学園天国
時系列的には少し前に戻ります。
「君が御堂の御曹司か」
と声を掛けられた春真、
「何か用かな、庶民」
と返す。
「喧嘩を売っているのか?」
「売ったのはそちらだと思うが」
この手の会話は進学で周囲の環境が変わる度に繰り広げられてきた。流石に大学生ともなれば即座に喧嘩には発展しない。相手はすごすごと逃げ出した。
「相変わらずだなあ、御堂君は」
と訊き覚えのある声が掛かる。元バレー部主将の柳原高之であった。
「何だ。ヤナもここだったのか」
と笑う春真だが、実のところは事前に弟の希総から聞いていた。
「うちの先輩もW大なので、会ったら宜しく」
「先輩って、ヤナの事か?」
「ええ」
「宜しくって、貰っちゃってもいいのか?」
一瞬間をおいて、
「貰うも何も、柳原先輩がどこを志望しているのか聞いていませんし」
南高バレー部は徹底した実力主義で、希総と柳原の関係も単なる先輩後輩でしかない。希総が将来を餌にして先輩への支配力を行使したなんてことも無い。
「学部はどこだ。確か理系だよな?」
と訊くと、
「化学部だよ」
と返ってくる。
「俺の苦手な分野だ」
と苦笑する春真に、
「君のところの家業じゃないのか?」
「御堂は生薬系なので、強いて言えば生物学の方が近いかな。どちらにしたってトップ自ら開発の最前線に出張る事は無いけどな」
「卒業後の就職活動とは縁のない御身分かぁ」
「羨ましいかい?」
と訊かれると、
「いいや」
と即答する柳原。
「別の御曹司を身近で見てきたからねえ」
「うちは神林ほど厳しくないけどね」
とは言え春真も久しく待たれた男子継承者だ。集からの期待は並大抵ではない。それに耐えるには希総の様に堅物になるか、しからずんば春真の様に軽佻浮薄になるか、何れかであろう。
「御堂はそう見せかけているだけだろう?」
と言われて、
「素人に見抜かれているうちは俺もまだまだだなあ」
と嘯く春真であった。
「大学でもバレーを続けるのか?」
「僕には三つ下の弟が居てね」
と遠い目をする柳原。
「その潜在能力は自分よりも上だ。兄として弟に抜かれる前に辞めると決めていたんだ」
「俺と一緒だな」
と呟く春真。
「え。なんだって?」
「何でも無い。予定が無いなら一緒にサークルを見て廻ろうぜ」
あちこちを経巡って、二人が行き着いたのはテニスサークルであった。
「女の子がいっぱいだな」
「そう言う目的のサークルなんだろうなあ」
まだ片桐掟を弟の希総と争っている状況である。と言っても掟が希総に傾いている事は承知していて、時間の問題だと認識していた春真は別の女性を見つけて自分の方から引いたと言う形式を考えていた。それも出来れば向こうから迫れたと言う形が望ましい。春真もけっして女性にもてなかった訳ではないが、彼自身の魅力によるものか、あるいは彼が受け継ぐべき財産に惹かれたのかを判別できずに二の足を踏んでしまう。異母兄瀬尾矩総が掟を紹介したのもそれを考慮しての話だった。
話をサークルに戻すが、
「ここはリーダーが自分の腕前を自慢する場所らしいねえ」
インターハイ出場経験があると言うサークルの主催者が女の子たちの相手をしている。調べると確かに出場記録が出てきた。強豪校で補欠ながら一度だけ出場機会が与えられ勝利を収めている。
「あれが実力のすべてだとすれば、勝てなくもないなあ」
と春真さがぽつりと言う。
「僕はやった事が無いから何とも言えない」
と控え目な柳原。
「君たちもやってみるかい」
まさか二人の会話が聞こえた訳ではないだろうが、御指名を受けた春真たち。
「道具を持っていませんけど」
と遠慮しようとするが、隣に居た先輩の女子からラケットを差し出されて、
「じゃあお先に」
とコートに立った柳原。
「テニスの経験は?」
「ありません」
「本職はバレーボールってところかな」
「判りますか」
彼の本音は背が高く運動神経も良さそうな素人をコテンパンにして自分の株を上げようと言うものだった。それで目を付けたのが春真と柳原の二人。まったくのど素人だった柳原は全く歯が立たなかったが、
