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現代的男女同権ハーレム 列伝2  作者: 今谷とーしろー
20/31

七面ハッピー

 十二月二十四日、クリスマスイブ。滝川千種と片桐掟は大学の同級生三名と久しぶりに会った。場所は総一郎のドーナツカフェである。

 法学部で同期だったのは女子五名は全員が成績トップテンに入る才女揃いであった。と同時に在学中に一度はミスキャンへの出場を打診されるほどの美貌も兼ね備えていた。中でも千種と掟はツートップで、千種が黒の女王、掟が白の女王と呼ばれていた。残りの三人は三人官女と呼ばれ、それぞれ裁判官・検察官・弁護士の道を進んでいる。

「三人とも、彼氏は出来た?」

「忙しくてそれどころでは無いわ」

 と判事になった天道まどか。

「右に同じ」

 と検事の根岸桜乃。

「私はまだ決まった相手は居ないわ」

 と言ったのは弁護士の平松美典。

「ちくたんの所は?」

 とまどかに訊かれて、

「私も忙しくて、二人っきりになる機会がなかなか無いの」

 と返す千種。嘘は言っていない。

「ちくりんの上司は、いま日本で一番忙しい人の一人だものね」

 と桜乃。

「それじゃあ、上手く行っているのはさっちゃんだけか」

 と美典。

「さだっちのお相手は、超優良物件だものねえ」

 とまどかが羨ましそうに言う。

「あまりに条件が良すぎて、何裏があるのではないかと勘繰ったわねえ」

 と桜乃。

「その疑り深さは仕事に役立っているかしら」

 と美典に揶揄われて、

「貴女の信じすぎる性格も、問題があるわよ」

 とまどか。

「どちらも性格的に天職だと思うわ」

 と千種が笑う。

「おさだが一番最初にゴールインするとは思わなかったわ」

 と桜乃。

「まだ判らないわよ。私が席を入れるのは彼の卒業後だから、あと一年以上あるもの。この間に誰かが速攻でゴールを決めるかも」

 と掟。

「出会いが無いわ」

 とまどか。

「有っても、距離を詰める時間が無い」

 と桜乃。

「それは法学部女子の永遠の課題よねえ」

 と話に割って入って来たのは大先輩である矩華であった。

「三人が会いたがっていたから調整したのよ」

 と掟。

「五人も居て、仲が良いのねえ」

 と矩華。

「私の時は女子は二人しかいなくて、卒業後はほぼ没交渉よ」

「矩華さんの同期と言うと、確か検察の」

 と桜乃。

「ええ。私が刑事事件を扱っていれば、敵味方で会う機会もあるのでしょうけれど、私は民事が主戦場だからね」

 矩華は掟と千種の間に椅子を持って来て座る。

 話題は先程まで繰り広げられていた結婚問題に戻る。

「私は諸々の状況に恵まれて、貴女達の年には既に一人目を産んでいた」

 と矩華。

「学生時代の内に相手を見つけられるのがベストなのだけれど、それは今更言っても仕方ないわね」

 それでなくても、検事や判事だと産休は取り難い。弁護士なら事務所にもよるが多少はマシだろう。

「私は事務所の片桐先生が融通を利かせてくれて助かったわ。今はその娘さんに恩返しをしているところだけれど」

「私はがつがつ働かなくても良い立場なのだけれど」

 と掟。

「神林の義母からは、体が動く限りは仕事が出来る状態を維持するように言われているの」

「専業主婦に成っても構わない立場なのに?」

 とまどか。

「神林家では家事労働は専従者がいるから。そもそもあのお屋敷の広さだと一人で掃除するのは無理だしねえ」

「神林邸だと、建屋面積だけでここの三倍くらいになるかしら」

 と矩華。

「この家も掃除は外注ですか?」

 とズバリ聞いてくる桜乃。

「特製のお掃除ロボットが居るのよ」

 マンションに有るものと同等で、一般住宅に用いるには過剰なスペックがある。移動中は床掃除をする普通のお掃除ロボットだが、充電ポイントにある時には空気清浄機として機能する。空中に舞う埃や臭いを除去する。そして更に除湿と加湿の機能を持ち、屋内の湿度を一定の範囲内に保つ。この二つの機能により、屋内はクリーンルーム並みの清浄さを維持している。

