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現代的男女同権ハーレム 列伝2  作者: 今谷とーしろー
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歌姫降臨

真梨世(&春真)

 御堂真梨世は八月に二十歳になった。

 昨年は祖父の法事に参列するために帰国したが、今年は滞在先で誕生日を迎えた。その代わりに母の誕生日である十月に帰国するべく準備を進めた。

 真梨世は声楽を学ぶために海外留学中した。御堂家のご令嬢と言う立場なので国内では活動に制約があったのだ。

 声楽のレッスンの傍ら、腕試しを兼ねて顔を隠して歌を配信した。それなりのフォロワーが付いたのだが、その歌唱力の高さが逆に仇となり、歌っているのはAIなのではないかと論争が持ち上がったので、兄春真の助言を入れてすっぱりと配信を辞めて、データもアカウントごとすべて削除した。ほとんどが生配信だったので、本人の手元にはデータは残っていない。真梨世も知らなかったが、兄がすべて記録保存していた。

 真梨世が生配信を辞めた後、直ぐに偽物が現れた。それも一人では無く立て続けに五人。誰が本物歌で論争になったが、真梨世本人はその後の展開には一切関知していない。帰国して初めて兄から状況の説明を受けたくらいだ。

 推移を見守っていた兄春真も積極的な関与はしなかった。

「何なら本人特定をしようか?」

 と希総に訊かれた。彼ならば造作もない所だが、

「そこまでするまでも無いな」

 現状では罪に問えるレベルではない。アカウントの乗っ取りならともかく、只のなりすまし。それも本人だと明言している訳では無く、偶々同じハンドルネームを名乗ったと言われればそれまでだ。何よりも、

「御堂家内部の問題なので、神林家に余計な借りを作りたくない」

 今のところは真梨世に危害が及ぶ訳では無く、もしそんな事態であるならば春真から頼むまでも無く希総が自主的に動くだろう。

 さて真梨世本人はその間に何をしていたのか。需要は少ないが彼女が本当にやりたい事、歌曲の聞きどころを歌って紹介する配信を始めた。

 前回の反省を踏まえて、顔の上半分を仮面で隠して口元を映すことで実際に歌っている事を証明するとともになりすましがし難くなっている。仮面も男性と女性の二種類を用意して、交換する際にはカメラを止めるのではなく後ろを向いて一発撮りである。

 男女を一人で歌い分けるのは、彼女の広い音域があってこそであるが、発想の根源は兄がやっていた一人演奏会。そして真梨世が師匠と呼ぶ水瀬麻里奈の舞台に行きつく。麻里奈の音域は真梨世よりは僅かに低くくて男女どちらの役も自在にこなせる。真梨世も少年役なら出来るが、大人の男性となるとやはり無理がある。

 顔出しをしないのは、身元がばれない様にする為だ。母親にそっくりな顔立ちなので、出せば直ぐに特定されるだろう。バレると危険と言うよりも、正当な評価が受けにくくなると言うのが問題だ。御堂家はそちらの方面に強い人脈があるのでどうしてもバイアスが掛かってしまう。

 初回の配信を見た春真は左右で形状の違う特注の仮面を送って来た。右側が女性、左側が男性になっていて、

「真ん中にマイクを立てて、女性パートを歌う時には右面を画面に見せて、男声パートを歌う時にはその逆にすればいい」

 と提案してきた。古いアニメキャラから発想を得たらしい。

 新しいアカウントでは”仮面の歌姫”間遠美芹と名乗った。これは麻里奈の舞台に上がった時に用いた仮名であり、使用に当たっては師匠の承認を貰った。

「海外留学中と言う設定にも合致するから良いわよ」

 劇団の公式ページからもリンクを張ってもらった。

 前の企画とは客層が全く異なり、初めはアクセス数が少なかったが次第に評判となった。帰国する頃には前のアカウントの再生数を越えた。市場規模(興味を持っている人間の数)を考えると驚異的な数字である。

 帰国に当たって、母へのサプライズを狙ってこっそりと行おうと思った真梨世だが、カードで航空便を予約すればバレるだろうと考えた。

「帰国便を希代乃さんのルートで予約できませんか?」

 と打診したが、

「真冬へのサプライズは良いけれど、誕生会を企画する方面と連絡は付いているの?」

 と指摘されて兄へ連絡を取った。

「そこは俺のカードを使っても良いけれど」

 春真は既に経済的に自立していて母のチェックを受けていないが、

「もともと頻繁にチェックする人じゃないからバレないと思うぞ」

 実際にそうだったが、

「それよりも」

 と春真は自分の計画に妹をも巻き込もうとした。

「美紗緒の為のコンサートを計画しているんだが、出来ればまりにも舞台に立って欲しいな」

「お義姉さんの為なら」

 と言う訳で様々な調整の末に真梨世はコンサートの前夜に帰国した。美紗緒に対するサプライズもあるので、真梨世は御堂家の本邸へ泊った。本家の恵美様には事前に春真から連絡が行っている。本家が相手では流石の真冬も苦情は言えない。

