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現代的男女同権ハーレム 列伝2  作者: 今谷とーしろー
16/31

生地巡礼

 滝川太一が異母姉の御堂真梨世に彼女たちを紹介した時、

「親御さんには挨拶したの?」

 と言われ、

「まだなんです」

 と代表して島津桃華が答える。桃華は五人の中で一番年下だがその発言力は一番強い。理由の一つは出会いの順番だが、それ以上に彼女の知的水準の高さから来る発言の合理性が高く評価されているのだ。

「親から了解が貰えなかったら弾かれるのかしら?」

 と訊いてきた沙羅に対して、

「説得するか、絶縁するのか。それは本人次第でしょう」

 と突き放す桃華。

「取り敢えずご挨拶しておいた方が良いだろうね」

 と太一の育ちの良さが出て、実家巡りが行われる事に成った。


 青木家の場合。

 太一は青木家に到着するとすぐに中庭にあるハーフサイズのバスケットコートで沙羅の父と一対一をする事に成った。ボールを胸の前で受け取った太一は、予備動作無しに下から掌底で突きあげるようにしてボールを打ち出した。沙羅の父岳人氏がそのボールに意識を取られた一瞬の隙に、太一はその横をすり抜けてリング下まで駆け込んで、飛んでくるボールを空中で掴んでそのままリングに叩き込む。

「僕の専門は無手の武術で、次に得意なのが投擲術です。それも基本は片手投げなので」

 バスケのボールのような重いモノを扱う場合には砲丸投に近いフォームを取る事に成る。軽いモノなら急所を狙うが、重いモノなら対象に当てるだけで効果がある。

「僕が投げるモノは目標に向かって最短距離を進むので、目の前に人が居る時には使えません。逆に人がいないなら、近付いて直接叩き込む方が確実なので」

 と言いながらボールを地面に叩きつけて高く弾ませると、空中で掴んでそのままダンクを決める。

「僕はドリブルが不得手で、ドリブルしながら走れないから、この方法が一番楽なんです」

 太一の移動はすり足が基本で、たまに片足を地面から浮かせて歩く。両足が地面から離れる走ると言う状態は滅多に行わない。

「本格的にバスケをやる気は無いかね」

「大学へ進んだら、神林の兄とバレーをやる予定なんです」

「太一君は十月からT大生なのよ」

 と沙羅が補足する。

「そうか。俺も彼と同世代だったら、バスケではなくバレーをやっていたかもしれないなあ」

「そろそろ中に入りませんか」

 と奥さんの声が掛かる。


「改めまして、滝川太一です」

 太一の右隣に沙羅が座り、対面に青木夫妻が並ぶ。沙羅の顔は全体的に父親似だが、髪の色や微妙な造作に米国人である母親の影響が見て取れる。

「俺は総一郎の息子を何人か見たが、君が一番そっくりだな」

 と岳人氏。

「特に総志とは真逆で、君には母親の要素が全く見当たらない」

「青木さんも母の教え子だったんですよね」

「俺は学業の方はさっぱりで、随分と迷惑をかけたが」

「英語だけはお得意だったとか?」

「半分は戸倉先生、君のお母上のお蔭だな」

 太一の母の専門は英語だったのだが、

「半分ですか?」

「俺が英語を真剣に学んだのは、いずれ本場に渡ってバスケで勝負する為。その道を俺に示してくれたのが総一郎だった」

 英会話を学ぶために総一郎に付き合ってバイトに行った事もあると言う。

「これはあいつが副会長になった直後のモノだが」

 と言って古い写真を見せてくれる。会長命令で坊主頭にしていて、年齢的には今の太一よりは少し若いがまさに瓜二つである。

「これだと、当時を知っている人ならすぐに気付きますね」

「瀬尾総一郎本人は既に半隠居状態だ。君本人が気にしないなら大した問題ではあるまい」

 この後は昔話に終始した。


 鵜野家の場合。

 夫婦揃って出迎えてくれたが、作家をしていると言う父親の方は挨拶もそこそこに直ぐに奥へ引っ込んでしまった。

「御免なさいね。締め切りが近いので」

 と母親の加賀魅羅音が釈明した。諏訪部元総理の娘で、本名は鵜野鏡子。華やかな雰囲気の美女だが、大女優と言われる割に人当たりは良い。有名な女子歌劇団の男役として活躍し、一般的な知名度では政治家であった父親に先行していた。その当時は娘のおかげで名が売れたと言われ、後に総理にまで上り詰めるとは、本人ですら思いもしなかっただろう。

