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現代的男女同権ハーレム 列伝2  作者: 今谷とーしろー
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指揮奮迅

春真。

 この春に大学を卒えた御堂春真は、母の真冬と同じく御堂財団の理事長からそのキャリアを始めることになった。但し、二十歳で御堂本家に養嗣子として迎えらえた母と違って、生まれながらの後継者であった春真は在学中から平理事として経験を積んできた。

 御堂財団とは通称で、正式には財団法人御堂文化振興基金と言う。その名称の示す通り、様々な文化事業に資金を提供し支援するのが目的なのであるが、その運営は極めて抑制的であった。それを打ち破ったのが御堂真冬で、就任から三年間で蒔いた種が五年目には芽を吹いて単年度収支が黒字に転化。十年目には過去の投資分も回収し、今や基金の規模はかつての三倍に膨れ上がっていた。財団の目的からすれば、利益は出なくても構わないのであるが、この積極的な投資はやはり御堂の名を背負ったものだけに許される事であって、真冬が退いた後の数代の理事長はその資金を維持する現状維持的な運営方針に戻ってしまった。

 春真の上司であった前理事長もそんな現状維持派で、御曹司の提案はほとんど退けてきた。春真の理事長就任に際して、任期を二年残していた前理事長は残りの期間を相談役と言う俸給据え置き権限なしと言う形で財団に残ることになった。

 平理事の時代にはジャケットにノーネクタイと言ったラフな服装で会議に参加していた春真だが、初日からフルオーダーのスリーピース・スーツで現れた。

「さて新理事長として、この財団の存立意義に付いて皆さんに問い直したい」

 春真が打ち出した最初の施策は、利益を生んでいる部門の切り離しであった。マネージメント契約を結んでいるアーチストには新たな事務所を斡旋、あるいは新設の支援を行い、経営参画しているいくつかの美術館との提携を解消した。

「御堂財団は営利を目的としない。種を播き、芽が出て、花が咲いたらそこで仕事は終わりだ。そこから生じる果実を抱え込んではいけない」

 既存の利益回収に関わっていた人員は、どうしても外せない中核となる若干名だけを外部の新組織へ移籍させて、残りは新たな種の探索に振り向けた。

 この大改革は真冬が理事長を退く時に考えていた事だが、

「どうせ雇われ理事長には思い切った金のばらまきは無理だろうから、息子への宿題として残しておけ」

 と総一郎に助言されたらしい。

 手元に残した数少ない例外の一つがMスクエアの管理運営事業権である。これは母の真冬が最初期に手掛けた事業であり、春真自身も高校生の頃からスカウト活動に関与していた。劇場は次代を担う才能の種を芽吹かせる苗床であり、ここからブレイクしていったアーティストは御堂系と呼称されて音楽界で一つのブランドとなっている。と言うのは建前で、この劇場を活動拠点とする水瀬麻里奈を支援するのが本音の事情である。但しスカウト活動については理事長就任と同時に数名のスタッフへ引き継いだ。

「こっそりとライブハウスを回って未知の原石を発掘するなんて時間は今後は取れないからね」


 春真が理事長就任直後の最初の企画として打ち出したのが、二十代の若手演奏家で編成されるオーケストラの立ち上げであった。これは春真の今までの活動の延長であり、発想的には父の立ち上げた青年党を思わせる。

 相談役が苦言を呈したが、

「では決を取ろう。反対者は手を挙げろ」

 誰も動かない。春真の理事長就任に伴い、ある年齢より上の理事は任を解かれていた。財団の理事長は一期を四年として二期が上限と言うのが暗黙の了解であったが、御堂の名を持つものは例外で、母の真冬の在任期間は十年間以上務めている。春真も自分から辞めると言わない限りはその座に留まるであろうから、将来的に理事長に成れない年代は移動させるのが上策だ。春真自身を含めて十二人いた理事の半数が交代し、平均年齢が十五歳も下がった。