「君の方は経験者かな」
「齧った程度です」
「そうだろうなあ」
「経験と言っても、高校の球技大会でテニス部員に勝ったくらいで」
と笑う春真。
「まあうちのテニス部は弱小で、インターハイとは縁が有りませんでしたからね」
「君からサーブで良いよ」
と余裕を見せるリーダー。
「お願いします」
春真は敢えて右手でサーブを打って相手の顔面を狙うが、相手は微動だにしない。反応出来なかったのかそれとも当たらないと見切ったのか。
「おいおい。コートに打ち込んでくれよ」
まだまだ余裕を見せるリーダーだったが、
「ああ済みません。やっぱり利き腕じゃないと」
希総がラケットを左手に持ち替えると表情が険しくなった。
「セカンド、行きます」
右手よりも速くしかも正確なサーブがコートに突き刺さる。春真はその長身に加えて、肩や肘の柔軟さを生かして腕を鞭のようにしならせて強烈な一撃を放つ。コースを読んだとしても並のプレイヤーでは触ることも難しいのに、手首の微妙な調整でコースの打ち分けまでやってのける。
「あれ」
春真は全部エースで決めるつもりだったが、四本目には返せないまでもラケットに当ててきたのだ。
「今度はこちらの番だ」
続いて春真のレシーブゲーム。一発目は外へ逃げるサーブをフォアハンドで捉えてレシーブエースを取ったが、逆方向へのサーブはバックハンドのリターンをネットに引っ掛けて初失点。バックハンドが弱点と見てセンターを狙ったサーブが来るが、これを右手のフォアハンドで仕留める。両手で構えた状態から左手を外せば握りの分だけ短くなる筈だが、初めから左手は外して構えていたらしい。
こんなトリックは一回きりだ。次の逆サイドのサーブに対しては思い切り右に寄ってバックサイドを狙わせない位置で待ち構える。ここでぎりぎりを狙い過ぎてダブルフォルトになった。
ブレイクポイントで初めてのラリー。ベースラインで打ち合って、バックに来たショットを廻り込んでフォアで仕留めてブレイクに成功する。
奇襲が通じたのはこの一度だけ。後は互いにサーブキープを繰り返して6-3でどうにか逃げ切った。
「流石ですね」
ネットに歩み寄ると左手を差し出す春真。左利きの彼にとって左手での握手は相手への敬意の現れである。
「6-0で勝つつもりだったのに、後半はサーブをキープするのが精いっぱいでしたよ」
「嫌味か」
と言いながらも手を握り返す先輩。
「とんでもない。三セットマッチなら間違いなく負けていましたよ」
実際、最後の方は春真のサーブに反応出来ていた。あのまま続けていれば、何れどこかでブレイクされていただろう。
「それで、入ってくれるのか?」
「あれ。入れてもらえるんですか」
自分より上手い奴はお断りなのかと思っていた。
「そんな積りは無いが、中途半端に上手い奴は入会テストでちょっと遊んでやると直ぐに来なくなるんだよ」
「女の子と宜しくやるサークルだとばかり思っていました」
「それは否定しないよ。テニスはあくまでも手段だ」
目的の為に手段を突き詰める。根っから体育会系なのだろう。
「たまに寄せてもらいます。テニス目的で」
春真は入部届けは出さず、リーダーと個人的に電話番号を交換した。
「君はどうする。柳原君?」
「え。僕の名前を?」
「バレー部の主将とは旧友でね。付き合いでインターハイも見に行った」
「最初から知っていたんですね」
と春真。
「まあね。君の方は見覚えが無いから補欠だろうと思ったのに」
「こいつとは高校の同級生ですけど、俺は中学までなので一緒にプレーした事は無いですね」
と返事する。
「バレーでも良い線行っていただろうに」
「一応全中には出た事が有りますけど」
「じゃあテニスは高校で。いやテニス部員に勝ったとか言っていたな」
「小学校でバレーを始める前に、半年ぐらい習っていまして」
その当時はまだ身長がそれほど高く無かったので、全身のばねを生かしたサーブを身に付けた。そこにその後の成長から来るパワーが上積みされてのビッグサーブに成る。