「天音さんは父親似なんだな」

 と太一に言われ、

「それは容姿の話、それとも性格かしら?」

 と問い返す天音。

「多分両方でしょうね」

 と答えたのは母親の方だった。

「それで水瀬麻里奈さんとはどういう経緯で知り合ったの?」

 魅羅音の興味はそちらにあったらしいが、この件に太一が全く無関係と言う訳でもない。

「ご存じかとは思いますが、水瀬さんが拠点とする劇場は御堂財団の所有です。僕の家は御堂家の御三家の一つのなので、僕が御堂の兄に仲介を依頼するのも可能ですが」

「大学で知り合った総理の娘瀬尾華理那さんを通じて妹である御堂真梨世さんと知り合って、ご紹介を受けました」

「御堂の姉は天音さんのファンだったらしいです」

 太一春真ルートは完全にフェイク。華理那真梨世ルートが表向きの設定。実際には太一から直結なのだが、それは最高機密なので明かせない。

「水瀬麻里奈さんはテレビや映画には一切顔を出さない。劇場へ足を運ばないと見られない幻の女優の演技を間近で見られるのは勉強になるでしょうね」

 と魅羅音。

「彼女のサイン、貰って来てくれないかしら」

 魅羅音はサインコレクターとして知られる。共演者のサインはそれがどんな新人であっても確保してきた。新人が売れっ子に成長した場合、次に共演した時に都合が良いと言う意味で手段とも見えるが、本人的には集めること自体が目的になっている様だ。

「母さんって水瀬さんと共演経験があったのでは?」

 麻里奈のデビュー作に、魅羅音も出演していたのだが、

「あの時の水瀬さんはまだ一般人だったからねえ」

 麻里奈がテレビドラマにかかわったのはその一作のみなので、再会の機会が無かった。

「どこかの事務所に所属しているなら、そこを介して後から貰う事も出来たのだけれど」

 水瀬麻里奈は自分の出演した舞台のパンフレットにしかサインをしない。逆に言えばパンフが有ればいつでもサインに応じると言う事だが、普段の彼女をそれと見破るのは難しい。サインを頼めるとすれば劇場の楽屋に居る時だけだ。

「出演者は家族用に優先して切符が割り当てられますから、ご自分で楽屋を訪ねられては?」

「それは。授業参観みたいで緊張するわね」

 と言う母に、

「見られるのはこっちなんだけど」

 と苦笑する娘だった。


 島津家の場合。

 太一は島津家を訪れる前に瀬尾総門の墓に詣でた。総門神父は瀬尾総一郎の母みさきの養父であり、彼が居なければ総一郎以下の血統はこの世に無かったであろう。と兄達から厳命を受けてきたのである。教会は神林家の寄進で建て直された立派なモノだが、そちらには寄らず海岸に立つ石碑を見学した。総門が赤子のみさきを拾ったと言われれる場所で、昔は質素な木の板だったものを石で作り直したものだ。

 その後、桃華の案内で島津家に移動する。桃華の父聡太郎氏と母の楓、そして楓の母が出迎えてくれた。桃華を加えた母娘三代は実に良く似ていた。

「なるほど。話には聞いていたが、確かに総一郎さんとそっくりだな、君は」

 聡太郎は太一の相棒速水貴真の父貴志と同級生なので、共通の知り合いである速水親子の話題で盛り上がった。そこへ楓の弟柳一が合流して風向きが変わる。

「君が前総理の息子か」

 柳一は太一の斜め右隣、対峙して座る太一と聡太郎の間に割り込む形で座る。

「お久しぶりです。柳一叔父さん」

 太一の左に座る桃華が挨拶して、

「母の弟の柳一叔父さんよ。合併で失職した元市長の」

 と紹介する。

 対岸の三浦半島一帯との合併で誕生した浦賀特別市は、中央政府直轄なので市長は中央から派遣される。市議会の方は民選のままなので、それで力の均衡が保たれる。

「合併を決議した市議たちは取り敢えず次の選挙まではその地位を維持し、合併の協議に一切関与できなかった市長の私だけが割りを食ったよ」

 と愚痴り始める柳一。

「対岸の横須賀市長は上手く立ち回ったな」

 最後の横須賀市長は在任のまま衆議院選挙に出馬して勝利を収めた。圧倒的優位と見られていた民自党の現職が、矩総にケンカを売って自滅したのであるが。こちら側の現職は青年党系だったので島津柳一は鞍替え出馬も出来なかった。