「まあどちらにしても、私は家事一般が苦手だけれどね」

 と悪びれない矩華。

「離婚調停を数多くこなしてきた経験から言うと、女性の方が稼ぎが良いと拗ねる男性は一定数居るから、選ぶ際には細心の注意を払う事ね」

「さっちゃんのお相手みたいな男性は超希少物件だからねえ」

 と千種がまとめた。


 帰路では、千種が一足先に自宅近くで降りた。この一軒家は千種が母と暮らしていたモノだが、今はたまにしか来ない。女性一人で住むのが物騒と言う事も有るが、マンションの方の部屋が空いたので今はそちらがメインとなっている。現状は太一が出た後の三号室を使っているが、将来的には麻里奈の二号室へ移る予定である。この時点で麻里奈が三号室へ戻って二号室を空けようかと言う提案をしてきたが、

「まだ常駐では無いので」

 と言う事で保留になっている。千種としても亡き母との思い出のある家を手放すのに躊躇いがある様だ。賃貸か売却か、いずれにしても西条不動産が管理を請け負う事に成る。

 千種は途中で買い物をして、車をマンションの向かいの地下駐車場へ入れる。そこからマンションの最上階まで専用のエレベーターで昇った。一号室には刹那と麗華が待ち構えていた。

「希理華さんは?」

 と千種が訊くと、

「皆人君と一緒に会場の準備をしています」

 と刹那が答える。

 矩総の女たちの中で最も料理が上手いのは一人暮らしの経験が長い千種で、刹那と麗華はそれなりに出来るがレパートリーが少ない。希理華の料理は、見栄えは良いのに何故か味がおかしい。昔に比べれば食べられるレベルには成って来たのだが。なので下拵えと盛り付けだけを担当してもらう。

「今日は何人分ですか?」

 と麗華。

「私たちの他に、皆人君と千秋ちゃん。そしてその兄の貴真君と恭子ちゃん。合わせて九人ね」

 貴真は妹の付き添いだが、速水家でのクリスマスパーティがないので便乗したらしい。

 三人が料理を始めると、恭子が速水家の兄妹を連れて到着した。

「三人は会場の準備を手伝ってください」

 と千種。

「皆人君もそちらに居ますから」

 と言ったら。

「ハイ」

 と千秋が良い返事をした。

 手伝いに入った三人と入れ替わりで希理華がやって来て、

「ケーキを貰って来るわ」

 そして戻ってくるときには矩総が一緒だった。偶然ではない。スマホの位置情報で帰路にあることは判っていたのだ。

 希理華はケーキを麗華に渡して矩総の着替えを手伝う。その間に料理が運び込まれた。

 席次は、正方形の大きな机の三辺に三人ずつ。矩総を挟んで右に希理華、左に刹那。希理華の斜め隣に麗華が座って、その向こうに恭子と貴真。刹那の側には千種が来て、皆人と千秋が続く。

 矩総は目の前に用意された七面鳥のローストを切り分ける。それを左右に居た希理華と刹那が配っていく。かつて父の総一郎がやっていた役目を受け継いだ形である。


 少し時間を戻して、千種を降ろした後の掟たちの様子を紹介しておこう。

「三人とも、今夜の予定はある?」

 と掟。

「みのりんの家で呑む心算だったけれど」

 とまどか。

「それならこのまま一緒に来る?」

「これからカレシとデートなんじゃないの?」

 と桜乃に訊かれ、

「別に二人きりでは無いのよ」

 神林邸では南高校のバレー部OBが集まってパーティが行われる。

「未成年も居て、酒は出ないけれど、男子はいっぱいいるわよ」

 皆高身長で高学歴、まだ学生だが将来有望である。唯一の問題といえば、

「みんな年下なのよねえ」

 と美典。

「この条件で年上となると、既にお相手が居る可能性が高いから、青田買いもありかしら」

 と乗り気を見せるまどか。

「まあ、取り敢えず会ってみても良いかしらね」

 と桜乃も同意した。

 美典は初めは気乗りしない様子ではあったが、いざ会って見ると最も前のめりであった。

「何この逆ハーレムは」

 と浮かれる美典に対して、

「全員長身で、首が疲れそう」

 と困惑気味の桜乃。リベロの二人ですら百七十台の後半で、残りは百八十以上ある。そんな中では希総が一番小さいのだが、

「それよりも、あの巨漢の森の中で全く埋もれないカレシの存在感がヤバいわね」

 とまどか。

「ここは森じゃなくて林と言うべきね」

 と茶々を入れる美典。

 参加メンバーはまずは希総と同学年の五人衆。リベロの望月一兎を除く四人はそれぞれ所属大学で主将を務めている。松木と望月、桜塚の三人は彼女を連れているが、全員がA大のバレー部である。望月の相手は彼の本家筋である海野睦実。まだ一年生ながら控えのリベロとしてベンチ入りしている。松木の相手は同級生で女子部の主将だった鶴田愛。高校時代には男子部の主将だった桜塚と交際契約していた。その長身故にエースアタッカーを任されていたが、強豪のA大に進んでからはセッターに転向した。そして桜塚の今の相手である菊池羽衣音は北女の主将で、弟の静馬(希総達の中学時代からの後輩)の紹介で大鳥と交際登録していた。高校卒業の時点でカップルは解消、昨年のユニバーシアード大会をきっかけに今の組み合わせになった。