「では説明を続ける」

 そもそも相談役には議決権は無い。基本的には理事長からの意見を求められた時だけ発言を許される。

「まずは配布した資料を見て欲しい」

 春真は既に候補者をリストアップしていた。各楽器毎に補欠を考慮して定員の二割から四割増しで、すべて春真が出向き自分の耳で実力を確認した現役の演奏家だ。一つの楽団から二人までとしてバランスも考慮されている。

「各人に担当楽器を割り振るので、名簿の序列順に契約交渉を行い、適宜報告を入れてもらう」

 資料にはQRコードが付いていて、そこからアクセスすると春真にダイレクトに経過報告が可能だ。

「万が一足りなくなったら、現役音大生に向けて募集を掛ける」

「指揮者の候補がありませんが?」

 と理事の一人が訊ねる。

「それなら」

 と言って自分を指差す春真。

「演目によってはピアノも」

 と言って指を動かす。

「つまり、この楽団は新理事長の趣味と実益を兼ねたもの。と解釈して宜しいですね」

 と新任の若い理事が歯に衣着せずに言うと、

「確実に実績を上げるために得意分野から始めた。と理解してくれると嬉しい」

 と返す。

「主たる目的はその文書にも示したが、才能ある若手を支援して、業界全体の椅子を増やすことだ」

「特に若手に限定する理由は?」

 と重ねて問われると、

「若手の方が相手側のダメージが小さい、と言うのは建前で若い方が経費が抑えられるから」

「では我々に担当させる理由は?」

 と一番年かさの理事。

「不満はもっともだ」

「いえ、不満がある訳では」

 と言う弁解じみた反応を受け流して、

「理由は二つある。第一に、この計画はなるべく極秘で進めたいと言う事。なので可能なら俺自身が出向きたいところだが、それでは流石に時間が掛かり過ぎる。第二に、相手方から見ればこれは紛れもない引き抜きだ。だからある程度責任のある人間を送らないといけない。つまりこの交渉は演奏者だけでなく雇用者も相手にする必要がある、非常に難易度の高いものだのだ」

 と理事たちの自尊心をくすぐる。

「何か意見はあるかな、相談役」

 最後に意見を求めて長老の顔を立てた。

「いえ。ありません」

 彼にも不満がない訳では無いだろうが、お手並み拝見と言う表情だった。


「交渉に際して、理事長に直接会いたいと言うのですが」

 バイオリンを担当している理事から要請があった。

「いつでも良いよ」

 四月中は事務処理で理事長室に詰めっきりである。

「では明日の午後二時で」

 理事が連れて来たのは三名、二名は名簿の一位と三位に挙げられた有力候補で、同じ楽団だったのでまとめて接触したらしい。しかし残る一人には見覚えがない。

「もし枠が有ったら、彼を一緒に採用してほしい」

 と名簿三位。

「枠はまだあるが」

 オーケストラの花形であるバイオリンは募集人員も多く、今回は第一第二を合わせて十四名の定員。名簿には二十四名を挙げていたが、報告によれば七名から承諾を得て、逆に六名は辞退している。待遇は今よりも確実に良い筈だが、一年契約でその先の保証がないので二の足を踏むのも当然だろう。名簿二位が既に辞退しているので、この二人はコンサートマスターの最有力候補と言える。