 柳一が選挙で破った前任の里見市長は彼の義父であるが、今回の衆参同日選挙において竹林会から比例区で出馬して参議院議員になっている。竹林会は供託金さえ自己負担すれば新人であっても名簿に名前を乗せられる。だが当選しても供託金は竹林会に入るだけで本人には戻されない。加えて選挙に掛かる雑費もほとんどが本人持ちだ。当選すれば元は取れるが、投資としてはハイリスク過ぎる。

「計画は前市長の頃から進んでいたのだから、市議のままで合併を迎えればよかったのに」

 と桃華が指摘する。

「合併計画がこんなに急速に進むとは思わなかったんだ」

 柳一は瀬尾総一郎の政治力を甘く見ていたのだ。

「民主政体下では選挙を生き延びないと権力は与えられませんからね。それも期限付きですが」

 と太一が諭すように語る。

「総理はよくもまああんなにあっさりと権力の座を手放せたものだ」

 と感嘆の声をあげる柳一に、

「むさくるしいSPに囲まれるよりも、美女に囲まれたいとのたまう人ですから」

「それは、辞職会見では絶対に聞けない本音の部分だな」

 と苦笑する柳一。

「私は今後どうすべきだと思う?」

「それは政治家を続けるお心算ならば、まずは後援会と話し合う事でしょうね」

 と太一が即答する。

「民主政体においては一人の考えですべてが決まる訳ではありません。重要なのは貴方がやりたい事と、貴方の支持者が貴方にやって欲しい事を如何に整合させるかですが…」

「何だい?」

「それとは無関係に岳父とは和解した方が良いのではないですか。政治家を続けるにしろ辞めるにしろ、最も頼りにすべき相手でしょう?」

「…君は本当に十八歳なのか?」

 太一の特技は対峙した相手の急所を見抜く事。それは肉体的な戦いだけでなく、言葉による論争でも威力を発揮する。言葉を交わし拳を交える事でその精度は増していく。いわゆるコールドリーディングと言うものだ。但し彼の場合は相手を騙そうと言う意図はない。むしろ相手の力に成りたいと思う時により強くその特技が発揮される。これを女性に対して用いた場合にどういう事態になるか。


 風間家の場合。

 これまでと違うのは、大久保姫佳と風間唯衣の二人を伴って訪れた事だ。妹の唯衣にとっては養父母であるが、姉の姫佳も入れ替わりによって世話になっている。

 身長は太一の方が大きい。両者の身長差は十センチほどだが、実戦の間合いはそこまで差がない。風間氏が貫手で攻めてくるのに対して、太一は掌底を用いてそれを受けている。それは両者の武術思想の違いで、太一の武術が身を守る為のモノであるのに対して、風間氏のそれは敵を打ち倒すモノであるらしい。故に風間氏の突きはすべて太一の急所を狙っていた。余りにあからさま過ぎて逆に受けやすかったくらいだ。本気で殺す気ならもっと緩急をつけるだろう。

 風間氏の右手の突きをそれを受け流した太一の右袖に滑り込む。いや恐らくはそれが太一の狙いだったのだろう。普通の素材であればそのまま引き千切られるところだが、神林製の特殊な素材なので高質化して引っ掛かる。風間氏が咄嗟に手を引くよりも早く太一が手首を返して腕を掴む。当身だけでなく組討も得意な風間氏であるが、この時点で残った左手を挙げて降参した。太一に握られた右手の先は血流が止まって痺れていたのだ。

