の方に参加していたのだ。
「お口に合うと良いのだけど」
給仕を終えた華理那が空いている席に付く。
「この量を華理那さん一人で作ったんですか?」
「昔は、父が全員分の朝食を作ってここで一緒に食べていたらしいよ。子供たちが生まれて成長してからはここの部屋で別々に摂るようになったけど」
と春真。
「うちで一番家事スキルが高いのは父さんで、それを直接伝授されたのが華理那だからね」
と矩総が解説すると、
「料理の技術に関しては一部うちの母さんが教えた事も有るけどね」
と希総が補足する。
「美紗緒さん、料理は出来るの?」
「あんまり得意ではありません」
「じゃあ一緒にどう?」
と言う事になった。
「先輩も料理は苦手なのですか?」
「全くでは無いけれど。矩総君の好みを知っておこうと思って」
そんなこんなで一カ月。
「今日はゲストを呼んで試食してもらおうと思います」
現れたのは美女二人。
「麗華の方は一度会っているわね、そっちの長身がかの有名な野田刹那よ」
と希理華が紹介する。刹那は御堂大学の一年。今年の世界陸上で入賞し、来年の五輪の出場を決めている。
「間近で見ると大きいですね」
美紗緒は隣に立って背比べしている。
「うちの夫と比べて」
「つな姉の方が若干高いですよ」
と華理那。
「それにしても、二人ともこっちに来たの」
「先輩なら部屋でお仕事です。いよいよ国会が始まるから」
と刹那が言うと、
「千種さんと二人で?」
と眉を顰める希理華。
「秘書の方がもう一人。確か鎌倉さん、でしたっけ」
と麗華が言うと、
「ああ、うちの父です」
と美紗緒。
「え、美紗緒さんって旧姓は室町じゃあ?」
「父は離婚して旧姓に戻したんです」
華理那がその間の経緯を説明に入る。
さて希理華と美紗緒の作った料理をみんなで食べる。
「味の方はだいぶ良くなりましたね」
と褒める華理那。
「後はもう少し手際が良く成れば。まあこれは慣れて行くしかないですけど」
「華理那ちゃんは昔から手際が良かったけどね」
と刹那が言うと、
「私は几帳面過ぎて手が遅いと言われます」
「あれで遅いの?」
と希理華と美紗緒が目を丸くする。
「私は性格的に手が抜けなくて。父は良い意味で手抜きが得意なんです」
「几帳面なところは母親似なのかしら」
と感心する希理華。
「お二人は料理の腕前は?」
と美紗緒。
「私は小さい頃から母のお手伝いをしていたから」
刹那はいわゆる女子力が高く、料理や裁縫、おしゃれまでこなす。
「竜ヶ崎では家事一般も修行の一部です」
竜ヶ崎古流には野外のサバイバル術も含まれるので、食べられる山野草の知識から、野生動物の仕留め方、裁き方まで習得すると言う。
「機会が有れば野生肉の鍋を御馳走しますよ」
と希理華。
そこから茶飲み話が始まる。
「アルバムってありませんか?」
と訊いて来る美紗緒。
「うちはあまり写真を撮らないんです。母が撮られるのが嫌いで、兄は外部記録装置を必要としない人ですから」
それでも父の総一郎が絡んだイベントでは写真を撮る事も有る。総一郎の母みさきが過剰な写真嫌いで遺影を用意するのに苦労した記憶があるからだ。
「美紗緒さんが見たいのは小さい頃の春真君でしょ」
と希理華。
「それなら希代乃さんのところへ行けば見られると思いますよ。あの方は写真道楽だから」
話題は自然に春真の話に成る。
「春真兄さんは、兄弟の中では断然ムードメーカーで」
と華理那。
「私が生まれた時、真冬さんは身重で、自分も妹が欲しいとねだったとか」
三姉妹が同年に立て続けで生まれた事から自然に三組にグループ分けされた。総美と総志の双子は末の妹恭子を可愛がり、矩総と春真はそれぞれ同母の華理那と真梨世、一人っ子の希総は学校に行っていなかった矩総の代わりに華理那の面倒をみる事に成った。