「彼はまだ音大生だが、腕が確かなら問題は無いだろう?」

 音大生にしては年が行き過ぎている。三人はほぼ同年代に見えるのだが、

「もちろん。本人の腕前がこちらの要求を満たしていれば」

「貴方に俺たちの演奏の良し悪しが判別できるのか?」

 と挑発的な名簿一位に対し、

「では合格の最低条件を示そう」

 春真は背後の戸棚からバイオリンを取り出すと高難度の曲を弾きこなす。

「高い楽器だから丁寧に扱ってくれよ」

 と言って楽器を渡された飛び入り氏は、使い慣れないバロック・バイオリンに苦戦しつつも無難に弾き終えた。決して悪くはないが春真の演奏に比べれば見劣りする。

「さて、俺は彼を雇うべきだろうか?」

 と春真が問うと、

「失礼します」

 と言って自ら敗北を認めた。

「ああ、ちょっと待って」

 部屋を出ようとする飛び入り氏に奨学金の申請書を渡し、

「音大を卒業えたらまた改めて」

 と言って見送った。

「それで、二人のどちらが彼を推薦しようと言い出したんですか?」

 二人は視線を交わして、

「俺だ」

 と名簿一位がムスッとして答える。

「俺は旧友として奴に引導を渡してやるつもりだったのに」

 彼は春真が支援を申し出たことが不満らしいが、

「目の前に垂らされた細い蜘蛛の糸。登ってこられるかどうかは彼次第ですよ」

「御堂の御曹司があんなに弾ける人だとは思いませんでした」

 と三位氏が言うと、

「俺は知っていたよ」

 と一位氏が笑う。

「ミスター・スプリングリアル」

 春真が高校生の頃、演奏動画をネットに投稿していた頃のハンドルネームだ。一人で何種類もの楽器を演奏しているので、加工疑惑も持ち上がっていたけれど、

「一人では一曲を仕上げるのにやたらと時間が掛かるから」

「楽団を作るのは自分の代わりをさせるつもりなのかな?」

「まあそういう一面があることは否定しませんよ」

 と笑う春真。

「さてお二人はこちらの要求を満たしているのですが、同じ楽団から二人を同時に引き抜くことは出来ません」

 と切り出すと、

「では俺を外してください」

 と一位氏が即答した。

「そうですか。では縁が有ったらどこかで」

 と座ったまま左を差し出す春真。

「自分で良いんでしょうか?」

 残された名簿三位氏は困惑している。

「彼の演奏技術は群を抜いていたけれど、指揮者としてはコンマスよりもソロで用いたいですね」

「成程。私の方が扱いやすいと思った訳ですね」

 と三位氏が苦笑すると、

「それは契約を承諾して頂いたと考えて宜しいでしょうか?」

 と担当理事がすかさず割って入る。

「ええ、お世話になります」

 と頭を下げる三位氏こと三雲修斗氏。理事は二通の契約書を提示して、

「期日までに記名捺印して持って来て下さい」

「改めて三人はどういう関係なんですか?」

 と春真が問うた。弟の希総なら、神林家の諜報力を発揮して候補者の背景まで事前に調べ上げたであろうが、それは御堂家の流儀ではない。

「音大の同期入学です。と言っても僕は一浪なので年は一つ上ですが」

 と語り始める。

「あの二人は同期でも双璧と言われた天才でしたが…」

 先に帰った男は、入学して間もなく父親が病気で倒れたので大学を辞めて家業を継いだ。五年掛かって家業を安定させると、病気の癒えた父と三つ違いの弟に背中を押されて大学に入り直したと言う。同僚がかつてのライバルの復活を知ってこの展開になったのだと言う。

「引導云々は照れ隠しだと思うけれどね」

「どちらも嘘は言ないようですね」

「貴方の耳は嘘が見抜けるのか?」

「嘘を言おうとする時の語調の変化を感じ取っているのですけれど、本人が真実だと信じ込んでいれば表には出ないから参考程度ですね」


 四月末から五月の頭に掛けての連休。春真は美紗緒を連れて四国を巡っていた。目的の一つは二年遅れの新婚旅行。二人が軽井沢で式を挙げたのも丁度この時期だった。それとは別に亡き義祖父室町道長のやり残した仕事の再起動も兼ねていた。

 和歌山と淡路島を繋ぐ紀淡海底トンネルの建設。それを梃子にした四国旅客鉄道と南海電鉄の統合と言うのが道長翁の計画で、それは翁があと半年生きていたら瀬尾総一郎政権の下で動き出していた筈であった。工事資金の出所であった室町家が相続争いで弱体化した分を御堂家が補填し、することで、計画はこの四月に再始動している。

 ここから先は春真自身の計画になる。和歌山と四国を統合した南海州の創設だ。その為のネックはこれを繋ぐ淡路島の動向なのだが、瀬尾総一郎時代に始まった海峡直轄市構想を利用した。淡路全体を直轄市として兵庫県から切り離し、しかる後に南海州へ組み入れると言うまさに政治上の曲芸だ。それには官房長官を務める兄矩総の協力も欠かせない。