 一級下の四名。菊池静馬は松木と同じM大生。そして猪口猛はやはり中学以来の先輩である桜塚と同じW大生。高校時代は出場機会に恵まれなかった鹿角晃はT大で希総の後継セッターとなった。蝶野睦紀は敢えて誰もないK大を選んだ。

 そして二級下の三名。学年二位だった八橋尚武は師匠である梅谷と同じT大へ進み、藤村防人も同様に師匠の望月が居るR大へ進んだ。天才セッターと言われた柳原高弘は唯一進学せずにプロ選手になっている。

「まるで神の御子と十二使徒ね」

 と笑う桜乃。

「クリスマスにはピッタリじゃない」

 と美典が応じる。

「興味深いのは、神林の御曹司と言う肩書では無く神林希総と言う個人を慕って集まっている点かしら」

 とまどかが考察する。

「みんなに紹介するわ」

 と掟。

「姐さんの同級生なんですか?」

 と松木が反応すると、

「姐さんと呼ばれているのね」

 とまどかにツッコまれて苦笑いする掟。

 なんだかんだ言いつつも三人はそれぞれ数名と連絡先を交換していた。

「後で揉めない様にね」

 と掟。

「大丈夫ですよ」

 と希総。

「男子の方が相互に繋がっているから、抜け駆けも股掛けも不可能ですから」

 何か企んだら只では済まさないぞと言う警告でもある。

「年上がご希望なら当てがありますけれど」

 と言って掟をちらりと見る。

「ああ、なるほどね」

「それとは別に、今のうちに卵子を保存しておくことをお勧めします」

 と言ってパンフを差し出した。

「うちの母が一部運営に関与している団体なのですが」

 支払いは入会登録料の一万円のみ。これは卵子を採取する経費を含んでいる。

「保存期間は二十年。それを過ぎたら選択肢は二つ」

 自然にしろ人工にしろ自分の子供を授かっていたら、卵子は廃棄する。問題は期間を過ぎて子供が得られなかった場合だ。

「許可を戴けたら、自分の子を持てない他の女性に卵子を使って貰いたいと思います」

 提供者に実子が居た場合、不可抗力で近親婚が発生する危険を避ける為に転用はしない。

「賢明な取り決めだと思います」

 三人はパンフに書かれた規約を熟読した上で入会を決めた。


 西条家では、マンションに出向いた恭子を除く全員が揃っていた。美星は気乗りしない様子ではあったが、亡き曽祖父の名前の一部を受け付いた幼い双子は可愛がっていた。

 七面鳥のローストに関しては、沙也加もやったことが無かったのでみちるがサポートした。七面鳥が大皿に乗ってテーブルの中央に置かれると、まだ授乳中の双子たちも興味を示してじっと見つめている。

「食べられるようになるのは再来年くらいかしらね」

 と総美。

「みーちゃんも七面鳥に興味津々で、手を出そうとして叱られていたわね」

 とみちる。

「しーくんは対照的に大きな七面鳥を怖がっていたけれど。でも二歳の、つまり三回目のクリスマスにはめでたく一口貰えて喜んでいたわねえ」

 幼少期の総志は姉の陰に隠れる臆病な少年だった。それを克服するために姉から離れてバスケを始めたのである。

 七面鳥の切り分けは総志では無く総美と沙弥加が手分けした。

「バスケットボールはあんなに器用に扱うのに、どうして刃物の扱いは下手なのかしらねえ」

 と沙也加が苦笑する。

「まあ逆だったら怖いけれどねえ」

 と総美。

 総志の料理下手は主にその優し過ぎる性格から刃物が扱えないからだ。

「この七面鳥ってき~ちゃんのところで調達しているのでしょう。今年は何羽用意したのかしら?」

 とみちる。

「ここと矩総のマンション、春真と太一、それから神林の家は大人数でのパーティがあって二羽。と聞いているよ」

 と総志。

「矩君の所や太一君の所は人数が多いけれど、春真君の所は、夫婦二人だと持て余すのではないかしらねえ」

 と志保美。


 その春真であるが、

「お邪魔します」

 夫婦二人の他にゲストを迎えていた。

「良かったよ。二人では食べきれないから」

 迎えられたのは妹の華理那とその恋人竜ヶ崎麗一である。

 元々は春真の母真冬と、美紗緒の両親の五人で集まる予定で春に注文を出していた。夏に速水の祖父が亡くなったので、真冬は予定を変更して速水の姉の所へ行くことにした。美紗緒の両親はそれを聞いて訪問を遠慮した。その代わりに駄目元で声を掛けたのが華理那だった。