「これは私たちが小学校に上がった時の写真で」
華理那は希総と、真梨世が春真と、恭子が総志と手を繋いでいる。
「貴女達兄妹は校内ではとにかく目立っていたものねえ」
と笑う希理華。
「私が一緒だったのは小学校だけで、春真君とは学年も違うから接点もほとんどなかったけど、春真君はどちらかと言うとさーや派だったと思うわ」
「あの当時はきぃ姉派かさぁ姉派かに二分されていたものね」
「比率としては七・三から八・二で希理華姉さん派が優勢でしたけど」
「そんなの誰が数えたの?」
と苦笑する希理華に、
「総美姉さんですよ」
と真顔で答える華理那。
「それは、信憑性が高いわねえ」
「春真兄さんは顔だけでなく二人の性格まで熟知した上で選んでいますから」
「なに。私の性格に問題でも?」
と気色ばむ希理華。
「春真兄さんは基本構われたがりなので、一人で黙々とやる希理華姉さんよりもみんなで高め合うタイプの沙弥加姉さんの方が性に合うんです」
「それだと、私やつな姉も射程外ってことよねえ」
と麗華。
「はる君の場合、単純に小さい女性が好みなのだと思うけど。だって私は全く女の子扱いされなかったもの」
「刹那姉さんは、小学校の高学年くらいから春真兄さんと同じくらいの身長でしたものねえ」
と華理那。
「私が春先輩と知り合ったのは高校だけど、片桐さんに紹介された直後だったから、全く相手にされなかったわ」
「それは結果として麗華さんを潜在的なライバルたちから遠ざけた事に成るわねえ」
と笑う美紗緒。
「まさかそんな。でも」
あり得ない話だが、もしかしたらと思わせるのが矩総だ。
「嬉しそうねえ」
とからかう希理華に、
「それは、でも。私の存在を知っている事が最低条件だし」
と理屈っぽい麗華。
「存在は知っていましたよ。確か私が中学に上がる直前に、竜ヶ崎の小父様から子供の写真を見せて頂きましたから」
竜ヶ崎規弘は自分の子供のどちらかが総一郎の子供達と結婚すれば良いな、と話していた。
「すると華理那さんは以前から麗一を知っていた訳ね」
と切り込む麗華に、
「ええ、顔だけは」
一瞬しまったという顔を見せたが直ぐに冷静な表情に戻る華理那。
「だけど」
「判っているわよ。あの子の方からアプローチしたって事は」
一号室から内線電話が入る。
「え、美紗緒さんの料理の腕前ですか?」
掛けてきたのは千種。美紗緒の父が来ているので、娘の手料理でもてなしたいと言う意向らしい。
「下拵えは済んでいるから、後は仕上げと盛り付けだけだって言うのだけど」
と華理那。
「やります」
と乗り気の美紗緒に、
「何か先を越された気分だわ」
と苦笑する希理華。
「希理華姉さまはもう少し修業が必要だと思いますよ」
と華理那。
「美紗緒ちゃんの本命は愛しの旦那さまなんだし、お父様はある種実験台よねえ」
と笑う刹那。
「それは娘を持つ父親の宿命でしょうね」
一号室へ迎え入れられた美紗緒。久しぶりに会った娘に驚く鎌倉氏。
「ここに住んでいたのか?」
「あれ、ご存じなかったんですか?」
「御堂春真さんと美紗緒さんのご夫妻は同じ階の六号室ですわ」
と千種。
「もう新居に引っ越したものかと」
「高校を卒業するまではここの方が便が良いので。と言っても三学期はほとんど登校しませんけど」
「じゃあ美紗緒さん、台所はこちらです」
「お前が作るのか?」
「ええ。お父様に花嫁修業の成果を見て頂きますわ」
「道香は、お嬢様育ちで料理が全く駄目だったからなあ」
台所へ行ってみると、
「ほとんど出来ているじゃないですか」
「ええ、最後のひと手間。でもこれが料理の出来を左右します。お願い出来ますか」
鎌倉氏は上手い上手いと絶賛で、美紗緒は面目を施した。