「怖いなあ、君は」

 改めて居間に通されて風間夫妻と向かい合う太一。その左に姫佳、右に唯衣が座る。

「話には聞いていましたが、瀬尾さんによく似ておられる」

 この反応にも既に慣れている。

「入れ替わりの話が出た時点でこう言う事態もあり得るだろうとは覚悟はしていましたが」

「似ていると言うのはそちらの話ですか?」

 と苦笑する太一。

「入れ替わりに付いては、大久保のおひい様も既にはご承知なのですよ」

 と風間夫人。

「この人にも内緒で事後報告したら、二人の好きにさせてやってくれと言われました」

 これには当事者だけでなく夫の風間氏も驚いた様子だったが、

「それは良かったですね」

 と納得した表情の太一。

「報告を怠っていたら一大事でしたよ。大久保家の立場から見れば、双子の入れ替えが主家の乗っ取りの策謀に見られたかもしれませんから」

「私たちはおひい様から信頼されていますわ」

 と細君の方が反論するが、

「あなた方ご夫婦はそうかもしれませんが、僕が黒幕だと思われたら話は別ですよ」

 入れ替わりの計画は双子だけで立てたもので太一は関与していないが、出会ったのはそれより前なので、疑えば疑えない事もない。

「お陰様で大久保家での僕の対応策が決まりました」


 大久保家の場合。

 そして最後の難関である大久保家に辿り着いた。双子が揃って付き添っているのは風間家と同じだが、唯一の違いは訪問の理由を事前に説明していない事だ。まあ風間氏が入れ替えの時点でこの展開を想定していたとすれば、大久保家でも予想は出来たはずである。