「習い事でテニスって、案外お坊ちゃんなんだねえ」
とここで名前を見返して、
「御堂って、まさかうちの御曹司?」
急にしどろもどろになる先輩に、
「ああ。どこかで聞いた覚えのある名字だと思ったけど」
御堂薬品の常務の息子だったらしい。
「お父上にも宜しくね」
と言って二人はコートを引き上げた。
「それにしても世間は狭いなあ」
と柳原が言うと、
「君は人が良いなあ」
と春真。
「まさか。知っていてあそこへ行ったのか?」
「俺が知っていたのは、常務にテニスの上手い息子がいる事。それとその息子があまり勉強に熱心で無くて遊び呆けていると愚痴っていたらしい事。大学名までは聞いていなかったから、あの場で出喰わしたのは偶然だけどね」
「それで、どうする?」
「別にどうもしないよ。親が上司と部下だから、息子同士も上下関係になるなんて事は無いしねえ」
「そりゃあ。お前は御堂の跡取りで将来が保障されているけど、常務は単なる役職だから息子に引き継がれる訳じゃないものなあ」
「前言撤回。希総と二年も付き合っているから、考え方がシビアになっているねえ」
と苦笑する春真。
「そんな先の話じゃあ無くて、俺と先輩は直接関係が無いから、プライベートには干渉しないと言うだけだよ」
「まあ確かに。神林なら黙っていないだろうなあと思って」
「そりゃあ。不法行為が有ったなら俺も黙ってはいないけどね」
「自分の得意な事で女の子にアピールするのは悪いことではないしねえ」
「女の子を食い散らかす輩だったら痛い目に遭わせてやろうと思ったけど」
実際に打ち合ってみて、テニスに対しては真摯な相手だと判った。
「バレーは今一つ女の子受けしなかったからなあ」
と愚痴る柳原に、
「バレーがと言うよりも、セッターと言うポジションは素人目には何が凄いかが判り難いんだよなあ」
目立つのはエースの豪快なスパイクであり、劇的なブロックであり、リベロの劇的なレシーブだ。
「別に目立つためにやっていた訳ではないから、そこは良いんだが」
南高で最ももてていたのは男子バスケ部だった。
「あそこは全国区だからまだ良いとして、さほど強くない野球部やサッカー部に引けを取っているのが納得いかない」
「あえ、ヤナは女子バレー部の主将と付合っていたんじゃあ?」
「いやまあ。登録はしていたけど、卒業と同時に自然消滅と言うか」
校内だけの付き合いだったのでメアドすら知らなかったと言う。
「随分と奥手なんだねえ」
「御堂こそ、滝川さんとは?」
と訊かれ、
「いや。万里華はほとんど身内だから」
今の質問で柳原が深い事情に通じていない事が判ったので春真は返事を濁した。
「万里華の母親は俺の曽祖父さん御落胤で、うちの母の従妹に成るんだ」
「随分と込み入った関係なんだな」
柳原はそれ以上突っ込んでこなかった。
「それで、テニスには興味を持たなかったのかい?」
「興味はあるけど、今から始めるには敷居が高いなあ」
性格的にも個人競技よりも団体競技の方が向いていると感じているようだ。
「それなら、バスケはどうかな」
日を改めて、春真が柳原を引っ張っていったのが屋外のバスケコート。そこに待ち構えていたのは、
「西条先輩」
と直立不動に成る柳原。
「春真と、バレー部の柳原君だったか」
「先輩は確かK大でしたよね」
「ああ。大学生主体で組織したストリートボールのチームで、ウエストストライプスと言う」
ウエスト=西、ストライプ=条と言う訳だ。
「なるほど」
元々は総志と同じK大生が多かったが、大学バスケ部の再建計画で人材を回したので他大学から随時メンバーを募集していると言う。
「僕はバスケに関しては全くの素人ですけど」
「むしろその方が鍛え甲斐があるよ」
と肩を廻し始める総志。
「じゃあ二人掛かりで来い」
とボールを渡される。
「二対一ですか?」
「いつもなら三人纏めて相手するんだが、君らなら二人でも良い勝負に成るだろう」
春真はボールを受け取ると、
「バレーとバスケには他の球技とは異なる共通点が一つある。それはボールを両手で扱うと言う事だ」