「若い頃の奥さまによく似てこられましたね」

 と迎えに来た執事長が言う。この場合の奥さまとは当然だが真冬では無く本家の恵美様を指す。執事長は真冬の事は若奥様、あるいは当代様と呼称する。

「三人の姪の中から母を跡継ぎに選んだのは自分に一番似ていたからと言うのは本当なのかしら?」

 と真梨世。

「それも理由の一つではあったでしょうが」

 若くして亡くなった真冬の母江利の遺言が影響していたのだろう。と執事長は言う。

「お祖母さまの?」

「江利様の御遺志は、速水家を速水氏の息子である瀬尾総一郎氏に継がせる事。但し総一郎氏は御堂家の血を引いていないので、自身の娘である真冬様と娶せる事が条件でした」

 総一郎が速水家の相続を拒否したので、速水と御堂の両方の血を引く長女の真夏が速水家を相続した。真夏が総一郎氏と真冬様を結び付けたのは亡き母の御遺志を少しでも生かそうとした結果であり、春真は江利が待ち望んだ男子継承者であった。では真梨世は?

「真冬様にとって真梨世お嬢さまはもう一つの夢ですね」

 自分の様に家の柵に囚われずに自由に生きて欲しい。

「好きにして良いわよ。とは言われたけれど」

 母の叶わなかった夢を娘に託す、と言う話でもなさそうだ。

「そもそも母様は何故御堂家の継承を受け入れたのかしら?」

「それは私の口からは申せません」

 執事長は意味深な笑みを浮かべた。

「お帰り。真梨世」

 御堂邸に到着すると恵美様が出迎えてくれた。

「まだ起きていらしたのですね」

 いつもなら寝ている時間なのだが、

「かわいい孫が帰ってくるのですもの」

 血統的には姪孫になるのが、

「お元気そうで何よりです」

 昔から実年齢よりはだいぶ若く見えるのと言われていた恵美様であるが、昨年に身近な人間を立て続けに亡くして若干老け込んだイメージである。それでもまだ四十代後半から五十の頭ぐらいに見える。真梨世と並べば母と娘で通るだろう。

「貴女ももう飲めるでしょう」

 と飲んでいた自家製の蜂蜜酒を勧めてくる。

「頂きます」

 小さなぐい飲みに注がれた蜂蜜酒を一口で飲み干した真梨世。

「意外に甘くないですね」

「糖が発酵熟成してアルコールに変わるから、度数が上がるほど糖度が下がるわね」

 売る為にはその熟成度を一定に保つ工夫が必要になるが、今の所販売する予定はない。原材料となる蜂蜜自体の生産量が少ない事もある。

「真梨世も大分大きくなったわね」

「どこを見て言っているのですか」

 恵美様も視線は顔から少し下を向いている。

「真冬も、顔立ちは私に似ているのに、胸だけは実母寄りなのよねえ」

「江利お祖母さまも巨乳だったのですか?」

 真梨世は実祖母を遺影でしか見たことが無い。

「まあ姉妹の中では一番大きかったわよ」

 長女の恵みはまあ平均よりやや大きめ。末の不破映見はスレンダー体型で、娘の瞳にも遺伝している。

「もう少し飲む?」

 と訊かれ、

「明日があるので」

 と断る真梨世。

「私もチケットを頼めば良かったわ」

「兄さんの事だから、きっちり映像で残すでしょうから。後でご覧になれますよ」

 そう言って真梨世は部屋に下がる。

「無事に着いたみたいだな」

 部屋から兄の春真へ電話をする。

「スケジュール関しては爺に伝えておいたけれど」

「帰りの車の中で説明を受けたけれど」

 と真梨世。

「肝心の曲目をまだ聞いていないわ」

「それは任せるよ」

「伴奏は?」

「俺のバイオリンだけ。じゃあご不満かな?」

「いつものパターンね」

 家族内ではよくやった事だ。規模に関しても合唱コンクールでソロパートを歌った経験がある。留学先でもモブとして紹介を受けたのだが、声量があり過ぎて悪目立ちすると言う理由で弾かれた。