 瀬尾政権を引き継いだ城田政権は国主導では無く地方主導の道州制を打ち出し、それを可能する地方自治法の改正が城田政権の下で行われた。これにより財源の一部が国から州へ移管する。具体的には国税の内地方交付税の財源分がそっくり無くなり、新たに州政府で新たな税を設置できる。但し消費税だけは国税分まで含めて全て州政府の歳入となる。歳入庁が間に入らないので財務処理が一部省略される。この財源を元にして、これまで県単位でやっていた事業が州で行われる他、国が行っていた広域インフラの一部も州へ移管される。それに伴って国の地方支部局の一部も州へ所属を変える。

 廃県置州と呼ばれるこの政策の先陣を切って奥羽州がこの三月に誕生した。青年党系の青森県知事である魚塚伊介が隣県の岩手と秋田の三県の合流を推し進めた結果だ。これを引き金にして関西と東海で地域統合の議論が進んでいる。

 春真はこの関西連合から和歌山を引き抜いたのである。南海州の成立は七月の末であるがこれに合わせて春真は一つの企画案を披露して廻っている。それが四国一周お遍路駅伝である。今は四国一周だが、紀淡トンネルが開通した暁には高野山をゴールに設定したいと目論んでいる。


 連休明けの五月初旬、楽団の創設メンバーが一堂に会した。会場は楽団員の独身寮として用意されたマンションのエントランスフロア。全員で集まって演奏出来るだけの広さがあり、そこに椅子を並べて座らせている。入り口でそれぞれの契約書を確認し、一部を控えとして返す。この時点で揃ったのは定員の七割程度で、まだ担当者が居ない楽器もあった。

 春真は二人の事務職員を連れて壇上に立った。

「この楽団の指揮を務める御堂春真だ。楽団の立ち上げへの参集にまずは感謝を述べたい」

 と切り出した。

「期間は取り敢えず一年。十月に初回公演を計画しているが、それ以降の予定は今のところ白紙だ。初回公演の出来次第と言う事になるだろう。そこまでの諸経費は既に確保済みなので、公演による収益はその後のプロジェクトに還流される。契約書にも書かれているが、プロジェクトが任期満了となった場合には公演の収益の半分を諸君に還付する。継続となったら、新たに契約を結びなおすが、その場合には定年を三十五歳とする」

 企画立ち上げの段階では二十代を条件としていた。今後の採用についてもその原則は維持するが、上限ぎりぎりの二十九歳で採用された者を翌年にすぐに解雇とはしない。と言う事だ。

「頭数の不足に関しては早急に公募を行って埋めていく。基本は音大生を非常勤で起用するつもりだ。こちらとしては人件費が削れるし、プロジェクトが継続すればそこから本採用もあり得る。彼らにとっても実益を伴うバイトになるだろう」

 初めから全員を正規団員で構成するつもりは無かった。それをやるとコストが掛かり過ぎる。

「さて、公演では三曲を予定しているが、一曲は俺がピアノを務めるピアノ協奏曲。残りの二曲は諸君で話し合って決めて欲しい。と俺の方からは以上だが、諸君のサポートをする二人を紹介しておこう」

 左右に控えていた二人が壇上に呼ばれる。

「右は、既に入館時に会っているとは思うが、この楽団の経理を中心に内務を受け持つ内海ユウキだ。そして左が広報を初めとする外部折衝を引き受ける外山アキラと言う。現状は必要最低限の人員でスタートするが、運営が軌道に乗ればおいおい増員していく予定だ」

 二人とも伯母の速水真夏の仲介で迎えた人材だ。

「ではこの寮についてご説明します」

 と内田女史が跡を引き継ぐ。

「この寮は独身者の居住場所であると同時に、練習場所でもあります。全体に防音補強がされているので、建物内での練習では外部に音が漏れません。既婚者に関しては、道路を挟んで向かい側のマンションに部屋を確保してありますので、ご家族のある方はそちらを使ってください。家賃は掛かりませんが、光熱費は実費負担となります。あちらは防音が完全では無いので、楽器の練習はこちらで行ってください」