バスケは、持って判る通りボールが大きくて重いから。バレーはボールを持ってはいけないと言うそのルール故だが。
「それで?」
「僕が総兄を振り切ってパスを送るから、リングに向かってトスを決めてくれ。簡単だろ。相手は動かない的なんだから」
「なるほど。判りやすい」
半分は皮肉である。その前段階で春真が総志を振り切れるかどうかが問題なのだ。
「じゃあ始めようか」
春真がドリブルを始めると、総志が一気に間を詰めて来る。
「お前の方がポイントガードなのか?」
「理由は二つ。相棒はドリブルが下手だ。そして、バレーではセッターのトスに敵が手を出すことは無い。敵と対峙してぶち抜くのはスパイカーの仕事だよ」
左利きの春真は空いている右手で距離を取りつつ左斜めへ進む。
「どうした。ぶち抜くんじゃないのか」
普段は温厚な兄だが、バスケとなれば話は別だ。
「言い忘れた。実は三つ目の理由が有ってね。俺には兄さん直伝のこの技が有るんだ」
この場合の兄さんとは、目の前の総志では無い。もう一人の矩総の方だ。
「な。何だと」
春真が仕掛けたのは、総志も良く使うアンクルブレイク。矩総が得意とする技だ。
「流石に倒れないか」
しかしバランスを崩した総志の隙をついて背中を廻して右サイドで待ち構えている柳原へパスを出す春真。
「リングを狙ってトスだ」
と指示を受けて、バレーの要領で両手を揃えて高々と打ち上げる。総志は体勢を立て直すと手を伸ばしてシュートブロックを試みる。指先が僅かにかすってシュートコースが微妙にずらされるが、そこへ走り込んだ春真がスパイクの要領でゴールに叩きこむ。一見して難易度が高そうだが、バレー選手にとってはボールを持って跳ぶ普通のシュートの方が難しい。
「ナイスセットアップ」
と称賛を送る春真。
「結局美味しい所は持って行くんだな」
と苦笑する柳原。
「入会テストで点を取られたのは初めてだ」
と悔しがる総志。
「じゃあ今度はこちらから行くぞ」
バスケは基本的に点の取り合いの競技なので、守備は攻撃に比べて難易度が格段に高い。ましてや相手はあの西条総志である。国内には一対一で総志の攻撃を凌げるプレイヤーは居ないと言われる。
春真は柳原の肩に手を廻して、
「バレーのブロックだと思え。総兄の進行方向正面に体を置いて突破を防ぎつつ上を抜いて来るシュートを叩き落とすぞ」
と耳打ちする。
「素人にしては見事な連携だ」
あの西条総志が攻めあぐねている。一対一ならアンクルブレイクで崩すところだが、総志には二人同時には仕掛けられない。
「まあ総兄のアンクルブレイクは俺たちには効かないけどね」
指摘されるまでも無くやり難さは感じていたのだが、面と向かって無理と言われると突破したくなるのが総志の性格であった。だがしかし、春真は「俺たちには」と言った。この技を自分と同程度に使いこなせるこの弟に通じないと言うなら理解できるがこの技を知らない柳原にも効かないとは? そして何よりも疑問なのは、春真がこの技を使える事を隠していた事。彼がこの技を使わなかったのは、使えなかったからではないか。つまりバレーボールと言う競技との相性が悪いのかもしれない。
とここまで一瞬で思考して、総志は戦術を切り替えた。足を止めてその場からジャンプシュートを放ったのだ。
「ブロックだ」
春真の身長は185センチ。柳原はそれよりは小さいがそれでも180センチある。その二人の渾身のジャンプをあざ笑うかのように総志のジャンプはその上を行く。しかしリングまでは距離が有る。そこまで重いバスケットボールを投げられるのか。総志は通常のフォームではなく、左手で右肘の下を掴んで固定し、肘から上を鞭の様に振るって投げた。ボールは綺麗な放物線を描いてリングに吸い込まれていく。
「参ったな。こんな裏技を隠していたなんて」
と悔しがる春真に、
「成功率が悪くて試合では使えないからなあ」
「悪いってどれくらい?」
「四割程度かな」
「バスケのシュートで四割なら普通に使えるレベルでは?」