「じゃあ、…でお願い」

「了解」

 そして翌日。

「やあ。調子はどうだ」

 と兄が控室で出迎える。

「さっきまで父さんと母さんが居たんだけれど」

 鉢合わせしない様に時間調整をしていた訳だが、

「バレていないかしら?」

「少なくとも母さんは気付いていないね。父さんの方は」

 と首を捻って、

「神林家が嗅ぎ付けていない限りは大丈夫」

「私、最初に帰国について希代乃さんに相談したのだけれど」

 正確な日程は教えていないが、

「それなら知らないか、知っていても黙っているか」

 総一郎が知らないことが不利益になるなら教える筈だが、この場合はそれに該当しない。

「じゃあ希総兄さんの方は?」

「父さんに知らせないことを息子の希総に知らせる筈はないけれど、希総が自分の情報網を使って知る可能性はあるかな」

 帰国を知っていれば、網を張って情報を知ることは可能だ。しかし御堂家のお家事情にそこまで首を突っ込んでくる事は考えにくい。

「何かの拍子に知ってしまう確率が一割程度、知ったとしてそれを父さんに話すかどうかとなると、二割弱ってところかな」

「そもそも父様が知っていたとして、母様に話す可能性は」

「それこそゼロだな」

 と言う点で兄妹は一致した。

「一番肝心の義姉さまは大丈夫なの?」

「みぃしゃにはサプライズゲストがあるとは言ってあるけれど」

 美紗緒は気になる事があればとことんまで突き詰めて考えるが、そうでない事には極めて無頓着だ。夫がサプライズだと言ったら、それ以上は追及せずに楽しみに待つだろう。

「じゃあ本番まではたっぷりあるからゆっくりしていてくれ」

「出番が有ると良いわねえ」

 三曲演奏して間に十分ずつの休憩を挟むのでおおよそ二時間程度の予定だ。

 一曲目は美紗緒からのリクエスト。二曲目は春真が選んだピアノ協奏曲。そして三曲目は楽団員が衆議の末に選んだ曲となる。

 春真は左利きなので指揮棒は左手に持つ。それ以外は極めてオーソドックスな指揮をした。観客の中には若手の指揮者が何人もいた。この楽団創設の話を聞きつけて声が掛からないかと期待していたモノたちだ。

 楽団に指揮者は一人。若手が取って代わるのは容易ではない。そんな状況下にあって常設楽団が一つ生まれれば、指揮者の椅子が一つできると言う事もである。その初回公演で指揮棒を揮うのが素人のオーナーだと聞けば心穏やかではいられまい。

 演奏会の後でのインタヴューで、

「二回目の演奏会でも指揮されますか?」

 と訊かれた春真は、

「二回目があると良いですね」

 と軽く受けて、

「自分で指揮棒を握った第一の理由は人件費の削減。それと楽団員を集めた当事者の責任。上手く行かなかったら素人指揮者の所為にすればいい」

 ここで表情を引き締めて、

「それぞれの演奏者はこの耳を使って集めましたけれど、指揮者の優劣だけは実際にやらせてみないと判らない。だから次回は候補者を募って楽団員たちに選んでもらう心算です」