「正月にお会いした時には、疑う素振りも無かったけれど、あえて知らんぷりをしていたなんて」

 入れ替えを事後報告していたと養母から聞かされた唯衣は困惑していた。バレるかもしれないと恐れる一方で見抜いてくれることをどこか期待もしていたのだ。

「既成事実を前に有効な対応策が思い付かなくて事態の推移を見守るしかなかったのでしょうね」

 と計画立案者の姫佳は平然と述べた。

「体型の問題があって、直ちに戻す事は出来ないからなあ」

 玄関で出迎えてくれたメイドが、

「お嬢様は仕事中ですので応接室へご案内します」

 結婚しているのに、お嬢様呼びなんだな。と太一は内心でつぶやきつつも、

「あれ、約束の時間を間違えたかな?」

「いいえ、五分前です」

 と姫佳が答えた。

「大久保市長はお忙しそうなので出直すとしよう。公務優先で娘の為に割く時間は無いらしい」

 と言って踵を返そうとする。

「お待ちください。いまお嬢様に取り次ぎますので」

 と慌てるメイドに、

「必要ありません。休日なのに公務を優先して娘の為に時間を割けないのであれば、こちらも礼を尽くす必要は無さそうですからね」

「何の騒ぎだい?」

 大久保市長の夫、つまり双子の父親である氏郷氏が現れた。

「お母様と会う約束だったのだけれど、お忙しそうなので帰る所です」

 と唯衣が答える。

「妻の手が空くまで私が相手しよう」

「では、お邪魔します。お嬢さんとお付き合いしている滝川太一と言います」

 と一礼した。

 三人は一足先に応接室へ通された。

「まさか休日まで仕事とは」

 とため息をつく太一。

「いい意味で仕事中毒なのよ」

 と姫佳。

「残された方が幸せだとは限らないのね」

 と唯衣がため息をつく。

「父が現れなければそのまま帰る心算だったの?」

 と姫佳。

「そのまま帰らせるはずは無いだろうと思っていたけれど」

 と太一。

「あの様子だと、父上の方は僕らの訪問を知らなかった様だね」

 ここで氏郷氏が入って来た。

「済まなかった」

 氏郷氏は三人の向かいに座るや否やテーブルに両手を付いて頭を下げた。

「私は双子の一人を養子に出す事には反対だったが、病院へ駆けつけた時には既に君は養子先に引き取られた後だったのだ」

「では初めまして、だったのですね」

 と唯衣。

「私は姫佳ですわ、お父様」

 と笑う姫佳。

「まあ間違えるのも無理はないですね。正月に私の名前で帰って来たのは妹の唯衣の方だったのだから」

 妻から双子の入れ替わりを教えられていなかった氏郷氏は困惑の表情を浮かべた。

「君、滝川君と言ったか」

 とここで娘二人に挟まれている太一に話が振られた。

「瀬尾総理に似ていると言われたことは無いか?」

「良く言われますよ」

「娘と付き合っていると言ったが、どちらと?」

「両方です」

 太一は二人との出会いから今日までの経緯を簡略に語った。

「なるほど」

 話を聞いた氏郷氏は、

「妻はどこまで承知しているのかな?」

「入れ替わりに関しては、風間氏から事後報告を受けていたようですね」

「父親としては忸怩たる思いもあるが、娘たちの意思は尊重したい。だがこの家に置いて私の発言力は極めて弱いので助けにはならないな」

 氏郷氏は見掛け通りの優男で、ひ婿養子と言う事も有って妻に頭が上がらないらしい。

「お気遣いなく。僕の来訪目的は既に達成していますので」

「お待たせしたわね」

 と言いながら入ってくる佐世子。退室しようとする夫を引き留めて、

「まずは貴方が聞いた話を教えてください」

「君は、僕には何も教えてくれないのに、自分の方は訊きたがるんだね」

「それは…」

 日頃従順な夫の豹変に当惑する佐世子。

「僕の意見を無視して、娘の一人を養子に出し、また娘が入れ替わったことも、僕には教えてくれなかった」

「御免なさい、お父様」

 と謝罪する姫佳。

「入れ替わりは私の我が儘なんです」

「私たち姉妹で計画したことで、母は無関係です」

 と唯衣も口添えする。

「すると、貴方は無関係なのね?」

 と佐世子に訊かれた太一。

「ええ。僕は転校して来た唯衣さんに会うまで知りませんでした」

「…それでも、僕が蚊帳の外に置かれていた事には変わりがない」

「風間の由貴さんから報告は受けたけれど、娘たちの真意が分からなくて。何か不満があったのか、養子に出したことを恨まれているのかと思い悩んで」

 夫の反対を押し切って行っただけに、夫に報告できなかったのだと言う。

「私は単純に太一さんの近くに行きたかっただけで」

 と姫佳。

「私はお嬢様生活を体験してみたかっただけで、特に恨みとかはありませんよ」

 若干の野心はあったようだが、今となっては大久保家を継ぐ利益よりも太一を失う損失の方が大きいと思っている。

「そろそろ本題に入りたいのでお二人とも座っていただけますか」

 と太一。

「これを読み直していたのだけれど」

 と佐世子がテーブルに置いたのは、神林の調査部門から送られてきた「滝川太一に関する調査報告書」である。

「やはり調査済みでしたか」

「これには貴方の顔写真が無かったのだけれど」

「写真を付けると、それに関する追加の説明が必要になるからでしょうね」

「その追加説明はこの場でもらえるのかしら?」

「それは御堂家のお家事情に関わる極秘事項なので、身内にしか明かせません」

 と返す太一に、

「既に我々は身内だと思うのだけれど」

 と氏郷氏。

「そうですね」

 太一は自身の出生に付いて語る。

「それで、貴方は生物学上の父に倣ってハーレムを作ることにした訳ね」

「僕は父と違って自ら募集した訳では無いんですけれどね」

「それで、娘とはどこで知り合ったの?」

 と佐世子。

「先程端折った部分を含めて、順を追って説明します」

 氏郷氏への説明では軽井沢の御堂家別荘での出会いから語っていた。

「僕が二人と出会うきっかけを作ったのが、先代の獅子王だった御堂の兄でした」

「それは、随分と懐かしい名前が出てきたわね」

 と苦笑する佐世子。

「この部分は喋って良いモノか迷ったので」

 と氏郷氏を見る。

「先に私の昔話をした方が良さそうね」

 と佐世子。

「私が初代獅子王と出会ったのは中学に上がったばかりの頃だったわ」

 連休に親に内緒でY市に遊びに行って、ガラの悪い男たちに絡まれているところを助けてくれたのが初代だった。その時に佐世子の素性を聞いて、

「君は箱根のおひいさまなのか」

 と言われたのが箱根姫と言う名乗りの発端だった。

 初代の時代には獅子王の勢力は箱根を越えて伊豆の方まで及んでいたらしいが、その卒業後の混乱を鎮めるために県西部で担がれたのが箱根姫。空位時代を経て誕生した三代目錦規弘(後に竜ヶ崎家に婿入りして改姓)と不可侵条約を結ぶことになった。