「お義姉さん、腕を上げましたねえ」

 と華理那に褒められて喜ぶ美紗緒。華理那は新婚当初の彼女に料理の基礎を仕込んだ師匠だったからだ。

「来てもらえるとは思わなかった」

 と春真に言われて、

「兄さんのお誘いは渡りに船でしたよ」

 と華理那も応じる。

「私の住んでいるアパートにはこのサイズをロースト出来る窯がありませんから」

「まあ普通は無いだろうねえ」

 総一郎の立ち回り先には普通に設置されている。矩総が引き継いだマンションの一号室。総志が住んでいる旧瀬尾邸。太一の家も千里が使っている時には総一郎が来ることがあって、炭火窯を設置してあるのだ。唯一の例外はこのマンションだが、

「俺が引っ越すときに持ち込んだんだ」

 幸いにも此処は最上階だ。屋上にヘリで挙げてそこから非常階段で降ろせば済む。

「グラウンドピアノよりは小さいからね」

 と春真は笑う。

「華理那と御堂先輩って、俺が思っていた以上に親密なんだな」

 と麗一。

 と麗一に言われて、

「それはまあ本音と建前と言うか、距離感の違いと言うのはあるから」

 と珍しく歯切れの悪い華理那。

「華理那以下の三姉妹に対して兄が四人居る訳だよ」

 と春真が代わって説明を始める。

「華理那とうちの真梨世には同母の兄が居て、恭子は母は違っても同姓の兄がいる。希総は一人っ子で余る計算なのだけれど」

「うちの兄は学校へ行っていなかったから、代わりに希総兄さんが私の世話係を務めていて、結果的に私だけ兄が二人いる勘定になる訳で」

 華理那の方が気を使って他の兄、特に春真とは一定の距離を保って接するようになっていた。華理那は他の二人に対して姉として振舞いがちだが、真梨世はどちらかと言えばフラットだ。恭子は半ば意図的に妹キャラを演じている。

「華理那ちゃんだけが南高へ行って、他の二人の妹さんが他校を選んだのはどうして?」

 と美紗緒。

「頭では華理那に勝てないから、何か一つ自分の得分野で勝負しようと思ったんだ」

 だから真梨世は声楽部のある北女へ、恭子はバスケの強豪であった東商へ進んだ。二人とのその分野で結果を残している。

「兄さんが助言したと聞きましたけれど」

 と華理那にツッコまれ、

「俺にも出来の良すぎる兄が居たからねえ」

 幸いにも矩総は義務教育を回避し、高校は飛び級で入ったので、春真は同学年で過ごすことが無かった。

「矩総兄さんが学校へ行かなかった理由の一つは俺じゃないかと思うんだ」

 あの矩総が同学年でいたら春真はここまで自由には育たなかっただろう。

「そこを踏まえてのアドヴァイスだった訳ですね」

 と納得しつつも、

「飛び級してきた出来の良い弟と同学年になった総志さんは大変だったでしょうね」

 と麗一がため息をつく。

「あの人は俺よりも出来た人だからなあ」

 と春真。

「総志兄さんにとって問題なのは、出来の良い弟よりも世話焼きの双子の姉だったのでしょうね」

 と華理那が言うと、

「そこは共感できるなあ」

 と麗一が漏らした。

「麗一は同じ競技をやっているだけに余計にきついよなあ」

 姉に勝てなくてあがいていた頃にガツンとやられた相手が春真だったので、麗一は春真だけを先輩と呼ぶ。

「御堂先輩の画創研を華理那が引き継いだのはどういう経緯だったのですか?」

 と麗一がかねてよりの疑問をぶつける。

「画創研と言うのは、俺が主導して軽音部と電脳研究会を合併して作ったものだった」

 春真の演奏を動画配信して小銭を稼ぐと言うものだったので、春真が卒業するとやることがなくなってしまう。

「このままだと来年度は廃部になるよ。と当時の生徒会長に脅されたんだが、そこへこの妹から提案を受けた」

「希総兄さんが他校の試合映像を収集して分析しているのを見ていたから、その作業を肩代わりできないかと思い付いたのよ」

「華理那は画創研を再生して、それを自身の生徒会活動にまで結びつけてしまった」

 華理那は世に言う南高システムの完成者。四人の兄の仕事を集約した事から、

「俺たちは密かに最強の妹と呼んでいる」

 と公言する春真だったが、

「密かにと言うなら、本人に向かって言わないでください」

 と華理那に真顔でツッコまれた


 ハーレムで育った息子たちは七面鳥の料理と切り分けを総一郎から直接習ったが、太一だけは流儀が違う。彼は父の滝川千万太の狩猟に同行して、獲物の処理方法を学んでいた。彼はナイフ一本で熊も鹿も解体できる。七面鳥は今回が初めてだが、野鳥を扱ったことがあるので苦労はしなかった。