 この指揮者選抜コンクール自体が巧妙な宣伝戦略となる。

「ところで、あの仮面の歌姫は何者なのですか?」

 敢えてスルーしていたが、真梨世は仮面を付けて舞台に立っていた。頭からすっぽり被るタイプなので覆面と言うべきかもしれないが。

「それは内緒だ」

 春真は人差し指を立てて唇に当てる。

「あの子は顔を隠す条件で舞台に立っているからね」

 会場を後にして、楽団と家族一行はホームへ帰還する。御堂家の料理人が来て慰労会の準備していた。

「諸君。今日の舞台は大成功と言って良いだろう。既に次回公演を自分の所でやって欲しいと言う申し込みが入っている」

 会場から一斉に拍手が沸き起こる。

「さて諸君が最も気になっているであろう事案を解決しておこう」

 と言って妹の真梨世を壇上に上げる。

「うすうす察している人間も多いと思うけれど、うちの妹だ」

「御堂真梨世です」

 と本人が名乗ると自然に拍手が起きた。

「もしかして外で喋っちゃいけない案件ですか?」

 と訊かれたが、

「この娘が公の場で歌うのは初めてではないし、取材に来た記者たちが無能でなければすぐに素性はバレるだろうね」

 最新のクラシック雑誌に特集記事が組まれが、

「私のところにも取材申し込みがあったわよ」

 と言ってきたのは水瀬麻里奈。

「凄いですね。そこまで突き止めましたか」

 取材に来た記者の同行者が麻里奈の舞台の常連で真梨世の歌も聞いたことがあったらしい。

「私のプライベート以外の事は一通り喋ったわよ」

 隠されたプライベートとは言うまでもなく総一郎との関係の事だ。麻里奈の劇団の本拠は御堂財団の管理下にあるのでその関係で真梨世を引き受けたと言う設定になっている。

「それはお手数を掛けました」

 一部で幻の女優を言われた水瀬麻里奈が雑誌の取材を受けるのはこれが初めてだった。

 水瀬麻里奈の一般的な知名度は低い。本業の演劇界では知る人ぞ知る存在で、名前を知っていても実際に見た人間はその一部である。実際に見ていない人間は否定的に語るが、見た人間で彼女を褒めない人間は皆無と言っていい。キャパの小さな本拠の劇場にしか立たず、その観客の八割以上がリピーターなので、新規は毎年わずかしか増えない。ここ数年は、毎年のように演劇賞の候補に挙がるのだが、本人は乗り気でない。

「別に賞を貰っても得はしないから」

 客席は常に満員。下手に賞を貰って客層が変わるのは望ましくない。

 他に顔出しをしないと言う条件で展開する声の仕事がある。別名義で行うラジオ放送と声優業だ。この両者の客層が意外に交わらない。

 そして両者と更に異質なのが政界関係。麻里奈の妹希理華は現官房長官である瀬尾矩総夫人なのであるが、麻里奈が両親と姓が異なっている事も有って知っている人間は少ない。

 慰労会に話を戻そう。春真は妻の美紗緒と、真梨世は母の真冬と一緒に会場を回った。

 春真は思いがけない顔を見つけて驚いた。

「片桐さん?」

「二番目のお姉さんよ」

 と美紗緒が紹介する。

「彼氏がお世話に成っています。次女の片桐奏です」

 隣にいたトロンボーン奏者が釣られて頭を下げる。

「ああ。名倉君の連れだったのか」

「お陰様で、ご挨拶に伺えそうです」

「大臣の娘さんと結婚するのに無職無収入は流石に拙いモノなあ」

「うちの母も余計なハードルを挙げてくれたものです」

 と奏も乗って来た。

「それについてはうちの兄も一役買っているから」

「名倉さん、のご両親の方は大丈夫?」

 と美紗緒。

「うちの親はそこそこに売れている作曲家でして」

「そこそこってレベルじゃないでしょう」

「名倉って、まさか名倉禄郎?」

「ええ。僕は息子で悟郎と言います」

「有名なの?」

 と頓珍漢な反応をする春真。

「俺は余り曲名を覚えないから」

 サビを聞いたら知っている曲もいくつか行き当たった。

「親と同じ業界で働くのは色々と大変なんだよねえ」

 と共感しあう春真と名倉ジュニアだった。

 一方の真梨世と真冬の方は、初めは遠巻きに眺められていたが直ぐに馴染んだ。御堂家が社是に掲げる美容と健康は世の奥さま方の最大の関心事であり、真冬は自ら広告塔として活動していたからだ。真梨世と真冬は顔立ちがそっくりであり、だからこそ御堂家の製品の効果が実感できる。真冬は二十歳を越えた子供がいるとは思えない若々しさを保っていた。

 真梨世と真冬はそっくりであるが、唯一の違いが髪質である。綺麗なストレートヘアである母に対して、娘の髪質は父親譲りの曲っ毛である。高校まではストレートパーマで揃えていたが、留学後は普通のトリートメント(無論御堂製)だけ。長さ的には矩華と同じクレオパトラカットなのだが、良い具合にカールしている。これを見た矩華が、