と柳原。
「いや、俺に二人以上付いているなら必ず味方が一人空いている筈だから、パスする方が確実だよ」
「なるほど」
「それよりも、アンクルブレイクがお前らに効かない理由を教えろ」
「それにはまず総兄が俺たちを抜けなかった理由から説明しましょう」
と春真。
「俺はヤナに相手の進行方向に入るように指示しました。これはブロックをする上での基礎なのですんなり実行出来ましたけど」
「こっちがそのまま突っ込めばチャージングに成るからなあ」
「普通は怖くて出来ませんけどね。バレーはネットを挟んで行う競技なので敵との接触は基本ありません。更にバレーはその競技の性質上、飛んでくるボールを体の正面で受け止める様に指導されます。身構えていれば当たっても案外耐えられるモノなんですよ」
「なんとなく判って来た。当たる事を怖がらないバレー選手はアンクルブレイクの誘導に引っ掛かり難い」
「それが一点です。そもそもアンクルブレイクは片方の足に重心が乗った時に切り返す事でバランスを崩させる技ですが、バレーではそんな反復横跳び見たいな切り返し運動はやりません。左右に動く時はレシーブの為に体を投げ出すか、トスに対応してブロックに跳ぶか。今回はブロックに跳ぶ事を前提で動いていますから重心は常に両足の間に有りました。これではアンクルブレイクに掛けられる余地が有りませんよね」
「西条先輩って、意外に感覚型だったんですね」
と柳原。
「意外か?」
「もっと理論派かと」
「理論派は君の元ボスだろう」
と総志。
その帰り道。
「西条先輩は間近で見ると本当に格好良いなあ」
と言ってから、
「変な意味じゃないぞ」
「別に何も言っていないよ」
「昔かあんなだったのか?」
「子供の頃は、姉たちの陰に隠れた大人しい子供だったなあ」
「姉たち?」
「姉貴と沙弥加姉さん。かつての女子バレー部ツートップと言えば判りやすいかな」
あの二人は男子バレー部員の憧れのマドンナ的存在であった。
「中学に上がる時点では、三人の身長はほぼ同じ位だったんだけどねえ」
「想像が付かないなあ」
「兄貴はまだ線が細くて、あの端正な顔立ちで女の子に間違われる位だった」
「西条先輩の父親もあの瀬尾総一郎氏だよな」
も、と言うのは希総と同じと言う意味だ。
「希総から聞いた?」
「聞いた事は無いけど、あの時には総美先輩も居たから」
柳原が瀬尾総一郎を初めて見たのは高二の夏。インターハイ県予選の祝勝会兼壮行会の会場だった。女子部はツートップに率いられて(この時点で)最後の全国、そして男子部は希総の元で史上初めて全国行きだった。
「姉貴は父親とそっくりだからな」
瀬尾総一郎は議員時代から婚外子の存在を公にしていたが、正確な人数や具体的な名前は明かしていない。唯一知られていたのが神林の御曹司である希総である。これは彼が公職に就く以前に明かしたもので、むしろこの神林家との関係が国政進出に繋がったのだ。
「何と言うか。存在感のある人だったよねえ」
議員を辞めて一年以上経ち、世間的には過去の人となっていたが、南高の関係者にとっては未だ伝説のOBであった。
「それは、中々含蓄のある表現だな」
感心しきりの春真。
「何で貴方達が居るの?」
「沙弥加先輩、お久しぶりです」
総志に会った時以上に緊張している柳原。
「ここは部内恋愛禁止では?」
と春真。
サークルには女子部員も居るが、恋愛沙汰は御法度に成っている。
「私はメンバーじゃ無いわよ」
「ここは大学生限定だからな」
と総志。
「差し入れを持ってきたのよ」
此処には総志目当ての女子も多い。たまに顔を出して牽制しているらしい。
「何か違和感が有ると思ったら、スカートを履いているから」
基本部活動でしか会わなかった柳原にとってはジャージ姿がデフォルトに成っていたらしい。
「私は、ふぅと違って普段はスカートだけど」
「総美先輩はお元気ですか?」
「直接会う機会はあまりないけど、相変わらずよ」
「オープンカップの企画通りましたよ」
と春真。
「オープン?」