 母が米国人である沙羅にとって七面鳥は定番だったが、

「パーティで食べたことはあるけれど、既に切り分けてあったから丸のまま見るのは初めてだわ」

 と天音。

 他の三人も同じで、年度は違うが全員が神林家主催のパーティで食したらしい。総一郎に七面鳥のローストを初めて食べさせたのも希代乃なので、あの家では定番料理の一つなのだろう。

「そもそも普通の家庭には七面鳥がそのままローストできる大きな石窯なんて置いていないからねえ」

 と太一。

「滝川の家にはもう一回り大きなモノがあって、僕は使い慣れているけれど」

「あれを初めて見た時は驚いたわ」

 と特別ゲストとして招かれた姉の万里華。

「子供だと中に隠れられますからねえ」

「そんな大きな窯で何を焼くの?」

 と姫佳が興味を示す。

「僕が実際に見たのは鹿の丸焼きで」

 と真面目に答える太一。

「血抜きの為に首は落として、足を折りたたむとちょうど入るかな」

 皆が興味を示す様子を見て、

「普通の女子はこの話で引くのだけれどねえ」

 と苦笑する万里華。

「みんな肉食系なんです」

 と姫佳。

「草食系女子はハーレムに参加しようとは思いませんから」

「意味的には正しくないけれど、本質を突いているわね」

 と笑う桃華。

「姉さんって、そう言うところありますよねえ」

 と唯衣も共感を示した。

「猟銃の免許は今年取ったので」

 昔は二十歳からだったが、成人年齢の引き下げで十八歳からになっている。

「春になったら狙って見ます」

 中々狙って獲れるモノでもない。

「今年は祖母の不幸があって猟を控えていましたから」

 秋に一度だけ助っ人を頼まれて熊の駆除に参加した。喪中を理由に千万太は銃を持たず、代わりに太一が仕留めた。その時に山分けした熊肉の一部を年末に総一郎たちに届けたのだが。


 一周回って再びマンション。

 料理はあらかた片付いてケーキの登場である。九等分にするまでも無く、九つの正方形のケーキが組み合わされている。定番のイチゴのケーキとチョコケーキが互い違いに配置されて、上から生クリームでデコレーションされているのだ。

 一号店では、元々クリスマスケーキは一般販売していない。限られた常連からの注文に応じて作っている。このコンビネーションタイプは今の店長が考案して、常連に提示したものだ。ピースとしては九分割が最小で、十六分割と二十五分割の三種類がある。組み合わせるケーキの種類も九分割なら三つ、二十五分割なら最大で五つまで選べる。

 普通は取り分けてから乗せるイチゴだが、敢えて分ける前に乗せてある。

「まるでお城みたいね」

 と千秋。四つ角と中央にイチゴがあるので、ちょうど隅櫓と本丸に見える。

 千種がケーキを皿に移して配り、矩総がノンアルコールのシャンパン風炭酸飲料をグラスに注いで行く。

「幹事長に給仕をさせてしまって申し訳ありません」

 と貴真。

「止せよ。ここには身内しかいない。肩書は抜きだ」

 と苦笑する矩総。

「貴君はもう飲めるのよね」

 と恭子。

「ええ、検査をクリアしました」

 飲酒解禁は年齢一律ではなくなった。十八歳になったらアルコール分解酵素に関する遺伝子の検査を受けられる。これにより酒に強いか弱いかを判定できる。適性アリとなれば飲酒が許され、逆に分解酵素無しの場合には禁止される。逆に飲めないと言う判定を受ければ、この証明書を見せる事で酒を進められることが無くなる。無理強いすれば単なるアルコールハラスメントでは済まず、傷害罪が適用される。

「速水の伯母は酒豪だし、貴志叔父さんも行ける口だから、遺伝的に下戸ってことは無いよなあ」

 と矩総。

「総一郎叔父さんは飲めないんでしたっけ?」

「全く飲めない訳では無いんだけどな」


本編の「箱根越え」の裏を書く予定でクリスマスから書き始めたらそれだけで十分な分量になってしまいました。

タイトルは苦肉の策です。

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