 団員たちは内海に従って寮の見学に向かう。春真は自室に戻って外山から報告書を受け取った。

「もう出来ていたのか」

「まだ素案ですが、今は根回しの必要がないので」

 直属の上司がすべての決定権を握っているので、その承認さえ得られれば事案を進められる訳だ。

「初回公演の目標動員数は一万か」

「これは充分にクリアが可能だと思われます。問題は集まった観客をリピーターにする事。さらには外に向かっての宣伝」

 その為に初回公演の映像と音声をコンテンツとして終了後に配布する事にしている。もちろんガードは掛けるのでコピーもアップロードも不可能だ。

「一万の観客を集めるには宣伝費用が少な過ぎないか?」

「招待券を二枚出せば事足りますわ」

 外山の作戦は春真の両親を招待することだ。重要なのは父親の方。総理を退任後、公式の場に一切現れていない瀬尾総一郎が来るとなれば、マスコミは勝手に宣伝してくれるだろう。

「なるほど。それならば母さんも来るかな」

 これが神林家なら、息子の晴れ舞台には母親の希代乃は黙っていても顔を出すだろう。しかし春真の母真冬は子供関係は極めてドライだ。御堂家の広告塔でもあるので、母親の顔を表に出したがらないのである。


 それから数日後、御堂美紗緒は義父の瀬尾総一郎の邸宅を訪問した。

「これは沙弥加が作ったものだな」

 美紗緒の持ってきたケーキを食べた総一郎の言葉に、

「食べただけで判るのですか?」

 と驚く美紗緒。

「まさか。これは一号店のみで売られているものだから。沙弥加なら自分で作ったものを選んで渡すだろう、と思っただけさ」

 昨年七月に双子を産んだ沙也加は、この四月から一号店の店長として現場に復帰した。

「さて。春真はまた面白い事を始めたようだが」

 と水を向けると、

「ええその件で伺いましたの」

 美紗緒はチケットを二枚差し出して、

「うちの義母を誘ってお越しください」

「成程ねえ。あの親子は色々と面倒だから」

 と納得する。

「日付をご覧になればわかると思いますが、公演日は私の誕生日ですの」

「あいつは妻の誕生プレゼントのために交響楽団を一つ作ってしまった訳か」

 と苦笑する総一郎。

「だからこそ、表面を取り繕うためにも利益を出さないといけないんです」

 と美紗緒は真剣だ。

「成程。それは行くしかないなあ。出来た嫁のためにも」

 この時点で初演の成功は確定した。


 初演当日、春真は控室で両親からの激励を受けた。一緒に動くと目立つからと言う理由で別々にやって来てここを待ち合わせ場所にしたと言うが、久しぶりに公式の場に顔を見せる総一郎がマスコミ対応に追われるだろうと配慮したのである。実際には総一郎は裏動線を使って取材陣を煙に巻いてしまった。公職にある頃から、総一郎のマスコミへの塩対応は有名だったが、私人となった今はもはやマスコミに気を遣う事すらしない様だ。身代わりに、正面から入って来た息子の神林希総が取材陣に捉まったようだが。

 母真冬は普段の胸元が開いたドレスでは無く、首周りまで覆われたヴィクトリア様式のドレス。コルセットでウエストラインが締め上げられているので、その豊かな胸は普段とは違う形で強調されている。遅れて登場した総一郎はフォーマルな燕尾服だが、例によってシャツは左右が色違い。右が青で左が白。そこにトレードマークの紐タイ。首元の金具は瀬尾家の家紋でもある十字の形をしている。

 春真は二人に蜂蜜のドリンクを振舞った。美紗緒が収穫に関わった初めての蜂蜜が使われている。真冬には蜂蜜のお湯割りにレモン添え、総一郎には蜂蜜酒のお湯割りだ。

「そろそろ行こうか」

 総一郎は真冬の手を取り、

「がんばれよ」

 と春真に一声かけて退出した。

「ああいう所が格好良いんだよなあ」

 と漏らす春真。そこを最も受け継いでいるのが他ならぬ彼なのだが。

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