と聞いて来る沙弥加。
「俺はプロリーグの契約選手だからアマチュアの公式戦には出られないだろう。だからプロアマ混じって出られる大会を企画してくれって頼んであったんだ」
「御堂財団がスポンサーに成ったストリートボールのジャパンオープンカップ。通称御堂カップです」
春真は大学入学と同時に御堂財団の理事に成っていた。
「エントリーは補欠を含めて五名まで。カテゴリーは四つで、男子のみのオールブラックと女子のみのオールレッド。そして男子二名に女子一名のレッドポイントと男子一名女子二名のブラックポイント。と言う訳ですので、沙弥加姉さんも参加して見ませんか?」
男子のみ、女子のみのチームはアマチュア大会の成績で参加チームが絞られるが、混合チームはプロが一名加わっていれば参加要件をクリアする。逆にプロはチームに一人だけという制限である。会場は全国にある御堂の体育施設。
「俺は主催者側なので出られないから、頑張れよ」
と柳原の肩を叩く春真。
「え。僕で良いのか?」
「オールコートなら長い距離を走らないといけないけど、ハーフコートの三対三なら走る距離は短いから十分戦えるよ」
スタミナに関しては希総に鍛えられていて問題ない。
「私も出たかったなあ」
と残念がる恭子。開催が八月なのでインターハイと日程が被ってしまう。彼女は一年ながら強豪東商業女子バスケ部のエースと認められていた。
「じゃあ女子は沙弥加と総美姉さんと。華理那、出てみるか?」
「それなら私よりも適任が居るわ」
と推薦して来たのは南高女子バスケ部の一年生エース青木沙羅。総志にとっては監督の娘である。まだまだ弱小の南高は県予選で敗退して暇になっていた。
「まあ一人じゃあ激戦区の神奈川を勝ちあがれないよな」
と総志。
「総志さんは一年から全国に行っていましたよね」
と沙羅。
「君の親父さんにはあの瀬尾総一郎が居た。そして俺には矩総が居た」
矩総はインターハイには出ていないが県予選では何度か助っ人で参加していた。
「華理那が入ってくれれば」
「それでも東商には勝てないだろうなあ。あそこには恭子が居るから」
「兄馬鹿ですか?」
「いや。あいつには俺のほとんどの技を仕込んだし」
足りないのは総志が母から受け継いだ高い空間認知能力と高身長だけだ。
「そこを補えるとしたら、やっぱり華理那ちゃんよねえ」
と沙弥加。
「そもそも華理那が一緒にバスケをやってくれるなら、恭子は南高へ進んだ筈よ」
と総美。
「華理那ちゃんとしては敵に回らないと言うのは当然の配慮なのね」
「その上で沙羅ちゃんには総志の技を盗む機会を与えた」
「但しここで見せるのはハーフコートで使える技だけだ。オールコートでは使えない、意味の無い技もあるから学んだことをどう生かすかは君次第だ」
「はい」
と返事をする沙羅に、
「それと、この二人。いや柳原も含めて三人は、バスケは素人だけどバレーではインターハイまで行った実力者ぞろいだ。バスケとは違った体の使い方をすると思うが、それも何かのヒントになるかもしれないから油断するなよ」
結果だけを紹介すると、レッドポイントでは、総志と柳原が出ずっぱり、沙羅をメインに使ってベスト4。ブラックポイントでは総志と沙羅を軸に、総美と沙弥加を交互に使って優勝した。
「それで、御堂家は儲かったの?」
と沙弥加。
「鋭い所を突いてきますねえ」
と苦笑する春真。
「財団の方は出資だけで利益の還元は一切ありません。会場も使用料等は受け取っていませんし。但し観戦を会員優先にした事もあって、施設の会員数は増加しましたし、その後の利用率も向上しています。宣伝効果も含めて長期的には元が取れる計算ですね」
「それなら良いんだけど」
「身内なのに賞金を貰った事が心苦しいらしい」
と総志が笑って説明を加えた。
「賞金は結果に対する評価ですからお気遣いなく」
実際、プロの参加を見込んだ大会だったので賞金額も大きかったのだ。
「次回は参加料も取って予選から大規模にやる予定です。プロに対する制限も取っ払ったフリークラスもね」