「私もパーマを掛けてみようかしら」

 と言ったくらいだ。

「ところでお嬢さん」

 と楽団員の一人。

「我々はお嬢さんの歌声を直に聞いていないので、是非一曲」

「それなら兄さまに伴奏を」

 と話を振られた春真は、

「まりも彼らの演奏を聴いていないだろう」

「それなら弦楽四重奏と行きましょう」

 とコンマスを務める三雲修斗。

「もちろんヴァイオリンの一人は自分が務めますが」

「判ったよ。もう一人は俺が受け持つ」

 ヴィオラとチェロからもそれぞれ一番手が参加して急造の四重奏団が立ち上がった。

「楽しそうねえ」

 真冬は美紗緒に近付いて声を掛けた。 

「そうですね。同等の演奏家と合わせられる機会は滅多に無いですから」

 ピアノは両手の十本の指を駆使して同時に十音を鳴らせるから一人で完結できるが、ヴァイオリンとなると同時に出せるのは一音なので他の奏者・楽器との協演が必要になる。

「あの子に音楽の道を選ばせなかったのは私の失敗かしら?」

「それをされると、私との縁が切れるので」

 と笑い飛ばす美紗緒。

「そもそも選んだのははーりん(春真とダーリンを組み合わせた造語らしい)本人ですから」

 春真に音楽の才能があった事は間違いないが、それはあくまで趣味としての話だ。

「自分が楽しむために演奏を行うけれど、プロならば聞き手を愉しませることを第一にするべきだ。その意味で自分はプロとしては失格だ。と言っていました」

 この楽団結成も美紗緒の為と言いながらも、実際は春真本人が一番楽しんでいる訳だが、

「あの人はそれで良いのだと思います」

 春真はその時々の気分で調子が大きく変わる。彼にやりたくないことを無理にやらせても結果は出ない。しかし自分からやると決めたことに関しては決して手を抜かない。

 会食がお開きになって、楽団員とその家族は建物内の自室か、隣接するマンションの部屋へと引き上げる。

「お義母さまもまりちゃんもうちへ泊っていきませんか」

 と美紗緒が声を掛ける。真冬の家までは一時間以上かかるが、マンションなら十分足らずだ。

「部屋は貸すほどありますから」

 マンションの最上階はすべて夫婦の共同名義だ。十部屋の内で普段使っているのは四つだけ。メインで使っている共用部屋とそれぞれの個室。そしてピアノを置いている演奏室である。

「用意するのは一部屋で良いわ」

 と真冬。

「判りました」

 美紗緒は真梨世の様子を確認して同意した。

「お義姉さまが声を掛けてくれなければ、母の家で二人っきりになる所でしたから」

 マンションの客間は綺麗に片付いていた。部屋の掃除は主に春真の担当である。彼の几帳面な習慣は矩華の薫陶によるものだ。家事の不得手な矩華だが、整理整頓だけは完璧だった。

「使ったものは元へ戻す」

「一つ買ったら一つ捨てる」

 娘の華理那は第一項には忠実だが、第二項については父の捨てられない気質との葛藤がある。矩総はその真逆で、記憶力に優れているので用済みの文書類はどんどん処分してしまう。公職に就いてからは後で参照する必要のあるもについては電子化して保存する様にしている。

 几帳面さでは一番の希総も第一項は踏襲しているが、第二項に関しては実母の希代乃譲りの収集癖が優性である。実家が広いので無理にモノを制限する必要が無いのだ。

「母さんはどうして御堂家の後継者になる事を受けいれたの?」

 部屋に二人気になった時、真梨世はかねてよりの疑問を母に直接ぶつけた。

「そこに葛藤は無かったの?」

「貴女もそう言う事を気にする年になったのねえ」

 と真冬は口元を緩めた。

「その回答は極めてシンプルよ。他に適任者が居なかったから」

 姉の真夏は母の遺言を守ることに必死だった。総一郎が速水家を継がないと言った時点で(想定の範囲内であった様だが)速水家を継ぐのは真夏しかいない。真冬が拒否すれば残る候補は不破瞳だが、

「あの娘には経営は無理でしょうからね」

 やると決めたらそれに全力を注ぐ。この気質は息子の春真にも受け継がれている。

「他に選択肢が無いのだから、後は如何にいい条件を引き出すかね」

 真夏や恵美は真冬に無理を強いたと言う負い目を感じていたから真冬のやることに干渉してこなかった。

「まあ息子が産まれた時点で二人の目的は達していたと言うのもあるけれど」

 姉と伯母の目的は家を守る事だが、

「私にとって御堂の家を継ぐことは目的を果たす為に有効な手段の一つに過ぎなかったわ」

「目的って?」

 真冬はそれには答えずに、

「それを果たした結果が二人の子供よ」

 と言って真梨世を抱き寄せた。

「御堂姓を名乗った事には思いがけない副次効果もあって」

 と真冬は笑う。

 真夏は妹を総一郎のハーレムに送り込むに当たって希代乃の協力を仰いだ。希代乃の方は真冬を味方に付けて自派の強化を目論んでいたのだが、

「私が御堂姓を名乗ったことで、神林対御堂と言う対抗軸が生まれる事に成った」

 若き日の希代乃は様々な策謀を巡らせたが、その多くは想定外の結末を迎えている。

「あの希代乃様にもそんな頃があったんですね」

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