「初代の本名もその時に初めて知ったのだけれど、三代目も初代とは面識がなかったらしくて、ハーレムの話は出なかったわね」

 後日、三代目の仲介で瀬尾総一郎と再会を果たすが、その時の事は全く覚えていなかった。

「私の方も既に婚約者が居たし、結局縁が無かったのね」

 と隣に視線を向ける。

「代々の獅子王が内向きだった事も有って、西の箱根勢力は徐々に東へと広がっていました。僕は当代の獅子王として箱根姫との因縁に決着をつけるように、御堂の兄から指令を受けました」

「御堂の御曹司は、どうして自分の在任中にやらなかったのかしら?」

「理由は二つあって、まず獅子王は自前の兵力を持っていなかったので戦いによる決着は不可能だったと言う事。そして話し合いで決着させようにも、相手が居なかった。僕の代になって交渉相手が現れた。つまり初代の娘である姫佳さんが二代目の箱根姫として担ぎだされた訳です。実際に動いていたのは妹の唯衣さんだったので、二人揃って二代目箱根姫と言うべきですが」

「それで二人まとめて面倒を見ると言う事になったのね?」

「概ねその解釈で間違っていないかと」

「ちなみに御堂の御曹司は何代目だったの?」

「御堂の兄は九代目で、僕がその跡を受けて十代目になります」

「二人が軽井沢で御堂家の別荘に招かれたと言う報告は受けていたけれど、そう言う経緯だったのね」

 と納得する佐世子。

「うちは神林とはお付き合いがあるけれど、御堂家とはご縁が無かったから」

「神林の兄もその場に居たんですよ」

 と太一。

「二人が軽井沢に居ると言う情報を掴んだのも神林家の情報網ですから」

「君たちは母親が違うのに普通に兄弟として付き合っているんだね」

 と氏郷氏が興味を示す。

「それは僕も驚きました」

 と太一。

「僕は一人っ子として育って後から加わった口ですが、彼らは幼い頃から兄弟として接してきた訳で」

 重要なのが母親同士の仲が良い事で、

「うちの母に言わせれば、ある種の共犯関係が成立しているからだそうです」

「君のハーレムはこの二人だけでは無いのだろう?」

 氏郷氏のこれは質問と言うよりは確認だ。

「他に三人で計五人と言う事に成ります」

「その三人の情報はもらえるのかしら?」

 佐世子は駄目元で訊いたのだが、

「一応持ってきました」

 太一は用意してきた文書を差し出した。神林の調査部が希代乃に提出したモノの写しである。

「社外秘文書を借りてきたので読んだら返してくださいね」

 書類を見ての第一声が、

「こちらも写真が付いていないのね」

「読み手に余計な先入観を与えない為だと聞いています」

 調査対象は本人だけでなく家族にまで及んでいる。と言っても面子はいずれも総一郎に繋がるので、この調査も形式的なモノである。

「顔が気になるなら集合写真があります」

 と姫佳がスマホを取り出す。太一の部屋に集まった時に写真を撮っていたらしい。両端に双子が居て、

「真ん中の長身の娘が青木沙羅さんね」

 と言いながら書類を手繰る佐世子。

「その右が中央高校で一緒になった島津桃華さん。すると左が」

 と言って天音の頁で手が止まる佐世子。

「これは、太一君を婿に迎えて跡継ぎにと思ったけれど、無理そうね」

 太一が政治家を目指すのであれば元総理の孫娘である天音を娶る方が遥かに有利である。

「それ以前に太一先輩は前総理の息子ですから」

 と姫佳。

「僕が政治家を目指すと言ったら御堂の兄は支援してくれるでしょうけれど、ここから出るとなると神林の兄が難色を示すでしょうね。それに…」

 官房長官である瀬尾矩総にも話を通さないと拙い。

「僕は大学生になったばかりなので、先の話は卒業してからですね」


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